表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の相棒は横暴な聖騎士様  作者: 蔵前
第二章 逃亡中にて
13/53

あなたは猫がすき?

「きゃあ。何すんの!あたしはこのお客に届けものを持って来ただけだよ」


 そう言えばファルマ伯爵は、クラインの横、と言っていたわね。

 ええ?私はファルマ伯爵の目に入っていなかったの?

 私はクラインと同じテーブルについていて、クラインの真ん前に座っているというのに。


「アプリリスが抱きたくなる女って噂は本当だな。いい女だ」


「あたしは違うよ。放して!痛いじゃないか!」


 給仕女中を捕まえる男は舌舐めずりして下卑た言葉を吐き、男に腕を掴まれた給仕人は身をよじりながら彼女が持っていた布袋を男に投げ付けた。


 だが、布袋はその男の頭になど当たらなかった。

 椅子から立ち上がったクラインがそれを片手で受け止め、それだけじゃなく、彼は空の方の腕で男の腕を上手に捩じって給仕女中から手を離させたのだ。


「怪我はなかったか。デボラ。悪かったね」


「いいよ。あんたが守ってくれたんだもの」


 なんてこと。

 デボラさん?はクラインに対して、感謝や憧れめいたものしか向けていない。

 さらに、クラインに縋るようにして彼の背中に隠れた、とは。

 伯爵の私兵を拘束している所で、自分は反逆者ですと公言しているも同然の人ですよ!


「やっぱりだ、その女が聖女か!ジアーナが守る女が聖女だ!女はあとでお前らに好きに嬲らせてやる。だが、遊ぶ前にまずはジアーナを捕まえろ。生死は問わん!こいつの動きを封じろ!」


 ファルマ伯爵の命令に私はびくっとなった。

 多勢に無勢だわ。

 それに、ファルマ伯爵が食堂から関係ない人を逃がさないのは、私とクラインに魔法を使わせないために違いないわ。


 聖女も聖騎士も神の御心から外れた行動は自戒している。

 この場合、罪のない一般人を巻き込んでしまうことね。


 私はどうすればよいのかと不安になり、目の前で敵を拘束しているクラインを見上げた。私と目が合ったクラインは、いかにも面倒くさいという風に両目の目玉をぐるりと回した。それから、私を叱責していた事など無かったかのように、私に気さくな微笑みを返した。

 彼が持っていた布袋を私に放りながら。


 布袋はサラセンの香ばしい匂いを漂わせており、私は中身を改めずともそれがお菓子でしかないことが分かった。私が知る事が無かった、サラセンのお菓子。

 私に色々教えてくれるって言ったその言葉通り、彼は機会さえあれば私の為に動いてくれているのね。


「クライン、ありがとう」


「じゃあ今度こそ俺のオーダー通りにしてくれ」


「もちろんだわ」


「よし。言質いただき」


 クラインは自分が掴んでいた敵兵の腕をさらにねじ上げた。

 脱臼した、ぱこ、という鈍い音が食堂中に響いた。

 彼はその男から手を離すや背中を蹴り込み、自分に向かって来たもう一人にぶつけた。その上、脱臼させた敵兵から奪っていた黒くて固そうな棒を、自分に向かって来たもう一人に向かって思いっ切り振り切ったのである。


 その後は?

 クラインは再びテーブルに向き直すと、自分の皿を掴んだ。何をするのかと思えば、彼は私の皿へと自分の皿の中身を移したのである。


「たくさん食べて丸々太れ。俺の命令」


「でも、こんな状況じゃ」


「お前が食べている間をバトルタイムとしよう。いいや、拷問時間かな」


 不穏な事を言い出した男は、再び彼の敵に向き直った。

 私には後ろ姿となったクラインは、右腕を踊りの振り付けのように大きくぐるっと回した。手話で古代文字を表現しながら。


「あ、あなたの神様は私の神様じゃ無かった」


「なあ、ふぁ~るま!陸の上で海に溺れる、体験してみようか」


「何を、ジアーナ、な、ぐふ」


 食堂は海の匂いで満ち溢れ、誰もが唖然とした。

 ファルマ伯爵はクラインの魔法に捕らえられ、いまや、テーブルの高さにぷかぷかと浮かんでいるのだが、ファルマ伯爵を拘束するのは直径2メートルぐらいの大きな大きな水の玉である。恐らく海水でできた玉。


