第五十話 ワンダーランド イン オスアナア
50.
「……なにここ」
カタリア殿の声が響く、拙者の目の前には死の大地が広がっていたでござる。
タロウ殿が起こしたと思われる災害は、周辺一帯を何も存在しない抉り返した土地に変えていた。
それだけならば問題はなかったのでござろうが、いや問題ではあると思うでござる、そのクレーター周辺にはおぞましい気配が充満しており、背筋が凍るほどの嫌な予感に苛まれる空間となっていたでござる。
「……これは、何と言う事じゃ。……魔素のバランスが尽く狂っている。何があればこうなるのじゃ、これが、……これが魔法でなければ! 一体何だと言うのじゃ!!」
グウェンちゃん殿がそう叫んだ。その声には悲痛の色が濃い、魔術師ならではの感じる物があるのでござろうか。
「すごーい! ズクタロウくんはすごいなぁ~、対抗戦の時見せてくれたのもすごかったけど、それ以上にこれすごいよぉ!! こんなことが人に出来るだなんて! 信じらんないよ! こんなに不安定な空間をどうやったら作れるの? 教えてもらいたいな~、私にもできるのかな~」
ナクアの喜色が窺える声色が遠くに聞こえたでござる。この空間を一言で言うならば、厄い、という表現が適切でござろうか……。タロウ殿に何があったのでござるか。無事でいるのでござろうか。
ふと、目の前に広がる空間に無数の揺らめきが起こるのを目にした。揺らめきは大きい物は天高く聳えるほど、小さい物で掌ほどの大きさがあったでござる。
「やべぇぞ、おれぁは見た事あらぁ、こりゃあ魔物がでっぞ!」
拙者達と共に外周街を脱出してきたマツオのおっさん殿が、そう声をあげたでござる。
「魔物の発生現象だと!? それはこんなにいっぺんに起こるものなのか! どうなるっていうんだ……」
拙者達は魔物が出現することもある外周街で暮らしていたが、今の今までそれを見ることはなかったのでござる。
「……む、恐ろしい気配が複数するで候、探知されない距離まで身を隠すべきかと」
カロン殿の言う事に反対する者はいなかったでござる。そうして、拙者達は後ろに下がり、樹木が生い茂る藪に伏せ身を隠す。
「わたしとナクアに任せるのじゃ。ナクアよ、頼むのじゃ」
「了解です、認阻」
「うむ、風散じゃ」
グウェンちゃん殿とナクアが魔術を行使し、拙者達の気配がこの場に溶け込んでいく。これならば魔物に感知されないでござろう。
ナクアが行使した魔術が相手からの認識を阻害する効果を持つ魔術で、グウェンちゃん殿のほうは風を動かし臭いや気配などを散らす効果のある魔術でござる。二人の魔術には助けられてばかりでござるな。拙者達の隠蔽自体も自信はあるでござるが、それを更に強化してくれるのは心強いでござる。
一つの空間の揺らめきが、一瞬凝縮したかの様に見えたでござる。そこには一軒家ほど大きさを持つ黒色で赤い単眼を持つ恐ろしい気配をまとう魔物が存在していた。
全身にははち切れんばかりの筋肉を抑え込むようにして、髑髏でかたどられた様な鎧を着込み、手にはまるで小枝の様に巨大な肉断ち包丁の様な武器を所持している。
「信じられん、おそらくはキュクロプスの亜種じゃ。いや、上位種というべきじゃろうか……。どれほどの力を持つのかも想像ができぬ存在など、あの時以来じゃ……」
今まで、見ただけで吐き気を催す魔物には出会ったこと二度はあったでござるが、ここまで外れた力を持つだろう魔物を見た事は初めてでござった。
単純な暴力だけで恐ろしい被害をもたらすであろう存在の前で、情けない話でござるが、震えが止まらないでござるよ。
「……凄まじい気配ではあるで候が、黒石魔物とは違うようで候」
