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エロゲ転移『エロゲ世界に迷い込んだ史上最年少の阿闍梨、断罪寸前の悪役令嬢を救ったら攻略対象全員の様子がおかしくなりました』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第80話 王子との初手ダンス、世界は王道を望むけれど本人たちはそう簡単ではありません

選定夜会の空気は、楽師が次の曲へ移った瞬間に、ひときわ露骨な意味を帯びた。


 王都中央大広間の中央。

 磨き上げられた白い床。

 金と群青の装飾が揺れる高い天井。

 燭台の光が、今まさに“主役になりそうな者たち”へ集まり直す。


 そしてその空気の変化を、九十九院霊真は肌で感じた。


 ――来ました。


 何が、とは言わずとも分かる。

 選定夜会における、最初の大きな意味づけ。

 王子アルフレッド・ルミナス・エーヴェルシュタインが、

 最初に誰と踊るか

 という、あまりにも分かりやすいイベントである。


 どう考えても、ここが一つ目の山だ。


「……始まりましたわね」

 とミレーユ・セラフィナが小さく言う。


「ええ」

 セレスティア・フォン・ローゼンベルクも、赤い瞳を細めたまま頷く。

「本当に、趣味がよろしくありませんこと」


 リリアーナ・フェアミントは、もう隠しもしないで顔をしかめていた。


「何でダンス一つでこんなに空気が変わるんですか」

「王都だからでしょう」

 とルシアン・エーデル=クロイツ。

「そして本機構が、最初のダンスを“主軸判定の一つ”として使いたがっているからです」


「嫌すぎるだろ」

 とガイゼル・ヴァン・ドレイク。


 その一言へ、ほぼ全員が心の中で同意した。


 だが嫌だろうが何だろうが、夜会は止まらない。

 王都の視線も、楽師の音色も、主役候補席の意味づけも、すべてがこの瞬間へ向けて整ってきていた。


 そして大広間の空気は、あまりにも分かりやすく言っていた。


 ――さあ、王子よ。

 ――正しい相手を選べ。

 ――この夜の“王道”を示せ。


    ◇


 最初にざわめいたのは、王都の婦人たちの一角だった。


「いよいよですわね」

「ええ、最初のお相手がどなたかで、今夜の空気はかなり決まりますもの」

「フェアミントさんなら王道ですし」

「セラフィナ様なら神聖で美しいですし」

「ローゼンベルク様なら、また別の意味で大きく動きますわね」


 言っていることは、ほとんどそのままだった。


 本来ヒロイン。

 聖女本命。

 悪役令嬢から主役候補へ反転しうる高位令嬢。


 誰を最初に誘うかで、

 この夜会は“どのルートを強く見せるか”を決めたがっている。


「……やっぱり、メインイベントなんですね」

 とリリアーナが低く言う。


「かなり」

 と霊真。


「その返事が一番腹立つのに、一番正しいんですよね」

「申し訳ありません」

「いえ、今のはレイシンさんが悪いんじゃないです」

 とリリアーナ。

「王都が悪いです」


 それもまた、かなり正しかった。


    ◇


 アルフレッドは、王子席からゆっくり立ち上がった。


 その動きだけで、会場全体の空気が一段階引き締まる。


 王子の初手。

 最初のダンス。

 誰に手を差し出すか。


 王都の人間にとって、それはただの儀礼ではない。

 最初の印象であり、

 最初の傾きであり、

 最初の“物語の答え”なのだ。


 だからこそ今、王都本機構も大広間全体へ強く働きかけている。


 霊真には分かる。

 床の下から、時計塔地下で感じたのに似た脈動が、薄く広がっている。

 人の視線を誘導し、

 立ち位置へ意味を与え、

 王子の足先を“自然な王道”のほうへ寄せたがる力。


 おそらく最も王道なのは、リリアーナだ。


 庶民出身。

 善良。

 王子との距離が適度に近い。

 悪役令嬢との対置にも使いやすい。


 次に王都が好みそうなのはミレーユかもしれない。

 清楚で、神聖で、王都の祝福を背負わせやすい。


 セレスティアは、いちばん危険で、いちばん意味が大きい。

 悪役令嬢役へ戻すにしても、

 主役候補として押し上げるにしても、

