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⑨その昔がたり~身の上話~

 翌日、昼食に翡翠、リーリエ、キルティアの三人で会食をしながら今後の会議をすることになり、キルティアはいつもどおり午前中に騎士訓練を終わらせて、侍女のサビナに着せてもらったドレスで会食場に来ていた。

 食卓にはすでにリーリエが来て座っており、キルティアは長い机を挟んで真向いに座った。

 昨日の急遽の外出が響いたのか、翡翠は執務が終わらないようで、なかなか来なかった。

 翡翠が来ていないため、食事がまだ一切運ばれてきていない状態で、給仕もおらず、部屋には二人しかいなかった。

 二人の真ん中には繊細なガラス細工が施されたお洒落な食卓用のキャンドルに火がついており、その火がゆらゆら揺れていた。

 キルティアが気まずさを感じながらも無言でキャンドルの火を見つめていると、自然とリーリエと目が合った。

 リーリエとキルティアはキャンドルを挟んで、しばらく黙ってお互いに見つめ合っていた。


「そうやって、誰でも見境なく、見つめるのですか」

 

 キルティアが根負けしたように深い溜め息をしながら、視線をそらしながら言った。

 リーリエは机の上に両肘をのせて、両腕を組むと、


「殿下がなかなか来ないようですから、キルティア様の子ども時代の話を私に聞かせてくださいませんか」


 キルティアは露骨に嫌な顔をしたが、返事をするかわりに、キャンドルの火を見ながら、ぽつぽつと話し始めた。



 キルティアは今から十八年前にユリウス帝国の東の国境沿いの州で産まれた。両親は酪農を営んでおり、裕福ではなかったが、年子の妹と家族四人で暮らしていた。しかし、キルティアが八歳になったとき、弟を出産した母親は産後の肥立ちが悪く、そのまま死んでしまった。それから、父親は自暴自棄になり、酪農もしなくなってしまい、家計は火の車だった。キルティアが生まれたばかりの弟と妹を世話するしかなかった。

 それからすぐに、キルティアの住む町が隣国に突然攻め込まれ、キルティアの生家はそのときの火事で燃えてしまい、住むところがなくなってしまった。


『ここで待っていなさい』


 着のみ着のままで山の奥深くまで逃げてきたキルティアたち姉妹に、父親はなけなしのお金と少しの食糧を持たせ、赤い札のついた木の下に立たせた。父親は幼い弟だけを抱っこして、山をおりていってしまった。赤い札には「捨」という文字が書いてあった。その山は子捨てとして有名な山で、人身売買の山としても地元では有名だった。



 そこまで話したところで、翡翠がやってきて、長机の一番の主賓席に座った。


「遅れてすまない。さっき、ここに来るときに給仕係に食事を持ってきてくれるよう、頼んでおいたよ」

「ありがとうございます」


 リーリエは翡翠にお礼を言うと、キルティアの昔話を聞いている旨とその内容を掻いつまんで話した。


「キルティア、続きをお願いできる?」


 キルティアは先程入ってきた給仕係によって用意された水を少し飲むと、またゆっくりと話し始めた。



 キルティアと妹はどれくらいその木の下にいただろうか。

 妹はずっと泣きじゃくっていたが、キルティアは渡された金を握りしめて、ただずっと立っていた。

 一日中立っていて、渡された食料も尽きてきたころ、一人の身なりのいい服を着た貴族だという男が馬に乗って、姉妹の前まで来た。その貴族は、自身の屋敷で雇う侍女を探していると言い、侍女として一人だけ連れていくと言った。

 先に妹に幸せになってほしかったキルティアは、妹をその貴族と一緒に行くよう説得した。

 妹はまたずっと泣いていたが、その貴族が持ってきていた珍しいお菓子を渡されると、笑顔になり、最後にはキルティアに手を振って、貴族と馬に乗って去って行ってしまった。

 一人になったキルティアは、二日位は木の下でただ蹲っていた。

 しかし、二日前に貴族が来たあとは、まったく人通りがなく、八歳のキルティアには堪えられない孤独と不安が襲ってきた。食料も尽きて、急に涙があふれてきて、どうしようもなくなり、その場から動いて、とにかく山の奥深くまで無心で歩いていた。歩いても歩いても山だった。


「正直、初めの一か月くらいは、どう生き延びたのか記憶にないんです。野原の草を食べたり、川の水を飲んだり、木の実を採ったりして過ごしていたと思います」


 キルティアは淡々と語った。

 山にいる苦手な虫や動物も怖かったが、初めてみた魔物が強烈だった。ユリウス帝国では魔物の出没があまりなかったが、いないわけではなかった。キルティアが初めて目にした魔物は黒々とした牛のような格好で、目の前で人を丸呑みしていた。


(もうだめだ)


 そう思ったとき、後ろから急に腕を引っ張られ、灰色の髪の毛で両耳に銀色のピアス、アイスブルーの瞳を持った人物に助けられた。

 その人物は言葉が話せないようで、身振りで


『一緒にいくか』


 と誘ってくれた。着ていた服もボロボロになり、履いていた靴もなくなっていて、お腹が空きすぎていたキルティアには、もう何もかもどうでもよく、ただ、頷くしかなかった。

 それがキルティアが師匠と呼ぶ人物との出会いだった。のちに師匠は、その時のことを手話で、


『気まぐれだ』


 と教えてくれた。キルティアは名前も知らないその人物のことを、ずっと師匠と呼んでいた。

 師匠は耳が聞こえなくて、話すことができなかったが剣の達人だった。

 キルティアは師匠と約五年ほどユリウス帝国の国境沿いを中心に一緒に旅をした。師匠は一般生活はそつなくこなせたが、キルティアが師匠の耳となり、口となり、補助できることはした。

