第十七話「対決 白のギルド VS 黒のギルド料理決戦」
黒のギルドマスターの宣言により勝負が始まった。
「料理対決を開始する! 種目はポトフ30人前、助手は一人まで。審査員3人の評価が高かった方が勝利! それでは調理開始だ!」
勢いで押し切るつもりだろうが、そうはいかせん。
「待ってもらおう。調理場を交換してもらう」
「ふざけるな! 時間稼ぎか」
「こちらはアウェーなんだ。そのくらいは譲ってもらうぞ。代わりに実食の先行権を譲る」
「ぐぐぐ……ッ!」
料理長が物凄い形相で睨んでくる。
その表情からも分かる。
調理場と道具に何か仕込んであったな。
流れるように片側の調理場に誘導された時点で怪しいと思っていた。
案の定、料理長は小声で「薪が湿気っている」だの「包丁が切れない」だのと漏らしている。
小細工が過ぎる。
だが黒のギルド料理長は強がりを言い放つ。
「道具で勝負が決まると思うなよ。料理は素材だ! 貴重な黒胡椒を用意するのも大変だったろう。本当に30人前を用意できたのか?」
「周到に根回ししたようだが心配ご無用。ああ、フォルミン。買い集めすぎた黒胡椒を売り払ってしまいたいのだが、お前のツテを頼めるか? 俺達は販売許可書を持っていないからな」
審査員の一人として参加しているギルド連合のフォルミン査問員は笑顔で頷く。
「はいはい、承りましたよ。なにせトレインさん達の使っている黒胡椒、あの「ブラックスター種」でしょう? 匂いで分かりますよ。こちらからお願いしたいくらいです」
「なっ!? ブラックスター!? そんな貴重品、白のギルドごときのコネで入手できるはずが無い!」
料理長が驚きの声をあげている。
煩わしいが密輸を疑われても面倒なので説明せねばなるまい。
「港町へ買い出しに行ったらちょうど入荷してたのさ。碧珊瑚商会に確認するといい。取引記録に残っているぞ」
「嘘をつけ! ここから港町まで馬車なら急いでも5日だぞ!」
「好きなだけ調べればいいさ。こちらにやましい事は無し。それより今日は料理対決だ、手を動かせよ料理長」
「わ、若造が……!」
中年には若造と言われ、若者にはおっさんと言われるこの微妙な年齢。
おっと、俺も料理というかレイジィ・スーザンのサポートに集中しよう。
料理長がまだまだ喚いているが気を取られないようにせねば。
「料理は経験だ! 道具や材料で勝負が決まると思うなよ……」
それこそ抜かり無し。
元より料理に対する情熱は人一倍のレイジィ・スーザンだ。
調理そのものは経験不足だったが、下積みもまた人一倍。
ウェイトレスをしながら料理長の下でどれだけ皮むきや下ごしらえをしてきたか、お前が一番知ってるはずさ。
素養も基礎も十分。足りないのは本当に調理経験だけだ。
そしてそれはこの7日、猛特訓をしてきた。
常に俺の【テイマー・全】で繋がっていながらな。
テイマー系スキルは能力やスキルのトレーニング速度を飛躍的に向上してくれる。
この7日の特訓でレイジィ・スーザンの料理スキルは軒並みAランクに上昇していた。
もはや腕前だけなら貴族のお抱えシェフの総料理長クラスだ。
俺が洗った人参をまな板の上めがけて放り投げる。
レイジィ・スーザンの包丁が一閃し人参は皮をむかれ綺麗に切りそろえられてまな板の上に収まる。
観客からオーという称賛の歓声があがった。
「ちっ、そんな芸で観客の気を引いても味は変わらんぞ……」
負け惜しみを言う料理長の影から俺に鋭い視線を送る男がいる。
料理長の助手として参加しているクロードだ。
クロード・クロウ
クロウ三兄弟の二男で<黒雷>のメンバーの一人。
B級冒険者で暗器使い。痩せ型の長身、極端な出っ歯が特徴。
確かにダンジョンではクロードが料理番を務めている。
だが助手としてこの場にしゃしゃり出てくるからには何か仕掛けてくるに違いない。
俺がレイジィ・スーザンの助手をしているのも姑息な罠を警戒しての事だ。
案の定、クロードが観客の人だかりの中に目線を送ったかと思うと、そちらからレイジィ・スーザンの大鍋目掛けて虫が投げ込まれた。
転ぶフリをして寸前でそれを弾き飛ばしてガードする。
兄と弟が観客に紛れて妨害か。真っ当に勝負する気すらないようだ。
仕方ない。やるしかないか。
「膝が辛い。レイジィ・スーザン、肩を借りるぞ」
「……はいっ、どうぞ。トレインさん」
レイジィ・スーザンは表情を厳しくして頷いた。
予め決めてあった符丁、つまり合言葉だ。
黒のギルドの嫌がらせが一線を越えるようなら、こちらも【テイマー・全】を使わせてもらう。
ポトフは煮込む料理だからやり直しが効かない。
変なものを鍋に投げ込まれてイチャモンを付けられたらそこで勝負が終わってしまうのだ。
だが衆目の監視の中で【テイマー・全】のリンクチェインは目立つ。
そこでレイジィ・スーザンには少々不格好だがシェフ用のスカーフを厚手に首に巻き付けてもらっている。
真冬のマフラーのように。
俺がそこに手を差し込めば……目立つこと無くスキルを使うことができる。
スキル【テイマー・全】発動!
