第三十二話 夕陽の迷い人
「それじゃお先です、失礼します」
「おぉ、お疲れ〜」
正午過ぎ、バイトを終えた星奈は控え室の従業員たちに挨拶を済ませ店を後にした。
「う〜、寒いな」
一月も中旬に入り、東京も日に日にその寒さを増していた。とはいえこの日は晴れていたので寒さに関しては多少はマシだった。しかしあくまでも多少で決して暖かくはない。なので寒がりの星奈は厚手のコート、マフラー、手袋にカイロ、さらにヒートテックと考え付く限りのあらゆる防寒対策を講じていたが、それでもまだ身を震わせていた。とにかく全身寒い!!
「そういえば、大家さんから買い物を頼まれてたんだっけ..」
実は昨日、星奈が住むアパートの大家が階段から滑り落ちた。幸い大事には至らなかったが、足をひどく挫いてしまい歩けないとのことなので、とりあえず買い物の代理を引き受けたのだった。たとえ体は寒くとも、心だけは温かく保っている。
「何買うんだっけ??」
確認のために星奈はスマホの画面を開いた。買う物リストはちゃんとメモ帳に記されてある。あとはサービスに湿布でも買っていけばいいだろう。そして開いたついでに、星奈は溜まっていたメッセージを歩きながら処理し始めた。
「ケイケイ大変だなぁ.. “マジか!? スゴォイ!? 今度一緒に買いに行こうね”と........あれ??」
画面を見ていた星奈はふと気づいた。
「圏外だ....あれ??」
画面の左上にある圏外の文字、しかし山奥でもない都会で圏外というのも変な話だ。何か装置が故障でもしたのだろうか?? はたまたスマホの方か?? 星奈は首を傾げた。ともかくこれじゃメッセージは届けられない。星奈は思わずため息をついた。
「まぁいいや、買う物買って早く帰ろ〜」
別に急ぎのメッセージでもない。とりあえず一旦スマホのことは置いておいて星奈はアパートから徒歩十五分くらいの場所にあるスーパーへと向かった。そこなら品揃えもいいし、wi-fiが飛んでるからスマホも使える。そう考えていたのだ。
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「久しぶりに動いたなぁ」
さて時は動いて午後三時、朝っぱらから森を駆けずり回っていたライトは星奈とともに住むアパートに帰ってきた。最近は色々あったがとりあえず、体の方は完全復活したようだ。心の方も応急処置は施されたのでよほどのことがない限り、当面は大丈夫だろう。
「おーい帰ったぞ、ただいま」
ライトは扉をノックした。しかし返事はなく、いつまでたっても扉は開かない。どうやら星奈はまだ帰っていないようだ。
「帰ってないのか?? おかしいな??」
いつもならこの時間にはもう帰ってきているはずである、半年間一緒に暮らしているがこんなことは今まで一度もなかった。
「まぁでも買い物って言ってたっけ、ちょっとしたら帰ってくるか」
そう思ってライトは扉の前に腰掛け、星奈を待つことに決め込んだのだった。
「にしても....今日はやけに静かだな」
心なしかいつもより人通りが少ないように感じた。しかしこんなこともあるだろうとライトは大して気にも留めてなかった。別に怪しい気配とか、悪意の類は感知できず、いたって普通だったのだ。
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「来ないなぁ」
一時間経って午後四時、まだ星奈は帰ってこない。だんだんと陽も暮れ、下校中の小学生の声が聞こえ出した。流石に不自然だとライトも気付き始めた。そして不自然に思う人物はもう一人いた。
「あんれ〜、まだ帰ってねぇんか、星奈ちゃん??」
「ああ、まだですね」
大家さんが足を引きずりながら外に出てきた。彼女もまた、なかなか帰ってこない星奈のことが心配になり始めたのだ。
「おっかしいなぁ、何かあったんか。 もしそうだったら..」
「別にアンタのせいじゃない.. まぁオレも気になるし、ちょっと探してきますよ」
