幕間1 グウェン
わたしは物心ついたときには、家族がひとりだけしかいなかった。
たったひとりの家族であった叔母は、体の強い人ではなかったが、工房で被服などの作成を仕事とし、わたしを育てあげてくださった。
わたしのこの妙な口調も、叔母のまねをしているうちに、自ずと身についてしまったものじゃな。ただ、止めようと思えば、いつでも止めることは可能じゃ。
わたしには『風魔術適正』があった。五人に一人はなんらかの魔術適正があるのだが、叔母は大層喜んでくれたものだ。
わたしは私塾には通わず、叔母に教わった。叔母は様々なことをわたしに教え、たくさん褒めてくれ、たくさん怒ってくれた。
学校にも、余裕を持って通うことができた。風魔術に関しては、天才と皆が認めてくれた。ただ、体の成長が思う様にいかなかったことが、わたしにより多くの努力をさせた。
その努力の成果が、わたしを慢心、増長させた。
学校在学中から冒険者として活動をした。仲間達と力を合わせ、様々な場所を進み、様々な魔物と戦い、ダンジョンすらいくつか踏破した。人から褒められるのがうれしかった、認められるのが快感となっていた。
思えば、この頃が、わたしの人生において絶頂にあったのではなかろうか。
何年も叔母には顔も見せず、自分の都合だけで生きていた。
叔母にとても心配をかけたことであろう、阿呆としか言いようがなかった。ほどなくして、罰はくだった。
わたし達は自分たちにならば、なんでもできると勘違いしておった。古代の遺産がそのままの状態で残ると言われる、『夕映えの都』を目指したときから、わたしの人生の転落が始まった。
ミズーリ南部の森林地帯を抜けた先、荒野が広がる地でわたし達は凶悪なドラゴンに襲われた。
強大な敵を前に、リーダーだった男が真っ先に逃げ出した。それから仲間は仲間では無くなってしまった。皆が自分のことだけを考え、散り散りになってしまった。
なんのことはない、わたし達も帰って来られなかった者の仲間入りをしただけであった。
運よく、ミズーリに帰還することができたのは、わたしだけだった。仲間達はどれだけ待とうとも誰も帰って来なかった。
わたしは夢から覚めた気持ちで、もう何年も顔を合わせていない叔母のところへ向かった。叔母ならわたしをなぐさめて、暖かく迎えてくれるだろうと理由もなく信じていた。
そこに、わたしの家は存在しなかった。名前も知らぬ誰かの家となっていた。
近所の人に必死で話を聞いて回った。すると、付き合いの深かったひとりがわたしに手紙を渡してくれた。
手紙は叔母の遺書だった。
遺書の内容によると、叔母はわたしが学校を卒業したころ、仲の良い男ができた。
その男はどうやら、貴族であったらしい。平民にすぎぬ叔母にとても優しくしてくれたようだ、叔母はあっという間に恋仲となった。そして、子を授かった。
好きな男とその間にできた子と、幸せに包まれた生活を過ごすはずだった。しかし、男の実家がそれを許さなかった。男は幽閉され、子は取り上げられた。血を穢したのだそうだ。
貴族は血族とも呼ばれる。純血を保つことで失われた力が戻ると信じている者たちが、未だ僅かながらいることは知っていた。男の実家はその手合いだった。
ある日、叔母には獄中で男が死亡したことが伝えられた。そして、子には魔術の適性が存在しなかったことで、捨てられたことも伝えられた。そして、叔母は子を探した。必死に探したが、先に叔母が倒れた。
倒れてからは弱る一方で、もはや、子を探すことなどできなかったらしい。
わたしに、後生だから探して救ってあげてほしい、と懇願していた。
気の強い叔母が、涙で濡らしながら書いた手紙がわたしの心を打ちのめした。
それから、わたしはその子どもを探し続けた。しかし、貴族の不貞子だ、その足跡を辿ることはわたしには不可能だった。それでも、レングウィンという名前だけを頼りに探し続けた。