よし、目立ってない。少し光が漏れている気がするけど。
クレリスやセバスチアンと同様、レイジィ・スーザンも潜在スキルに目覚めていた。
《感覚鋭敏》
五感の鋭さを増し、反射神経も増す事により動きまで素早くなる。
背後さえ俺が警戒すれば、妨害工作は完璧にシャットアウトできる。
会話が早くなりすぎて声のトーンが変に高くなるのが弱点。
冒険者として育てたいくらいの強力なスキルだ。
怠惰なスーザン、のあだ名をとことん裏切ってくれる。
クロウ三兄弟から投げ込まれるゴミは、レイジィ・スーザンの目にも留まらぬ早業で撃墜されている。
「……よしっ、後は30分煮込むだけです。火力も良し」
レイジィ・スーザンが額の汗を拭いながら笑顔で言った。
黒のギルドの料理長もそろそろ出来上がる。
いよいよ審査の時だ。
やれることはやった。
レイジィ・スーザンの表情を見れば料理の出来が極上なのは間違いない。
だが、どうにもならなかった事もある。
それが審査員だ。
結局は審査員が美味いと判断するかどうか。
黒のギルドに買収されていたり圧力がかけられている可能性は高い。
審査員の1人はフォルミン査問員だから公平なジャッジをしてくれるに違いない。
他の1人も査問員の制服を着ているが……フォルミンが気を利かせて誠実な者を選出してくれた事を祈るのみだ。
最後の1人はどこかの高級店の料理人だろう。シェフらしい服装だ。
黒のギルド料理長の料理が実食される。
「香辛料が効いていて、いくらでも食べられそうですな」
「安心して食べられる味です。野菜が新鮮なのでしょう」
「うむ、美味い。アグリー豚とは希少な高級肉だ」
3人共高評価を下した。
表情も柔らかく不自然さは無い。
残りの分も観客に配られている。
では、白のギルドの出番だ。
レイジィ・スーザン渾身の一品を召し上がってもらおう。
「トレインさん、凄く悪い人みたいな笑顔です」
「放って置いてくれ」
審査員3人の声が響き渡る。
「んんっ! このブラックスターの鮮烈さ! 最低限の分量を見計らって主張し過ぎずに、素材の甘味とコクを引き出している! 恐ろしい……ブラックスターのせいで、食べれば食べるほどに食欲が増していく!」
「いや違いますよ! 野菜です! それぞれの野菜で異なる火の通り具合を完璧に計算して、鮮度も歯ごたえも殺さずにこれだけの旨味を引き出している! しかもスープが澄んでいて濁っていない!」
「この肉が決め手なんだ! 知ってるぞ! これは砲弾猪だ! 貴重さもさることながら臭みが出やすくて調理の難しいあの肉の野趣あふれる旨味を高貴で力強いものにしているのは……!」
大絶賛だ。
黒のギルドホールを揺るがす観客の称賛からも結果は明らか。
俺とレイジィ・スーザンはハイタッチして喜びを分かち合った。
審査員が1人ずつ判定を下す。
「白のギルドの勝ちでしょう」
フォルミン査問員は素直なジャッジをくれた。
2人目の査問員は……
「く、黒のギルドの勝ちです……」
おどおどとした表情で汗を拭きながら判定を下した。
やはり圧力を掛けられていたか。
観客からもどよめきが漏れている。
最後の1人、高級店のシェフの人柄に賭ける形になった。
頼むぞ!
