#40「大使館に呼ばれちった」
大使館が用意した黒塗りの車は最上ティアを乗せて、代官山の坂道をゆっくりと上っていった。
おしゃれなカフェやブティックが並ぶ通りを抜け、落ち着いた色合いの石造りの建物の前で車は止まる。
「うわ……すっご……ホントにこんなところに来ていいんかな?」
建物の前にはエーテルシュタイン王国の国旗が掲げられ、その隣には日本の国旗も並んでいる。
運転手が後部ドアを開けて、ティアは地面に足を下ろす。
「ようこそおいでくださいました。では、こちらへどうぞ」
待っていた大使館職員がティアを建物へと案内した。
ティアは今朝は早く起きて念入りに髪を整え、服はギャルブランドのものだが、きちんとした印象になるよう黒でまとめてきた。
けれども手入れされた庭、磨かれた窓ガラス、玄関脇に飾られた季節の花。
それらに囲まれると、やはりティアは自分の場違いさを感じた。
案内されたのは、玄関ホールの奥にある応接室だった。
「セリック殿下がお待ちです」
職員が重厚な扉を開け、ティアは中に足を踏み入れた。
応接室は広く、窓からは代官山の緑が見えた。
中央には大きなソファとローテーブルが置かれ、壁際には本棚が並んでいる。
そして、そのソファから一人の少年が立ち上がった。
今日はシーカーの格好ではなく、きちんとした服に身を包んでいた。
足には包帯が巻かれているものの、自分の足でしっかりと立っている。
「ティアさん!」
「殿下がお待ちです……だってさ、マジで王子様なんだねー。でもよかったー! バリ元気そうじゃん!」
「はい! おかげさまで怪我も大したことはありませんでした。またお会いできて本当にうれしいです……それでティアさんに受け取っていただきたいものがありまして本日はお呼びいたしました」
「ほえ? 受け取っていただきたいもの?」
セリックはひとりの男性を応接室に入れた。
白い口髭を蓄えたその男性は大使館の職員ではなく、王室に仕えている人間だった。
ティアとセリックはソファーに座り、男性がローテーブルに大量の書類と、間取り図のようなもの、さらに写真を並べた。
その写真には湖の中の小島に建てられた美しい白亜の城があった。
「ティアさんに何かお礼を……と考えてご用意しました。これは我が王室の別荘のひとつで、ぜひティアさんに所有していただきたいのです。もちろん維持管理費や使用人の給金については王室が負担いたします……だからその……ときどきエーテルシュタインにお越しいただければ……」
「これ別荘!? どうみても宮殿じゃん!」
ティアは予想もしていなかった贈り物に腰を抜かしそうになった。
――――王室ってスゲー! スケールがパねー! こんなん貰っちゃっていいの? でも使うか? こんな中世の城みたいな場所でバカンスしてる黒ギャルの姿がまったくイメージできねー!
ティアは小さな小箱をローテーブルに置いた。
「……あーしもさ、渡そうと思って持ってきてたモンあるんだけど。こんなん貰っちゃったあとだと、なんかすげー恥ずいなぁ」
「ティアさんから僕に?」
セリックは小箱を開けた。
中には……サイクロプスがドロップした心核が入っていた。
「日本土産にね……まあ、ポータルの中が日本なのかはビミョーだけどさ。一緒に冒険した記念品っぽいっしょ?」
「……ティアさん」
セリックは涙ぐみながらサイクロプスの心核を両手で胸に当てた。
彼はもうすぐ大使館を出て、飛行機でエーテルシュタインに帰国しないといけなかった。
残り少なくなっていく時間を惜しむように、セリックはティアに様々な質問をしてきた。
「なるほど……パないってのは半端ではないという意味なのですね。日本からの国賓をお迎えしたときに使わせていただきます」
「それは、やめといたほうがいいよー」
「ところでティアさんは次はどのようなダンジョンに挑まれるのですか?」
「それがさ! マジで困ってんのよ! もういっそ誰かに丸投げして……」
――――あ、そうだ。
ティアは、あることを思いついた。
たいした思いつきではなかったが、それによって結果的に彼女は、数週間後にこれまでとは次元の違う挑戦をしなければならなくなる。
――――次のダンジョン、スキルの時みたいにまた掲示板で決めてもらえばよくね?