「そうかい?? すまんねぇ、若かったら私も助けてやれるんだがね、歳はとりたないよ」
膝を撫でながら大家さんは言った。
「じゃ、いってきます。」
「頼んだよ、気をつけてね」
大家さんに見守られる中、ライトは星奈を探しに階段を駆け下りた。まず目指すは近場にあるスーパーだ。そこに行けば何か分かる公算が高い、そう考えていた。
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「アイツ..どこ行ったんだ??」
ライトはアパートへの帰路についていた。スーパーは空振り、バイト先にもおらず、いそうなところでライトに思いつくのはケイケイの所ぐらいだったがそこにも星奈はいなかった。それどころか空から町全体を探しても全く見つからなかった。なのでもう帰っていることに一縷の望みをかけていたのだ。
「これでいなかったらどうするか..」
嫌な予感はしつつも、ライトはドアノブに手をかけた。
「あれ?? 開いてる..」
ドアノブを引くと扉は開いた。部屋の中は夕陽が差し込みオレンジ色に染まっていた。そしてその奥に人影があった。
「やぁ、随分とかかったね。 待ちくたびれたよ」
「..!? 誰だ、お前は!!!?」
だがそこにいたのは星奈ではなく、見ず知らずの男だった。テンガロンハットと焦げ茶のコートを身にまとい、口元には白い歯をのぞかせる。人の家なのにやたらと堂々としているその男は大物に見えた。
「私の名前かい?? 私はノスタ星人タルジ、君はライト君だったね。 会えて嬉しいよ」
「ノスタ星人?? お前の仕業か!?」
「この部屋に住んでた娘のことかい?? そうだよ、でも別に狙ったわけじゃないよ。 彼女以外にも連れ去られた人はいっぱいいるからね」
「なに!! ..その人たちを今すぐ解放しろ!! さもなくば..」
ライトは剣を構えた。しかし、タルジは別に動じずに無防備にも背中を向け、窓の外の夕焼けを見つめる。
「やめておきなさい、私が死んでも、連れ去られた人は帰ってこない、逆に帰ってこれなくなる。それに、私は君と戦う気はない、ただ話がしたいだけだ。 それが済んだら解放するよ」
「本当だろうな..」
「もちろん本当さ。 さぁさぁ立ち話もなんだし君も腰掛けなさいな、その方が楽だろう?? それに剣を向けられたままじゃ私も話しづらい。 あ、お茶でも飲む??」
男はまるで自分の家にいるかのように振る舞う。ライトはつかみどころのないタルジの掌の上、早いとこ人質を解放するためにも、不服ながら腰掛けた。ただし、剣はすぐ手に取れる位置に置いてある。
「この部屋って禁煙かな?? 一服したいんだけど、最近はどこもかしこも禁煙ブームだからね。 全く喫煙家にとっては世知辛い世の中になったものだよ。 昔は電車の中でも普通に吸えたのに、今じゃ駅ですら吸えないからね。 ま、それも時代の流れだし仕方ないんだけど、娯楽が自由にできないのはストレスが溜まる」
「....話ってそれか」
「いーや違うけど、君も一本どうだ??」
「じゃあ無駄話してないで.. さっさと本題に入れ!!」
机を叩き、ライトは身を乗り出して抗議した。
「ハハ、悪かったね、時に君は地球に来て何年だ??」
「え?? え〜と、七ヶ月だ」
「私は三十年だ!!」
腰に手を当て、お手本のようなドヤ顔をするタルジ。それを内心スゲェと思いつつも冷ややかな目をライトは向けていた。
「でも今日で私は帰るんだ」
ちょっぴり寂しそうな顔をしながらタルジは言った。三十年も過ごせばもう故郷といっても過言でもないだろう。その故郷を去るのだから何も思わないはずがない。
「この星では色々なことがあったなぁ.. 元々は侵略するつもりで来たんだが、みんな温かくてねぇ。 私もこんな感じのアパートに住んでたんだが、みんなのおかげで楽しかった。 ハルコさんは私が腹を空かしているとお裾分けをくれるんだよ。 彼女にはたくさんご馳走になった。 カッちゃんとトミーとノダーんとは暇さえあれば遊んでたよ。 昨日も最後に麻雀やったんだ、負けちゃったけどね。 ....みんないい人たちだった」