 最初のダンス相手にすれば夜会全体が大きく揺れる。


 だから王都本機構にとっては、

 たぶん“扱いにくいが面白い札”だ。


 アルフレッドは、その全部を分かったうえで歩き出した。


「……殿下」

 とミレーユが小さく呟く。

「ええ」

 とセレスティアも、わずかに目を細める。

「ここですわね」


 主役候補席の空気が、ぴんと張る。


 リリアーナも息を詰める。

 無論、望んでいるわけではない。

 だが緊張するのは止められない。


 王都に押しつけられる役は嫌だ。

 それでも、目の前で“最初の選択”が行われようとしているのなら、無関心ではいられない。


 そしてアルフレッドは、

 主役候補席のすぐ前まで来て、

 ――止まらなかった。


「は?」

 とガイゼルが小さく言った。


 王子は、そのまま三人の前を通り過ぎる。


 会場がざわついた。

 かなり大きく。


「えっ」

「通り過ぎました?」

「主役候補席を?」

「どういうことですの……?」


 当然だろう。

 王都の観測視線が最も集中する三人を、

 王子が最初のダンス相手に選ばずに素通りしたのだから。


 アルフレッドは、さらに数歩進んだ。


 そして、その少し外側にいる男の前で立ち止まる。


「レイシン」

 と王子は言った。

「少しいいか」


 大広間の空気が、完全に止まった。


 九十九院霊真は、さすがに少しだけ目を瞬いた。


「私でしょうか」

「ああ」

 アルフレッドは静かに頷く。

「確認したいことがある」


 ダンスではない。

 手を差し出したわけでもない。

 だが、この“最初の意味づけの瞬間”に、

 王子が主役候補三人ではなく、

 異物座標である霊真へ先に話しかけた意味は、あまりにも大きかった。


 王都の視線が、ざわ、と乱れる。


「なぜあの方に?」

「主役候補席を外したの?」

「え、何ですの今の……」

「判定が崩れましたわよ……?」


 まさにその通りだった。


    ◇


 アルフレッドは、わざとだった。


 それは霊真にもすぐ分かった。


 王都が求める“王道”を、一手目から外したのだ。

 リリアーナも、

 ミレーユも、

 セレスティアも、

 誰も最初に選ばない。


 代わりに、霊真へ声をかけることで、

 この夜会の軸は、お前たちの期待する恋愛的王道だけではない

 と示した。


「どうなさいましたか」

 と霊真。


 アルフレッドは、ごく小さな声で言う。


「この会場の空気は嫌いだ」

「はい」

「だから最初に、期待通りには動かないと見せておく」


 短い言葉だった。

 だが、それだけで十分だった。


「承知しました」

 と霊真。


「君は本当にそういう返事しかしないな」

「難しいことでしょうか」

「難しいし、今は助かる」


 そのやり取りを、会場の人々は当然全部は聞き取れない。

 だが見た目だけで十分すぎた。


 王子が最初に意味を持たせたのは、

 本来ヒロインでも、

 悪役令嬢でも、

 聖女候補でもない。


 異物たる転移者だった。


 それだけで、本機構の最初の王道判定はかなり乱れたはずだ。


「……やりますわね」

 セレスティアが、小さく呟く。

 その口元には、わずかに笑みがあった。


「ええ」

 ミレーユも頷く。

「かなり嫌がっておいでですわ」


「でも」

 とリリアーナ。

「これ、次どうなるんですか」


 それは全員が思っていた。


 王都本機構は、一手目の王道を外された。

 ならば次は、もっと強く“それらしい選択”を求めてくるはずだ。


    ◇


 そして、やはり来た。


 王都の司会役を務める老貴族が、笑顔のまま一歩前へ出て言う。


「殿下」

 と。

「最初の一曲は、どうぞ“主役候補席”よりお選びくださいませ」


 露骨だった。


 会場全体が、少しだけざわめく。

 だが王都の上流にとっては、むしろこれくらい明言して初めて自然なのだろう。


 主役候補席。

 つまり、リリアーナ、ミレーユ、セレスティアの三人から選べということだ。


「来ましたわね」

 とセレスティア。

「ええ」

 ミレーユがため息を吐く。

「結局そこへ戻したいのですわ」


 リリアーナは、明らかに顔を強張らせた。

 嫌なのだ。