「伯爵!」


 彼を助けようとした部下はそのまま水球の中に引きこまれた。引き込まれた男は溺れながら助けを求めて手を水球の外へと伸ばしたが、その行為は、彼が掴んだ仲間を水地獄に引きこむ結果しか生まなかった。

 三人をその地獄に引きこんだ水球は、ぐぼぼおんと嫌な水音を立て、生贄の為に少し巨大化した。


「ほら立ち泳ぎだ、とべ!跳ねろ!頭を出せ!息が詰まるぞ!」


 クラインは楽しそうに煽り声を出した。

 彼の大声に水球の中で溺れかけていた男達三人は、水球の中で一斉に飛び上るように泳ぎ始めた。水球から頭を出せた三人は大きく喘ぎ、脅えが見えながらもクラインを睨んだ。


「私にこんなことをして、後で、あとでえ、うぷ、おぼあああ」


 水球がグイっと動き、三人は再び水球で溺れる事となった。

 水球が動く先は、ファルマの部下が五人は固まっている所だ。


「え、うそ」

「え、こっちくる?」


「ハハハハ。この後覚えとけ?あとで俺がやばくなるんだったら、今こそ楽しまなきゃなあ。なあ、何人こん中に入れ込めるか実験しようや。ああそうだ。海と言えばサメだあな。そいつも召喚してやろう」


 ボシュン、ボシュン、ボシュン。


 ファルマ伯爵と部下二名を閉じ込めている大きな青く輝く水球の中に、大人の男の肘から先ぐらいの体長の黒い影が三匹出現したのだ。その大きな三匹の魚は、丸っこい頭に薄茶色の縞模様のサメの体という、見た目はユーモラスなものだった。


 だが、サメはサメでしかないらしい。

 それぞれを自分の獲物と決めた魚達は、一匹に一人という風に襲い始めた。


 ああ、三匹の内一匹がこっちを向いた。

 サメなのに、猫みたいな顔。

 そしてそれは、猫がろくでもないものを咥えているように、赤く染まった布の切れ端を戦利品のように咥えているのである。

 青く透明な水球に濁ったピンク色がどんどん混じっていく。


「ちくしょう!あいつを殺せば、うわあ」


 クラインに向けて飛び道具を向けた男の袖口から水が噴き出し、そのままその男を丸い球の中に包み込んだ。


「助け……ぐぼお」


「う、うわ」

「だめだ、やばい奴だ」

「に、にげろ。とにかくあれに捕まるな!」


 新たな水球に捕まった男を助けるどころか、男の仲間達は転がるようにして一斉にして避けた。それどころか、この出来事によって、ファルマ伯爵の私兵はクラインに対して一斉に戦意を喪失したようだ。

 彼らはクラインに刃を向けることはおろか、伯爵を助ける事も放棄し、一人また一人と食堂の出口である扉へと後退っていったのである。


 がごおおおおおおん。


 扉は閉まり、閂が掛けられた音がした。


「逃がさねえよ。言っただろ、何人この水球に入れ込めるか実験したいってな。それも時間制限ありだ。こら。ほら逃げるな!」


 食堂には男達による絶望の悲鳴が響き渡った。

 私はクラインの猫みたいな底意地の悪さにぞっとしながら、彼の水球に自分こそ入れ込まれないようにできる事をし始めた。

 すなわち、朝ご飯のお焼きを食べる、だ。


 私が食べ終わるまでが拷問時間?

 これこそ私への拷問だわ。

 せっかくの美味しいごはん、味が分からない!



お読みいただきありがとうございます。

今回はごんずいから続く海の生き物シリーズ、ねこざめです。

ゴンズイは学名がPlotosus japonicusで実は日本固有種でして、ねこざめの学名もHeterodontus japonicusとjaponicusが付くのでゴンズイに拘るクラインさんが召喚するサメとしていいかな、と。

ねこざめは性格は大人しく、丸い頭で外見がサメっぽくないサメです。人喰いサメではありません。貝や甲殻類が餌なので噛み潰すための歯であり普通のサメの歯と違います。ただし、サザエなどをバリバリかみ砕くので顎の力は強いです。

クラインが人喰い鮫で有名なホオジロザメやイタチザメを放たなかったのは、単に洒落にならないからで、クラインの温情ではありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