「あ、味は白のギルドなんだが……その、いや、やはり白──」
観客からざわめき声があがり、その輪から歩み出てきた人物がいる。
<黒雷>のリーダー、シュワルツだ。
言葉は何も発さず、ただ腕を組み仁王立ちで審査員を睨みつける。
もはや圧力じゃない。恫喝だ。
静まり返ったホールに俺の歯ぎしりの音だけが響いた。
高級店シェフの肩が落ち、顔を下に向けた。
「これは仕方ない事なのです……勝利は黒の──」
「黙らっしゃいッ!」
人だかりの中から大きな声がかかり、高級店シェフの声をかき消した。
クロード三兄弟が観客に向かって怒鳴り返す。
「誰だ! 神聖なジャッジの邪魔をする奴ァ!」
「ごろつきの言いなりになって自分の舌を裏切るとは……情けないですぞ、料理長」
1人の御老人がシュワルツの脇へと歩み出てきた。
今朝クレリスがぶつかった御老人だ。
温厚だった御老人から発せられる怒気でその場の全員が圧倒されている。
審査員のシェフが震える声で応えた。
「し、師匠……!? いらしてたとは!」
「おやァ? 街最高のレストラン、ル・シャンパルティエの先代料理長さんじゃないですか。こんな所にいらしてたとはー」
フォルミン査問員が大きな黒目を見開きながら言った。
知り合いだったのか。
そしてこの御老人、元料理人だったのか。
「料理長、私は何度も教え込んだはずですぞ。自分の舌に嘘を付いたら料理人としてはおしまいだ、と」
「は、はいっ……白、白のギルドです! 材料もさる事ながらこのポトフには優しさがあった。私はその優しさに甘えてしまい、圧力に負ける自分を許してしまったのです……」
シェフの判定で歓声があがった。
俺達白のギルドの、レイジィ・スーザンの勝利だ。
シュワルツは「ち、老いぼれが……」という捨て台詞を残して去った。
クロード三兄弟も背中を丸めて後を追うように逃げ出す。
ル・シャンパルティエと言えば貴族や大商人がこぞって押しかけるこの街最高のレストランだ。
王族が街に来た時は必ずここの料理が共されるとか。
一代で街最高のレストランへと上り詰めた傑物。その影響力は計り知れない。
流石のシュワルツでもそんな相手に手を出せるはずも無かった。
俺達は助けられたのだ。
晴れてレイジィ・スーザンは俺達白のギルドへと移籍する事になった。
料理長として、そしていずれはギルド内店舗の店長兼オーナーとして。
白のギルドへ戻り、祝いのパーティーを開いた。
もちろん御老人も招待する。
御老人は始終笑顔で、いかにも好々爺といった雰囲気。
先程の一喝がまるで嘘のような穏やかさだ。
ブランカリンがやっぱり、と納得して教えてくれた。
彼女の父もこのル・シャンパルティエの先代と付き合いがあったそうで、ブランカリン自身何度も顔を合わせていたそうだ。
御老人に頭を撫でられて困ったような嬉しいような笑顔を向けている。
「あのブランカリンちゃんが、こんなに大きくなってたとはのー ワシの腰も曲がろうと言うものじゃ」
「もう大人ですよー 先代ー」
御老人はブランカリンの頭を撫でながらレイジィ・スーザンの方へ振り返って声をかける。
「しかしスーザンちゃん、黒のギルドの料理長よりは桁違いに美味しかったが、今日のポトフは少しだけ失敗しておったの」
「ええっ、会心の出来だと思ってたのに……」
「普通の猪ならあれで十分良かった。しかし今回使った肉は砲弾猪のもの。分かるかな?」
「……ああっ! そうでした、あれではクローブが足りないんだった! いえ、そうなると仕込みの段階で一度黒胡椒を──」
「うむ、理解したようじゃの。砲弾猪の旨味はまだまだ引き出せる」
「ありがとうございます! さっそく試してみます!」
「あわてんぼうさんじゃの。その情熱といい、何から何まで唄う春風亭の父親そっくりじゃ」
「えっ……もしかして、私のお父さんをご存知で」
「うむ、ワシの元で修行していた時期があったんじゃ。彼には本当に申し訳ない事をした。あの時お父さんを助けてやれなかったワシを許しておくれ」
「いいえ、こうしてもらえただけで私は、私は……」
泣きはらすレイジィ・スーザンの背中をさすってやる。
結局今回はこの御老人に全て助けてもらったようなものだ。
感謝してもし足りない所だ。
泣きながらも御老人をキッチンへ引きずり込もうとするレイジィ・スーザンを押し留めつつ御老人へ改めて礼を言う。
御老人は「食い意地の賜物じゃ。最初に馬車からいい匂いがしてたのに引き寄せられての」と屈託のない笑顔で答えた。
俺の隣にいるクレリスが嬉しそうに言う。
「さすがトレインさんですねっ。黒のギルド相手に完全勝利ですよ」
「今回の俺は裏方だったな。大したことはしてないさ。レイジィ・スーザンの情熱の賜物さ」
クレリスは笑顔で俺の言葉を受ける。
不思議な幸運を持ち合わせている女性だ。
クレリスが最初に御老人と接触したのがひとつの切っ掛けだったのだから。
必ずドジが絡むのは何かの収支合わせなのだろうか。
パーティーの夜は深けていった。
「さあ、皆さんお昼ごはんですよー! もちろん今日もポトフです!」
全員が「うぇー」という悲鳴を漏らす。
あれから昼夜毎日ポトフだ。
「レイジィ・スーザン、そろそろ別の料理をだな……」
「駄目です! 先代に教わった通り、ポトフの真髄を極めるまで──」
俺は高らかに宣言した。
一週間、ポトフ作り禁止令。
続く
注)黒胡椒にブラックスター種などというものは実在しません。物語中の創作です。