第十五話「勧誘 レイジィ・スーザン」
街の市場の一角で俺は人を探す。
彼女のいつも通りの行動なら、今日もここへ仕入れに来ているはずだ。
いた。
「よう、レイジィ・スーザン」
「トレインさん! こんにちわっ」
ウェイトレス衣装のエプロンドレスのまま彼女は今日も来ていた。
レイジィ・スーザン
黒のギルドでウェイトレスをしている。
俺が追放される時にギルドマスターに最後まで食い下がってくれた一人だ。
それまでの恩を返す時が来た。
「実は相談があるんだが」
「今は時間が……仕入れが遅れると料理長が怒るから」
「ああ、知ってるさ。昼を一緒にどうだ? あそこの店、行きたがってただろう。奢らせて欲しい」
「ホントですか! 行きます行きます!」
「じゃあ休憩時間になったら来てくれ。席を取って待ってるよ」
「はいっ! なるべく急いで行きますので、待っててくださいね!」
俺は以前にブランカリンが働いてた店に向かう。
それなりに成功している商人向けの高級レストランで貴族が足を運んだこともあるという。
個室を借り、店一番のコースを頼んでおく。
軽めの酒を楽しみながらレイジィ・スーザンを待つ。
ギルドの酒場だけではなく、一般的にウェイトレスには2種類のタイプがある。
身体を売るのと売らないのだ。
もちろんレイジィ・スーザンは売らない。
普通は生活の足しにするため、どこかで、あるいは客を選びつつも売るものだ。
頑なに売らない彼女についたあだ名が「怠惰なスーザン」だった。
しつこく言い寄る者を遠ざけるため、彼女はこのあだ名を利用し本名にしてしまった。
ウェイトレスとして雇われる時、もちろん売るものだという暗黙の了解込みで雇われる。
レイジィ・スーザンは必然的に本来のウェイトレスとしての仕事を他のウェイトレスの分までやらされるハメになった。
あだ名とは逆に、レイジィ・スーザンは他の誰よりも働き者だ。
レイジィ・スーザンは11の時に両親と家を失った。
母親が貴族の馬車に轢かれて死に、それを激しく抗議した父親まで殺された挙げ句、家まで奪われた。
家は小さな食堂を経営していたが、程なく売春宿になったという。
レイジィ・スーザンは必ず両親の食堂を継ぐと決意した。
両親の店「唄う春風亭」の看板を、なんとしてでも再びこの街に掲げるのだ。
生活のため、そして少しでも料理を学ぶためにどうにかしてこの黒のギルドのウェイトレスの職にありついた。
本来レイジィ・スーザンは料理人になりたかったのだ。
ならば身体を売ればもっと早くに夢が叶うだろうに。
だが目的のためなら手段を選ばない、というのは彼女の生き方では無いようだ。
人一倍働き、料理長の仕事を目で盗み、余ったクズ材料で料理を作る。
小銭をかき集め、屋台を出し、いつか両親から譲り受けた店を再建するのだ。
それがレイジィ・スーザンという女性だった。
店のウェイトレスがレイジィ・スーザンの来訪を告げ、通してくれる。
見計らったかのように料理が運ばれ、しばし舌を楽しませる。
いや、楽しんだのは俺だけだった。
レイジィ・スーザンは真剣にこの料理を味わっていた。
鬼気迫る表情と言ってもいいほどの真摯さだ。
食べながら話す、なんて野暮はできなくなった。
「ふぅ……凄く勉強になりました! トレインさんに感謝です」
「それは良かった。またレイジィ・スーザンの時間が出来たら奢らせてもらうよ」
デザートまで食べ尽くした後でようやく言葉を交わせるようになった。
次からは紙とペンも持ってこさせよう。
夜間の食事時間も前倒ししたとの事で、ゆっくり話をする時間はあるそうだ。
しばし情報交換も交えて近況報告をし合う。
やはり俺と白のギルドの事は黒のギルドにとってかなり煙たい存在のようだ。
<黒雷>が社交界にかまけている間にノワールが亡くなり、ブラッキーも引退に追い込まれた。
特にレアなメガ・ブラコニドのサンプルを大量に持ち込んだことは目立ってしまったようだ。
右腕と相棒を失ったブラッキーはギルドを引退し、西の牧場をいくつも買い占めたそうだ。
低級スライムの養殖も始めるのだとか。
これが後のとある事件の幕開けだったのだが、今の俺には知りようも無い……
「それでトレインさん、相談事ってのは何でしょう? これだけのご馳走をしてもらったら是が非でも力にならなきゃ」
「むしろ黒のギルドで良くしてもらったお礼のつもりだったんだが」
「ギルドの方針は酷いですからね……」
「そこでだ、頼み事なんだがレイジィ・スーザン」
「はいっ」
「君を白のギルドで雇いたい。黒のギルドより遥かに良い待遇を約束しよう」
「ええっ、でも……私には嬉しい話ですが、わざわざ私を引き抜かなくてもウェイトレスなんていくらでも」
「ひとつ言い忘れていた。ウェイトレスとしてじゃない」
レイジィ・スーザンはきょとんとした顔になる。
次の瞬間顔を赤らめ両手で覆ってしまう。
どういう事だ?
