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人殺しのわたしは、今日もわたしを演じきる       旧タイトル〖放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします〗  作者: 上里あおい
第3章 両極の天才役者編

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第77話 瑠璃色の


「彩香、何かあったでしょ?」


 私の手を握りながら、由芽ちゃんは優しい声で語りかけてきてくれた。


 葉月さんと一緒にひなのちゃんサイドの稽古を見学した帰り道、仕事が終わった由芽ちゃんに呼ばれたのは天城先生の稽古場。

 ただいつもと違うのは、そこに天城先生もかなみちゃんもひなのちゃんも居ないという事だった。

 由芽ちゃん曰く、久しぶりに二人でお芝居をしたくなったらしい。


 もう18時を少し回っていたから、芝居の時間は少しだけ。


 それでも由芽ちゃんとの稽古というだけで、心は勝手に熱を帯びる。

 芝居を意識して美しく揃えられた指先に。

 しっかりとした発声なのに繊細さが同居する美声に。

 芝居相手すら魅了してしまう魔性の美貌に。


 私は、何度だって恋をする。


 だけど、そんな時でも考えるのはお昼の話。

 ひなのちゃんに言われた、由芽ちゃんを巡っての演技勝負。

 

 本当に受けてよかったのかな?

 もうキャストも決まってるのに、そんなの出来るのかな?

 第一、現状の私じゃひなのちゃんに勝つなんて無理なんじゃ……。

 

 なにより、あの時のひなのちゃんの鋭い目つき。

 もしかして、ひなのちゃんは由芽ちゃんの事が…………。

 

 そんな思考ばかりで、当然稽古に身が入るわけもなく。

 今では、由芽ちゃんに見抜かれてとても心配させちゃって……。


「うっ……」

「あ、彩香!?ほ、本当にどうしたの!?なんで急に泣いて──」

「ご、ごめんね由芽ちゃん……。わ、私、自分が情けなくって……!」


 こうして由芽ちゃんに心配させて、ひなのちゃんとの勝負に及び腰で。

 今では、由芽ちゃんとの芝居すら満足に身が入らずに。


 由芽ちゃんを誰にも渡したくない。

 一緒の舞台で芝居して、あの誰よりも正しく美しいお芝居を目の前で見ていたい。

 憧れの人の隣に立てる、私の最初のチャンスなのに。


「…………ごめんね、一緒に居られなくって」

「由芽ちゃん……」


 そう言いながら私を抱きしめる由芽ちゃんの腕は、私を優しく包み込む。

 その温もりに、どうしようもなく心が溶かされてしまう。


「今から言う事は、ここだけの秘密にしてね」

「えっ?」


 そんな前置きから、由芽ちゃんは私の手を引っ張って傍にあった長椅子へ。

 そこに先に座った由芽ちゃんは、私を膝枕に促してくれる。


 当然、その誘惑に抗えるわけもなく。

 泣きそうな顔のまま、私は由芽ちゃんの膝に頭を預けた。


「本当は、彩香の傍を離れたくない。仕事もぶっちして、ずっと彩香の成長を傍で見守りたい。師匠としては、過保護が過ぎるかもしれないけどね」

「由芽ちゃん……」

「有難いことにお仕事を沢山貰ってても、心の隅っこではずっとそう考えてる。んふふ、わたしって実は役者失格なんだよね♪」


 色んな人を押しのけて仕事を貰ってるのに、本当は私の傍でずっと居たい。

 それは確かに、他の役者さんにとっては贅沢な悩みかもしれない。

 私は今の現状で手一杯だから、あんまりそういう事は思わないけど。


「そんなわたしに比べれば、彩香は情けなくなんかない。彩香がそう思っても、わたしはずっと否定し続ける」

「……うん」

「千奈さんに質問に行ってたこと、愛の助言を真摯に受け止めてたところ。今日だって、葉月さんと仲を深めてきたんだよね?そういうのを自発的に出来るのは、彩香が誰よりも真剣だからだよ」


