第75話 愛弟子と妹弟子
「うう、今日寒いな~」
「そうだなぁ……」
12月の初週。寒さに震えながら、あたしと由芽は駅の近くで彩香先輩を待っていた。
勿論、恋人つなぎで手を温めながら。
今日は、舞台 《ガールズ・バンド》の台本読み初日。
今回の舞台も3ヶ月ほど稽古期間を取るそうだから、まだまだ先は長い。
その分、楽しみもあるんだけどね。
「かなみはさ、この前の顔合わせどう思った?」
「どうって……。由芽、ちょっと気にし過ぎじゃない?」
不安そうな顔をする由芽の頭を、少し苦笑いしながら撫で始める。
それでも表情が晴れないから、この子なりに色々と感じ取ってしまってるのかね。
「彩香先輩は大人だし、ひなのもあたし達よりは大人でしょ。心配しなくても、上手い事着地するって」
「でも彩香、かなみには相談したんでしょ?わたしは彩香の師匠で恋人なのに……」
「隠したい事の一つくらいあるでしょ。何もかも曝け出すのだけが信頼じゃないと思うよ」
あたしと由芽が会議室に戻れば、どういうわけか彩香先輩とひなのが分かれて他の人と話をしていた。
それだけなら全然普通だけど、真琴さんに話を聞いてみれば。
〖えっと、どうやら方向性の違いがあったみたいで……〗
との事。
それから顔合わせが終わって解散するときに、彩香先輩にお茶に誘われて。
そこで聞いたのは、ひなのと彩香先輩の会話。
〖ひなのちゃん、由芽ちゃんを頂戴って……。私がまだ、由芽ちゃんには相応しくないからなのかな……〗
きっと、彩香先輩のその懸念は正しい。
ひなのは由芽と高崎ちゃんの側の実力を持ってるから、そう言うのも理解はできる。
理解はできるだけで、それが正しいとは思わないけどね。
だって、ひなのは彩香先輩と一緒に他の役者を引っ張っていかなきゃいけない立場なわけで。
その立場の人間が、あんな風に雰囲気を悪くしちゃうのはなぁ……。
中身は違えど、由芽と高崎ちゃんの最初もそんな感じだったんだっけ。
《双翼》の時もそうだったけど、トップ層の役者はほんと我が強いよ。
「だけど……」
「も~、心配すんなって!由芽の代わりに、あたしがちゃんと目を光らせとくから!ただでさえ由芽は他の仕事も多いんだし、ここはあたしに任せときなって!」
「……えへへ、そっか。それじゃあ、かなみに沢山寄りかかっちゃうね」
そう言いながら腕を絡める由芽を見て、少しだけほっとする。
ただでさえ負担が多すぎるこの子には、もう負担を掛けたくない。
なにより、彩香先輩から聞いたひなのの言葉。
【ゆーちゃんを下さい。今のゆーちゃんと相性がいいのは、彩香さんではなく私だと思いますので】
何の根拠もないし、考えすぎかもしれない。
これはただ、あたしがひなのと過ごしてきた時間の中からの直観。
まぁ簡単に言えば、女の勘でしかないんだけど。
ひなのは、由芽の事を恋愛対象として見てる可能性がある。
「かなみ、何か考え事?」
「ん?全然!ただ、あたしらの恋人は甘え上手だなーって思ってただけ!」
「そ、そう言われると恥ずかしい……!」
悲しい思いは、もう由芽にしてほしくない。
ひなのがもし告れば、由芽はきっと断る。
そんでその事を憂いて自分を責め続けるかも。
ひなのだって、あたしの大切な友達だし。
でも、今の仮定が当たってればひなのは恋敵になっちゃうし……。
「はぁ……、このモテ女め……」
今は由芽に聞こえないよう、口の中で愚痴るくらいしか出来ないや。
△
「改めまして、柊彩香です!初主演ですが、精いっぱい良い舞台にしようと思ってます!よろしくお願いします!」
私のそんな自己紹介に、稽古場に居た人たちは拍手で答えてくれる。
顔合わせも終わって、今日は舞台 《ガールズバンド》の台本読み初日。
2班で分かれて演じる事や、役者個人のスケジュール問題もあって、今日は私たちサイドだけで台本読みをする予定になった。
ちなみに、ひなのちゃんと朝雲さんは横で見学の予定です。
「ふふっ、素晴らしい意気込みね。それじゃあ、最初から通しで行きましょうか」
「は、はいっ!」
「もー、そんなに緊張しなくていいよ彩香?」
「だ、だよねっ!」
そんな由芽ちゃんの言葉を添え木にしながら、初主演の稽古が始まった。
『あははっ、いいんじゃん?リコはそうでなくちゃ♪』
”二階堂サナ”を演じる長崎さんは、もう既にかなり役を読み込んでるなぁ。
まだ台本読みの段階なのに、きちんと言葉に感情の重みが乗ってる気がする。
『麻生の実力で、それが出来るんならいいんじゃない?』
”西城ミサ”を演じる葉月さんも同じで、このまま舞台に出てもきっと問題ないくらい。
初めましての挨拶以降はあまり話してないけど、やっぱりかなり上手だね。
『もうっ、喧嘩口調は辞めてください?西城さんは、もう少し柔らかい口調でお話しされては?』
悔しいけど、鳴海さんの”黛ノエル”はこの段階でほとんど完成されているように見える。
副部長とはいえ、由芽ちゃんと芝居し続けてきた実力者。
体感だけど、彼女は私と似た演技技法を使ってる気がする。
『……小さい頃から変わらないね、リコ』
ただ、そんな今の私じゃ到底敵わない実力者たちと比べても、”東スミ”を演じる由芽ちゃんは相変わらず別格で。
その発する一音一音に、鳥肌が立つくらい感動してしまう。
やっぱり《双翼》の舞台以降、由芽ちゃんのお芝居って進化したよね?
