第二十九話 優しさの勝利
吹き抜ける風からはほのかに雨の匂いが漂う。普段ならやかましく鳴く雀も息を潜め、じっと晴れ間を待っている。しかし人間だけは曇天の下、呑気にいつも通りに蠢いている。今、地球の..いや、宇宙の命運がかかった戦いが始まろうとしていることなど誰も知る由はない。当事者の三名以外には...
-チャギッ ザザッ-
工場跡地にて対峙するライトとアイカはお互い武具を構えた。交渉は決裂し、共に自身の考えを曲げられない二人は殺し合いによる決着に全てを委ねたのだ。もう綺麗事言ってられない。二人とも腹はくくった。
「待ってよ、お願い..二人とも待って..」
ただ一人、星奈だけはこの展開を良しとしていない。その胸中は複雑だ。何が正しいのか、何を信じればいいのか、自分はどうすべきなのか、何も分からない。自分はただその場にいるだけで、二人に置き去りにされている、星奈はそう感じていた。
「もう..これ以上の議論は..意味がない」
穏便に済ましたいのはライトも同じ、だがアイカが自身を殺すまで止まらないのは明白、そうなる以上やはり、地球を守るためにはやらねばならないのだ。たとえ自分が悪いと分かっていたとしても..
「それに関しては同感だ.. お前とアタシの意見は決して交わらない、平行線だ.. 一つの答えを出すにはどちらかが消えるしかない!!」
「そんな..」
「ここにいるとアタシたちの戦いに巻き込まれる.. 君はどっか行きな」
一瞥もせずにアイカは言った。そして大きく一つ深呼吸する。
「「「・・・・」」」
その場におびただしい緊張感が重く立ち込めた。いよいよ..始まる!!
-ズザザザザッッ-
先に仕掛けたのはアイカ、スーツが身軽なだけあって中々のスピードで距離を詰める。そして、手足首に装着した刃がギラリと光った。
「セイッヤァァ!!」
-ブンッヒュオッ ガギッッ-
詰め寄ったアイカは地面と垂直に脚を蹴り上げた。それを済んでのところでライトは跳び退いた。回し蹴りによる追撃もその蹴りの重さに若干ふらつくも剣でガード。すかさず反撃に転じる。
-ヒュヒュヒュヒュヒュッッ-
剣のリーチを生かした連続突きを繰り出した。攻撃が届かないアイカは防戦一方、だが目にも留まらぬ突きを予測と勘を頼りに手首の刃でことごとく弾く。研究しただけあって、ライトの苛烈な攻撃にも食らいつく。
-ガッガッガッガッ-
とはいえ戦況は圧倒的にライトが有利、このまま突きを繰り出し続ければ、いずれ剣はアイカに突き刺さる。それだけで勝ててしまう公算も高い。
だが、現実はそうはいかない。アイカも飛び道具を持っていた。
-ガギンッッ タンッッ-
突きを叩き落とし、アイカは大きく後ろに跳んだ。そして右脚をギリギリのところまで振り上げると、鞭のようにしなりながら蹴りは放たれた。
「カッターキック!!」
-ズバンッ-
蹴り自体の威力もさることながら、驚くのは足首に装着した刃から飛んだ斬撃。劣化していたとはいえコンクリート壁に風穴を開けた。当たればライトといえど致命傷は避けられない。
「もう一発!!」
「ブレードショット!!」
続けざまの二発目の斬撃に対して、ライトも剣から光の刃を飛ばした。が、なんと威力で勝ったのはカッターキック、ライトもまさか押し負けるとは思っていなかったため反応が遅れ、回避ではなくガードを選択した。そうして動きを止めたライトにアイカは迫る!!
「オァァアアッ」
-ガンガンッ バシュッッ-
「ウッッ!!」
ジャンプしたアイカは空中で二本の脚から二連発で斬撃を飛ばす、さらに二発目に隠して腕からもう一発の斬撃を放っていた。三発目に気づけなかったライトはまんまとアイカの策に嵌り、左腕に重傷を負った。これで剣を扱えるのは右手のみ、片腕での戦闘を余儀なくされた。
「これでお前はスラストフォトロンも光剣連斬もできない.. さぁどうする..」
ライトの額からは脂汗が、左腕からは黒い血が流れ出る。相当の痛みらしい。
「..これくらい..慣れっこだよ..」
だがライトは強がってみせる。これまで数多くの魔獣と戦ってきたその経験は伊達じゃない。こと戦闘経験に関してはアイカなど、ライトの足元には遠く及ばない。いつだって痛みに耐え、ライトは戦ってきたのだ。
「フッ!! ディリャァ!!」
裏拳、前蹴り、回し蹴りからの内回し蹴り、アイカの怒涛の攻撃は続く。形勢はアイカの有利だ。
-ビュンッッ-
再び脚から斬撃を飛ばす。それを軽々と避けるライト、だが斬撃はブーメランのように返ってきた。
「ここだ!!」
-カッッ.. バチュンッッ-
その返ってきた斬撃をアイカはさらに斬撃で蹴り返す。すると二つの斬撃は合わさり、十字架状の斬撃となってライトに襲いかかった。その名も〈クロスリッパー〉
「ぐぁっっ..」
超威力の斬撃が腹部に直撃!! 人間なら即死レベルの血を噴き出しながらライトは吹っ飛び、地面に倒れこんだ。
「ハハハ、どうだ!! これが復讐の力だ!!」
アイカは高らかに笑う。端正な顔もすっかり黒い感情に侵され、醜悪なものに変わっていた。
「とっとと、くたばってしまえッ!!」
-ゴシュッッ-
横たわるライトの脇腹を思い切り蹴りつけた。衝撃でライトの体はロープで引っ張られているかのように地面を滑る。さらにアイカはマウントを取ってライトをタコ殴りにする。
「どんな気分だ!? 自分がしてきたことをやり返されるのは!?」
-ドカッ バキィ メキッ-
「アタシは、いい気分だ!!」
-ベキッ ドスッ グチュッ-
殴り続けたアイカの手は.. いや手だけでなく全身は黒い返り血で塗れていた。
「さぁ終わりにしてやる.. これで....トドメだ!!!!」
黒刃がライトの首筋めがけ、振り下ろされた..
