第5期 第13話 「そして、特等席はこれからも」
三月。
卒業式当日。
高校へ続く桜並木には、まだ小さなつぼみが並んでいた。
朝。
ユウキは制服姿で、いつもの駅のホームへ立っていた。
今日で、この制服を着るのも最後。
「おはよう。」
聞き慣れた優しい声。
「おはよう、マミ。」
マミも卒業式の制服姿で微笑む。
「最後だね。」
「ああ。」
"最後"という言葉は寂しい。
それでも二人は笑顔だった。
「行こう。」
「うん。」
◇◇◇
快速電車がホームへ滑り込む。
二人は顔を見合わせる。
「最後の勝負。」
マミが少しいたずらっぽく笑う。
「もちろん。」
別々のドアから乗り込む。
人の流れを読む。
降りる人を見極める。
三年間、何百回と繰り返してきた動き。
そして。
「!」
「!」
二人は同時に、いつもの二人掛けの席へ腰を下ろした。
「引き分け。」
「最後まで。」
「引き分けだったね。」
「これが俺たちらしい。」
窓の外には、見慣れた景色が流れていく。
高校へ向かう、この景色も今日が最後だった。
◇◇◇
体育館。
卒業式。
校歌を歌い、卒業証書を受け取り、先生や在校生からの言葉を聞く。
三年間の思い出が胸にあふれる。
入学式。
初めて隣に座った電車。
文化祭。
修学旅行。
花火大会。
クリスマス。
数えきれない思い出が、まるで映画のように浮かんでは消えていった。
◇◇◇
式が終わる。
教室へ戻ると、担任が最後のホームルームを始めた。
「卒業、おめでとう。」
「みんな、それぞれ違う道へ進む。」
「でも、この三年間を忘れないでほしい。」
先生の声が少し震えていた。
クラスメイトの目にも涙が浮かぶ。
高橋が笑いながら言う。
「泣くなよ。」
「お前が一番泣いてる。」
教室は涙と笑顔に包まれた。
◇◇◇
校門前。
たくさんの卒業生が写真を撮っている。
「ユウキ!」
「マミちゃん!」
高橋たちも集まり、最後の集合写真を撮る。
「三年間!」
「ありがとう!」
シャッターが切られる。
その一枚には、最高の笑顔が写っていた。
◇◇◇
みんなと別れたあと。
二人はゆっくりと駅まで歩いた。
「静かだね。」
「ああ。」
制服姿で歩く、この帰り道も今日で最後。
改札を抜ける。
ホームへ上がる。
「帰りも。」
マミが笑う。
「もちろん。」
「最後だから。」
電車が到着する。
車内は空いていた。
二人は自然と、いつもの窓際の席へ座る。
◇◇◇
電車が走り始める。
「ねぇ。」
マミが静かに言う。
「私。」
「一番の思い出って何だと思う?」
ユウキは少し考え、笑った。
「全部。」
「え?」
「どれか一つなんて選べない。」
「毎朝ホームで会ったことも。」
「毎日隣に座ったことも。」
「学校で笑ったことも。」
「全部。」
「全部が思い出。」
マミは目に涙を浮かべながら微笑んだ。
「私も。」
「全部。」
◇◇◇
最寄り駅。
電車を降りる。
ホームに立つ二人。
「これで。」
マミが少し寂しそうに笑う。
「通学は終わりだね。」
「ああ。」
ユウキはゆっくりとマミの方を見る。
「でも。」
「終わりじゃない。」
「大学生になっても。」
「社会人になっても。」
「電車で出かけよう。」
「旅行もしよう。」
「毎年花火を見よう。」
「毎年桜も見よう。」
「そして。」
一歩近づく。
「これからも。」
「俺の隣にいてほしい。」
マミは涙をぬぐい、大きくうなずいた。
「もちろん。」
「ずっと。」
「ユウキの隣にいる。」
二人はそっと抱きしめ合う。
春風が優しく吹き抜けた。
少しだけ体を離した二人は、自然と笑い合う。
そして、優しく唇を重ねた。
短く、穏やかなキス。
三年間の思い出と、これから始まる未来を確かめ合うような、温かな時間だった。
◇◇◇
数日後。
大学の入学式へ向かう朝。
同じ駅。
同じホーム。
「おはよう。」
「おはよう。」
二人は笑顔で顔を見合わせる。
「今日も勝負?」
マミが笑う。
ユウキも笑い返す。
「もちろん。」
電車がホームへ滑り込む。
別々のドアから乗り込み、息を合わせて歩く。
そして、並んで空いた席へ座る。
「引き分け。」
「やっぱり。」
二人は声をそろえて笑った。
高校は卒業した。
制服も変わった。
毎日通う場所も変わる。
それでも、一つだけ変わらないものがある。
通学電車で並んで座ること。
そして、お互いの隣が、一番安心できる「特等席」であること。
偶然、隣の席になったあの日から始まった物語。
その偶然は、いつしか運命になり、かけがえのない未来へとつながっていった。
これからも。
春も、夏も、秋も、冬も。
どんな景色の中でも。
二人はきっと、隣同士で笑っている。
**――完――**
最後まで 『特等席は、君の隣。』 を読んでいただき、本当にありがとうございました。
ユウキとマミの物語は、通学電車の「隣の席」という小さな偶然から始まりました。
誰よりも座席を確保することが得意な二人が、まさかお互いの隣に座ることになる。
その偶然が友達になり、恋になり、やがて「一生隣にいたい」という想いへ変わっていく――。
そんな、派手ではないけれど温かい青春を描きたいと思い、この作品を書きました。
本作では「付き合うまで」がゴールではありません。
恋人になったあとも、一緒に季節を過ごし、学校行事を楽しみ、進路に悩み、将来を考え、それでも毎朝変わらずホームで待ち合わせをする。
そんな何気ない毎日こそが、一番大切な思い出になると信じています。
作品を通して、何度も登場した「特等席」。
最初は電車の座席を意味していました。
でも物語が進むにつれて、その意味は少しずつ変わっていきます。
ユウキにとっての特等席は、マミの隣。
マミにとっての特等席は、ユウキの隣。
最後まで読んでくださった皆さんなら、その意味を感じ取っていただけたのではないでしょうか。
高校生活には終わりがあります。
卒業式は必ずやってきます。
けれど、本当に大切な人との時間は、卒業しても終わりません。
大学へ進学しても、社会人になっても、結婚しても。
隣で笑い合える人がいる限り、その人の隣はずっと「特等席」のままです。
もしこの物語を読んで、
「青春っていいな。」
「通学電車が少し楽しみになった。」
「大切な人をもっと大切にしたい。」
そう思っていただけたなら、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。
ここまでユウキとマミを応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。
そして、二人の物語はここで一区切りですが、きっとこの先も、春夏秋冬を一緒に過ごしながら笑い合っていることでしょう。
またどこかで、新しい物語をお届けできる日を楽しみにしています。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




