第二十話 朝焼けに染まる大地で、君と僕らと肉塊と
20.
夕飯が終わった。俺の特製、香草とゴブリンの炒め物はかなり好評だった。
香りの強い野草と味噌を使用してゴブリン肉の臭みを抑えた逸品だ。調味料にお金を使い過ぎている感は否めないが、日本人の魂が許さないのだよ。仕方ないね。草スープは臭スープと言われた。悲しい。
女性陣に料理の経験がないのは意外だった。ミズーリには、産業革命期のイギリスのように、家庭で料理をする習慣がないのかも知れないな。
それにしても、よく食べる。体が資本だから仕方がないのだろうけど、しかし太った人間を見たことがない。
魔力に関わるなにかが、カロリーの消費を増大させているのかもしれないな。俺も魔力循環を使い始めたことは空腹に悩まされたものだ。今でも腹ペコ野郎だけど。
さて、日が暮れたことだし火を囲みながら、少しおしゃべりして今日はもう休もう。五人で取り留めのない会話をした。
やはり、ナクアとクームは裕福な家庭の出身者らしい。お互いの父親が親友で、両親それぞれが有能な冒険者なのだそうだ。共働きで稼ぎは非常に多く生活は楽だったが、両親のいない日が多いため、二人は自然と仲良くなったらしい。
ただ、二人で仲良くし過ぎている性で、私塾では浮き気味だったそうだ。またボッチだよ。今度は二人ボッチだよ。レベル高けぇな。
ちなみに俺が孤児院で様々なことを経験したように、親の庇護がある子たちは私塾にかよっている場合がほとんどだ。
しかしなんというか、女子が入るだけで華やぐね。良い香りがする気がする。
実際は生臭いのだけれど。ゴブリンを解体したし、しょうがないね。玉ねぎを切ったあとの手の比じゃないよ。消臭ポーションを撒いてはいるのだが、そこまで強力なものではない。
「そろそろ、寝ようか。最初は俺が見張りをするよ。それ以降は夜が深まるだろうし、二人組で見張りをしたらいいと思う」
そう提案すると、何事もなく受け入れられた。
自分の番の見張りが終わってから、寝たふりをしながら、やりたいことをやろう。
なに、難しいことじゃない。全力で『魔力探査』をやり続けるだけだ。今までは半径100mくらいの円状にしかできなかったのを、鋭角化できないか試したいのだ。外でやらなければ魔物を見つけられるか分からないし、集中が必要だから時間のある今が丁度いいだろう。
先生方の『魔力感知』あたりに引っかかりそうだが、初めての野宿で警戒しているということで問題はないはずだ、大丈夫だろう。悪いことをしている分けじゃないしね。
空が白み始めたころに、南側からこちらに向かってくる、強大な反応を見つけた。
「全員! 起きろ! やばいのがくる!!」
さすがベア先生だ、警戒を怠っていないらしい。俺より早く気がついていたみたいだ。悔しいってそんなことを考えている場合じゃない。
よかった、四人とも驚いているが混乱は少ないみたいだ。もう臨戦態勢が整っている。他の生徒は初動が遅い、突然のことに混乱状態にあるようだ。
「南側から、異常な気配が近寄ってくるぞ! かなり速い、北側に逃げるしかない!!」
俺が叫びながら、四人に説明する。
「ベア先生!! それでいいですよね! 俺達が生徒たちに声を掛けます!!」
ベア先生は一瞬驚いた顔をしたが、ニヤリと笑みを浮かべて頷いた。よっし、これでいい。
「キーちゃんとナクアさんは左側、カロちゃんとクームさんは右側、俺は中央の生徒たちに指示を出す。北側の出口付近に集合しろと指示をだせ! 荷物は最低限だ! いくぞ!」
相談もせずに決めたが、まずかったかな?
「わかりました」
「了解だ」
「まかせるでござる!」
「……! ……あいわかった」
みんな状況を理解してくれたみたいだ。良い仲間に恵まれたな。
俺は走り、次々にクラスメイトに声を掛けていく。寝ている奴は蹴り起こした。うらまれそうだが緊急事態だ。許せ、サスケ。これで最後になりたくないだろう?
