9 【最終話】ビーレルはどうしてそうなった?
卒業パーティーから二日後、デミスは少ない荷物とともに公爵家の使用人が使う馬車に乗っていた。頬は腫れ上がり、口角は紫色になっていた。人生初、昨夜父親に殴られたのだ。母親もずっと泣いていた。
デミスは未だにこの状況が理解できなかった。デミスの予定では今日は仕立て屋にドレスのチェックのためポーリィナと一緒に出かけているはずだった。
デミスに付き添うことになった執事が反対側に座っている。デミスは裁判官になるつもりだったので、領地経営の勉強はしていない。小さな村の管理人でさえ、何をしていいかわからないのだ。
「私はなぜこうなっているんだ?」
「はい?」
「ポーリィナ嬢と婚約するはずだったのに。父上も母上も私の婚姻を望んでいたじゃないか。相手が公爵令嬢なら喜ぶところだろう?」
「コーカス公爵様の宰相としてのお力は有名です。さらに、コーカス公爵様のお嬢様溺愛も大変有名です。その方の逆鱗に触れたのですからこうなることも当然かと」
「愛し合っている私達が結ばれることの何が逆鱗に触れるというだっ?!」
デミスは思わず声を荒らげた。口角に痛みが走り口を押さえる。
「デミス様はコーカス公爵令嬢様と文のやり取りもなさっておりませんよね?」
「?? ああ、していないが?」
「コーカス公爵令嬢様にプレゼントもなさっていませんよね? コーカス公爵令嬢様からもいただいていませんよね?
あ、昔、時々クッキーをもらっておりましたね。ここ一年程はありませんでしたけど」
「そ、それは殿下がマーデルと懇意になったから。それにドレスを贈ろうと思って作っていたぞっ!」
「そうです。ライル元殿下とコーカス公爵令嬢様が離れたら、クッキーもいただけない程度の関係ですよ。
愛し合っているなどありえません」
急に現実を突きつけられてデミスは絶句する。
「一度でもデミス様からしっかりと行動なされば、コーカス公爵令嬢様ならデミス様を諭してくださり、勘違いだとお気づきになられたのでしょうね。
わたくしどもも、デミス様が行動なされないので、デミス様のお気持ちに気がつきませんでした。気がつけばお止めいたしましたのに。その点は執事として申し訳なく感じるところです」
「か、かんち……がい……」
デミスはワナワナと震えた。
「いきなりサイズの合ったドレスの贈り物などありえませんよ。それもご存知なかったのですよね……」
執事は困った子供を見るように微笑して小さく息を吐いた。
「デミス様は女性から言い寄られることしか知りませんでしたものね。女性を口説くことをもっとしっかり教えて差し上げるべきでした。申し訳ありません」
揺れる馬車の中で座ったまま頭を下げた。元に戻ると笑顔を向ける。
「まずは領地経営について学びましょう。落ち着きましたら女性についても学びましょうね」
デミスはいつの間にか頬に涙が伝っていた。
「王都へは戻れませんが、領地経営がうまくいけば少しずつ管理領地を増やしてくださるとご主人様は仰っています。デミス様はお勉強はできるのですから大丈夫ですよ」
二人を乗せた馬車はノキウス公爵領の最東の村へと向かっていた。
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ミーデは、学園での様子を思い出してみた。
デミスは図書室での対応を勘違いしたと考えられた。
ユシャフは音楽室での対応を勘違いしたのだろう。
ポーリィナはイライラするとピアノを思いっ切り弾きたくなるのだ。特にライルによって苛立たされると顕著だ。
クッキーを作ってこいと命令したり、宿題を写させろと威張ったり、俺に声をかけるなと怒鳴ったり。とにかく、ライルはポーリィナに対して酷い状態だった。
ポーリィナはそれを我慢して音楽室へと行く。淑女として小悪魔笑顔のままで。
その時、時々ユシャフと時間が重なってしまうことがあった。ピアノの乱れ弾きを見せたくないポーリィナは笑顔で立ち去ろうとするが、ポーリィナが数少ない気になる女性であるユシャフは引き留めた挙げ句、ユシャフのバイオリンを聞かせる。それも、『僕のバイオリンが聞けるなんて幸せだろう?』と言わんばかりに。ストレス解消に音楽室に赴くポーリィナにとってそれは地獄の如きだが、できた淑女ポーリィナは美しい微笑みで拍手を贈る。
こうして、自分に自信たっぷりのユシャフが勘違いしてしまったのだ。
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「デミス様とユシャフ様は、まあまあ、百歩譲って勘違いしたことは、んーーー、わからないけどわかってあげてもいいわ」
ミーデは顎に手を当てて独り言ちた。
「でも、でも、でも、ビーレル様はなぜ?」
ミーデは何日も考えたが答えが出なかった。
そんなある日、ポーリィナが初恋の君との何度目かのデートへ出かける時だった。
「いつもありがとう。頼りにしているわ」
ポーリィナが護衛私兵を労った。護衛私兵は頬を染めてお辞儀をした。
「それだわっ!!」
「ミーデ? いきなりどうしたの?」
ミーデはポーリィナがビーレルを労ったことがあることを思い出した。
『―ライルの護衛として―頼りにしているわ』
確かにビーレルだけに向けられたポーリィナの小悪魔笑顔であった。
「脳みそ筋肉すぎて単純だったんですね。きっと……」
ポーリィナにミーデの呟きは聞こえなかったが、ポーリィナは馭者に促されて馬車に乗り込んだ。
「ミーデ。帰って来たら教えてね」
ミーデは遠ざかる馬車に手を振った。
「お嬢様の笑顔は最強です。初恋の君も落ちますよ。てか、もうきっと落ちてるわね」
ポーリィナには聞こえないミーデの呟きに、ミーデの恋人である執事が吹き出した。
〜 fin 〜
ミーデの恋話、素敵なお話が思いつかず、断念いたしました。
申し訳ありません。
これで完結とさせていただきます。
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