〖凛曰く、感情の支配がより洗練されたんだって。自分ではいまいち言語化できないんだけどね!〗
少し前の稽古で本人がそう言ってたし、私も肌で感じる部分はある。
もう既に完成されていると思ってたのに、由芽ちゃんはまだまだ進化する。
本当に、私の師匠は誰よりも凄いなぁ。
そうして由芽ちゃんや他の皆さんに圧倒されながら、どうにか台本読みを終えられた。
今はひなのちゃんたちも交えての、脚本とキャラクターの意見交換の時間。
由芽ちゃんにキャラクターの考察の仕方を教えてもらったり、天城先生に主演としての心構えを聞いたり。
でもそんな付け焼刃じゃ、役者の上位陣には通用しない。
今この場で、一番役者として未熟なのは私だ。
「……柊、少しいい」
「ひょわっ!?な、鳴海さん?」
び、びっくりした!
ぼーっと由芽ちゃんの方を見てたから、鳴海さんの接近に気づかなかった!!
「え、えっと、どうかした?」
「さっきの柊の芝居で気になったところがあるから、伝えに来た」
「…………」
「柊?」
「えっ、あっ、うん。えっと、ありがとう?」
鳴海さん、私の事を目の敵にしてると思ってたのに……。
「……由芽と凛は、貴女の事を高く評価していた」
「由芽ちゃんと凛ちゃんが?」
「だから、その能力を見るために柊に協力する。あの二人が、柊に肩入れする理由が知りたいから」
……そっか。由芽ちゃん、凛ちゃんと鳴海さんと遊びに行ったって言ってたもんね。
その時に、鳴海さんに色々と話してくれたのかな。
由芽ちゃんの献身も、凛ちゃんの行動も。
本来なら、主演の私がしなきゃいけないことなのに。
実力で認めて貰うのは、私がこの舞台に立つ上での絶対条件なのに。
「……改めて、ありがとう鳴海さん」
「うん」
「鳴海さんにも、実力で認めて貰えるように頑張る。だから、これからも協力をお願いします」
「……分かってる。それじゃあ早速、最初のシーンから」
「うん!」
焦っちゃダメ、目を逸らすのもダメ。
役者の歴の長さなんて、この大舞台では些細なことに過ぎないんだもん。
色んな人から吸収して、この舞台の座長に相応しくあれるように!
私は、他の人の何倍も頑張らなくちゃ!!
△
初めて出会った時、私は彼女にずるいと言いました。
ゆーちゃんとマンツーマンで、その芝居の全てを教わること。
ゆーちゃんの時間を独り占めして、弟子として振舞えること。
何より、如月由芽という役者の過去を見ても上澄みの役者の庇護下で居られること。
ただの嫉妬でしかありませんが、今でもその環境はずるいと思っています。
そして、今は別の部分でも。
「な、なるほど……。鳴海さんなら、どういう解釈で演じるかな?」
「私なら、ここに陰を入れる。後のシーンとの整合性も取れるから」
「べ、勉強になります……!」
鳴海愛。
ゆーちゃんと同じ中学出身で、演劇部で副部長としてゆーちゃんと切磋琢磨してきた天才。
知名度こそ薄いですが、それは彼女が表に出たがらないから。
気難しいとか暗いとか、何度か耳にしましたっけ。
そんな彼女が、思惑はどうであれ彩香さんに教えている。
あまり人と話したがらない彼女が、自分から。
憑依演技の天才で、ゆーちゃんにとって大切な人で、雰囲気すら時々似通る。
周囲に助けられる才能を持って、凛ちゃんにも認められていて。
「……あまり、比較はしたくないんですけどね」
隣の芝生が青いとはよく言ったものですね。
本当に、羨ましくてしょうがないです。
「どーしたの?」
「ひゃっ!?ゆ、ゆーちゃん!?」
「おお、そんなに驚くとは……」
ほ、本当にびっくりした……!
なんて抗議をぶつけようと目を合わせれば、私は相変わらず止まってしまって。
綺麗な紅色の瞳と、誰よりも整った美麗な顔。
大人になり始めているからか、最近ゆーちゃんの顔がより綺麗になっているんですもん!
こんなの、直視しろっていう方が難しいです!
「な、何でもありませんよ?ゆーちゃんこそ、他の皆さんとの情報交換はいいんですか?」
「ばっちり!って言っても、まだ台本読みだしね。本格的に動くのは、まだ先かな……っと」
「ふ、ふふっ、そうですか……」
ど、どうしたんでしょうゆーちゃん……?
今日の私はほとんど部外者なのに、どうして私の隣に座って……。
「ひなのがさ、寂しそうな顔してたから」
「え?」
「勿論、彩香はわたしの大切な愛弟子。でもひなのだって、わたしの愛妹弟子だからね」
「ゆー、ちゃん……」
「何が言いたいかって言うと、相談してねって事。凛もわたしも、24時間相談受付中だよ♪」
心臓が締め付けられて、声の代わりに涙が出てしまいそうです。
本当に、どれだけ罪作りなんでしょうかゆーちゃんは。
自分が辛いときに逃げた私を信頼して、好きでいてくれて。
こんな場所でも、他の誰よりも私を優先してくれる。
大好きなゆーちゃん、私のゆーちゃん。
「……私の姉弟子は、とても優しくて頼もしいですね」
「そう在れるように頑張って成長中なだけなんだけどね!」
自分の弱さを受け入れて、傷すら克服して前を向く。
難しくて辛いはずのそれを、屈託のない笑みと一緒にやり遂げる。
知っています、心に刻まれています。
そんな周囲を焦がす太陽が、ゆーちゃんだという事を。