「なんじゃ~うるさいのじゃ~ムニャムニャ」
ええい! こんちくしょうが! かわいいじゃねえか! さっさと起きんか、子ども先生! 魂は肉体に引き攣られているのか!? 幼すぎるよっ!
仕方が無いので脇に抱えよう。急がねばならないのに、余計な荷物を拾ってしまった。
なんとか終わった。仲間たちと柵の北側出口で合流する。
逃げるにしても先導者が必要だ。あまりに行きすぎると崖から落ちてしまう。逃げる生徒の目印と尻を叩く役割も必要だろう。
そこに、完全装備のベア先生が走ってやってきた。
「よくやった。皆を先導するものを選出する。早くしなければ、生徒たちが押し寄せてくるからな。ズクタロウ! 貴様がしろ。私はここに残る」
かっこいい。俺が女だったら惚れていたね。素敵! 抱いてっ!
「わかりました。グウェンちゃんはどうしましょうか?」
グウェンちゃんは、俺に抱えられて寝こけている。あ、よだれが服についている。……役に立つのか、これ?
「グウェン先生は風魔術のスペシャリストだ。戦闘では、私よりずっと役に立つ。危険が迫れば眼が覚めるだろう。……腹立たしいのは否定しないがな」
そう言って、笑顔を浮かべるベア先生。うん、この先生に人気がある理由がわかる気がする。のじゃロリを投げ渡し、4人に指示を出し避難を開始する。
「俺が先頭に立つ。キーちゃんとカロちゃんは最後尾、ナクアさんは右、クームさんは左側を警戒してくれ」
気配がどんどん近付いてくる。ここは戦場になるだろう。早く避難しなければ戦う先生方にも迷惑になる。急ごう。
駆け足で移動し、どうにか生徒全員で、崖の手前まで来ることができた。これ以上北に行くことはできないな。
どうすべきか。東に移動するか?いや、待機するべきだろう。夜明け前でまだ暗い、未探索エリアに足を踏み出すのは危険だ。
仲間たちと相談してみる。全員が俺の考えに賛成してくれた。しかし、カロンの様子が少しおかしいな。どこか上の空というか、何か考え事をしているみたいだ。
突如、轟音が響き渡る。何かが爆発した様な音だ、野営地の方からだ。戦闘が始まったようだな。ちゃんと避難できてよかったな、これで邪魔になることだけはないだろう。
「……すまん。某、戦う理由ありで候!!!」
ふぁ!? 何突然? カロちゃんが駆け出して野営地に戻って行っちゃったよ!? このタイミングで奇行発症かよ、予想外です。
「カロン殿!? 待ってくだされ!」
あ、クームさんも行っちゃったよ。
「まて、落ちつけ、カロン!」
あ、キーちゃんも。
「私も行く! 止めなくちゃ!」
あ、ナクアさんまでも。……俺知らね。
ふむ、少し考えようか。きっと何か、カロンだけに感じる物があったのだろう。
思えば野営地で、すでに様子がおかしかったな。近寄ってきた強大な気配に因縁があるのだろうか、戦う理由とか言っていたしね。
う~ん。どうしたものだか。情報が少ないし、ほっといたら寝覚めが悪いしで、あたし困っちゃう!
とりあえず、クラスの中でも面倒見の良い委員長タイプの眼鏡っ娘に声を掛けておくか。
「どうしたらいいと思う?」
素直に人に聞こう。
「……私がみんなをまとめるから、あんたがなんとかしてきなさい。余分三兄弟の長男でしょ! 弟たちとそのガールフレンドを守らなくちゃね」
俺が長男だったのか。仕方ないね、お兄ちゃんはつらいよ。
「じゃあ、後頼んだ。明るくなったら細心の注意を払ってミズーリに戻ってくれ。野営地には絶対に戻らないでね、きっとそれが良いだろう。魔物に気をつけてね~」
そう伝えて、俺は走り出す。だいぶ遅れてしまったが大丈夫だろうか。
俺は走り、野営地に戻ってきた。
野営地は酷い有様だった。残してきた道具は激しく破壊され、辺りに飛び散っている。中央付近では戦闘音が響き渡っていた。金属と金属がぶつかるような音がする、敵は一体何だ?
