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エロゲ転移『エロゲ世界に迷い込んだ史上最年少の阿闍梨、断罪寸前の悪役令嬢を救ったら攻略対象全員の様子がおかしくなりました』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第82話 正ヒロインなど勝手に決めないでくださいませ――悪役令嬢、王都の舞台で再び立つ

 王都中央大広間の空気が、ひとつの意志を持ったみたいに変わった。


 九十九院霊真は、その瞬間をはっきり感じた。


 床の下。

 壁の奥。

 天井の装飾のさらに向こう。


 目には見えないところを、古い王朝の魔導式が一斉に繋がっていく。

 時計塔地下から広がる本機構が、この大広間そのものを“選定の舞台”として完全に起動させたのだ。


 燭台の光は柔らかいままなのに、

 その柔らかさが誰かを美しく見せるためのものへ変わる。


 楽師の旋律は上品なままなのに、

 その上品さが誰かを主役にし、誰かを脇へ押すための音へ変わる。


 人々のざわめきも同じだった。

 会場にいる誰もが、自分の意志だけで見ているわけではない。

 見せられている。

 比べさせられている。

 決めたがらされている。


 ――誰が今夜の正ヒロインか。


 あまりにも趣味が悪い問いが、大広間全体へ薄く広がっていく。


「……最低ですわね」


 そう言ったのはセレスティア・フォン・ローゼンベルクだった。


 深紅と黒のドレスをまとった彼女は、主役候補席・第一列という最悪に意味の重い場所に座ったまま、まっすぐ前を見ている。

 王都本機構は、今まさに彼女を“どの役へ置くか”最後の判断をしかけているのだろう。


 悪役令嬢として沈めるか。

 高位の婚約者候補として戻すか。

 それとも、主役候補として押し上げるか。


 だが今のセレスティアは、そのどれにも素直には収まらない。


 それが分かるからこそ、本機構の圧は彼女へ最も強く集まっていた。


「ローゼンベルク殿」

 と霊真が小さく呼ぶ。


 セレスティアは少しだけ顔を向けた。

 赤い瞳は静かだ。

 静かだが、その奥にはもう何度も見てきたあの色――折れないための怒りがある。


「ええ」

 と彼女。

「分かっておりますわ」

 一拍。

「どうせ、次はわたくしなのでしょう?」


 その言葉の直後だった。


 大広間中央の司会役を務める老貴族が、わずかに前へ出る。

 笑みは崩さない。

 だがその笑みの下で、彼自身もただの進行係ではなく、本機構の意図を代弁しているのが見えた。


「皆さま」

 と彼は言う。

「調和の巡礼は、次の段へ進みます」

 やわらかい声が、広間の隅々まで流れる。

「今宵、主役候補として最も強く王都の視線を集める方へ、王都の意志を問う場です」


 空気が止まる。


 王都の意志。

 言い方を飾っているが、実際には露骨だった。


 ――お前は何の役でここへ立つのか。

 ――王都の物語の中で、どこに収まるつもりなのか。


 それを主役候補へ問う、ということだ。


 主役候補席にいる三人のうち、今もっとも不安定で、もっとも観測熱が高いのは誰か。

 そんなもの、会場の空気がもう答えている。


 セレスティアだった。


「ローゼンベルク様」

 老貴族が恭しく一礼する。

「どうか、中央へ」


 ざわ、と会場が揺れた。


 やはり。

 来た。

 そういう波だった。


 リリアーナが小さく息を呑む。

 ミレーユも、静かな顔のまま目を細める。

 アルフレッドは王子席で明らかに表情を硬くし、ルシアンは測定具を握る手へ力を込めた。

 ガイゼルに至っては、今にも「ふざけるな」と言いそうな顔をしている。


 だが、最も静かだったのは当のセレスティアだった。


 彼女はすぐには立たない。

 まず、自分の膝の上で両手を軽く重ねた。

 ほんの短い時間。

 それだけで、霊真には分かった。


 これは怯みではない。

 整えているのだ。

 自分を。

 役へ戻るためではなく、

 役を押しつける言葉へ、ちゃんと自分の言葉で返すために。


 そしてセレスティアは、ゆっくり立ち上がった。


    ◇


 立ち上がっただけで、会場の空気が変わる。


 高位令嬢としての華やかさ。

 悪役令嬢として映える危うさ。

 そして今は、それらを越えてしまいかねない主役感。


 王都はきっと、これを見たかったのだろう。

 断罪されるはずだった悪役令嬢が、王都の中心でどう立つのかを。


 落ちるのか。

 抗うのか。

 泣くのか。

 気高く笑うのか。