「わ、私は売らない主義だったんですが、トレインさんにそこまで熱烈に求められたら……嫌とは言えないじゃないですか」
「違ーうッ!」
斜め上方向に勘違いされた。
そうかなるほど、この状況をデートだと解釈したか。
ええい、なんてこった。
誤解を解いて落ち着いてもらう。
私のせっかくの覚悟が、という台詞は聞かなかった事にする。
「改めて頼もう。レイジィ・スーザン、君を雇いたい」
「では、どんな仕事を?」
「料理人としてだ。君の腕が欲しい」
レイジィ・スーザンは唖然として言葉も出ない様子だ。
俺から目を離さず、震える手でワイングラスをあおる。
鋭く眼光が走ったかと思うと一瞬で俺の手を握りしめていた。
「行きます! 何でもやります! 是非に!」
「手、手が痛い」
「ああっ、すみません。興奮のあまり、つい」
「前向きな返事をもらえて良かった」
「でもなぜ私なんか……まともな修行を積んでないのに」
「何度か俺が材料を持ち込んで料理を頼んだ事があっただろう。美味かったって言ったじゃないか」
「あれはただ材料を切って焼いただけに等しいもので」
「それでも美味かったさ。お世辞じゃなくて本当にな」
「まだ大したレシピも知らないですが、それでも雇ってもらえますか?」
「もちろん、いずれは覚えてもらう。しかし早急に食べられるものを一度に大量に作れる人が必要でな」
白のギルドの現状を説明した。
冒険者として鍛え始めた子供達、桁外れの大食漢セバスチアン……
ブランカリンとランチは簡単な焼き料理とごった煮料理は出来る。
しかし毎回それで済ます訳にもいかないし、失敗も多い。
クレリスには2度と料理をさせない事にした。理由は思い出したくない。
産まれて初めて生死の境というものを経験した気がする。
当然ながら、腕と経験があれば普通は店で料理長をしているか自分の店を構えている。
そんなに都合よく早急に人材が見つかるものではない。
よしんば見つかったとて、黒のギルドの息がかかっていたり、買収されたりしたら事だ。
そこそこの食える腕、フリーになれる身と料理への情熱、黒のギルドに取り込まれない度胸。
三拍子揃ったうってつけの人材が、このレイジィ・スーザンだった。
経験と料理のバリエーションが少々足りてないが、すぐに補える。
都合40人前を毎日用意してもらうのだから。
「願ってもない条件です! 確かにそれだけの人数の食事となると専属料理人が居ないと回らないですよね」
「素人料理と買い出しで騙し騙しやったんだが、やはり無駄も時間も多く取られてな」
「必ず行きます。他の人に話を振っちゃ駄目ですよ。明日にでも押しかけますからね」
「よし、来てくれるなら特別ボーナスを1つ支給しよう」
「この上で更にご褒美を?」
「ああ、まだ今は内輪のギルドでしかないが、いずれは冒険者を何人も抱えていく以上はきちんと独立した食堂にする必要がある」
「つまり……」
「料理長ではなく、別会計でやりくりする店長になってもらう。そしてその際に好きな店名を命名する権利を与えよう」
「そ、それって」
「ああ」
「唄う春風亭の看板を掲げるといい」
レイジィ・スーザンは顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「ぜっだいがんばりまずがらぁ……いのぢがげでばだらぎまずがらぁ」
なだめるのに結構な時間を取られた。
自力での再建という夢を壊す形にならないか心配だったが、受け入れてもらえるようだ。
最初は料理人というより食事係からのスタートだしな。
何より、ギルド自体が復興していかないとレイジィ・スーザンの夢も立ち消えてしまう。
食堂部門にするのも丸投げになってしまうだろう。
俺はひとつの道の門を開けただけ。そこからはレイジィ・スーザン自身の足で歩いてもらう。
白のギルドへ戻り、レイジィ・スーザンを雇えた事を告げるとクレリスは大喜びしてくれた。
セバスチアンと子供達も喜び、まともな料理が食べられるとうっかり漏らした事でブランカリンとランチに追い回されている。
俺も発言には気をつけよう……
この歳であのくすぐり刑は恥ずかしい。
翌日、朝一番でレイジィ・スーザンが小屋に飛び込んできた。
「ドレインざぁぁぁん!」
クレリスに頼んで落ち着かせながら話を聞く。
辞めると黒のギルドの料理長に話した所、機嫌を悪くして「今までの恩を仇で返すのか」と罵られたらしい。
そこから口論になって、ついに白のギルドの方がよっぽど扱いが良い、と口を滑らせてしまったと。
「それで抜け出して来たのか」
「実はそこからは口喧嘩になってしまって……」
言ってしまったそうだ。料理長よりよっぽど自分の方が料理に対して真剣だと。条件が対等なら料理長に負けないものが作れると。
料理長も返す言葉でじゃあやってもらおうかと言ってきたと。もし自分より美味い料理が作れなかったら身体を売ってもらうぞと。
「ま、まさかそれで……」
「受けちゃいましたぁ! うわぁぁぁん」
「つまり……」
「料理対決です!」
どうしてこうなった。
続く