そんなわたしに、教師にならないか、という誘いがきた。わたし自身が名の知れた風魔術師であったため、学校で教鞭をとってもらいたいそうだ。
教師など、わたしのような恩知らずの阿呆には向いていないと思い断ろうとしたが、わたしの探し人に協力できるとの言を弄され、それを信じた。
それからは、教師をしながら、研究対象になると思われる生徒に近づき、スキルを始めとした様々な情報を抜き取るという、教師どころか人にあるまじき仕事をさせられた。
そんな仕事にも慣れ、苦痛を感じなくなった頃、ズクタロウが入学してきた。
あやつは入学した初日に地震を起こした可能性がある重要人物だった。その真偽を調べることを任務とされた。他にも呪い持ちのカロンを始めとした問題児達がまとめられたクラスの担任をすることになった。
そして、数々の出来事を通して、問題児達との仲が深まっていった。ズクタロウの周りには問題児達だけが集まり驚いたものだ。あやつには何かそうゆうものを引き付ける魅力があったのかも知れぬ。引きつけられたのは、わたしもだった。
仲間ができたようだった。ずっと年の離れた子ども達のはずなのに、わたしに臆面もせず接してくれた。とても、幸せだった。
仲間と叔母を同時に失ったことでできた心の傷が癒されていくようであった。
クラス対抗戦でのことを経て、ズクタロウには『魔法適正』があると、上司によって判断された。
わたしの心は荒れた。このままではズクタロウは碌な目に合わないどころか、命すら確かではないだろう。
それほどまでに、わたしの上にいる貴族達は魔法を求めている。失ったのだから、あきらめればいいだろうに、浅ましくも諦めきれず、千年あまりも追い続けているのだ。その思いは、もはや狂気と呼ぶべきものだろう。
悩んだ。ズクタロウの命が懸っているのだ、悩んだ。しかし、校長がレングランドの足取りを掴んだとわたしに話してきた。遅い! わたしに大仕事をさせるための交換条件として秘匿されていたのだろう。
怒りで頭がどうにかなりそうだった。いや、どうにかなってしまえば良かったのだ。しかし、叔母の忘れ形見が、叔母の呪いともとれる願いが、わたしに狂うことを許さなかった。
結局、わたしは新しくできた仲間達を裏切ることにした。
そして、慎重に、慎重を期し、ズクタロウが神殿に向かう日に計画を行う運びとなった。ズクタロウは学校の防衛機構を抜くほどの力をすでに持っている、当然だろう。
あっさり、このためだけに作られた個室にズクタロウを案内することができた。
事前に、『無貌の呪縛』という強力な魔道具に嵌ったものは須らく意識を失うと聞いていたが、あやつは耐えた。すさまじい魔防御をしている。当たり前だ、黒石魔物に貪られ傷を負わなかったのだ。
しかし、動けはしなかった。首を絞められ、意識を失う瞬間にわたしの名を呼んだ気がした。
わたしは泣いていた。取り返しのつかないことをしてしまった。
わたしは叔母を失ったときからなにも変わっていなかったのだ。信頼を与えてくれたものを素気無く裏切ることのできる悪魔だった。
今日もズクタロウの仲間達が行方を探している。
見たものはいない、ただ、神殿を出てどこかに行ったという情報があるだけだ。
わたしは彼らからの相談を受け、心配をする振りをしている、探す振りをしている。
見つかるはずがない、平民どころか、生半可な貴族ですら見つけることができない場所で実験され続けているのだから。もしくは、・・・もう死んでしまっている。
わたしは心が死んでしまったようだった。なにをする分けでもなく、抜け殻のように生きていた。
ズクタロウに会いたい、撫でてもらいたい。おんぶしてもらいたい。抱きしめてもらいたい。そしたら、元気が湧いてくる。私の頭の中は、ズクタロウの事ばかり考えてしまっていた。