カロン殿の特殊な探知には反応がないでござるか。あれほどの魔物が特殊な魔物ではなく、拙者達が普段戦う魔物の延長線上にいる可能性を思うと、より恐ろしく感じてしまう。
「見ろ! 他のところからもどんどん出てくるぞ!!」
「すごい……すご過ぎる。こんな魔物がいるだなんて、グウェンちゃんには聞いてはいたけど、ここまで力を持つ魔物の前では人なんてちっぽけだね! あははは、楽しくなって来ちゃった! 今は敵わないだろうけど、いつかはあんな奴らを狩り殺したいな!!」
そこには多種多様な魔物が生まれていた。これほど様々な種類が同時に存在しているのは初めて見るでござる。
ドロドロで粘液の様だが、光り輝く金属で肉体を構成された魔物。
青白く発光を続ける飛行体だが、時折震えると数を増やしていく魔物。
灼熱の溶岩が意思を持ったように動き、頭と手を構成している魔物。
蜂の様だが、その下腹部には巨大な巣を持っているように見える魔物。
赤いローブを纏い天秤と赤子の人形を持った、闇から這い出てきた様な骸骨の魔物。
同顔同装の少女達が絡み合い構成され、蠢く巨大な塊となり這いずりまわる魔物。
おぞましい濡れた髪の毛の様なものを延々と吐きだし続ける壺の形をした魔物。
竜の様な下半身を持ち、上半身はヤギ頭の悪魔であり、手には巨大な戦鎚を持つ魔物。
背中に翼を持ち、顔はドラゴンの様であるが二足歩行をする戦士の姿をした魔物。
水が渦を巻き竜巻の様相を呈していて、その中央には何かが存在しているであろう魔物。
グロテスクな蛙の外見をしているが、額からは美しい人型の何かを垂らしている魔物。
本の様な形をしているが、各ページが口の様になっていて全てを貪るかの如き魔物。
金貨の様だが空を舞い、群体となり蠢く魔物。
饅頭の様だが、顔が付いていてなんらかの言葉をしゃべる魔物。
全身を黒色の金属で構成され、関節部から蒸気を噴出しながら四足歩行するドラゴン。
黒色の体色を持ち、額には二重丸の外に花の様な印が付いているが、なぜか泣きじゃくっているゴブリン。怖いのでござろうか・・・。まあ、あんな中に放り込まれたら怖いでござるなぁ。
はるか後方に見える世界樹の如き様相を呈した巨大過ぎるブロッコリー、キャベツに手足が生えた魔物、空飛ぶニンジンの魔物、小麦粉を丸く成形してその上にタレを塗った様な魔物、白いクリームを挟んだ黒色のクッキーサンド魔物、ベーコンと赤い野菜とレタスを白パンで挟んで上からコショウを振りかけてある魔物、木に登るオークモドキのような魔物、風呂に入りながらウキーと鳴く魔物、もう怒ったと書いてある鼻が長く耳の大きな魔物、呼吸ができないかのように口をパクパクさせる魚、空をふよふよ流れる布製の鯉、干し網にかけられた魚の干物、燻製道具の中で燻されている肉、狐色に揚げ色のついたコロッケ、ソースで煮込んだ肉団子、毛の生えた握り飯、ポピー、桃、丼に盛られた米と肉、皿に丁寧に並べられた薄切り肉、ぐつぐつ煮たつ鍋、美しいケーキ、ネコ、三毛猫、招き猫、わしわし鳴く小さなイヌ、首に樽をつけた大きなイヌ、犬小屋で寝てるイヌ、ヒヨコ、ヒヨコの形の饅頭、短足でパタパタ歩く黒白の鳥、三羽集まると牙を剥くスズメ、煎餅を咥えるシカ、黒い紙、十本足に吸盤を持つ三角形型の何か、八本足で吸盤を持つ丸型の何か、ベッド、タンス、テーブル、イスなど家具たち。
……他にも様々な存在が所狭しと現れたでござる。
「混沌が広がっているのじゃ……。わたしの目の前には混沌が広がっているのじゃ……」
まさしく、その通りでござった。目の前には混沌と呼ぶしかない何かが広がっていたのでござる。
「……ダンジョンじゃねぇよな。これは一体全体何なんだ?誰かこの現象に心当たりはないのか?」
