第九十二話 何を楽園とするかは人それぞれ
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暑い、昼を過ぎてから急激に気温が上昇してきた気がする。山の中腹辺りに居るのに全然涼しくない。もともと、常夏の楽園のような場所だと聞いていたが、その影響が元に戻ったせいでこの気温と湿度か。マッドスキッパーの湿地帯が懐かしい、あの湿地帯を抜けてくる温い風を全身に浴びながら食事したいな。
「この気温は今までと比べると異常であります! ロス帝国は本格的に終わってしまったであります……。故郷はもう存在しないでありますよ……」
そんな辛そうな顔しないで、アテナさん。大丈夫だよ、君なら強く生きて行けると信じているよ。生きてるってなんだろ、生きてるってなあに? ニンマリしながら励ましておこう。
「ぶっ殺すぞ」
アテナさんの口調が素になってしまっている!? これは激オコだね、そんな生まれ育った都市が水底に沈んだくらいで、家族が行方不明になったくらいで、財産を全て失ったくらいで、凹んじゃだめだよ!
諦めんなよ・・・、諦めんなよ! 俺なんて、信頼していた人に罠に嵌められて、全身を何度も何度もバラバラにされて、体の部位を次々に切り離されて、黒髪だった髪は頭皮を全て剥がされた後に、白髪に生え変わっちゃって、ついでに、全てを失って単身都市を脱出して流れ着いた別の都市もこの国の人がはっちゃけたせいで、壊滅させられたんだよ! それでも元気に生きているんだよ! 不幸自慢なら負けないよ! というか、不幸とかケガとかなぜか自慢したくなるよね。ふっしぎ~。
「ぐふぅ」
なぜかグウェンちゃんがダメージを受けているが、そこは気にしないでおこう。
「そ、それは壮絶でありますな。確かに、私は五体満足でシュリ様もいるであります……」
そうそう、不幸は皆で傷を舐め合って癒しましょうね。何の解決にもならないけど、とりあえず気が紛れればオーケーだ。気紛れで生きていくべきなのさ。人生とはそんなものだ。
「話には聞いていましたが、モズタロー様のことを考えると、今置かれている状況くらいでは大したことが無い気がしてきますね。アテナ、落ち込んでばかりいても仕方がないですから、今はお肉を干し肉にする作業に戻りましょう」
そうだよ、新鮮なお肉はすぐに悪くなってしまうから、さっさと保存食へと加工しなければ美味しくなくなってしまうよ。俺はゲロゲロになっても食べて平気だろうけど、皆さんはそうじゃないでしょう? 塩なら俺が提供するから、さっさと塩漬けにしてしまおう。
「全ての物資が足りないか……。あの巨大ウナギがいるから、水が引かないことには山から出ることもできない。飛空挺を飛ばすことも危険だろう。まあ、魔石がまったく足りないが。ふむ、まずは山の探索だ、有益なものが見つかればいいのだが」
ミュゼっちが、山の探索を行うと宣言した。
そう言う分けで、俺達は山の探索へと出かけることにした。出かけるのは俺とグウェンちゃんとクーと三羽スズメ、それにミュゼっちが同行してくれることになった。飛空挺『オリンピック』の艦長さんが現場の指揮を引き継いでくれるそうだ。
「シュリとアテナは防衛を頼む。外の世界で揉まれてきたのだ、戦力として期待しているぞ」
二人はお留守番だ。ふ、不安だ。
「まかせてください! がんばって皆さんをまとめますよ!」
元気なシュリさん。不安だ。ここに来てからの彼女の表情に変化が乏しくなっている。笑みが顔に張り付いているようだ。
「土壁を防壁にするでありますな。陣地の再構築は任せてほしいであります。飛空挺を中心に張り直すであります」
アテナさんも空元気だ。不安だ。これは周囲の軍人さん達全員に共通して言るが、空元気の空気が蔓延している。ふとしたきっかけで、暴動や凶行に発展してもおかしくない雰囲気が漂っている。不安だ。
そんな、不安を残して俺達は探索へと出かけた。これだけ、フラグを立てておけば大丈夫だろう。きっと、たぶん、そうだよね。
「すまない。君達の力を貸してもらう。モズタローの異次元鞄もな」
出発してから俺達に礼を述べるミュゼっち。俺を連れていくのは荷運びを兼ねてか、納得の人選と言わざるを得ない。