 頭を撫でられて、そんな肯定してくれる言葉ばかり。

 ……こんな事されたら、もう由芽ちゃんなしじゃ生きていけなくなっちゃいそう。

 ううん、それは今でもなのかな。


「自分を肯定してあげて。自分を誰よりも信じてあげて。もし、それが出来ないくらいになっちゃったら」



「こんな風に、わたしが誰よりも近くで彩香を肯定してあげるからね」



 …………ああ、これはだめだ。

 もう私の瞳には、由芽ちゃんしか見えなくなっちゃった。


「由芽ちゃんは、こんな私でも待っててくれるの?」

「勿論!何度も言ってる通り、彩香には沢山期待してるんだから!」

「……えへへ、そっかぁ。それじゃあ、頑張らないとだね♪」


 頑張るのは由芽ちゃんの負担にならない程度に。

 だからまずは、努力を出来る為のキャパシティを広げなきゃ。


「ありがとう、大好きだよ由芽ちゃん。もう、大丈夫」

「んふふっ、わたしも彩香の事大好き!さては、両想いなのかなわたし達?」

「えへへ、両想いですとも私たち!」


 由芽ちゃんのこの笑顔をこの先も見るために、私のやるべきことは決まった。


 主演として、この舞台を成功させる。

 一役者として、ひなのちゃんに実力で負けないように頑張る。

 そして、勿論ひなのちゃんに勝った先の事も。


「それじゃあ、もう少しだけ一緒に稽古に付き合ってほしいな!いい、由芽ちゃん?」

「勿論だよ!でも、その前に──」

「ひゃっ!?ゆ、ゆめちゃ──」


 その言葉の続きは、重なった唇に閉ざされて。

 私の瞳には、誰よりも愛おしい年下の恋人の綺麗な顔が映っていた。


「もう少しだけ、彩香とキスしてたい。…………だめ?」

「ひゅっ……!?だ、だれかきたりとかは?!」

「せんせは帰宅済みだし、ひなのも用事があるって♪表も裏も鍵は閉めてるし、もしかなみが来たら……。その時は、かなみも混ぜちゃお♪」

「ひゃ、ひゃい…………!」





「なんだか、この3人は珍しいですね」

「だな~。ひなのは昔馴染みだけど、高崎ちゃんとは最近よく話すようになったもんね」

「ええ、そうね。……今日は来てくれてありがとう、葛城さん」

「あはは、気にしない気にしない。……なんて、明るい話題じゃないんだけどさ」


 ひなのサイドの稽古終わり、あたし達三人はカフェに来ていた。


 数点に目を瞑れば、あたしの所感ではどっちサイドのチームもいい感じの雰囲気。

 勿論これからどう転ぶかは分からないけど、それでも滑り出しは良い感じ。

 

 そう、思いたかったんだけど。


「正直、今のあたし結構攻撃的だからさ。高崎ちゃん、宥めるのよろしくね」

「分かってる。私も、少し中立ではないかもだから約束は出来ないけれど」


 手元の紅茶をストローで飲んで、唇を少し湿らせる。

 逸る鼓動を抑えながら、あたしは正面に座ってるひなのに向かい合った。


「単刀直入に言う。ひなの、彩香先輩に何言ったの」

「…………どうして、私だと?」

「一緒の空間でいたんだからそれくらい分かる。彩香先輩、滅茶苦茶分り易いしね」

「私が電話で離れた後からね。あの時、一体何を話してたのかしら」


 今日の稽古で、彩香先輩はひなのと何かを話して。

 その後、目に見えて様子がおかしかった。


「彩香先輩は、自分の芝居や人格を否定されてもああはならない。あの人は、誰よりも優しい人だから」

「…………」

「こう言うのもなんだけど、ひなのよりは彩香先輩の事を分かってるつもり。だから、何を話してたのか聞かせて」


 彩香先輩のフォローは、とりあえず由芽に丸投げしておいた。

 あたし達の恋人なら、きっと最適解で彩香先輩を癒してくれる。

 ……うん、あとであたしも由芽に癒して貰おう。


 だから、その為にもここで話を聞いておこう。


 それで由芽に言ってあげよう。

 ひなのは、ちょっと言い方を間違えただけなんだって。

 少しすれ違っただけで、ひなのは反省してるんだって。


 だから、お願いひなの。

 誤解なんだって主張して、早くあたし達を安心させて。

 早とちりしたあたし達が悪いんだって、ちゃんと怒って──


「随分と、彩香さんに過保護なんですね」

 

 ──は?


「それ、あたしの質問に関係ある?」

「いいえ。ただ、彩香さんの事でそこまで怒るんだなと思っただけです」

「…………彩香先輩は、あたし達と違ってついこの前まで役者ですらなかったの。そんな人を心配して、何か不都合ある?」

「強いて言うなら、そんな憶測で詰められるのはあまり好きではありません」

「っ!!そんなのどうでもいいから、質問に答えなよ!!」

 

 ああ、ダメだ。

 口では怒ってるのに、頭の中では嫌な想像ばっかり巡る。

 初めて見るひなののこんな姿に、嫌でも思考が冷静になってしまって。


「それは、かなみさんに関係があるんですか?」

「あるよ!今回の舞台、あたしは演出家として携わってんの!!」

「……ゆーちゃんにいい所を見せたいから、の間違いでは」

「はぁ!?なんでそこで由芽……、が……?」


 まるで拗ねてるみたいなその言い方に、あたしの中で違和感が生まれた。


 由芽の話なんて出てきてないのに、どうしてここでそんな風に?

 いつもはスパっとしてるひなのらしくもない、遠回りな言い回し。

 ……もしかして、この状況に本当に拗ねてる?