 その旅路で、師匠から文字や手話、剣術はもとより、川での魚の捕まえ方や、火の起こし方、薬草の知識を教えてもらった。師匠は今では珍しい魔物の盗伐の仕方も教えてくれた。

 師匠が何で生計を立ているのかわからなかったが、国境沿いを歩いて、新しい州に入ったときは、その州の記念碑に必ず立ち寄り、組み込まれている宝玉を必ず磨いていた。そして、年に一回は、キルティアを馴染みの宿屋に預けて、王都に一ヶ月出かけていた。


「王都に行くときはいつも『私が一ヶ月経っても王都から戻らなかったら、私のことは忘れなさい。このピアスを渡しておくから、これを売って生活の足しにしなさい』と伝えられていました。五年前、師匠は二ヶ月経っても戻ってきませんでした。宿屋には引き留められたんですが、私は一人で師匠と旅した路をなぞるために、引き返して旅することにしました。師匠と同じように宝玉磨きをしながら・・・。で、旅してるときに、翡翠殿下とリーリエ様に会いました」


 翡翠とリーリエは手元に用意された食事に一切手をつけず、キルティアの話を黙って聞いていた。


「国境沿いの各州にある記念碑の宝玉は、この国の結界を張っている大事な代物だ。君がその宝玉磨きの役目を意図せず、やってくれていたんだな」


 翡翠はおもむろに席を立つと、キルティアの席の隣に跪き、キルティアの右手を両手で包み、頭を下げた。

「キルティア、ありがとう。この国の皇太子として、代表してお礼を言わせてくれ」

「で、殿下、頭をあげてください。私はそんなお礼を言われることはしていません」


(見よう見まねでただ磨いただけだったし!)


 キルティアが椅子から立ち上がろうとすると、翡翠はそれを制止した。


「玉石を磨いたなんて、偉業ですよ、キルティア様。金10枚くらいの働きです」


 リーリエが含みのある笑みでキルティアをみる。

 キルティアは金の話になり、思わず、目を輝かせてソワソワしそうだったが、ぐっと我慢した。


「それから・・・、キルティアが師匠と呼んでいた男は私の兄で、この国の第二皇子だった人だ。その銀色のピアスが何よりの証拠だ」


 翡翠はキルティアの左耳の銀色のピアスに、懐かしそうな目をしながら優しく触れた。


「八戒兄上からキルティアのことは年に一回は聞いていたから、私たちにはすぐにわかったよ」


(そうだったのか・・・。だから、こんな得体のしれない旅人を随分と信用しているわけだな)


 キルティアは気恥ずかしさを感じながら、妙に納得していた。


「八戒様は翡翠殿下の腹違いの兄上です。しかし、生まれながらに耳が聞こえず、話すこともできなかったため、ご自身で皇位継承権を放棄されて、皇籍も離脱して、帝国の国境偵察と国境沿いの結界修復の役割を担ってくださっており、年に一回、王都にお戻りになり、定期報告をしてくださっていました」


「師匠は『八戒』という名前だったんですね・・・」


 キルティアは八戒という名前を聞いたあと、何回か独り言のようにその名前をつぶやいた。


「そ、それで、今、師匠は・・・?」


 キルティアはなんとなく、結果がわかっていたが、聞かずにはいられなかった。

 

「兄上は五年前の教会事件のときに亡くなった」


 翡翠が目を閉じて言いにくそうに言った。

 キルティアはわかっていたはずなのに、自分の目から生気がなくなっていくのを感じた。

 瞳は目の前にある空のグラスを見ているようで、自分が実際にどこをみているかもわからず、焦点が合っていないかのようだった。


「そうだったんですか。やはり五年前に・・・」


 キルティアは急にまたひとりになったあの孤独感を思い出し、言葉につまり、震える手を自分自身で抑えた。


「その五年前の教会事件というのは・・・?」


 翡翠は苦虫を潰したような顔をして、唇をかむ。


「それはまた後日、ゆっくりお話しましょう。長くなります」


 リーリエが給仕係をよんで、スープを温めなおすよう指示した。

 その後、三人はあまり話さず、食事を終えた。



「さて、昨日の相手は、先日、殿下の部屋に侵入した者と同一人物ということでよろしいでしょうか」

 

 キルティアは無言でうなずく。


「あの俊敏な動き方、赤髪、同一人物である、と私も思う」


 翡翠が肯定する。


「先日の反乱で捕らえた民から聞きだした、扇動者の特徴も赤髪の女、口元のホクロなど・・・、特徴が一致しています。反乱を扇動していた赤髪の女、デボラが翡翠殿下を続けて2回も襲撃したことになります」

「目的は何だ・・・?」


 翡翠は自分に対する悪意に慣れているのか、動揺もせず、机の上で手を組んで考え込む。


「それはまだはっきりしませんね。ただ、熱心な信者を扇動していたようですから、また教会が関わっているのが厄介ですね・・・」


 リーリエは面倒臭そうに溜め息をつく。


「しかし、随分私たちの周辺を嗅ぎまくっているようなので、おびき寄せる手間が省けました」


 翡翠は黙っている。


「近々、また接触してくるでしょう」


 リーリエはひとりでにっこりと笑ったが、翡翠とキルティアはどんよりとした空気を纏っていた。特にキルティアは一言も話さず、ずっとのめり込むようにキャンドルの火を見ていた。

 そのあまりにも思い詰めたような表情に、翡翠が心配になって声をかけようとすると、


「あの赤髪の女、あれは・・・、あれは・・・」


 キルティアは言いにくそうに何度か唇をかんだ。


「あれは、デボラは私の妹なんです」


 キルティアの言葉に、翡翠とリーリエは目を見合わせるしかなかった。

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