第8話 バカ騒ぎ時々追いかけっこ
今年に入ってようやく更新できました。
それではどうぞ!
それから二ヶ月、タツ達は自分たちの力量を強くするためできるだけの鍛錬を行ってきた。得られるだけの知識もあるだけ蓄えてきた。
それ以外にも学園からも王国からもありとあらゆるツテを作り、強くなれるように頼み込み色んな情報を集めてきた――が、タツの練度は、二ヶ月を費やして1から5しか上がらなかったが。
そして現在、現地による実践訓練に向かっているタツ達は召喚された場所――『レグルス王国』の王都から馬車に乗り、数時間程揺られ『迷宮森林』と呼ばれる所謂ダンジョンから少し離れた町『シシリア』との広場へ集合することになった。
今回は中等部から高等部の中から素養のある者を選抜し後は自由参加という形式になっており、タツ達は後者の形で参加することになった――ちなみに鶴来や羊は選抜として選ばれていた。
到着した各生徒達が広場に次々と集まる中、タツと美愛達も同じように集まっていたのだが、タツが町へ着いた途端、我先へと言わんばかりに飛び出してしまったのであった。
真っ先にたどり着いたタツは町の活気ある光景に思わずという風にかつ恥ずかしさもなく叫んでいた。
「おお!! すっげぇ!!」
広大な森林の側に築かれた町、道は石畳で敷き詰められ、森林のある場所には頑丈そうな木製の柵が設けられており集合場所である広場には多くの人が行き交い、露店等を開いている行商人が果物や装飾品を売るために声を掛けていた。
まるでゲームや物語の中に入り込んだような感覚にタツは興奮が収まらなかった。そして更に好奇心を駆り立てる存在がそこにいた、冒険者である。
「おおっ! 見ろよあれ剣だぞカッケェ!! ……っておぉ! あれは何だ? もしかして武器屋か!?」
まるで田舎に出てきたばかりの子供の様にお上りさん丸出しなタツに周りの人たちはおかしなものを見たような、何処か微笑ましそうな様々な視線を浴びていた。
そして隣には恥ずかしそうに顔を手で覆い隠していた美愛が足早にタツへと近づいた。
「なあなあ、あれどうなってるんだ! ちょっと近づいて見ても――モガッ!?」
「いい加減にしなさい! 恥ずかしいからちょっとは落ち着きなさいよ! 目立ってるじゃない!」
「ムムグッ、モガァ!」
馬車に乗ってからずっと落ち着きが無いタツを無理矢理手で口を抑え込み強制的に集合場所まで連れ込もうとする美愛、だがタツはまるで忍者の縄抜けのように器用に拘束から抜け出した。
その顔は後ろ向きでも分かる位にわかりやすく、タツは不満気になりながらもぼやいた。
「ブッハ!! ――ナニすんだよ美愛」
「ナニすんだよ、じゃないでしょう! こっちが見てて恥ずかしいからはしゃぐのをやめなさい!」
そう叱る美愛であるがタツの顔は更に不満の表情を浮かべていく。
「だってぇ、ようやくあの狭っ苦しいとこに出られたんだぜ? はしゃぎたくなんのも仕方がないと思わねえか?」
「ハァ……あのねえ、だからって」
溜息をつきながらゆっくりと手を振り上げたその手を拳を握りしめ、
「朝から馬車の中でハシャギまくってんじゃないわよよ! この馬鹿!!」
そう一喝したと同時にタツの頭に向かって思いっきり拳骨を落とした。
「――イッテェ!」
ゴチンッ、と音が鳴る程に殴られ、思わず叫んだタツ。
実はこの男、目的地に着くまでずっとはしゃいでおり、クラスメイト達もそれに便乗するように一緒になって馬車で騒ぎまくっていたのであった――そのたびに美愛が止めていたのは言うまでもなかったが。
「何も殴るこたあねえじゃねえか、よ」
こぶができていないか頭を擦りながらぼやくタツは興奮していたためか後ろを振り向くまで美愛の服装に気付かず、その装いに思わずキョトンとしてしまっていた。
いつもの見慣れていた制服とは違い、黒のインナーの上に白く深くスリットが入った服を身に纏い、胸当て等の体を守るのに必要な箇所を鎧で覆われ、その手には身の丈より長い槍を携えており、騎士のような見た目でありながら聖職者ような女性らしい印象を忘れない気品のある美しさがあり、王国に眠っていた一級品の魔法具の美麗な意匠が元々あった清楚な魅力をより引き立てていた。
その姿にタツは一瞬見惚れてしまい、言葉を失っていた。
そんなタツの様子に美愛は首を傾げた。