 なんて思考は、涙を流し始めたひなのに遮られてしまった。


「え、っと、ごめん。ちょっと、言い過ぎたかも……」

「……ひなの、本当にどうしたの?最近、貴女少しおかしい─」


「凛ちゃんに何が分かるんですか」


 静かに、でも確かな敵意をもって。

 ひなのは涙を拭いながら、あたし達を見つめ返した。


「かなみさんの質問に答えます。私は彩香さんに、ゆーちゃんと一緒に芝居をする権利を賭けた勝負を持ちかけました」

「……は?えっと、つまりどういう事?」

「私はこの舞台で、ゆーちゃんと一緒にお芝居がしたいんです。ですから、彩香さんを傷つけました」


 この舞台……?えっと、話を整理すれば……。

 ひなのは、由芽と一緒に芝居できる同じ立場の彩香先輩が羨ましい。

 これは、前から知ってたこと。勿論、それで由芽を頂戴って言ってたことも相談は受けてた。


 ただそれは、あくまで実力面での話が大部分を占めてると思ってて。

 今のひなのを見れば、あたしのその考えは間違ってたってことで……。


「それ、本気?」

「ええ、本気も本気です」


 ああ、何となく分かっちゃったなぁ。

 女の勘なんて、働くものじゃないよ本当……。


「……ひなの、貴女の考えていることが私には分からない」

「凛?」

「だから教えなさい。……貴女を、理解したいの」


 さっきのひなのの鋭い罵倒を横に、高崎ちゃんはそうやって語り掛ける。

 あたしの第一印象としては、もっと情のない人間だったのに。

 これも、《双翼》の舞台の時に由芽と仲良くなった影響なのかな。


「……世間での私と凛ちゃん、そしてゆーちゃんの評価を知っていますか?」

「私たちの?」

「確かな実績と、類を見ない超絶技巧の現代日本のNo.1役者。それが凛ちゃんです」

「そんなの、内情を知らない─」

「突如現れた、高崎凛と対等な演技力を持つ現代日本のNo.2役者。ゆーちゃんは、そう呼ばれ始めています」


 自分のアイスティーを一口飲んで、ひなのは穏やかに一息をつく。

 その顔には、諦観の色が濃く滲んでいて。


「勿論、世間の評価なんてあまり気にしていませんでした。……今日、凛ちゃんと芝居合わせをするまでは」

「今日……」

「思い知りました。私の能力は、凛ちゃんとゆーちゃんには届いていない。No.1と2には、私は逆立ちしたって勝てないんです」


 その言葉に思い当たる部分があったのか、高崎ちゃんは少しだけ目を細めた。


 あたしは同じ役者じゃないから、多分感じることに役者とは差がある。

 それでも今日の稽古を見て、由芽と高崎ちゃん、その二人とひなのに差があるのは分かってしまって。

 そこら辺をどうしようかなって考えてはいたんだけど……。


「凛ちゃんは、きっと一人でもも大丈夫。ゆーちゃんも、すっかり以前の太陽みたいなゆーちゃんみたい。……私だけが、置いて行かれてしまいましたね」


 ガラスのコップの縁をなぞりながら、涙で濡れた目は伏せられる。

 微かに見える目に映るのは、暗い炎だけ。


「私と凛ちゃんが芝居での相性が悪いのは、凛ちゃんもご存じですよね」

「…………ええ」

「でも、ゆーちゃんは別なんです。ゆーちゃんとの芝居なら、私はきっと最高の舞台に出来る。……彩香さんよりも、絶対に」


 それだけ言って、ひなのは席を立つ。

 もう話は終わったと、あたし達を拒絶するみたいに。


「一か月後が勝負の期限です。どうか、私の我が儘に付き合ってください」

「ちょっ……!ま、待ってひなの──」

「葛城さん」


 あんまりなその態度に、思わず掴みかかろうとしたあたしを高崎ちゃんが制する。

 そして制した手は、高崎ちゃんの鋭い瞳に呼応するように震えていた。


「それが貴女の全てなのね」

「……はい」

「本当に、私の親友達は嘘が下手ね。でも、その嘘も見逃してあげる。ただ、その道を進むなら覚悟しなさい」


「もし一か月後にどうしようもない出来だったなら、舞台の上で貴女を喰い殺すから」


 ……あはは、かっこいいときの由芽を見てるみたい。

 ひなのも同じ事を思ったのか、目が見開かれてるし。

 

 でも、高崎ちゃんがそう言ってくれるなら少しは安心かな。

 それなら、あたしが言う事も決まってくるしさ。


「あたしも高崎ちゃんと同じ気持ち。でも、忘れんなよひなの」

「かなみさん……」

「自暴自棄になるくらいなら、絶対にあたしに相談しろ。それが、今回の我が儘を飲む条件ね」

「……はい。ありがとうございます、かなみさん


 この場での演技すらできないくらいボロボロなら、誰かが支えてやらなきゃ。

 発破をかけるのが高崎ちゃん、目標が由芽なら、その役目はあたしがしてやらないと。

 

 支えがない人間がどうなるかは、あたしが身をもって知ってるから。


 ……それに、ひなのの気持ちを知れたのは多分あたしだけだし。

 どうやってその感情と向き合っていくかは、あたしも彩香先輩と相談しなきゃだけど。


 それも追々、ちゃんと考えていかなきゃ。


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