第三十三話 暗雲立ち込める
東京都千代田区のアパートの一室で、星奈と大家はテーブルを挟んで椅子に座り、共にストーブにあたりながらテレビを見入っていた。
「・・・・うわ..」
「まぁ....こりゃ酷い!!」
二人は口々に、画面に映る光景に対する感情を述べた。時刻は午後一時で、いつもならこの時間帯は情報バラエティ番組が放送されている時間帯なのだが、この日は日本のテレビ局は全局通常放送を取りやめ、いわゆる報道特番に内容を変更していた。
テレビに映るのは日本各地で発生した、あるいは今尚発生している異常気象の数々。中部の暴風雨、九州の地割れ、関西の吹雪、北海道の竜巻群。さらにこれらの異常気象は日本のみに留まらず、アメリカ、イギリス、フランスなどの諸外国でも観測された。
そして、それらの原因となっていたのは、東京上空に立ち込める暗雲。この暗雲から発せられる、未曾有のエネルギーが地球のバランスを崩壊させ、悲鳴をあげさせた。
しかし、恐ろしいのはこれらの現象はあくまでも付随的なものであるということ。まだこの時、真の脅威はその姿を見せていなかった.. だがこの時、確かに脅威はすぐそこまで迫っていた!!
そのことをよく知っているライトは、危険は承知で脅威を打ち倒すべく、出払ってしまっていた。なので星奈は心細さを理由にこの緊急事態、大家さんの部屋を訪れていた。一方で大家さんも足を怪我しているので、本当にいざという時の為にも側に人がいるのは心強い。一緒にいることは、二人にとって都合が良かったのだ。
「今日はどこもひどい天気だねえ..」
大家が言った。外は雨が滝のように流れ、台風にも匹敵する強風が窓を激しく打ち鳴らす。さらにひっきりなしに落雷が発生し、閃光が走り続ける。そのせいで大雨にもかかわらず昼のように明るい。
「怖いねえもう.. 星奈ちゃんが居てくれて心強いわ、ホントに..」
「ありがとうございます.. でも、私は何もできませんよ??」
滲む窓の景色を見ながら星奈は言った。
「そんなことないって、色々やってくれるじゃないの。 それに側にいてくれるだけで、十分なのよ」
ニコニコしながら大家が言った。この非常事態にも決して笑顔は忘れない。伊達に長生きはしていないのだ。
「それにしても..大丈夫かねえ、ライトさんは??」
「..私にも分かりません.. でも、信じています、必ずまた帰ってくるって!!」
はっきりとそう言い切った。いつだってライトはどんな困難にぶつかろうと帰ってきた、だから星奈は今回もそうだと信じている。
「そうかい、じゃあきっと大丈夫だね。 それにしても..ほんともう、この世の終わりって感じの天気だねえ..」
「方舟でも作っておけばよかったですね」
「一応、浮き輪はあるんだけどね」
「..一応中の一応ですね..」
「でも物置に置きっぱだから、いざという時は取りに行かなきゃ」
「....(その時にはもう手遅れな気がする)」
心の中で星奈は呟いた。降り続く雨はますます強くなりだした、このまま、全てが洗い流されてしまうのではないか、そう思えるほどに降り注いでいた。
「・・・(きっと大丈夫だよね、ライト..)」
だが、暗雲は光を封じ、どこまでも続いていた。
・
・
・
・
東京・新宿の街をライトは疾走している。アスファルトで舗装された道の両端にはズラッと小柄なビルが建ち並んでいた。いつもならここからは遠くに超高層ビル群が見えるのだが、この日見えるのは暗雲だけだった。
しかし、この街に限れば雨も風もなく、どこからか飛んできた瓦礫が散乱していることを除けば、非常に穏やかであった。だが、上を見ても決して空は見えない。見えるの真っ黒の穴。それはまるで深淵に通じているかのように、どこまでいっても闇しか見えない。
「来たな..」
シャドウが影の中から姿を現したので、ライトは足を止めた。この二人がいる場所は、穴のちょうど中心であった。
「ライト、この前の約束を果たしてやるよ」
「..そうはいかないッ!!」
暗雲の下でライトの剣、光剣フォトロンが輝きを放った。だがシャドウは笑いながら言った。
「残念だがお前は今日、絶望の底に叩き落される。 これは決定事項だ」
その時、雷とは違う白い閃光が四度走った。すると穴の中からは、青いエネルギーの塊が現れ、降下を始めた。