急いで中央付近に駆けつけた。そこには、腹から血を流して倒れているベア先生を看護するナクアさん。巨大な鹿の化け物と対峙するグウェンちゃんと3人が眼に入った。グウェンちゃんはボロボロになっている。白い肌に鮮血が痛々しい。
カロちゃんの剣はすでに折れ腕にはケガを負っているが、闘志は聊かも衰えていない。そんなカロちゃんを庇う様にして立ち回るキーちゃんとクームさんが見て取れた。このままじゃ、みんな死ぬな。それくらいはわかる。
「お主も来てしまったのじゃな。馬鹿ものが……来てしまったからには、役に立ってもらうのじゃ。すまんが、時を稼いでくれなのじゃ……これには時間が掛かるでの」
グウェンちゃんが何らかの魔術を行使する気らしい。しょうがないなぁ~もう、いやだなぁ~死にそうだな~やるかぁ!!
「えいしゃぁ!」
とりあえず、カロちゃんをぶん殴った。
「はぐおぁ!」
良い声で鳴くじゃないの。心が走る走るするね。
「ちょっ!! 急になんでござるか!?」
クームさんが叫ぶ。知ったことか。
「キーちゃん、カロちゃんとクームさんを連れて下っていてくれ。こいつの相手は俺がする。なに、倒してしまってもかまわないのだろう?」
せっかくだし、人生で一度は使ってみたい言葉も使っておこう。こんな機会はそうそうないしね。そうそうあったら嫌だ。
「くっ、わかった。頼むぞ、ズクタロウ! 絶対無茶するなよ、少し休んだら交代するからな!」
聞きわけの良い子は好きだよ。
「……そ、某が、……某がやらねば……」
くそ、意識を刈り取れなかったか。何があったが知らないけども、そんな状態では戦えないでしょうが。さぁ、お眠りなさい。
「ズクタロウ殿……お頼み申す……」
カロちゃんを頼むよ、クームさん。
さって、待っていてもらったみたいで悪いね。存分にお相手して差し上げましょうじゃないのよ。うむ、相手をよく観察しよう。
4mはあろうかというヘラジカの様な魔物だな。
立派な角を持っていらっしゃる、カロンの剣を折ったのはこれかな。
体には大小様々な切り傷が大量にあるが、新しいものから古いものまであるみたいだ。傷口は塞がることはなく絶えず、どす黒い体液を溢している。魔物特有の強靭な生命力が無ければ、すでに死んでいるだろう。
瞳は黒く濁りきっている、理性や知性の輝きは見られない。ただ殺戮を命令された機械のようだ。
む、豪快な振り下ろし攻撃が来た、速いが避けられなくはない。やはり角がメインウェポンのようだな。う~ん、しばらく観察に徹してみてわかったことだが、行動が割と単調だ。
当たらなければどうとゆうことはないってやつだ。キッスが耐え続けられた理由もわかるな。ならなぜ、ベア先生はお腹から流血しているのかな?何か奥の手を持っている可能性が高いな。警戒しておこう。
とりあえず殴ってみよう。頭の振り下ろしにあわせて、額に拳をお見舞いする。
『超級魔力循環』で強化しているが、溜めの時間が無いので、石清水寮の時みたいな威力はない。
「メ゛ェェェッツ!!」
あれま、意外と効いていらっしゃる。
そんな踏鞴を踏まなくてもいいじゃない。鹿じゃなくて、鳴き声的にヤギなのかな。体液が飛び散る。
「その血に触れてはならんのじゃ!!!」
グウェンちゃんが叫んだ。飛び散った体液が一瞬丸ノコみたいな刃になり、空を切り裂く。
うおっ、危ないな。そういうことは先に言っておいてよ。
これが奥の手かな。近接殺しもいいとこだ。
近距離から傷をつければ切り刻み、遠距離から傷を大量につけようものなら盾となっている人を切り刻むって寸法か。
