拾玖話
―豪華過ぎる部屋だ
会長に連れられて生徒会室に入った浩明が最初に抱いた印象はその一言に尽きた。
空間投影型のパソコンや設備機器、事務作業に必要なのは分かるが全て最新型モデルのものだ、更に最新型のTVや、簡易の給湯設備まで設置されている。
「学費の三割はここの設備ににつぎ込まれている」、そう言われたら、それが例え嘘だとしても信じることは出来ないだろう。
そんな事を考えながら、興味深げに室内に目を向けていると、慶が「空いてる席に座ってて」と促してくるので、好意に甘えて座らせてもらった。
「もうすぐ、みんなも来るから」
「みんな?」
聞き返す前に、入口とドアがノックされた。
「どうぞ」と慶が促すと、「失礼します」と男子学生が入ってきた。
「会長、遅くなりました」
「大丈夫よ。私達も今来たところだから」
謝りの言葉に気にしていないと答えると、浩明に視線を向けた。
「星野君、此方が副会長の小早川秀俊君ね」
「どうも。普通科一年の星野です」
「副会長の小早川だ」
自己紹介だけして視線を合わせようとしない応対、歓迎しているつもりは全く無い。余りに露骨な態度だが、浩明は口に出さずに頭を下げて挨拶に応じる。顔を合わせるのは最初で最後だ。気にするだけ無駄と割り切った対応だ。
「それで、他には誰がこられるのでしょうか。確か「みんな」と申されていましたが?」
「もう一人は、もうすぐ来ると思うけど、後のみんなはちょっと用事をお願いしてて、少し遅れるって」
「成程、因みに今回、集まるのは全員、生徒会役員なのでしょうかねえ?」
「そうだけど……ただ、一人だけ役員じゃない人も来る事になってるの」
「そうですか。因みにその方とは……」
そう聞き返したところで、ドアをノックする音に言葉を止めて、視線をそちらに向けた。
「し、失礼するよ」
申し訳なさそうに入ってきた生徒、それは先日、明確な拒否の態度を取った相手、橘明美であった。
「成程、やはりあなたでしたか」
「な、なんだ、もう私が来る事を喋っていたのか?」
「い、いいえ。まだだけど……」
顔を見た途端に機嫌を悪くすると思っていた相手から出た納得したかのような言葉に、明美は驚いて慶に聞いた。
慶が、浩明に対してメッセージを送った後、明美は彼女が送ったメールの文面を確認していた。
そこに書かれていたのは、一度、話がしてみたいという要望と、日時だけを書いた簡素なもので、自分が同席するとは一言も書いていなかった。
当日、慶が間に立つ事で和解を計ろうとするつもりであり、万が一、今回の事を書こうものなら、間違いなく来る事すら叶わなかっただろう。だからこそ騙し討ちになるようで悪いが、何も話さずに来てもらったわけだ。
それが、明美が来ると分かっていたと言わんばかりの反応、三人が驚くのも無理はない。
「こ、小早川君、ここに来る前に星野君に喋ったとかは……?」
「いや、喋るわけないだろ」
見当違いのやり取りに、浩明は苦笑を洩らしながら「簡単な事ですよ」と切り出した。
「会長が話がしたい、それも役員を集めると言ったら、個人的な話な訳がない。そうなれば思いつくのは先日の部員勧誘と食堂の件です。そう考えれば話を聞くのに都合の良いのは、その両方に居合わせた人間。それに該当するのは二人、巻き込まれた私と、騒動に駆け付けた風紀委員長しかいない。そう考えての事ですよ」
「凄い。来てほしいってお願いしただけでそこまでいきつくなんて」
数分間のやり取りでそこまで導きだした事に慶は思わず感嘆の言葉を洩らした。
明美と小早川も、口には出さないが驚きの表情で浩明を見ている。
「そこまで分かっていて、なんで会長の誘いに応じたんだ?」
先の二件で、今後一切、関わるつもりのない明美が来るだろうと分かっていたうえで慶の誘いに応じた。矛盾している行動に明美が疑問の声をあげると、浩明は「あぁ、それですか」と返した。
「わざわざ足を運んでもらい、改めて話がしたいとお願いされれば充分に会長の筋は通ります。それに、元はと言えば、メールを読まなかった私の不義理です。それを断れば、此方が義理を踏み躙ったと非難されますよ」
明美は「そ、そうか」としどろもどろに答えた。
「おや、何か間違ってましたか?」
時に教師相手にでも喧嘩を売りかねない行動を取っているような男だ。目上を立てる事が出来るとは思われていなかったようだ。
それを見透かしての問いに、「べ、別に間違ってはいないんじゃないかな」と慶が助け船を出してこの場をおさめた。
「と、とにかく、みんなも席について。立ったままじゃ話も出来ないからね」
座るように促してこの話を終わらせる。やぶ蛇はごめんだ。
「そ、そうだな」
「分かりました」
慶の言葉に明美と小早川が応じ、浩明も空気を読んで席についた。
一枚板の長テーブルに向かい合うようにして片側に小早川、明美が、向かい合うように明美の前に浩明が、最後に小早川の前に慶が向かい合うように席につこうとした慶が「あ、そうだ」と、立ち直した。
「お茶淹れるわね」
「あぁ、私は結構です。言いたい事だけ言ったら直ぐにでも退散しますので」
せっかくの好意だが、きっぱりと断った。
あからさまに歓迎していない副会長、正面には関わるつもりのない明美、長居をする理由がない。
「星野君、そんな冷たい事を言わないで飲んでいって。いいお茶があるのよ」
浩明の態度をたしなめてから、一度断った浩明にもう一度すすめてくる。
「お気遣いなく……、というより、学校の予算を私物化してお茶を仕入れてるんですか?」
「残念だが、生徒会で飲んでるお茶は、会長が家から持ってきてるんだ」
断りついでに皮肉混じりに返したら、小早川がその皮肉を否定した。
「みんなで集まった時、美味しいお茶の方がいいでしょ?」
「成程……では、なおの事お断りします」
納得した反応を見せた浩明は、今度はきっぱりと断った。
「権力者からの贈賄など受けたくありませんから」
「贈賄って……お茶の一杯で大袈裟な」
「その一杯が菓子になり、菓子が食事になり、食事が酒になり、最後は金になる。どこかの税務官の自伝にそう書いてましたよ。それに……」
明美と小早川を一瞥してから続ける。
「今からする話に、そのお茶を楽しめる余裕が有るとは思えないのですがねえ」
遠まわしな物言いに、小早川は眉を顰め、明美は視線を逸らせた。話す内容からして、優雅なお茶会などという展開になるわけがない。
さすがに、そこまで言われれば、慶にも浩明がこの場に居たくはない、早々にこの場から立ち去りたいと思っている事が分からない筈もない。
「そんな事言わないで。一杯だけでいいから付き合ってくれないかな?」
しかし、そこで引き下がったら、二度と場を設ける事など不可能だ。そこは譲れない。
「一杯だけだから。ね?」
慶の必死の願いが通じたのか、浩明は短く「分かりました」と応じた。
「良かった。直ぐに準備するから」
恐らく、厄介事は早めに片付けたいと言う思惑なのだろうが、話が出来ればそれでいい。和解の糸口になる。
慶は意気揚々と準備に取りかかった。