「人間は大概お人好しだよな」
「全くだ」
二人は今まで出会った人たちの顔を思い浮かべつつ言った。
「・・・・じゃあなんで攫ったんだ!?」
思い出したかのようにライトは言った。
「いやね、一応侵略に来といて何もしないのは体面上まずいだろ、爪痕は残しとかないと。 それとちょっとした憂さ晴らしでもあるんだ」
「憂さ晴らし??」
「ああ、連れ去られた子たちはみんな歩きスマホをしてた子たちだ。 私も彼らみたいな奴に何回かぶつかられてね、辟易してるんだ。 だからスマホを見ると前方に異世界に続くゲートが開かれるような装置を作ってね、作動させたんだ」
「なるほど、歩きスマホをする人たちは気付かずにそのゲートをくぐって異世界に迷い込む、ってことか」
「正解正解正解!!」
「..ちゃんと元の世界に帰れるんだろうな??」
「それは問題ない。 装置の電源が切れれば世界ごとこっちに戻ってくるようになっている、電源はそのうち自動的に切れるよ」
「みんな無事なのか??」
「まぁね、よそ見して転びでもしない限りは無事だと思うよ」
キザったらしくウインクしながらタルジは言った。そのウザさにライトは背筋をゾワゾワさせた。
「でもぶっちゃけさ、君は連れ去られた人なんてどうでもいいだろ??」
「な訳あるかッ!!」
反射的に立ち上がってライトは反論した。しかしその反応を見てタルジはニヤニヤしだした。
「そう?? “一人”さえ無事ならそれでいいと思ってない??」
「....思ってねぇよ」
一瞬の間があったのを見逃すタルジではない、ニヤニヤを加速させ、あえて無言でライトを見つめる。
「な..なんだよその目.. 別にそんな奴いない!! だいたいオレは守る命に優先順位をつけたりなんかしない!! 断じてないッ!!」
興奮してライトの顔は真っ赤だ。そのあまりにも必死な顔に、タルジはニヤニヤを通り越して笑いを堪えられない。
「・・・・」
「いや悪かった悪かった、ちょっとばかしからかい過ぎたね、フフフッ」
「..斬るぞ..」
見下ろしながらライトは言った。影の関係でその顔はやたらと怖かった。流石にタルジもこれはまずいと両手を前にして制止した。
そしてその時だった。突然耳鳴りのような音が響き出したのだ。
「ん!? どうやら迎えが来たようだ。 どっこいしょ..」
タルジは立ち上がった。そして窓の外の夕焼けを再び見つめる。もう二度と見ることはないであろう地球の夕焼けを彼は果たしてどんな思いで見つめているのだろうか..
「お前、夕焼け好きなんだな」
「まぁね....フッ」
手もみをするとタルジはライトに向き直った。顔は逆光でよく見えない。
「ライト君....君は夕陽みたいだ」
その言葉の意味が分からず、ライトは首を傾げた。
「でもね、昇らない陽はないんだ。 いずれ分かる、じゃあね..」
それだけ言い残すとタルジは霧のように消えてしまった。ライトはただ一人、静まり返ったその場に立ち尽くすほかなかった。
やがて陽も沈んだ頃、星奈は帰ってきた。聞けば五時間近く異世界に閉じ込められたわけだが、スマホが使えないことを除けば、特に不自由なく快適に過ごせたんだとさ。
「結局オレに会って何がしたかったんだ、アイツ?? 無駄話しかしてねぇじゃん」
ポツリとライトは呟いた。
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〈その夜・新宿〉
『シャドウよ、準備は整った。 じきに転送が完了する。 おそらく一日とかからん』
『アノウ様、ありがとうございます..』
『うむ、うまくやるのだぞ』
『はい....分かっております..』
-ザザザッ-
高層ビルの屋上で通信を終えたシャドウは歓喜に震えていた。いよいよ、来るべき時が来るのだ。
「さぁライトォ!! いよいよ....お前を絶望の淵に叩き落としてやる!!!! フハハハハ、ハァァァアッハッハッハァァ!!」
影なる魔人の狂気の笑いは暗夜の町にこだました。




