#01「とりま、ダンジョン行くっしょ!」
「はぁ、マジ憂鬱……ガチでぴえんって感じっス……」
最上ティアのちょっとハスキーな声質の呟きが、坑道タイプのダンジョンの薄暗い通路にぽつりと落ちる。
いつもの彼女なら配信中にこんな愚痴は絶対に言わない。
「…………」
ティアはスマホの画面をちらりと確認した。
現在の同時接続者数は二人……コメントは、流れていない。
それは別に構わない。
彼女は人気配信者になりたいわけじゃなかったから。
配信で金を稼ぎたいわけでもなかったから。
ただダンジョンに潜って、モンスターを倒す。
その様子を誰かと共有できれば、それで十分。
仕事じゃない。これはただの趣味だった。
だからこそ、せっかくなら楽しくやりたい。
彼女は気を取り直して、四基のサイクロローターを備えた配信用ドローンにピースサインを見せる。
「ハイハ〜イ! 今日もアゲアゲでダンジョン攻略してくから見とけよー!」
最上ティア――――彼女はAV女優だ。
もっと詳細に説明をするならば、ビッチ系黒ギャルAV女優という「カテゴリ」で仕事をしている。
前世紀の終わり頃、まるでファンタジーRPGの世界観を具現化したようなダンジョンが、世界中に突如として出現した。
世界はしばらく大混乱に陥ったが、やがてダンジョンの仕組みが少しずつ解明されていく。
するとダンジョンを生業の場とする者たちが現れた。
最初に潜りはじめたのは、ダンジョンシーカーと呼ばれる探検家だ。
ダンジョン内で採掘される魔鉱石、そしてモンスターが落とす心核はどちらもとんでもない高値で取引されている。
それらを求める者たちが殺到し、一時期はゴールドラッシュの再来のような熱狂を生んだ。
次に潜りだしたのはダンジョン配信者だった。
モンスターを討伐する様子を生配信し、その広告収入や投げ銭などで生計を立てる者たちだ。
ダンジョン配信はエンタメの1ジャンルとしての地位を築き、配信者の中にはメジャースポーツのスーパースター選手に匹敵するほどの富と名声を手にした者さえいる。
当然の事だが、そんな人気配信者に視聴者は集中する。
結果――ダンジョン配信者の九十九パーセント以上は、過疎配信者となった。
最上ティアもそんな過疎配信者のひとりだったが、先述したように彼女にはAV女優という本業があり配信活動は趣味だったので、同接が二人だろうが十人だろうが別にどうでもよかった。
「ゴブリンはけ〜ん! うおっ、めっちゃ鬼ダッシュで向かってくるし! こっちもバイブス上がってきたー! ボコすぞー!」
ティアはラインストーンを張ったキラキラした鞘から、やたら細身のレイピアを抜き放った。
彼女の本名は、山寺佐紀。
地元では地味で目立たない、ゲームが好きな少女だった。
勉強は可もなく不可もなく、美術や音楽で特別な才能があったわけでもない。
生徒会に入るような優等生タイプでもなく、かといって不良でもない。
オタク気質ではあったが学校帰りにアニメショップへときどき寄る程度で、コミケにも行ったことがなく中途半端だった。
自分にも何らかの強烈な個性があれば良いのにと思っていたが、なかなか変わる勇気がでなかった。
目をつけられていじめられるんじゃないかという恐怖もあった。
実際、彼女は小学生の時にちょっと目立った事で陰湿ないじめにあっていた。
そんな山寺佐紀は、ゲームクリエイター系専門学校に入るための上京のタイミングでコッテコテなギャルになった。
髪を金色に染め、肌を焼き、濃いメイクに、派手なネイルで、喋り方まで変えた。
雑誌やネットを参考にファッションやメイクをゲーム感覚で「ビルド」して以前から憧れていた姿に完成させていくのが楽しかった。
そして就職活動中にAVプロダクションにスカウトされて「最上ティア」となり、なんやかんやで現在に至る。
もしかしたらギャルというペルソナ(仮面・表面的人格)を手に入れたから、彼女はいまの仕事を受け入れられたのかもしれない。
――――まぁ、昔と比べたらかなり変わったけどさー、さすがにAV女優になっちゃうのは我ながら人生バグりすぎじゃね? って思うけどねー。
思わず誰もが振り返るほどの抜群のスタイルと、愛らしい顔立ちを持つ最上ティア。
そんな彼女はいま、悩みを抱えて落ち込んでいた。
そしてこのすぐ後、心だけでなく肉体も奈落の底へと落ちていく。
その不運が発端となり、世界は彼女を知る事となる。




