第78話 選定夜会、どう見てもメインヒロイン決定イベントです本当にありがとうございました
選定夜会の会場は、王都中央大広間の名にふさわしく、ひどく美しく、そしてひどく趣味が悪かった。
九十九院霊真は、大広間へ続く前室で足を止めた瞬間に、そう思った。
高い天井から下がる多層の燭台。
磨き上げられた白い床。
壁面を巡る金と群青の装飾。
王家紋、聖職紋、高位家門の紋章が、あくまで上品さを装いながらも、完璧な順番で配置されている。
一見すれば、格式高い王都の公式夜会だ。
だが霊真には分かる。
これはただの大広間ではない。
空気そのものが、
「誰をどこへ立たせるか」
を前提に組まれている。
入場前から既に、そういう圧がある。
「……もう少し隠す気はないのでしょうか」
とミレーユ・セラフィナが小さく言った。
今夜の彼女は、聖女候補らしい白銀系の夜会装いだ。露出は抑えめなのに、王都の照明の下だとむしろ神聖さが強調されて、かなり“清楚本命ルート感”が強い。
「隠す気があったのは、たぶん学園までです」
とルシアン・エーデル=クロイツ。
彼も今夜ばかりは正装だが、相変わらず顔だけは不機嫌である。
「王都中枢まで来たら、もはや“イベントをやっています”と堂々と言うつもりなのでしょう」
「気持ち悪ぃな」
とガイゼル・ヴァン・ドレイク。
「ええ」
とアルフレッド・ルミナス・エーヴェルシュタインも低く同意した。
「本当に」
王子の装いは当然、今夜最も“王子らしい”。深い濃紺に銀を走らせた正装は、立っているだけで主役めいて見える。
そして、それがまた本人の機嫌を悪くしていた。
リリアーナ・フェアミントは、王都側が用意した淡い桃色のドレスを着ていた。
飾りすぎず、やわらかく、庶民出身の素朴さを残したまま“王都で映える少女”として整えられた装い。
つまり非常に嫌らしい。
どう見ても本来ヒロイン枠へ寄せにきている。
そしてセレスティア・フォン・ローゼンベルク。
彼女は今夜、黒に近い深紅のドレスをまとっていた。
高位令嬢らしい気高さ。
悪役令嬢として映えすぎる華やかさ。
それでいて、少し角度を変えると主役候補にも見えてしまう危うさ。
王都本機構が彼女をどう扱えばいいのか迷っている、その不安定さがそのまま形になったような装いだった。
「……どう見ても」
とリリアーナが、前室から大広間を覗きながら言う。
「メインヒロイン決定イベントです」
しばし沈黙。
それからガイゼルが、とうとう肩を震わせた。
「そこまで言うか」
「だってそうじゃないですか」
リリアーナは本気だった。
「誰がどこから入るか、誰が王子の近くに立つか、最初に誰と話すか、全部に意味がつく空気してるんですけど」
「ええ」
ミレーユもため息交じりに頷く。
「わたくしも同意しますわ」
「かなり」
と霊真。
その相槌に、セレスティアが小さく目を閉じた。
「本当に」
と彼女。
「あなたがそう言うと、余計にゲームっぽくなりますわね」
◇
入場順は、すでに意味だらけだった。
王子アルフレッドが先。
その後に高位家門と聖職筋の主要者。
そして“主役候補席”に名を連ねた者たちは、やや遅れて別導線から入る。
つまり王都は最初から、
「主役候補は主役候補として見やすいように出します」
と宣言しているようなものだった。
「殿下、まずは王家側導線へ」
と侍従が言う。
アルフレッドは露骨に嫌そうな顔にはならない。
だが、静かに不機嫌だ。
「分かっている」
とだけ答え、歩き出す。
その背中はやはり王子らしい。
らしいのだが、王都本機構にとって都合のよい“主人公の背”とは、もうだいぶ違っているのだろう。
「ローゼンベルク様はこちらへ」
次にセレスティアへ案内が入る。
主役候補席・第一列用の導線。
王都の案内係の声は恭しい。
だがその実、かなり露骨だ。
あなたは今夜、見られる側です。
比較される側です。
主役候補として舞台へ上がる側です。
そう言っているに等しい。
「ええ」
とセレスティアは短く答えた。
その返答に乱れはない。
だが、霊真には分かる。
内側ではかなり警戒している。
リリアーナとミレーユにも、それぞれ別の導線が示された。
本来ヒロイン枠と聖女候補枠を、ちゃんと見栄えよく舞台へ乗せるための道だ。
この時点で本当に、どう見てもおかしい。
「レイシン様は」
と案内係が少し困ったように言う。
そこがまた面倒だった。
王都本機構にとって、霊真の位置は完全に定義しきれていないのだろう。
王子でもなく、攻略対象の一人に収めるには中心へ寄りすぎていて、かといって単なる護衛や客人にするには存在感が強すぎる。
「どこでもよろしいかと」
と霊真は言った。
案内係は一瞬だけ言葉に詰まり、それから結局、
主役候補席群からも王子席からも少し近い中間位置
みたいな、いかにも曖昧な席を示した。
ルシアンが後ろで小さく呟く。
「やはり異物座標」
「聞こえております」
と霊真。
「問題ありません」
「問題はあります」
ルシアンは真顔だった。