「ちゅちゅん」「ちゅーん」「ヴぁーイッテキマス」
三羽には周辺の探索を頼んだ。別行動をした方が効率的に調査できるだろう。
このアヴァ山という山はあまり高い木が生えておらず、二メートル程度の高さの針葉樹がちらほら映えている山だ。枯れている木も多い。夏だからか、それとも季節に関係ないのか腰くらいまでの草が疎らに生えているな。
もちろん、雪がそこら一帯に残っているのも印象的だ。この気温だから、すぐに溶けてしまうだろうな。全体に的な印象は寂しい山と言ったところだろう。
「今は六合目に居る。採土場が三合目付近にあるのだが、そこに避難民がいるかもしれない。まずはそこを目指すべきだろう。ここからだと山の反対側になるが、おそらく浸水していないだろう」
「わかったよー。えいっ!やった!すとらーいく!」
クーが石を投げている。なるほど、遠くにいたゴブリンを虐めているようだ。中々の球速だ、150キロは余裕で出ているかな。ゴブリンくん、かわいそぅ。
「寂しい山じゃのぅ。枯れ木も山のにぎわいというが、これは酷いのじゃ。大雨が降れば土砂崩れが起こるのではないのかのぅ」
今までは雪は積もれど、大雨が降ることなど無かったのかもしれない。環境が元に戻ったことで、この禿山が災害を起こすかもな。
「もともとは、緑あふれる山だったんだろうねぇ。でも、環境が変わってさむーくなっちゃったから、こんな風になったのかもしれないね」
俺達は偽装だったとは言えオリアブ島の姿を知っているからな。クーはあそこでの生活が嫌いではなかったらしいし、この風景に思うところがあるのかもしれない。
「このロストアヴァロン帝国が存在した一帯は、もう、人が住めるような場所では無くなってしまったのかも知れない……か」
ミュゼっちが遠い目をして、そう言った。
災害への備えさえあれば、住むことは可能だと思うけど、それをするマンパワーがこの国に残っているだろうか。新マッドスキッパーのように、都市核を回収して、遷都したほうがいいのではないだろうか。
人の力で自然を螺子曲げると、どこかでその代償を払わなければならないのだろうか、未来への負の遺産とは何だが納得がいかないものを押しつけられている気がしてしまうな。
ゲームや小説でよくありそうな設定だなと、ちゃんちゃらおかしいことだね、と俺は考えていた。
俺達は周囲を警戒しながら、えっちらおっちら歩いた。その歩みは重かった。
「暗いよ! 雰囲気が暗すぎる! あのベースキャンプもそうだけど、悲壮感が漂いまくっていて俺まで鬱になるわ!」
十分に飛空挺から離れたところで、俺は雄叫びをあげた。
「タロー、そんなこと言ったって仕方がないんじゃない? 自分の巣が壊れたら、クーだってテンションだだ下がりだよ~」
い、や、だぁー。俺はもっと楽しく遊びたいの! こんな欝々とした空間に居られるか、皆を笑顔に変えてやるよ!
「具体的にはどうするつもりなんじゃ?」
え、そ、それは……、何か良い方法はないだろうか。ミュゼっち、何かないの?
「君は無理難題を言うものだ。私に何を期待しているのかは知らないが、一介の技術者に、この状況をどうにかできる分けがないだろう」
そうだな。俺が悪かったよ。あの陰鬱な感じはお国柄なの?
「どうだか。我が国は苦難というものとは無縁だった。その反動が来ているだけではないか。軍人も含めて、あの場には特権階級しか存在していない。これが一般市民であれば、まだ違ったかも知れないぞ」
色々なことを制限されていた一般市民は、こんな事態にも強いかもしれないのだそうだ。この事態でも、希望を失わないのは挫折を知る者達なのかね。
軍職すらほとんどが世襲制で、一般市民は上に行くことは不可能な環境だと聞くと、俺はますますこの国が嫌いになってきたぞ~。すっげぇえ、この国嫌いだぞぉ~。魔物に食いつくされてしまえ。ロス帝国は全ての面で硬直化し過ぎだと言う印象が正解のようだ。
まあ、もうその硬直化とか関係ない状況に陥っているから、どうでもいいや。あーもう、この国のことを考えるだけでも、俺の中で陰鬱としてくるよ! やーだー、おっさんもう、この国やだぁー。
「プルリン♪」
お、運担当! どうした? 皆を幸せにする何か言いアイディアでもあったの?
