第三十一話 命より大切なものなんてない
◇◇
「なぁ..オレたちは何のために戦ってるんだ..」
「....平和のため、だ」
「平和か.. オレにはそうは思えない!! だって平和って良いことなんだろ!? でも..オレたちがやっていることを誰も歓迎してくれない!! 生まれるのは悲しみと憎しみだけで、誰も幸せになってない!! オレたち自身も!! それなのに..何が平和だ!!!?」
「ライト!! お前の気持ち、分からなくはない.. だがこれがアノウ様の望みなんだ。 どんなに疑問を感じようが、ボクたちはアイツの意向に従うしかない!! それが..ボクたちに課せられた使命だ」
「そこにオレたちの意思はない..これじゃただの傀儡じゃないか!!」
「ライト、それは違う.. ボクたちは、生きているじゃないか」
「..ただ生きているだけの肉片に、何か価値なんてあるのか??」
「ライト..これだけはよく覚えておけ。 命より大切なものなんてないんだ.. ボクたちには命がある、それだけで幸せなんだ。 分かったか」
「......」
(命より大切なものはない?? だったらオレは....)
◇◇
「・・・・うっ..」
ようやく意識を取り戻したライトはまだ痛むお腹をさすった。部屋の中には朝日が差し込み、ライトの傍にある洗面器の水をユラユラと照らしていた。
「ライト!!!? よかった、目を覚ましたんだね」
目をうっすら開けた星奈の目には起き上がったライトの姿が見えたのだ。そして彼女はその様子を見て飛び起き、歓喜の声を上げた。
「オレはどのくらい眠っていた??」
「九日かな....ぷっ、アッハッハッハ!!」
「どうした、なんで笑う??」
「いや、だってライト、髪....寝癖すごい」
九日間眠り通したライトの髪はあっちこっち見事に大爆発している。これには星奈も腹抱えて笑った。そしてこれが新年初笑いでもあった。
「ハッハッハッハ」
「そんな笑..」
-パシーーン-
部屋の中に甲高い音が響いた。
「......え??」
ライトは思わず面食らった。そしてさっきまで笑顔だった星奈は突如、その表情を真剣なものに変えた。
「ビンタしようかと思ったけど、病み上がりだしこれ(ねこだまし)で勘弁してあげる」
「..怒ってるのか??」
背中を丸めてライトは問いかけた。それに対して星奈は静かに首を横に振った。
「怒ってないよ....悲しいだけ」
ライトはなんとなく、自分と星奈の間に透明なガラスの壁があるように感じた。
「私、ライトについてよく知ってるつもりだったけど、全然知らなかったんだね.. 全然..」
斜め下の床を見ながら星奈は言った。水面に映るその顔は無性に切なげだった。
「..あまり、過去については知られたくなかった」
「そうだよね!! うん、分かってる、分かってるよ.. そりゃ誰にだって知られたくない過去はあるよね.. でも、それでも私はライトの過去が知りたい..」
「....」
ライトは俯いた。しかしこのままじゃ何も分からないので、真実を知りたい星奈は説得をやめない。
「ねぇ、過去のこと、教えてくれないかな.. 大丈夫、真実を知っても私はライトの敵になったりしないよ!! だっていつも頑張ってるライトを側で見てきたからさ.. ただ知りたいんだ、ライトのことを」
その目はいつもと変わらない真っ直ぐで澄んだ瞳。きっとガラスの壁を張ったのはライトの方だったのだろう。ならば、それを砕けるのもライトだけだ。
「・・・・・・分かったよ、オレがこの星に来て、お前と出会ったのもきっと何かの運命なんだろうな... 全部話すよ」
ついにライトはガラスの壁を砕く覚悟を決めた。そして語り出す、己の過去を。
「まず、オレはただの宇宙人じゃないんだ。 オレの正体は..生物兵器なんだ。 通称は“魔人”、これはお前もこの間知ったな」
「..うん」