-ガシッ-
「!!」
どこにそんな力が残っているのか、ライトはアイカの腕をガッチリと掴んだ。
「ハァハァハァ.. 終わり..だと..」
-ドムッ-
ライトの蹴りがお腹にヒットしたアイカは大きく後退し、咳混じりに血を吐いた。
「ハァハァ.. ウッ..フォトロン!!」
その呼び声と共に、念力で操られた光剣はライトの右手に収まった。それを杖代わりに、なんとか再びライトは立ち上がった。
「しぶとい奴め..」
「ハァハァハァハァ....うぐっ..」
「けどもう限界のようだな..足が震えてるぞ」
「だから..どうした」
ライトは翼を装着、上空へ飛び上がった。
「逃がすか!!」
アイカは斬撃を飛ばすもライトはひらりひらりと避けて空高く飛ぶ。だが、これは逃げているのではない。むしろ、一気に決着をつけにかかったのだ。
「さぁ....行くぞ!!」
地上に向けてライトは光の刃を飛ばした。そして、それを猛スピードで追って急降下する。翼をたたみ、どんどん刃との距離を縮める。
「パージ..!! デェリィリャァァ!!」
翼を外し、刃に急降下キック。ライトと共に、刃は普段の倍以上のスピードで空を駆ける。さらにこれに回転を加え、破壊力をもっと高める。
-ズガドォォォォオオン-
衝撃波が広がると同時に、地面には亀裂が走った。あまりの衝撃に五十キロ近くあるガスボンベすら宙に浮いた。当然、至近距離で喰らえば無事では済まない、もちろん放った本人も..
「....うぅっ..こ..こんなことが..」
「ハァハァ....オレだって..一応は生物だ。 ちゃんと日々、成長してるんだよ....痛ッ!!」
両者共に満身創痍だが、膝立ちから立ち上がれないアイカに対して、ライトにはまだ立ち上がるだけの余力がある。脚を引きずりながらも一歩、また一歩と近づいていく。そして射程範囲に入ると、ライトは突きの構えを取った。
「..アタシの命も..ここまで....か」
アイカは顔を伏せた。覚悟はできているが、それでも身体は恐怖を隠しきれず小刻みに震える。
-タッタッタッ.. ザザッ-
「....?? ..!? ..なぜ君が」
「死んではダメです..アイカさん」
なんと!! 二人の間に星奈が割って入った。両手を広げ、毅然とした表情でライトを睨みつける。
「..どいてくれ」
「嫌だ!! だって..どう考えても悪いのはライトの方じゃんッ!! それなのに..なんでアイカさんが....死ななきゃいけないの.. そんなの..そんなのおかしいよ!!」
その言葉にライトはまぶたをピクリとさせ、剣先もブルブルと震える。
「..ライトだって分かってるんでしょ!? 今更引くに引けないだけで....こんなのおかしいって..」
「....」
ライトは二歩下がった。そして震える剣先を地面へ向けた。
「君は..コイツの味方じゃないのか..」
ちらりとライトを見て、アイカは言った。そして振り返った星奈はキッパリこう言った。
「はい..私はライトの味方です」
「だったらなぜ止める??」
「味方だからこそ..おかしいことはおかしいって言わなきゃダメなんです。 ただ付いて行くだけじゃダメなんです」
アイカの目をしっかり見て、ハキハキと一直線に星奈は言った。
ようやく痛みに慣れてきたアイカは立ち上がった。まだその息は荒く、子鹿のように震えている。
「なら..アタシがコイツをk」
「ダメです!!」
「..まだ最後まで..」
「ダメです.. 殺すのはダメです」
皆まで言わせない。これには流石のアイカも苦笑いだ。
「なぜダメなんだ!?」
「..今、地球は魔獣のせいでピンチなんです。 でも私たち、人間の力じゃ魔獣は倒せないから.. だから私たちが生き延びるためには、ライトの力がどうしても必要なんです!! もしライトが死んだら..地球も死にます.. 私はそんなの嫌です..」
「つまり..君たちの勝手な都合に合わせろ..ってことか??」
「..そう..です」
「ふ〜ん..」
二人はじっと見つめ合う。決して目は逸らさず、瞬きもせずにただただ見つめ合う。しばらくしてアイカが大きく長いため息を一つついた。
「仕方がない.. これ以上やっても分が悪い..今日のところはひとまず退散させてもらう.. だがよく覚えておけ!! アタシはいつか必ずライト、お前を殺す!!」
-リィィィィィンンン....-
謎な音が響き渡る。上を見れば、灰色の空を半透明で巨大なフリスビーのような形をした円盤が飛行している。その円盤に吸われているのか、アイカはどんどん上昇していく。そしてその姿は徐々に小さくなり、雲に呑まれていった。
「アイカさん..貴方は復讐には向いてないよ.. だって優し過ぎるもん」
アイカが帰ってから星奈が呟いた。
-ドサッ-
「えっ!? ライト!!!? しっかり、気を確かに!!」
ライトは地面に卒倒した。なに、なんてことはございません。あまりの激痛に気絶しただけで、命に別状はありません。ただ、星奈がライト自らの口から過去を聞くのは、もうちょっと先に延期されるのだった。