運担当はもさもさと、ある草に向かって触手を伸ばす。
ほうほう、この草を使えばいいの? お、大量に自生しているじゃないか。ふんふん、この葉っぱをガムみたいに噛んでもいいし、煙草にしてもいいのか。そうすると、皆がウルトラハッピーになれると。
「なんじゃ、この草は? 麻のように見えるのぅ」
アウトォーーーー!!!!!!!!!
そんなウルトラハッピーはダメだよ! スナッフィングするシュリさんとか見たくないよ!? なんてものを進めてくるんだ! やっぱり神様なんて碌なもんじゃねぇな!!
「なるほど、麻薬か。このアヴァ山で植物を採取することが禁止されていたのは、このような危険な植物の群生地だからなのか。くくっ、今の状況であれば、麻薬による多幸感も役に立つかもしれないぞ」
もとから、楽園じゃなかったね。いや、ある意味では楽園だったのだろうか。そんな皆がラリってる楽園はヤダなぁ。
「プルプルン♪」
うん? 今度は傘が毒々しいキノコですか。そうですか。一口でトリップできそうですね。バッドトリップ確定そうだけど。運担当……、お前と言う奴は。まあ、俺は普通に美味しくいただけそうだな、回収しておこう。何でキノコはこんなに旨味成分と毒を両立させているんだろうね?食べられたら意味無くない? ふっしぎー。
というか、ウルトラハッピーになれる植物ばかり自生している。木は樹液でトリップできるみたいだし、その他の植物もほとんどが薬物として使用できる者ばかりだとグウェンちゃんが教えてくれた。なんでそんなことを知っているの? グウェンちゃんは賢いなぁ。さっすがせんせーだぜ!
「タロー、魔物はこの辺の植物を食べたりするよね?」
だろうねぇ。夜の奴らは発生したばかりだったから、食べてなかっただろうけど、これから出会う連中は喰っているだろうなぁ。ラリったゴブリンとか戦いたくないな。
あれ? さっき俺が作った料理にその辺に生えていた草を使っちゃったな。もしかして、皆さん覚醒しちゃっているのかな? おっさん、またやっちゃったかな?
「うげぇあ~。何ちゅうもんを食わせるのじゃ! モズタローは平気でもわたし達はラリってしまうのじゃ! ううむ、どうやら平気なようじゃが、わたしもさっさとこの場所を離れたくなってきたのじゃ~」
ラリったグウェンちゃん、かわいいかなぁ?
「もう食べてしまったものは仕方がないだろう。麻は食用の種もあるから、たぶん大丈夫じゃないか」
ミュゼっちの言う通りだな。効果が遅効性でないことを祈ろう。さっさと採土場の探索をして帰ることにしよう。
三合目まで降りてきた。二合目までは水に浸かってしまっているようで、実質ここが水際と言うべき場所になっていた。
海の魔物に襲撃されないかと、戦々恐々としながら採土場へと辿り着くと、そこは魔物の襲撃に見舞われているようだった。
馬の上半身に、魚の下半身をしている魔物の集団が空を泳ぎながら襲いかかっている。
「ケルピーじゃ! 汚れた水の近くにおる魔物じゃ! 気をつけい、サハギンなどとは比較にならん水魔術の名手じゃぞ!」
グウェンちゃんが警戒を露わにしている。採土場に立てこもった人達は、洞窟のような場所で応戦しているようだ。空を飛ぶ魔物相手には有効な戦法だろう。必死に抵抗している。
近くまで駆け寄ると、ケルピーの鳴き声が聞こえてきた。
「ヘケッ、ヘケッ!ヘケッ!ナノダナノダナナナナナン!!」
「デチュワデチュワワワワアアッワアッワアアワ!!!!!」
「ハムタロ!ハ、ハ、ハ、ムムムムッタッタタタさーーーーん!!!」
なんだ、この声!? ラリってんのか!!
次回、ケルピーくん、かわいそぅ。