 そうやって、また勝手に意味を付けようとしている。


 セレスティアは中央へ向かって歩き出した。


 歩幅は乱れない。

 背筋も伸びている。

 昔の彼女なら、これだけで“完璧な高位令嬢”として拍手されたのかもしれない。


 だが今の彼女を立たせているのは、そういう教育だけではない。

 実家で役しか与えられてこなかった事実を知った夜。

 夜庭で少しだけ泣いたこと。

 地下祭壇で悪役令嬢役を拒絶したこと。

 そして、もう戻らないと決めたこと。


 それら全部が、今のセレスティアの歩みを支えていた。


 会場中央へ着くと、老貴族は一歩退いた。

 つまり、ここから先は本人の言葉で埋めろということだ。


 王都は、悪役令嬢にも主役候補にも、きちんと“自分で名乗らせる”のが好きらしい。

 自分たちで作った舞台へ、自分から上がってきたように見せるために。


 だからこそ、余計に性質が悪い。


「ローゼンベルク様」

 と老貴族。

「今宵、王都はあなたを見ております」

 一拍。

「どうか、お示しくださいませ。あなたが何者として、ここへ立つのかを」


 会場中の視線が、一斉にセレスティアへ向いた。


 本来ヒロイン。

 聖女候補。

 王子。

 高位家門。

 王都の婦人たち。

 若い令嬢たち。

 聖職者。

 誰もが、同じ顔をしている。


 答えを見たがる顔だ。


 悪役令嬢なら悪役令嬢らしく。

 主役候補なら主役候補らしく。

 分かりやすく、

 きれいに、

 見栄えよく。


 そういう答えを期待している。


 セレスティアは、その視線の中でほんの少しだけ息を吸った。


 霊真には、その呼吸が分かった。

 怖いのだ。

 怖くないはずがない。

 王都全体の視線を浴びながら、“悪役令嬢役”を拒絶するのは、学園の断罪舞台よりもずっと重い。


 けれど、彼女は退かない。


「……王都の皆さま」

 とセレスティアは言った。


 その声は、思ったよりずっと静かだった。

 静かだが、よく通る。

 高位令嬢として鍛えられた発声。

 だが今夜は、それを誰かの都合ではなく自分のために使っている。


「どうやら今宵のわたくしは、たいそう便利な位置に置かれているようですわね」


 ざわ、と会場が揺れる。


 便利。

 その単語は、あまりにも正直だった。


「悪役令嬢として見たい方には、そのように」

 と彼女。

「主役候補として見たい方には、そのように」

 赤い瞳がゆっくり会場を巡る。

「王子殿下の婚約者役へ戻したい方には、そのように。庶民の娘の対置役へ置きたい方には、そのように」


 一つ一つの言葉が、王都の期待をそのまま言い当てていく。


 婦人たちの笑みが少しずつ固くなる。

 聖職筋の視線が揺れる。

 若い令嬢たちは、まるで面白いものを見ているような、だが笑ってはいけないと分かっているような顔だ。


「けれど」

 セレスティアはそこで、一度はっきり間を取った。

「正ヒロインだの、主役候補だの、悪役令嬢だの」

 その声音は少しだけ冷たくなる。

「そのようなもの、勝手に決めないでくださいませ」


 大広間の空気が、完全に止まった。


 あまりにも真っ直ぐだった。

 あまりにも正面からだった。

 しかもそれを言ったのが、王都が“意味を持たせたがっている中心人物”その人なのだから、衝撃は大きい。


「わたくしを悪役令嬢にしたいのでしたら、どうぞご勝手になさい」

 セレスティアは続けた。

「わたくしを主役候補として見たいのでしたら、それもお好きになさればよろしいでしょう」


 一拍。


「ですが、わたくし自身は」

 彼女の赤い瞳が、まっすぐ前を射抜く。

「その役を受け取りませんわ」


 その一言が、大広間の中心へ落ちた。


 役を受け取らない。


 悪役令嬢役も。

 主役候補のラベルも。

 王都がもっとも美しいと思う“正ヒロイン像”も。


 それら全部を、本人が受け取らないと言っているのだ。


 王都本機構にとって、これ以上厄介な返答はないだろう。


    ◇


 先に揺れたのは、深紅の区画だった。


 セレスティアと最も結びつきの強い婚約・高位家門・対置役の領域。

 そこを走る光が、一瞬だけ大きく明滅した。


「来ました」

 ルシアンが低く言う。

「悪役令嬢補正が反発しています」


 霊真にも分かる。

 会場全体の底で、何かが明確にずれていく。


 王都本機構は今、

 セレスティアを“役へ固定する”ための最終補正をかけようとしているのだ。


 冷たくあれ。

 高慢であれ。

 本来ヒロインへ対置されよ。

 あるいは、

 高位本命として美しく立て。


 どちらでもいい。