そして、気づいてしまった、いや、気づいていたがわからない振りをしていたのだ。わたしは好きになってしまっていた、ずっと年の離れた、あやつのことを。
わたしがつらいときに奮い立たせてくれ、ずっと苛んでいた寂しさを埋めてくれた人を愛してしまっていた。自らの所業のせいで地獄に送り込んだというのに、なんと都合のよい女だろうか。それでも、会いたい。
そんな私に、校長がレングウィンの行方を伝えてくれた。どうやら、レンと名を変え、孤児院へと送られたそうだ。
そうだった。愛する人を捨ててまで求めたものが、わたしにはあったのだ。必ず、レンを幸せにしなければならない。わたしには、もう、それしか残っていない。
それにしても、なんと安直な名前だ。助かった、これならすぐにわかることだろう。
もう、教師など止めよう、レンを引き取り二人で生きていこう。
そう決意し、『ミズーリ北部三層公共孤児院』へと向かった。
孤児院ではアノワイアという女性が対応してくれた。
「レンの身内の方ですか」
厳しくも優しい印象を感じる女性だった。
「そうですじゃ、わたしはグウェンと言いますのじゃ。レンの母親の姪にあたりまして、叔母からの遺言により、ずっと探しておりました」
教師という身分は、こういう時に役に立った。あっさり、アノワイア女史はわたしにレンのことを話してくれた。普通、孤児のひとりをこんなに覚えているものなのだろうか。
「レンでしたら昨年、学校へ入学をしていますよ。あの子はすこしだけ、不器用でおかしなところがありましたが、決して悪い子ではありませんでした」
なんと、すでに学校に行っておったとは、もうそんなに時が経ってしまっていたのか。
わたしのすぐ傍にいたのに気付かなかったとは、だが、無事に生きていてくれてなによりだった。
しかし、わたしにはレンという名前には覚えがなかった。
アノワイア女史に礼を告げ、すぐに学校へと戻り、『ミズーリ北部三層公共孤児院』出身のレンを探した。名簿には存在しなかった。
わたしは焦ったが、まだ冷静だった。すぐに、同じ孤児院出身者に話を聞くことにした。
「は? レンですか、あいつは変な奴ですよ~」
「レンかぁ、最近見ないな~それまでは騒がしい奴でいろんなところで騒動を起こしていたんですけどね」
「レンくんですか? 最近じゃクラス対抗戦の優勝に貢献したって噂ですよね」
レンが今どこにいるか知っているものはいなかった。しかし、クラス対抗戦に優勝したということはわたしのクラスの生徒であるのか?
クラスの生徒に聞いても、レンというものは誰も知らなかった。いや、意外な者が知っておった。
「はぁ? レンですか? オレはズクタロウ探しに忙しいんすよ、そんな知らない奴……あれ、確か聞いたことあるな……あぁ思いだした」
キッスだった。わたしは嫌な予感に汗が止まらなかった。
「確かズクタロウの奴が、もともとはレンって名前だったって説明会の時に言ってましたよ。なんでも神様にズクタロウと命名されて魔道具の判定すらごまかさ……あれ、グウェンちゃんどこいくんだ?おーい」
わたしは走りだしていた。気づけば学内にある山岳地帯までやってきていた。
もはや分けがわからなかった。自らが最も求めていたものを、自らの手で殺したも同然だった。なぜ?なぜ、神が名前を変えた? わたしのせいだ、わたしが愚かだったのだ! 神が試したのだ! 今度こそ大切なものを守れるかを! 捨ててしまった! 叔母の思いも! わたしの願い! 何もかもすべて、すべてを自ら投げ捨ててしまった!
「ア゛ァ゛ーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
ただ、叫ぶことしかできなかった。こんなことをしても、何の償いにもならないというのに叫ぶことしかできなかった。




