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キッチンへ戻るとテキパキと処理をしている生田万が目に入った。
「これ、五番テーブルにぜんぶ運び終わったら、事務所行って。神田さん呼んできて欲しい。もうすごいの。部活終わりの生徒が十人テイクアウトに来てる。タコスヘルプ!」
「はい!」
生田万の特徴的な、のびのびとした口調が崩れて慌てふためいているように見えた。
こんなときでも手だけは的確に動かしていて流石だなと思う。
一等席に料理を運び終わり、事務所に行って神田を呼ぶ。神田はワイシャツの上から急いでかけたであろう、斜めによれたエプロン姿でキッチンに入って、手を洗っている。
「えっとお、何個だっけえ? とりあえずで作っちゃってるけどお」
ものすごい勢いで、玉ねぎ数個をみじん切りにしている神田が言う。
生田万はトマトを切りながら、ときおり器用に才琉が頼んだ注文の鍋の様子見ている。
「十個です。恩田さんはー、ソースの準備手伝って欲しいー」
「わかりました」
「ああ、恩田さん。外は暑いし雨降ってるから、中で待つよう言ってもらえるかなあ」
「はい!」
神田の指示で、外にいた生徒に声をかける。
予想通りあざみ川高の人だ。
男女あわせて十人ほど仲良く来店したようで、レジ前にある空間の椅子に誘導する。
こういうことはよくある。
高校が近いから、部活帰りのお腹をすかせた生徒がタコスを買い食いするのだ。
「コンビニがあるのに、ウチに来てくれるのはありがたいよねえ」と言う話題がたびたびあがるくらいには、グラシアスは生徒から認知されていた。
「ああ涼しい! 生き返るー」
女生徒の一人が制服の胸元をパタパタと空気を送りながら言った。
「もう少々お待ちください。ただいま準備しております」
「あのー、もうすこしって、どれくらいですかー」
「あたしたち、めーっちゃお腹空いてるんです」
数人の生徒たちが同調したようにくすくす笑う。
いま、光莉はきっと困った顔をしている。
「もう少々は――もう少々です。今、作っています。座って待ってもらえませんか?」
「はぁい。待ちまーす」
「お前ら、お腹空いてるからって、あんま当たんなよ。ごめんね店員さん」
「あー! クニハルが店員さんナンパし始めたあ!」
「してねーし。どこがだよ。あの、待ってますから行ってください」
集団というのはなんとも恐ろしい。
とたんに気が大きくなって、訳が分からないからだ。
とりあえず、この場は何とかなりそうなので光莉はキッチンへ急いだ。
みじん切りを終えた神田がひき肉を焼いている。
「ええと、ソースのレシピ、どこに貼ってあります?」
「ここに貼ってある。基本小さじだよ。ケチャップだけ大さじ。気をつけてー」
生田万が言う。
光莉が計量スプーンで材料を計っているときにホールの方で「才琉」という単語が聞こえた気がして一瞬意識がむかった。が、光莉は手一杯でそれどころではなかった。
高校生の群れは嵐のように来店して、嵐のように去った。
一等席の家族連れも帰って店内には才琉しかいない。
空いた皿を下げるために席へ向かう。
パチリと目が合って、同情の色を隠さない才琉が話しかけてきた。
才琉は光莉の意図を察して、すぐに残りの薄いアイスティーを飲み干している。
「なんか途中からすごかったね。いつもああなの?」
「いつもでは、無いんですけど……」
グラスの中の溶けた氷がカラリと音をたてた。空になったグラスをトレーに載せる。
「ふうん――ねえ、バイト何時まで? もうすぐあがる?」
「八時上がりなので、あと五分です」時計を見て言う。
「じゃあ、一緒に帰ろ。ねえ、いいでしょ?」
いつも通りこちらを見ながら、耳をくすぐるような甘ったるい声が聞こえた。
やや溜めて、こくりと頷く。雨はもう止んでいた。