古い傷は元からあって、武器として利用するためのものかも知れないな。
大体全容が見えたと言ってもいいかな。時間を稼ぐのくらいはできそうだ。
異次元鞄から念願のロングソードを抜き出す。さあ、初披露だ。がんばってくれよ。相手の大ぶりな攻撃を全ていなす、いなす、体液も避ける、避ける。刃と化した体液は剣で切り払う。う……刃こぼれしてそうだ、折れないだけましか。
ありがとうワクワク先輩(制作者)、あなたの剣のおかげです。
「準備できたのじゃ! 一瞬でよいから、相手の動きを止めてくりゃれ!!」
おお、できましたか、しかし、また無理難題を吹っ掛けてくるな。しょうがない、頭の振り下ろしを避けた瞬間に左横に抜ける、狙うは足の腱だ。逆手に持った長剣を差し込むように刺す。
「……ッ!」
返り血が頬に飛び、頬から鮮血が吹き出す。だが、隙はできた。
「よっしゃ! 今じゃ、見さらせ!殺生風!!」
グウェンちゃんの手から、緑銀色の刃が流れ出す。それは風にのり、魔物の周囲を飛び回る、やがて竜巻となり魔物を切り刻む。中心に向けて風が流れ込んでいるのがわかる。どんどん、竜巻が赤黒くなっていく、レッドサイクロンだ。V3だ。
やがて、風がやんだときには、魔物だったであろう肉塊しか残っていなかった。魔術って怖い。
「やったのじゃ~。さすがわたしじゃ~偉い! ズクタロウもよくやったぞ」
ボロボロだけど、元気なグウェンちゃんでよかった。かわいいけど、怒らせないようにしよう。肉塊にジョブチェンジしたくはない。必要なスキルはなんだろうか。
「やったのか……やりやがったのか!」
お、キーきゃん。安心したかい?どうにかなったよ。俺は細かい傷だらけで血まみれだけどね。
「……うぐっ、……某が、せねばなるまいことであったはずなのにで候」
あ、起きていたんだ。カロちゃんがクームさんに支えられてやってきた。殴ってごめんね。殴って悪いか!
「……ズク殿、申し訳なかった。某が不甲斐ないばかりに……」
いいってことよ。まだ、若いんだからチャンスはいくらでもあるさ。殴ってごめんね。マジごめん。だから、そんな情けない目をしないでくれよ。
でも、落ちついたら色々話をしてもらうからね。拷問も辞さない覚悟だよ。拷問だ、とにかく拷問にかけろ! というやつだよ。
それより、ベア先生は大丈夫かな。
「ベア先生は、拙者とナクアで協力して離れた場所に置いてきたのでござるよ。ナクアは先生の看護をしているでござる。状態も落ち着いているし、ベア先生の治癒力には驚かされるでござるよ」
そっか、よかった。あの人に死なれては人類の損失だもの。
「それでは、この肉塊を持って帰るとするのじゃ。この場所にこれほどの魔物が出るなど、異常事態以外の何物でもないしのう。しかも、このような魔物は見たことも聞いたこともないのじゃ。最近、やっかいなトラブルばかりなのじゃ……」
そう言ってグウェンちゃんは俺のことをチラチラと見てくる。
チラチラ見てんじゃねぇよ、乳揉むぞ!ないけど。そうだね、俺に運べってことだね。ちくせう。しょうがねぇなぁ、異次元鞄から土を捨てて肉塊を入れるとするか。
肉塊に近寄って異次元鞄に収納するため、手を触れようとする。その瞬間に肉塊から黒い霧のようなものが吹き出してきた。辺りを漆黒の闇が覆う。
「ここ、どこ?」
気づいたら、知らない場所にいた。
次回、遠足延長戦の始まり、おっさんたちは生きて帰ることができるだろうか。




