11-2
「え、マジ? オレなんか歌ってた?」
「歌ってた。けっこう長いあいだ歌ってたと思うんだけど、気づいてなかった?」
光莉の質問に才琉の足が完全に止まった。光莉もその場で足を止める。
「ああー。やらかした。気ぃぬいてたあ」
はじめに髪の隙間からわずかに見え隠れしていた耳が赤く染まり、耳が完全に染まりきったあとはものすごい速度で顔全体が熟れるように染まっていく。才琉の眉は迷子のように完全に下がりきっていた。
赤くなっている自覚があるのか、恥ずかしそうに「失敗した」と呟いた。
珍しい姿を見たから光莉の単純な心臓は喜ぶスピードで脈打つ。
「大丈夫、上手かったよ」
「上手い下手とかじゃないんだって。人に聞かれるの恥ずかしい。もーヤダ」
才琉は気持ち早足で歩きだして手の甲で額の汗を拭った。「恩田さんの前だとカッコつけたくてもボロボロ。どうしてだろう」と言う。そんなこと、聞かれた光莉のほうが知りたかった。
どうして格好をつけたいの、急にボロボロになっちゃうの。別にボロボロでも十分すぎるほど素敵だと思うけど、おなじ気持ちを期待してもいいってことですか。
「どうしてだろうね」
光莉は気持ちをぜんぶ飲みこんでそれだけ言った。
駅舎の改札口につくと今まで曖昧だった影が、くっきりと二人の境界線をひく。
昼間の灼熱を受けとめた名残のある生ぬるい夜気が、人の隙間をぬって頬を撫でた。
ホームに続く天井の低い階段の蛍光灯は青のぼやけた影を落とす。
階段を一段ずつ登りながら光莉は「もったいないなあ」と独りごちる。
それは雑踏に紛れて聞こえないはずだった。
それくらい小さな声で呟いたのに、先を登っていた才琉が怪訝そうな顔で光莉のほうに振り返った。顔の赤みはすっかりとれたけれど、いつもより表情が幼い。
「傷心中だから、あんまりからかわないでよ」
「全然からかってないよ。御手洗さんの歌声けっこう良かったのに残念だなって」
「ん? そんなにオレのこと好き?」
「――何言わせたいの? そっちこそ、からかってる」
「あーあ。ちょっとくらい好きって言ってくれてもいーのにさ」
揺らぐような琥珀色と目が合った。
才琉はとんでもなく軽い口調で拗ねた様子を装う。光莉の様子を確認せずにそのまま前を向いた。階段を登りきる後ろ姿を光莉はただ眺めていた。
嘘吐き。心のなかで詰る。
この鷹揚な態度も光莉が本心を告げるだけで崩れるだろう。
感情を一瞥して、困ったように笑みをたたえて「ごめんね」と言わせてしまう。
光莉が知る才琉は猫のような興味心で感情をつつくけれど鮮やかで毒々しい恋心には、ひどく怯えて興味がないように見えた。




