38.夜会にて
広間に近づくにつれて周りの声が大きくなる。間違いなくレオンハルト様と私の方を向いて言っているのがわかる。
「……あの方は、どなたかしら?」
「見たことない方よね?」
「レオンハルト殿下がエスコートしてらっしゃるし、それにあのドレスの色……」
「…あの髪、銀色?白?初めて見たわ、あんなお色」
―――そうでしょうとも。
皆様の言いたいことはごもっともです。私が反対の立場でしたら、絶対に思ってました。えぇ、今聞こえた事全部。
ただでさえ、隣の彼はこのスーラジス王国で一番ご令嬢方が狙っていた方ですしね。今夜も見初められようと張り切って装ってきた方ばかりでしょうから。
それを見知らぬこんな女が腕を絡めて歩いているのですから、ザワつくのは当然ですよね。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいです。あくまで(仮)なんです、と言いたい心をぐっと抑えて抑えて。
「大丈夫ですか?気分が悪いとか?」
ご令嬢方に一番狙われているであろう彼はこれでもか、というくらいの微笑みで尋ねてきた。周りから悲鳴に近い歓声が聞こえたような……。大丈夫です?ご令嬢方、倒れてませんか?
「……私は大丈夫です。でも」
「でも?」
「あまりこのような場は慣れておりませんので、笑顔でいられるかが心配です」
今までの人生、目を瞑って祈りを捧げている時間が圧倒的に多かったせいで、笑顔を保てるか自信がない。口角を上げる練習などしたことがないのだ。
するとレオンハルト様はまたもやフッと微笑んで
「リューはそのままでお願いします。無理に表情はつくらなくても大丈夫ですよ。それに」
「それに?」
スッと耳元に口を寄せてきた。
「その可愛らしい笑顔を見せるのは私だけの特権ですから」
一気に体温が上がり顔が火照る。まったくこのお方は。私の反応を楽しんでいるようにしか思えない。
クスッと笑って姿勢を正して、エスコートの手を構え直してきた。どうやら扉の前まで来たようだ。さぁ気合いをいれねば。深呼吸を一つする。
「入りますね」
「はい」
二人が広間に入った瞬間、案内の声が響いた。
「レオンハルト・フォン・スーラジス第三王子殿下、並びにリューディア様のご入場です!」
元々すでにかなりの人数が入っており、騒がしい感じがしていたのだが、一瞬にしてこちらに注目が集まる。
これほど緊張したのは初めてかもしれない。笑顔はもう無理だ。とにかく転ばないように歩くことだけに専念しよう、うん、そうしよう。
レオンハルト様に誘導されるがままに、とにかく転ばないようにだけを気をつけて足を動かす。広間を横切り、ある場所まで来たところでレオンハルト様の歩みが止まったため、自分も止める。そして頭を下げた。
「ようこそ、リューディア嬢。我が国は貴殿を歓迎する」
目の前の男性がそう宣言する。スーラジス王国国王陛下だ。隣には王妃様もいらっしゃる。
「これからはその力を我が国の為に遺憾なく発揮してくれることを願う」
「ありがたきお言葉、誠心誠意つとめさせていただきます」
とりあえず教えられた言葉を間違いなく言う事だけだ。すると国王陛下は広間全体に向かって声を出した。
「皆に紹介しよう、『聖女』リューディアだ。これからはその聖なる力を我が国のためにと誓ってくれた。そしてこの時をもって第三王子レオンハルトと『聖女』リューディアの婚約を宣言する」
おぉ、やはり!とか本当か?とか色々な声が上がるが、そこは一応皆貴族、とりあえずは拍手で迎えてくれた。
ふぅと一息つくと王妃様からお声がかかった。
「とりあえずはお疲れ様リューディア。だけどもうちょっと頑張ってね」
「はい」
としか答えようがないのだが。まぁとりあえず第一関門突破というところか。すると音楽が響き始めた。気づいたレオンハルト様が手を組み直してきた。
「一曲、お願いできますか?」
「喜んで」
断るという選択肢はないのだ。この二日間叩き込まれたというか、覚え直しさせられたというか。礼儀作法と同じく、基本的はワルツなどのステップはこれまたサリアス伯爵と夫人に叩き込まれている。とりあえず身体は覚えていたので、あとは細かい確認だけだった。
レオンハルト様に手を取られ、ダンスホールに出ていく。何組か一緒に出てきた。とりあえずは自分達だけではないことに安堵する。
するとその一瞬の動きに気づいたレオンハルト様はフッと笑って
「大丈夫、ちゃんとリードするから。失敗しても気にしない」
「……ありがとうございます。なるべく足は踏まないように気をつけます」
「お手柔らかに」
レオンハルト様が私の腰に手を回し、ホールドの態勢をとったと同時に音楽が鳴り始めた。さすが王宮の楽師達、タイミングはバッチリだ。
本日もありがとうございます!
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