カラバリに向かう前に
深い森の中を大型の魔法馬車は進む。
私の壊れた魔法馬車と比べると三倍の大きさでとても重く、それなのに内側は私の壊れた魔法馬車と同じぐらいだ。
外見は古い砲弾みたいな不格好で、その上、私の能力がぐんぐん馬車に吸い込まれていくから運転していて楽しさよりも重労働って感じばかり。
運転席に座る私の横に座るのは、私の愛する夫である。
彼は自分の苛立ちを隠すどころかイライラしっぱなしであり、その理由は、彼がまだ私の本当の夫になってはいない事からきているかもしれない。
綺麗な結婚の関係でしか無かった私達だったが、先日互いの相思相愛の気持ちを確かめたので、本当の夫婦へと進めるはずだったのだ。
それなのに、状況によって邪魔され続けているのである。
ええ、私こそイライラしているかも。
私だってクラインの腕枕で眠りたいと思っているのだから。
あれからアトロフスカに三泊したけれども、私とクラインは一緒のベッドに眠るどころか、別々の館で過ごすだけだったのよ。
ええ、それは仕方がないわ。
色情聖女の意識入りのヒヨケムシ精霊がロセアに再び憑りついたのならば、この私こそがその対処をしなければいけないのだから。
また、召使い達に嫌われているアラメアを領主館に置いておけない。
全く、女中頭のテレサエに喧嘩を売っていた、とは。
テレサエの話では、私とクラインがアトロフスカにやってくる数日前、フェブアリス神殿が爆破した日にセニリスによってアラメアはやって来た。ところが、アラメアはセニリスよりも良い獲物としてケレウスに照準を変え、あからさまな振る舞いでケレウスを取り込もうと行動を始めたそうである。
勿論テレサエがそれとなくアラメアの振る舞いを諫めたが、アラメアは肥大化した高慢ばかりのフェブアリスと同化していた。
女中頭に虐められているから馘にして、と、ケレウスに涙目で訴えたのだ。
それは一番やってはいけないことなのに。
よって、女官長に仕込まれてテレサエこそ怒らせてはいけない人だとわかっている私は、テレサエの願う通りにアラメアを受け取るしかない。
それに、聖女に関する後始末は、聖女だったこの私こそがせねばならないことだろう。ロセアに憑りついたヒヨケムシは言うに及ばず、アラメアは聖女候補生で同期だった相手でもある。
つまり、この三日、私のヒヨケムシ退治が終わるまで、私はクラインと離れ離れでロセアの家に仲の悪い女三人で籠っていたとそういう事だ。
クラインが不機嫌極まりないのは、そんな状態だった三日に対してであろう。
「俺は、君の願い事は何だって叶えようとしている。譲歩だってしている。それなのに君は俺を労うどころか俺に怒るばかりだった」
違った。
彼が怒りを抱いている原因が、私限定、だったようである。
「だって、色情狂の魔物を捕まえようとしていたのよ。あなたがいたら私が色情狂の化け物に喰われてしまうじゃ無いの」
「だからってキスどころか抱きしめることもさせてくれなかった。犬みたいにシッて追い払われるなんて、がっかりだよ」
「抱きしめられたら何もしたくなくなるし、あなたのキスで私の意識が飛ぶの」
「……まあ、そうだな」
あ、少し照れたような声を出した。
鼻を左指で擦る所作は、嬉しそうに綻んだ口元を隠すようでもある。
あ、私の視線に気が付いた。
彼はぷいっと横を向いた。耳が真っ赤だ。
かわいい、と、私は思わずクスッと笑ってしまった。
すると彼は忌々しそうに私を見返して睨み返し、尚且つ、たった今私に見られた自分を取り繕うが如き不機嫌な声を出した。
「お前の俺への欲望は化け物に喰われる程度のものか?」
「私が欲情する時は余計なものに干渉されたくないってだけよ。集中したいの。あなただけに夢中になっていたいのよ」
「ほおおおう?そんな君なのに、ソリフガエを退治した俺に対して、感謝するどころか勝手な事をしたと罵った」
今度は私が真っ赤になった。
クラインと違って、照れじゃなくて怒りの方よ。
クラインは色情ヒヨケムシを呼び寄せるために、なんと、全裸でロセアのリビングのソファに転がるという行為をして見せたのだ。
美しすぎる男の身体に、仲が悪いはずの女三人の頭が仲良く沸騰した。
ヒヨケムシに憑りつかれていたロセアはクラインに抱きつこうと走り寄り、私は母を助けるどころか嫉妬のままロセアの襟首をつかんで床に転がせていた。
ロセアの体からスポンと抜け出したヒヨケムシ。
それを消滅させたクラインは格好良いと褒めるべきかもしれないが、彼の体が私以外の女性達の目の保養となって記憶になったのは許せることではない。
私よりも先にアラメアによってひざ掛けを手渡される、という状況となったのだから尚更に!!
「全裸になることは無いじゃない!!どうしてすぐに裸ん坊になるのよ!!」
「焼餅か!」
「えと、ちが、いいえ、そうよ!!あなたの裸を私以外の女性に見られるのは許せないわ!!」
「ハハハ。その怒りは俺じゃなくジョーゼフにぶつけろ。古来から性獣を呼び寄せるのは聖なる者の全裸だと、あいつこそが言って来たのだからな」
「え?」
クラインは急に咽せはじめた。彼は二つ三つ咳をした後、顔が真っ赤になったのは自分が怒っているからという風に再び不機嫌な声を上げた。
妙にかしこまった風にして。
何を誤魔化したくなったの?
「君は俺を怒るばかりだが、俺は君の事ばっかりだぞ。俺がケレウスから魔法馬車を奪ったのも、君を悦ばせたい気持ちからだけだった。それなのに、俺にキス一つしてくれなかったとはどういうことだ?」
私はハンドルを握る手に力を籠め、横に座る愛する人に、これも全部あなたのせいでしょうとわかるようにして、後部座席に向けて顎をしゃくった。
魔法馬車の後部座席には、カラバリに向かう予定の私達が進路を変えて送り届けねばならなくなった女性が乗っているのである。
この事態はクラインのせいである。