「ボクはあの後、お前のために色々画策していた。 だが結局、この世界を支配するのは力だ。 だから、一番強力な魔獣をお前にぶつけることにした」
塊は徐々に形を変えながら降下を続ける。ライトは耳だけシャドウに傾けながら、ソレを見つめていた。
「コイツはアノウ様が直々に造った最強魔獣、その名も....」
-ズォォォオオオオンッッ-
「エンパニアードッ!!!!」
塊が地面に接触したその瞬間、アスファルトが爆発して、あたりには瓦礫を乗せた突風が吹きわたった。そして爆煙が飛散し、最強魔獣・エンパニアードがその姿を、暗雲の下に晒した。
「そろそろお前に本気を出させてやるよ」
「..オレはいつだって本気だ!!」
ライトは剣先を最強魔獣に向ける。その頬を一筋の汗が伝った。
「じゃあその剣でせいぜい足掻いてみるんだな、無駄だけど。 さて、ボクはお前が絶望する様をじっくりと観戦するとしよう。 じゃ、後でな」
手を振りながらシャドウは影の中に消えていった。その場に残されたのはライトと最強魔獣だけ、一騎打ちだ。
-ブォォン-
不協和音とともに、魔獣の蒼いモノアイに光が灯った。
「..いくぞ」
ライトが動き出した。障害物もない広い道路を全力で駆け、魔獣の眼前に迫った。
「喰らいやがれ!!」
体をねじって剣を振り上げると、ゴムで弾き出されたように勢いよく、側頭部めがけて剣が薙ぎ払われた。
-ガンッッッ-
重厚な金属音と火花が飛び散った。が、魔獣には傷一つついていない。そして魔獣は反動で仰け反ったライトを、右腕の砲塔で真正面から殴りにかかった。
それをライトは前転でかわしたが、すかさず魔獣は振り向いた。次の攻撃を予測してライトは横っ飛び、蹴りをかわした。
-ガキッッ ガキィィンッ-
反撃、魔獣の右脚を狙った連続斬り。しかし、外から斬ろうが、内から斬ろうが刃は弾かれ無力。そして嫌味ったらしく魔獣はその右脚でライトを蹴っ飛ばした。今度はかわせないライトは剣でガード、しかし蹴りの威力は軽減されてなおも強力で、ライトの体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「くっ.. ブレード..ショットッ!!」
剣から放たれた光の刃は魔獣に直撃し白煙をあげた。が、魔獣は全く怯むことなく、一直線でライトに迫り来る。
「ならこれはどうだッ!!」
-キィィン ガッッ ドゴムゥッ-
「ぐぁっ...」
モノアイ目掛けて突きを繰り出したが、そこも剣を受け入れず、ライトは剣を弾かれバランスを崩したところに来たカウンターの右ストレートを胸にモロで喰らい、地面をバウンドしながら転がった。
「ゲホッゲホ.. ハァハァ.. コイツ....格が違う!!」
生半可な攻撃は意味をなさない。ならば最強技をぶつけるまで.. ライトは口についた血を拭い去り、立ち上がった。
「これで決める.. いくぞぉぉおおおおッッッ!!!!」
跳び上がったライトはドリルのように回転しながら魔獣に突っ込んだ。
-ガンッ ガガガガガガガガガッッッ-
騒々しい掘削音が轟く。そうしているうちに接触部がだんだんと熱で白く変色し出した。
「!! できた!!」
回転を止め、ライトは魔獣の頭部を蹴って一旦下がった。そして手に持つ光剣は灼熱の剣に姿を変えていた。
「....」
-ザッ スタタタタタタッッッ-
灼熱の剣片手に、辺りの景色を揺らめかせながらライトは走った。そのスピードで剣の熱はさらにグンと上昇していく。
「炎剣・陽炎ッ!!!!」
突きのスピードによって剣の熱は最高潮に達する。両者は共に、発生した白煙に包まれた。
-ゴギャッ!!-
-ドンッッ-
気づけばライトは建物の壁にめり込んでいた。重力に引きずられなんとか地面に落ちたが、目の焦点が定まらず、足下はふらつきおぼつかない。
そして魔獣は道路を踏み砕きながら、煙の中から躍り出た。炎剣を持ってしても装甲は破れず、接触部が焦げ付いた程度だった。
-ドムッッッ-
容赦ない魔獣の攻撃を脇腹に受け、ライトはまた吹っ飛ばされた。なんとかまだ立ち上がるが全身震えが止まらない。突っつけば倒れてしまいそうだ。
-チチチチチチッッ ズォォン!!-
魔獣が砲塔から撃った光球、ライトは済んでのところでしゃがんでやり過ごした..