「? どうしたのよ? 急にボーってして、あ、そんなに痛かったかしら? 大丈夫?」
「ん? ああ大丈夫、大丈夫……それよりも装備、すげえ綺麗で似合ってるぜ!」
「ハ? ……ハア!? い、いきなり何言ってんのよ。馬鹿なの!?」
「馬鹿つった!? 今馬鹿つった!?」
見惚れながらも素直にほめるタツに思わず悪態をついてしまう美愛、傍から見たら痴話喧嘩である。
ちなみに異世界に来る前からタツが褒めて、美愛が照れ隠しに怒る。そんな毎日だった。
そんな様子を遠くで見ていたクマ達やクラスメイトであり美愛と親しい女子二人、おっとり系の女子、山根知代子とギャル系の女子、枯木つぐみはニヤニヤしつつ眺めていた。
イタチとヘビに至っては適当な所に座り込み何かを話し合っていた。
「さあさあやってまいりました! 異世界初、アニキと黄桜ちゃんの痴話喧嘩ショー! 実況は俺、桃井達也ことイケメンナンパ師、イタチと」
「藤崎巳平ことヘビがお送りさせていただく」
イタチは短剣の柄の先をマイク替わりにして実況を始め、ヘビは独特なポーズで実況に便乗する。
ちなみにこれも元の世界ではこのやり取りも日常茶飯事だったりする。
「いやあ本日はここ、イグドにて、今回初のアニキ選手と黄桜選手のやり取りが始まりましたが、どのような結果になるのか、実況のヘビさんどうでしょう」
コクリ、とヘビは頷き自らの考えを語る。
「ああ……そうだな、ここ二ヶ月は訓練、座学で忙しく、黄桜はなかなか顔を合わせることができなかったからな。良くて朝に食堂で一緒に居るか、座学の後の空いた時間に共に復習したりしているくらいだ。その為か寂しそうな表情が出てるのが多くなっているのは俺達でも分かっていた、加えてアニキは最近スパロウの所へ入り浸って何やってるのかは知らないし、何より最近は訓練を誰よりも専念してるようにも見える。アニキが言うには練度はなかなか上がらないらしいが、なんかいい事を思いついたと言っていたのだが聞いてもはぐらかすだけで何も教えてくれない。後は……」
「はーい! そういうわけで一度喋りまくると止まらないヘビでしたー! つーことで? 本日のゲストの枯木ちゃんと山根ちゃん、どのような結果になると思いますかー?」
「って聞けよ!」
話を遮られ、思わずツッコミを入れたが、悲しいことに誰も聞いてはおらず、いじけてその場に座り込むヘビであった。
そんなヘビを置き去りにした三人は実況を続けた。
「ハーイ♡ 美愛ちんのベストフレンドのつぐみだけどぉ。ん~やっぱ、番長さんが勝つと思うんだよね~。ねえちよちー」
「そうだね~タツさんが美愛ちゃんを褒めて撃沈させるか~美愛ちゃんがお母さんまっしぐらでお説教して大人しくなるか~どちらかだと思うよ~」
つぐみはノリノリで答え、知代子はのんびりとした様子で同じように答えた。
しかしすぐに二人の表情が少し曇る。
「でもさー、番長さん元の世界じゃ超強かったけどさイグドじゃむっちゃ弱くなってんじゃん。不良ってケンカ強くてなんぼじゃん? 弱い奴は搾取されんじゃん? それなのになんでみんな番長さんの舎弟やってんの?」
さっぱりわからないといった様につぐみは首を傾げる。
すると、今まで眺めていたクマが、ニヤニヤと笑みを浮かべていたイタチが、先程までいじけていたヘビまでもが、視線を向けていた。しかしその視線は先程までのふざけていた雰囲気とは異なり、不良特有のギラついた雰囲気が含んだものになっていた――ヘビに至ってはサングラスで目元が見えていないのにも関わらず、気迫で物語っていた。
それを見たつぐみと知代子は背筋に一瞬寒気が走ったがイタチ達はそれを感じさせないかのように一瞬で飄々とした雰囲気に戻り、疑問に答える。
「なんでって、そりゃあアニキだから」
「……右に同じ」
「決まってんだろ? アニキだからだよ」
当然だろ、と言わんばかりに言う三人に思わず納得しかけた二人であったが、いやちょっと待てと考えを制止する。
「イヤ、全然意味わかんないだけど!」
「どういうこと~?」
二人の疑問はもっともであった。根拠というものが全く見当たらない発言に本気で答える気があるのかと疑ってしまうほどであった。
それを見たイタチはその様子に笑いながら答える。
「いやあメンゴメンゴ、そりゃ訳わかんないよね~。でも理由ってモンが無いわけじゃあないんだよ~」
「へぇ~? じゃあどんな理由で舎弟に入ったの~?」