 とにかく“分かりやすい役”に収まれ。


 そんな押しが、会場そのものから立ちのぼる。


「……っ」


 セレスティアの指先が、わずかに震えた。


 やはり来た。

 だが彼女は、それでも立っている。


「ローゼンベルク様」

 老貴族が、やわらかな声で言う。

「王都は、あなたを美しく見たいだけです」


 その言葉に、霊真は静かに思った。


 違う。

 そうではない。


 王都は、彼女を美しく“処理”したいだけだ。

 都合のいい物語の中へ、綺麗に置きたいだけだ。


「そのようなお気遣い」

 セレスティアは笑った。

 だがその笑みは冷たい。

「少しも必要ありませんわ」


 また光が揺れる。


「王都の美しさのために、わたくしの人生を整えないでくださいませ」

 と彼女。

「わたくしは、誰かの筋書きを綺麗に見せるために立っているのではありませんもの」


 その言葉が、今度は主役候補補正のほうへも刺さる。


 悪役令嬢役だけではない。

 “主役候補らしい気高い宣言”としてさえ利用されたくない、という拒絶だ。


 セレスティアは本当に、どちらのラベルも受け取るつもりがない。


    ◇


 その時、リリアーナが小さく息を吸った。


「……ローゼンベルク様」


 それはほとんど無意識の呼びかけだった。

 だがセレスティアには届いたらしい。

 彼女はほんの少しだけ、主役候補席のほうへ視線を向ける。


 そこにはリリアーナがいる。

 本来ヒロイン枠として最も押しやすい少女。

 だが今は、王都に“選ばれる子”として扱われることへ、はっきり嫌そうな顔をしている少女でもある。


 ミレーユもまた、静かにセレスティアを見ていた。

 聖女候補として美しく整えられることを拒み、

 綺麗な祝福役へ戻るつもりがない少女として。


 そしてそのさらに向こう、王子席にはアルフレッドがいる。

 “選ぶ王子役”を拒絶して、最初のダンスを意図的にずらした男が。


 つまり今のセレスティアは、一人ではない。


 王都はヒロイン戦争をやりたい。

 だが当人たちは、その構図ごと嫌がっている。

 それが今のこの夜会の、一番大きなズレなのだ。


 セレスティアはそのことを、ちゃんと理解したように見えた。


 そしてその理解が、次の言葉をさらに強くした。


「わたくしは」

 と彼女は言う。

「王都が決めた正ヒロインにはなりません」


 会場の何人かがはっきり息を呑んだ。


「悪役令嬢として落ちるつもりも」

 彼女は続ける。

「主役候補として持ち上げられるつもりもございません」


 その声は、もうほとんど宣言だった。


「わたくしは、セレスティア・フォン・ローゼンベルクとしてここにおります」

 一拍。

「それ以上でも、それ以下でもありませんわ」


 それは、王都本機構が最も嫌う答えだ。


 悪役令嬢でもない。

 正ヒロインでもない。

 誰かの都合のいい意味づけでもない。


 自分で自分の立ち位置を名乗る。

 役を超えて、個として立つ。


 学園地下でも、

 実家の地下祭壇でも、

 そして今、王都の中央大広間でも。

 セレスティアは同じことをやっている。


 だから強い。

 そして、だから王都は処理しきれない。


    ◇


 大広間の床下で、王都本機構が大きく軋んだ。


 目には見えない。

 だが、会場にいる全員が“何かがずれた”ことだけは感じ取った。


 灯りが揺れる。

 楽師の音がほんの一瞬だけ乱れる。

 婦人たちのざわめきに、明らかな戸惑いが混ざる。


「……本当に」

 ミレーユが小さく呟く。

「立ってしまわれましたわね」


「ええ」

 リリアーナは、目を離せないまま言う。

「しかも王都の真ん中で」


「当然だろ」

 ガイゼルが低く言う。

「アイツはもうそういう女だ」


 ルシアンは測定具から目を離さず、短く言った。


「主役候補補正、悪役令嬢補正、両方が乱れています」

 銀の瞳が細くなる。

「ローゼンベルク嬢、かなり本気で本機構の演算を壊しています」


 アルフレッドは王子席で静かに頷いた。

 王子としてではなく、同じ舞台へ立たされている当事者として。


 そして霊真は、会場中央のセレスティアを見ていた。


 彼女は今、王都の舞台で再び立った。

 悪役令嬢としてではない。

 正ヒロイン候補としてでもない。


 自分で、自分の物語を押し返す者として。


 それはたぶん、王都本機構にとって最も想定外で、

 そして読者にとって最も気持ちのよい瞬間の一つだった。

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