-グググッッ ドォォオオン-
「!!!!」
かわしたはずの光球がライトの背中に直撃し、大爆発を起こした。この光球には追尾機能が備わっており、標的をどこまでも追いかける。かわすことは不可能なのだ。
-チチチッッ ドンッ-
「ぐっ.. スラストフォトロン!!」
-バチンッ ヂヂヂヂヂッッ-
エネルギーを収束させた剣で光球を迎え撃った。だが、ライトは押されてみるみる後退していく。やはりダメかと、そう思われた。
「負ぁぁけるかぁぁぁッ!!」
残された力で死力を尽くし、光球を押し止めた。
「デェェリャァアア!!」
-ボゥゥムッッ-
そして剣からエネルギーを放出して、光球を爆散させた。だが...
「!!!!!!」
ライトの目に映ったのは、すでに撃たれていたもう一発の光球。ライトにとって死力を尽くさないとならないこの球も、魔獣にとっては単なる俗物であった。
-ズドォォンン-
「・・・・」
力なく、ライトは地面に崩れ落ちた。満身創痍、ズタボロの状態でも、剣は手放さないのは意地だ。それにまだ、諦めていない。
「オレの攻撃が通じないんだったら、アイツの攻撃を利用すればいい」
心の中でそう呟き、最後の力で立ち上がると、あえて魔獣と距離をとった。
そしてライトは魔獣に砲塔を向けさせると、魔獣は目論見通りチャージを始めた。
『今だッ!!』
ライトが走り出したと同時に魔獣が光球を撃つ。それを見てライトはニヤリと笑った。それをギリギリまで引きつけ、スライディングでくぐり抜けると、魔獣に向けて一直線。だが、その背後から光球が帰ってきていた。
「・・・・」
-タンッッ-
ライトはジャンプして、魔獣の後ろに回り込んだ。
-バコォォン!!-
そして魔獣が撃った光球は、魔獣自身に直撃した。凄まじい爆発が起き、爆煙が漂う。あたりは物音も立たず凪いた。
-ヒュオッッ-
「!!!? な..なんなんだ.. コイツは..」
恐るべき魔獣の装甲は、自身の攻撃すらも完全に寄せ付けなかった。一歩一歩と、またライトに迫り来る。その姿はライトの目には巨大な要塞のように錯覚させた。
「く....クソォォオオ!!」
打つ手がないライトはとにかく闇雲に剣を振り回す。しかし..
-カンッ.. バキッッ-
-ガッ.. ゴシュッ-
通じるわけがなかった。太刀打ちできない。
「ハァハァハァハァ.. ウゥッ.. チクショォォオオ」
振り下ろした剣が左腕の関節部に食い込もうと、激しく火花が噴き出し始めた。しかし、魔獣は意に介さない。そして....
-チチチチッッ.... ドンッ-
-ボォォオオオオンンッッッ-
魔獣が砲塔を接射、打ち上げられた光球とライトは空中で爆炎をあげた。
剣は地面に突き刺さり、落下したライトは無防備にうつ伏せに倒れた。もう立ち上がる力はなく、体を小刻みに揺らすだけで持ち上げられない。
そうしていうちに、魔獣は再び砲撃の構えをとった。そして..
-ドォォォオオンッッ-
無慈悲な爆炎が、暗雲の下を赤く照らしあげた..