首を振る拙者達。こんなものを知っているはずがない。世界中の誰に聞いてみたところで、知っているものが存在しないと思えるほどの摩訶不思議空間でござるよ。
「不思議だよね。タローは不思議な力を持ってるんだよ。あなた達は知らなかったのかな」
唐突に後ろから声をかけられた。全員が即座に振りかえると、そこには深紅の着流しを身に纏った、青白い髪を持つ絶世と行っても過言ではない美少女が佇んでいたでござる。
「……なっ! いつのまに、……後ろを取られたで候」
「ダメだよ、大きな声を出しちゃ。あの子達に気づかれてしまうよ~」
そうのんきな声を奏でる少女は人ではありえないほどの美しさを放っているように見える。
確かに背後に広がる光景を考えると、今は声を抑えるしかないでござる。もちろん、安易な行動も取ることは厳禁。
「おめぇさんはクーじゃあねぇかい。無事だったかぁ、海蜘蛛に襲われて生き残るとは、やるじゃぁねえかい」
マツオのおっさん殿の知り合いであるようでござるな。クーと呼ばれた少女は笑顔を浮かべながら、その瞳の奥には仄暗い光を宿しているように見えた。
彼女はその言葉を無視し、拙者達に語りかけてきたでござる。
「何も言わず、ミズーリに帰ってくれないかな。タローの事は大丈夫だよ。私が一緒に居るから、ずっと一緒に居る、どんなことがあっても守るって誓うよ。だから、彼のことは忘れて自分達の生まれた街に帰りなさい」
それは強い意志の込められた言葉でござった。殺意すら含まれていることが過分に予測できるほどだった。しかし、拙者にとっては到底許容できる内容ではなかったでござる。
「クーと言ったでござるな、それはどう言う意味でござるかな。まるで拙者達があなたの邪魔であるような言い分でござるよ、にんにん」
明らかにこちらを見下した目に変わった。背後に広がる空間に存在する魔物よりなお恐ろしい気配がする。
「そう聞こえなかった?」
相手は明らかにこちらを小馬鹿にしているのがわかった。拙者は血が沸騰するのを必死にこらえた。
「待て、なぜだ。オレ達はズクタロウの敵じゃない。なぜそこまで拒絶するんだ」
薄く嘲るような笑みを湛えながら、その口から言葉が紡ぎだされた。
「だって、邪魔だもの。タローを傷つける人も、タローを守れない人も、タローに守りたいと思われる人も、全部邪魔じゃない。私のタローにそんなことで傷ついてほしくないの、私とタローの巣に、領域に入って来てほしく無いの」
初めにグウェンちゃん殿に目を向け、その後に拙者ら全員に目を向けて、クーはそのように語ったでござる。見られたグウェンちゃん殿は激しく狼狽したようだった。余りにもその冷たい瞳は、拙者に無貌なる恐怖を抱かせるには十分過ぎたでござるよ。
拙者が呆けていると、ナクアがクーの手に持つ大柄なメイスを叩きつけるのが見えた。ナクアはこのクーという少女が敵であると、この瞬間に判断したのだろう。メイスは確かに叩きつけられたが、何の音も発しなかった。
「だめだよ、五月蠅くしたら。後ろの連中に気づかれちゃうでしょ? そしたら私も少しは面倒くさいじゃない」
「すご~い、どうやって受けたの? 確実に頭を砕いたと思ったのに、……これは障壁かな? 魔術防護なの? 私の一撃を受け切れる障壁だなんて、やるじゃない」
ナクアがクーを称賛している。それはそうでござろう、マッドスキッパーへの道中を含めてナクアの一撃を真正面から受けて大丈夫だったものなど存在しなかった。
一瞬でナクアの足が払われたと思うと、次の瞬間にはナクアは仰向けに倒れ込み、その顔面には下段突きが埋め込まれていた。
「うーん、この子だけはタローの役に立ってくれるかも知れないかな。まあ、今は気絶していてね。話の邪魔だし」