「じゃあまずは魔人について説明しよう。 名称から察して欲しいが、オレたち“魔人”と今この宇宙中にばら撒かれている“魔獣”は同族だ、どっちも惑星ゴッドという星で、魔帝アノウって奴に造られた」
「アノウ??」
「奴こそが、この宇宙で起きている混乱の真の元凶、奴は魔獣をばら撒き、この宇宙の知性生命体を根絶やしにしようとしている!!」
ライトは目を釣り上げさせる。一応は自分を産み出してくれた存在だが、いい感情なんて微塵も抱いていないようだ。
「そのアノウって人は何のためにそんなことを??」
「宇宙の平和のためだ」
「....は??」
「そうなるよな、でも本当なんだ。 アイツは、宇宙を平和にするためには差別と紛争をやめない知性生命体が不要であると判断した。 なんでそこに至ったかは誰も知らない。 そしてそれを果たすべく、奴は手始めに魔獣を造り出し、知性生命体が住む星に送り込み出した。 だが、それだけでは不十分だった」
「不十分??」
「魔獣は確かに強い。 だが知性がなく、本能的な行動しか取れないせいで、ある程度のレベルの星になると途端に機能しなくなる。 その改善策として最強魔獣が造られたんだが、これは製造に多大なエネルギーと時間がかかるせいで乱用はできない。 で、造られたのがオレたち魔人だ。 エネルギー、時間、そこそこで造れて、おまけに思考力を付与した結果、戦い続けるごとに学習して強くなれる非常に効率的な生物兵器が出来上がった。 けどその思考力のせいで魔人には絶対に感情が芽生えてしまう。 そしてその感情は時として、非常に厄介な種となる。 オレがそのいい例だ」
星奈は目の前にいるライトを控えめに指差す。そしてライトは頷いた。
「そろそろオレの話に入ろう。 オレも昔は連中と一緒になって、星々を滅ぼしてた。 今はそれが許されないことだったと分かってるけど、昔のオレはそれが本当に平和のためになると信じていた。 生まれた時からそれだけが平和への道だと教えられて、ただただアノウのことを盲信してた。 だからオレはなんの疑問もなく知性生命体の抹殺を繰り返していた。 だけど...悲鳴と涙をあげながら、ボロボロになって死んでいく人たちを見続けてたら、だんだん自分たちがやっていることが本当に正しいとは思えなくなった.. 何のために戦うのか....何が正しいのか....オレは分からなくなって..」
ライトは言葉を詰まらせた。
「とうとうオレは戦えなくなった。 使命と自分の心に板挟みになって、訳が分からなくて何にもできなくなった。 まるで死んだみたいだった。 いっそ死んでしまおうか、そう思ってた時に戦友が言ったんだ」
『命より大切なものなんてない』
「その言葉がオレの目を覚ましたんだ。 だったらオレはその命を守ろう。 そのためにたとえボロボロに傷ついて、死ぬことになってでも!! 最期まで守り続けよう!! そう決意したオレはアノウは裏切り、魔獣を倒す道を選んだんだ。 一つでも多くの命を救える道を.. それがオレの本当にすべきことだと信じて..今日まで戦ってきた」
話を終えたライトはぐったりとしていたので、星奈が気遣って寝かしつけた。
「でも、結局それもオレの自己満足だったのかもしれない。 死んだほうがよかったのかもな..オレ」
「..それって逃げてない?? 責任を取ることから」
珍しく語気を強めて星奈は言った。
「もしライトが死んでも、ライトがやったことは消えてなくならないよ。 死んで償っても、そんなの誰も納得しない。 償いたいって思うなら、生きてなきゃダメだよ。 生き続ける方が、よっぽど辛くて大変なんだから!!」
「.....そうだな..だからこそ、命より大切なものなんてないんだろうな」
ライトは目を閉ざしながらそう言った。その瞼にはかつてその言葉をくれた戦友と星奈の顔が浮かんでいた。
「・・・・・・そうだな..まだ、生きてみようか.... 約束もあるしな」
声には出さず、そう心の中で呟くと、ライトは再び微睡みに落ちた。いつか掴み取るべき本当の平和を夢見て。