つむぎが問いかけ、イタチが意気揚々と「それはだね~」と答えようとした瞬間、唐突に突き刺さるような視線を感じ恐る恐る振り返ると美愛が背後に立っていた――顔に青筋を立てながら。
「随分と楽しそうに実況してるじゃないの。イタチ」
「ンゲッ!? き、黄桜ちゃ~ん何時から気付いてたの? てゆうかアニキは~?」
ササッと後ずさりしながら苦笑いしつつゆっくりと近づいてくる美愛に慌てつつもイタチは必死に逃げようとするが、美愛はそれを逃さず、手に持っていた槍で逃げ道を遮った。
「あれだけノリノリでやってたら誰だって気付くでしょう! むしろ気付くなっていう方が無理あるわよ! ――後、タツはとっくに別のモノに興味が移っちゃってるわよ……ったくもういつもいつも」
「ああなるほど、そゆとこあるもんね~アニキって……いやあホントホン――」
「――みたいな流れで逃げられるとでも思った? 誤魔化すのだったらもっとマシな内容を考えなさい、後やっぱり最初から見てたのね」
墓穴を掘ってしまい、まさにピンチといった状況にイタチは何とか打破すべく近くにいたつむぎや知代子に助けを求めようとする。
だが悲しいことに既に二人は美愛の怒気に敏感に察知しており逃げ出していた。美愛がキレたらどれほど怖いか十分に理解していたからの行動であった。
しかしイタチは諦めずにクマとヘビに助けを求める。
「仕方ねえ。おーい! ヘビ! クマ! タスケテー!!」
しかし反応がなかった。
「あの二人、とっくにタツのところに走っていったわよ?」
「ウッソだろオイ!! ジーマーで!?」
あまりにも薄情すぎる二人にイタチは悲痛の叫びを上げた。
そうこうしているうちに美愛は逃げても即座に捕まえられる距離にまで近づいていた。
「さあ、大人しく観念しなさい!」
万事休すかと思われたイタチは咄嗟に思い浮かんだ案をあさっての方向へ指を指しながら言った。
「あ! アニキが川蝉パイセンと楽しそうに話しているぞ! それも親し気に!」
エッ? と指さされた方へ視線を向けたその一瞬の隙にイタチはダッシュで逃げ出した。
騙されたとハッと我に返り美愛はすぐに追いかける。
「あっ! コラー! もう、待ちなさーい!」
「ハァーハッハッハッハッハッ! その一瞬が命取りだぜ~黄ッ桜ちゃーん!」
まるで脱兎の如く逃走するイタチに後を追う美愛だったが、あっという間にその姿を遠ざけて行ってしまった。
――所変わってタツはというと先程逃げ出していたクマとヘビがタツの元へと集まろうとしていたのだが、偶然話していた鶴来と顔を合わせたクマは瞬時にお互いを睨み合った。
「オイ刀バカ、なんで手前が此処にいんだよコラ、聞いた話じゃ今回の訓練上、練度が低い順からのはずじゃねえのかよ。此処にいんのが間違いなんじゃねえのか? ――つか消えろ」
噛みつくように言うクマに鶴来も返すように睨みつけた。
「確かにその通りだ。だが別に俺が何処にいようとテメエには何一つ関係ねえよドルオタ。ちなみに俺たちの馬車が予定より早く着いたから時間まで話そうと思っただけだ――そしておまえが消えやがれ」
イヤお前だ、お前だと顔を近づけバチバチと火花を散らし合いをしている二人に対し、その様子をタツは相変わらずだなあと呑気に眺め、ヘビは喧嘩を止めようと仲裁に入る。
「ハア……おい、お前らその辺にして――」
「「――うるせえ、グラサン叩き割んぞ!」」
「なんで!?」
ギロリとそれだけで逃げ出す程の迫力に思わず後ずさるヘビ。だが仲裁に入ろうとしたのが幸いしたのか、喧嘩をする気が削がれた様子で睨み合いをやめ、鶴来はタツに向き合った。
「あー、まあ……あれだ。あの野郎のせいで言いそびれていたんだが……とりあえず頑張れ、そんで背中を預けられるくらいに強くなれよ」
そう言って己がジョブの武器である剣を拳と共に突き出した。それに対しタツは笑顔で同じように拳を突き出し応じた。
「おう! そん時は俺の背中も任せた! 約束な!」
「ああ! 任せな」
そして拳を打ち合わせる二人を見ていたクマとヘビはひそひそと小声で話していた。
(あの野郎、何少年漫画みてえにカッコ良く決めてんだ刀バカのクセに)
(クマ……いくら仲が良くて羨ましいからって女子みたいな嫉妬すんな、気持ち悪い)
(羨ましいってワケじゃね――って誰が気持ち悪いだコラ!!)