◇
大広間へ入った瞬間、空気の熱が一段上がった。
ざわめき。
楽師たちの奏でる柔らかな音。
グラスの触れ合う小さな音。
そして、王都の貴族たちが一斉に向けてくる視線。
それは単なる好奇心ではない。
見ている。
測っている。
比べている。
王子の位置。
主役候補席の並び。
悪役令嬢から反転しうる高位令嬢。
本来ヒロインめいた庶民娘。
清楚な聖女候補。
それら全部の距離と温度を、王都全体が貪欲に読もうとしている。
「うわ……」
とリリアーナが本音を漏らした。
「すごい見られてる」
「見られておりますわね」
ミレーユも珍しく少し疲れた声で言う。
「しかも皆さま、“今夜どなたが最もそれらしいか”を決めに来ているお顔ですわ」
「かなりございます」
と霊真。
セレスティアは自分の席へ着く前、一瞬だけ立ち止まった。
主役候補席・第一列。
王子から見やすく、
王都中枢の観客からも最も意味を持って見える位置。
悪役令嬢にしては高すぎる。
正ヒロイン候補としては危うすぎる。
だからこそ、今の彼女には一番似合ってしまう。
「……何ですの、この席」
と彼女は小さく言った。
「嫌がらせと期待が半分ずつ入ってませんこと?」
「ええ」
とルシアン。
「かなり正確な認識です」
セレスティアは深く息を吐いた。
それから、あえて乱れない動きで席へ着く。
その所作の美しさに、周囲のざわめきがまたわずかに熱を増した。
「ローゼンベルク様、やはり映えますわね……」
「でも怖いだけではないのよね」
「むしろ今は、主役に近いのでは?」
「けれどフェアミントさんも捨てがたいですし」
「セラフィナ様までおいででしょう」
「何て濃い夜会なの」
王都の連中は、本当に隠す気がない。
◇
開宴の挨拶が始まり、王都本機構の気配が、はっきりと強くなった。
霊真には見えない。
だが感じる。
座席の意味づけ。
視線誘導。
音楽の入り方。
照明の角度。
その全部が、誰をどう見せるかのために少しずつ整えられていく。
まるで舞台演出だ。
しかもかなり質の悪い。
「……始まりましたわね」
ミレーユが小さく言う。
「はい」
ルシアンは周囲を見ながら答えた。
「会場起動です」
「会場起動」
とガイゼルが顔をしかめる。
「言葉にするとほんと嫌だな」
「ですが事実です」
ルシアンは即答した。
「王都本機構の大型端末化が始まっている」
アルフレッドは王子席からわずかに視線を動かし、主役候補席の並びを見た。
リリアーナ。
ミレーユ。
セレスティア。
王都が今夜、最も比較したい三人が、あまりにも綺麗に並んでいる。
「本当に」
王子は低く言った。
「ここまで来ると、笑えんな」
「笑えません」
とリリアーナ。
「でも分かりやすすぎて逆にちょっと面白くなってきました」
「それは危険な兆候ですわ」
とセレスティア。
そのやりとりの軽さとは裏腹に、会場全体の空気はどんどん濃くなっていく。
主役候補。
誰が王都にふさわしいか。
誰が“正ヒロイン”として映えるか。
誰が王子の隣で最も物語になるか。
そんな品定めが、酒と音楽と笑顔の下で進んでいる。
「……すみません」
とリリアーナが小さく言った。
「やっぱりこれ、完全にメインヒロイン決定イベントです」
「ええ」
ミレーユも素直に同意する。
「本当にありがとうございました、ですわね」
「やめてくださいまし」
セレスティアが言う。
「言葉にされると余計に腹が立ちます」
だがその怒りは、今の彼女を折るものではない。
むしろ、舞台へ上げられたからこそ、余計に“自分のまま立つ”意志を強くしているように見えた。
◇
夜会の前半が始まり、王都の観測はますます露骨になった。
最初の挨拶で王子が誰を見るか。
主役候補席の誰に長く視線が留まるか。
聖職筋がミレーユへどれだけ寄るか。
高位家門がセレスティアへどの程度含みを持って話しかけるか。
庶民出身のリリアーナへ向く“物語性への期待”がどれほど強いか。
その全部が、王都の空気により数倍へ増幅される。
霊真は、その様子を見ながら静かに思った。
たしかにここは、美しい。
だが美しいぶんだけ、
“誰かを主役にするために他を役へ押し込める”構造も、より綺麗に見えてしまう。
それが何とも言えず嫌だった。
「レイシン様」
とミレーユが小声で呼ぶ。
「はい」
「少し、顔が厳しいですわよ」
「そうでしたか」
「ええ」
一拍。
「今の会場、だいぶお嫌いなのではなくて?」
霊真は少し考えてから答えた。
「人が多いことより」
と彼。
「皆さまが、役で並べられている感じが嫌かもしれません」
その言葉に、近くで聞いていたセレスティアがほんの少しだけ目を細めた。
「……ええ」
と彼女は静かに言う。
「本当に、その通りですわ」
選定夜会は始まった。
どう見ても、ゲームのメインイベントそのものだ。
そして王都本機構は、今まさにこの場を使って誰を中心に置くか測り始めている。
だが少なくとも、ここにいる者たちはもう、その舞台をただ受け入れる気がない。




