弐拾話
「どうぞ」
目の前には紅茶が注がれたティーカップが置かれたが、誰も手をつける様子がなく、沈黙が支配していた。
「それで、どういった要件なのでしょうか。部員勧誘の件でしたら、既に終わった話だったと思うのですがねえ」
誰も口を開かないので、浩明が切り出した。
「そ、それなんだけど……」と、慶が苦笑を漏らしながら明美を見た。向けられた明美も、バツが悪そうに苦笑で返した。
本来、和解目的の席という事で、何も知らない状態で明美と対面させる予定であった。騙す形にはなるが、本当の事を話せば逃げられる事は確実なので、対面させてから糾弾覚悟で謝罪をするつもりであった。その際の仲裁役に自分と副会長の小早川に同席を頼んだわけだが、その計画が最初から頓挫してしまうとはまさかの展開だ。
話を切り出す筈だった慶の作戦は最初から躓いていた。
「何か不備が有ったという事でしょうか……」
「星野!」
浩明の言葉を遮って、明美が勢いよく席を立って頭を下げた。
「今回の件、本当にすまなかった!」
「はい?」
明美の行動に浩明は目を白黒させた。言葉よりも勢い任せの行動に、思考が追い付かなかったのだ。
どういう意味か分からずに慶に、視線で意図を伺うと、慶は苦笑で返してから切り出した。
「つ、つまり、こういうつもりで来てもらったんだよね」
「成程、そういうつもりで呼んだわけですか」
あ、あはは……と、乾いた苦笑で説明されて、慶が自分を呼んだ理由を悟った浩明は、すっと困惑の表情を消した。
「委員長、私は謝罪は結構と言った筈ですが」
「そ、それは分かっている。だが謝らせてくれ」
「結構です。言われてからされた謝罪の言葉など聞いてて耳障りです」
冷徹な拒否の言葉に黙り混む明美。
過去二回、浩明に対して行った応対が、彼女の信用を大幅に落としてしまっていた。取りつく島もないとはこの事だ。
「ほ、星野君、それは言い過ぎだよ」
「橘だって謝ってるんだ。許してやればいいだろ」
たまらず慶と小早川が仲裁に入る。このままでは前回の二の舞だ。
「あ、明美ちゃんも、本当に後悔して謝ってるんだから」
「それで謝罪の言葉を受け入れてほしい、それが今回の目的という事がでしょうか?」
浩明の問いに、慶は頷いた。それを見て、浩明は「分かりました」と答える。
「謝罪の言葉は受け入れました。ただし、許すつもりは有りません。これで満足ですか」
「な、そ、それは……」
浩明の出した答えに、慶は絶句した。
出した結論、それが慶の目的から大きく外れていたからだ。
「ほ、星野君、その答えは酷すぎるよ」
「酷いとは心外ですね。委員長にやられた事に比べればましだと思いますが?」
「同じ学校に通う仲間だよ」
「そう思われるのは恥ですよ?」
明美に対する拒否の答えに慶は答えに窮する。
犯罪者と知り合いとみなした扱いは、明確な拒否の言葉の端々から漏れていた。
一連のやり取りを、中立の立場で見ていた小早川が思わず声をあげた。
「呆れた男だな。親の顔が見てみたいよ」
本人を前にして、余りにも失礼な事を言う浩明への非難の言葉に慶が「小早川君!」と声を荒げた。
本人の前で、本人の親の悪口は、最大の侮辱である。
しかし、浩明はそれに堪える事なく切り返した。
「親の顔? それなら私も見てみたいですよ。実の親の顔なんか見た事有りませんので」
思わぬ言葉に小早川は返す言葉を失った。
出てきたのは、衝撃の言葉、余りにも重すぎる内容だった。
「そ、それは……すまない。知らなかったとはいえ悪い事を言ってしまったな」
謝罪の言葉に、浩明は「おかまいなく」と軽く受け入れた。
「それほどたいした事では有りませんので」
「たいした事じゃないって……どんな人生送ってきてるんだよ」
親の顔を知らない。死別かあるいは捨てられた。どちらにしろ、たいした事と言い切れる話では無い筈だ。
「別に普通の人生ですよ。実の親に捨てられ、拾われた義理の両親一家が、魔術師の名門で、落ちこぼれと虐待され続けて、衰弱死寸前に義兄に引き取られた。それだけですよ」
「それだけって……」
「どれだけ波瀾万丈な人生、送ってるのよ……」
絶句。
まさしく、その言葉が当てはまる内容に、三人は表情が凍った。
自分達と一年しか年が違わない後輩が、ここまで壮絶な人生を送っているとは思ってもみない話だ。
浩明自身は、あっけらかんと何事も無かったように言っているが、どうしてそこまで割り切ったように言えるのか、聞いてみたいが、聞いたら必ず後悔しそうな話だ。
それと、同時に納得した。星野浩明がここまで性格が捻くれた理由をだ。
そんな環境に身を置けば、簡単に信用する事が出来る訳が無い。人を疑ってばかりの人生を送ってくれば、疑う事が当然なのだと信じて疑わないのだと。
「さて、話は終わったようなので失礼しますよ」
「ちょっと待って、まだ話は……」
席を立とうとして、止めに入った慶に、浩明は返した。
「謝罪の言葉を受け入れてほしいという要件は果たしました。これ以上、ここにいる理由は有りませんよね」
「それは……」
この場でのやり取りに対して、慶の目的と、浩明の考え方に大きな違いが存在していた。
慶の目的は、謝って許しを得れば和解を得れると考えており、一方の浩明は、謝罪だけは受けるだけだった事だ。
浩明としては、慶を含め、この場にいる人達を関わるつもりのない相手と見ており、今後も関係を持ちたいと思った慶とは真逆の考えでいた事が二人の間で平行線を描いていた。
目的を果たした浩明に対して、慶の目的は謝罪のうえでの和解、目的の半分は果たしているわけだが、和解を求めれば間違いなく泥沼。
だからこそ、謝罪した時点でこの話は終わりと言った問いに慶は窮したのだ。
最も、それを見越したうえで浩明はそう質問しているわけだから腹黒い話だ。
「……無いようなので失礼しますよ」
有無を言わさぬ状況に持っていったので退散する。
これで、話は終わりだ。
そう、高を括って、ドアに手をかけた時だった。
「失礼します」
浩明が、開けようとする前に開かれたドアの向こう側の学生達と鉢合わせになった。冒頭、他の役員も遅れて来ると言っていた役員の人達だろうと判断する。
「あ、失礼しました」
「いや、こちらこそ……」
先に謝罪した浩明に返事を返そうとした謝罪の言葉と共に入ろうとした学生の顔が驚愕に変わっていった。そして、その後ろにいた学生達も驚愕に目を大きく見開いていた。
「お、お前……浩明……か?」
「はい?」
浩明は怪訝に返した。
「お、お兄様」