そんなやり取りをしていた二人の背後に突如、影が射し込む。その正体は先程美愛から逃げ出していたイタチであった。
「見つけたぞオラァ! よくも見捨てやがったなオメェら!!」
イタチはそう言いながらドロップキックを放つ。
「グヘッ! イタチテメェ何すんだコラ! 後さりげなく俺を盾にしてんじゃねえよヘビ!」
「仕方ないだろ、巻き込まれたくない。それにお前は我らがアニキの舎弟一のにくか――ゲフンゲフン、盾なのだから」
「今肉壁って言おうとしたよな!? お前ぇ!」
ウガァ、と猛獣の如く怒り追いかけるクマをからかいながら逃げそれを追いかけながら多少の私怨を交えながらゲシゲシとクマの背中を蹴るイタチという奇妙な光景が出来上がっていた。
その光景に気付いていた鶴来は「なんだアレ」と呆れており、タツは腹を抱えて爆笑していた。
だがそんな彼らの背後からザッと足音が聞こえてきた。
全員がギギギッと錆びれた人形のように恐る恐る振り返るとそこには美愛が立っており、その顔はようやく見つけたとばかりに笑っていた――目は笑っていなかったが。
「あ・ん・た・た・ちぃ」
「「「「ゲッ」」」」
「さあ、神妙に、お縄につきなさぁい!!」
そう言いながら手に持っていた槍を構え突っ込んできた。
「うわっ! ヤベェ逃げるぞ! おいイタチ! 全然撒けてねえじゃねえかよ!」
「ヤバい、ひたすらヤバい。イタチお前が生贄になってくれれば……」
「うるせえよ! こうなったら巻き込みに巻き込んでやるっつーの!」
そう叫びながらあさっての方向へダッシュで逃げた三人――逃げた先にタツと鶴来がいる方向へ向かって。
「――っておいっ! 何ちゃっかり俺も巻き込んでんだ! 関係ねえだろ!!」
「うるせえ! 死なばもろともだ! そもそもアニキが事の発端だからな!」
「アハハハハハハ!! 逃げるぞお前等ぁ!」
「で、何で当の本人はこんな時に笑えんスかねぇ!?」
鶴来は巻き込まれることに怒りイタチは開き直り、この状況で笑うタツにイタチは叫ぶようにツッコミを入れた。
「流石アニキ、どんな不利な状況でも笑みを忘れないそのスタイル、頼もしい限りだ!」
「ま、そのたびに喧嘩が絶えないがな……そして俺らを、巻き込んでいくスタイルともいう」
逆にクマは、自慢げにタツを褒めていたのでヘビが冷静に指摘する。この状況で軽口を叩ける彼らはあまりにも余裕な様子に他の人から見ればただの追いかけっこにしか見えないだろう――本人たちは割と必死なのではあるが。
そうこうしているうちに美愛はその距離を徐々に縮めていった。
「待ちなさい! コラー!!」
言うが早いか、美愛は手にした槍を振りかぶりタツ達のお尻に向かって思い切り叩きつけた。
「「「「チョッ! マッ、ギャァァァァァ!!」」」」
「お前等ぁぁぁ!?」
タツ以外の4人がお尻を打ち据えられその場に蹲り動けなくなっているのを美愛は確認し、そしてゆっくりと視線をタツの方へと向けた。
「さあ、次はアンタの番よ! 覚悟しなさい!」
「ゲエ! マジかよ!」
素振りをしながら近づいてくる美愛にタツはすぐさま逃げ出す。
再び追いかけっこが始まった。
「あんたねえ! 逃げるんじゃないわよ!」
そう言ってブンブンと振り回す美愛。
「イヤに決まってんだろ!」
ギリギリの所で槍の柄を器用に躱すタツ。
この後、美愛の猛攻を避けながらの逃走劇は訓練開始の15分前まで続くのであった。
尚、余談ではあるが、美愛に尻を叩かれた鶴来やクマ達はその場に放置されていたが、自力で何とか起き上がると、生まれたての子鹿のような足取りで、集合場所まで歩いて行ったのだった。
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