場には静寂が支配していた。クーの力は拙者達全員を合わせたよりも上だと思えたでござる。
「……ここで、ここで私達が帰ったところで、あなたは信用できるの? 私達が、あなたがズクタロウ君から離れている時に接触するとは思わないの? あなたのその性格を彼は許容しているのかしらね」
カタリア殿がそう声を発した。マツオのおっさん殿の顔色を伺えばその発言の理由が理解できたでござる。おっさん殿は自分が見ているものが、間違いではなかろうかという激しい動揺の色が浮かんでいたでござる。カタリア殿は精神的な動揺を誘い、隙を見出そうとしているのでござるな。
「タローはクーのことを、あざとい、と思ってくれているみたいだけど。本当はね、クーはね……独占欲の塊なんだよ。好きな人を自分のものにしたい、誰にも目移りしてほしくない、そう思うのは女なら普通だよね?」
少女とは思えないほどの艶と色を併せ持った妖艶な頬笑みを浮かべ、彼女は笑う。
「ははっ、そんなに死にたいなら、いいよ。殺してあげる。その方が私も良いとは思っていたんだ、でも万が一知れたらタローが悲しむと思ったから無事に帰ってもらおうと思っていたんだけどね。もう、……誰も逃がさないよ」
死刑宣告と思われる言葉が響いた。
クーの姿が掻き消えたと認識した瞬間に、拙者には絶死の一撃が迫って来ていた。
「タロウ殿……」
死を覚悟した時に、思わず彼の名を呟いてしまった。
……いつまで経っても痛みも衝撃も無かった。これが死なのであろうか。違った、拙者に死は訪れなかった。
拙者の目の前では、クーの拳を素手で抑える、合いたかった人が立ちはだかっていたでござる。
「やめておけ、クー。皆を手に懸けると言うのなら、いくらお前でも許しはしないぞ」
久しぶりに聞いたその人の声は、視界が歪むほどの迫力がこもっていた。
「タロー……。いつからいた……、ううん、気づいてたんだ、クーのこと。そうだね、タローに隠し事なんかできるはずないか」
そう言ってクーはうな垂れた。尻餅をついていた拙者には見えたでござる。
クーの表情、そこには愛する人を侮っていたことへの悔恨と、大切な人が自らを見ていてくれたことに対する歓喜に彩られていた。
「悪かった、クーは良い娘なんだけど、少しだけ早合点する傾向が合ってね。許してくれるとうれしい。それと、皆久しぶりだな」
振りかえり声をかけてくれるその姿は、拙者達が知るものと若干異なるものでござった。艶のある黒色だった頭髪がすべて、力の無い白色へと変化していたでござる。一体何がタロウ殿の身に起こったのかは想像し難い物があった。
「……やっと、やっと会えたのじゃ! ズクタロウ! すまぬ、すまんかったのじゃ。お前を、お前を奴らに差しだした事をずっと後悔してきたのじゃ。許してほしいとは言わぬが、聞いてほしいことがあるのじゃ」
グウェンちゃん殿は駆けより、額を土に擦り付けた。自分が許されなくても、家族がいた事を伝えたいのだろう、タロウ殿の母上のことを伝えたいのだろう。
「あ~、いや、許すとか許さないとか、そんな感情は無いですよ。グウェンちゃんも仕方がない事情があったと思うし、俺はその事情を聞かせてもらえればそれでいいですよ。俺はグウェンちゃんとまた会うことができてうれしいです」
そう言って地に伏した彼女を立たせ、笑顔で土を払う姿は拙者の知る彼の姿でござった。
「それと、ここで騒ぐのはちょっと良くなさそうなので、ねぐらの方に移動しましょうか。マツオさんもいますし、俺も事情が知りたいですから」
そう言ってグウェンちゃん殿とクーの手を引いてさっさと歩き始めてしまう。
拙者達も遅れないようにと、その姿の後を追うのであった。
次回、お話タイム、擦り合わせタイム、ふわふわタイム、ぶっ殺しタイム