 主役候補として比較されるのが。

 “王子に選ばれるべき相手候補”みたいに並べられるのが。


 それはセレスティアも同じだろう。

 ミレーユもまた、祝福と清楚の名目で綺麗に選ばれ候補へ入れられるのは望んでいない。


 アルフレッドは司会役を見た。

 その目は静かだったが、かなり冷えていた。


「“選ぶ”という表現は好まないな」

 と王子は言う。


 会場がまた止まる。


「は?」

 とガイゼルが小さく言う。

「殿下、そこから入るのかよ」

「かなり嫌がっておりますわね」

 とミレーユ。


 老貴族は笑みを崩さない。

 崩さないが、わずかに困っている。


「殿下、それは夜会の格式上……」

「格式は理解している」

 アルフレッドは遮った。

「だが、今ここにいるのは“選ばれるために並べられた者たち”ではないだろう」


 その一言で、主役候補席の空気がはっきり揺れた。


 セレスティアの赤い瞳が少しだけ開く。

 リリアーナは息を呑む。

 ミレーユは、やわらかい笑みの奥で目を細めた。


 王子は続ける。


「今夜ここへいるのは」

 とアルフレッド。

「それぞれ自分で立っている者たちだ」

 一拍。

「王都の都合のよい見え方だけで、ここへ並べるな」


 正しい王子主人公の台詞ではない。

 だが、今の彼にとってはそれが最も王子らしい言葉だった。


 そしてその言葉で、

 この夜会の“最初のダンス=正ヒロイン選定”という意味づけは、さらに大きく傷が入る。


    ◇


 それでも、ダンス自体は始めなければならない。


 王都の儀礼として。

 夜会の流れとして。

 何より、ここで完全に止まれば、今度は別の意味づけを与えられてしまう。


 だからアルフレッドは、少しだけ視線を巡らせたあと、ゆっくりと手を差し出した。


 向けた先は――


 ミレーユでも、

 リリアーナでも、

 セレスティアでもない。


「セラフィナ嬢」

 ではなく、

「フェアミント嬢」

 でもなく、

「ローゼンベルク嬢」

 でもなく、


 アルフレッドは、王家筋の年長貴婦人へ向けて手を差し出したのだ。


「今夜の格式を守るため」

 と王子は静かに言う。

「最初の一曲は、王家側の長として、あなたへ」


 会場が、今度こそ大きく揺れた。


「えっ」

「そちらへ?」

「主役候補席からではなく?」

「そんな回避ありますの……?」


 あるのだ。

 少なくとも今夜のアルフレッドは、やった。


 最初の意味づけを、

 恋愛的選定ではなく、

 王家儀礼の側へずらしたのだ。


 王都本機構にとっては、かなり嫌なずらし方だろう。


「……やりますわね」

 とセレスティアがもう一度言った。

 今度は、少しだけ愉快そうに。


「ええ」

 ミレーユも静かに微笑む。

「かなり」


「でも」

 とリリアーナは、ようやく少し息をついた。

「助かりました」


 それは本音だろう。


 最初のダンス相手として選ばれなかったことに、複雑さがゼロではない。

 人の心なのだから当然だ。

 だがそれ以上に、

 “今この瞬間に正ヒロイン候補として意味づけられなかった”

 ことへの安堵が強かった。


 それはきっと、セレスティアも、ミレーユも同じだった。


    ◇


 王都本機構は、まだ諦めていない。


 霊真には、それが分かる。

 最初の王道は外された。

 だが会場全体の圧は、むしろさらに濃くなっている。


 ならば次に来るのは、

 もっと直接的で、

 もっと露骨な

 “主役候補席の中から意味を決める動き”

 だろう。


 王都は、一度外されたくらいで黙るような場所ではない。


「次、もっと来ますね」

 とリリアーナが小さく言った。


「ええ」

 ミレーユ。

「本番はここからですわ」


「当然ですわね」

 セレスティアは、夜会の光を受けて静かに言う。

「王都が、これくらいで引き下がるはずがありませんもの」


 そしてその通りだった。


 最初のダンスで王道を外された夜会は、

 そのぶんだけ次の動きをより露骨に求め始めている。


 選定夜会は、まだ始まったばかりだ。

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