第二十三話 狼哮轟く
真夜中の博物館は静まり返っていた。昼間は子供達で溢れるこの場所も今はただほんの僅かな灯りがついているだけだ。
そして何か異変がないかをチェックするために一人の警備員が館内を巡回している。
「う〜、不気味だ..」
昼間なら心が躍る展示品も夜の闇の中ではただひたすら不気味でしかない。剥製なんかは今にも動き出してしまいそうだ。
「うむ、今日も異常なしと」
警備員はわざとらしくいちいち指差し確認して恐怖を紛らわせる。もう全ての展示品のチェックは終わった、これから家に帰ろう、彼がそう思い始めていた時だった。
「ガルルルッッ..」
「!! な..ん..だ!?」
警備員は錆びついたロボットのように振り返ると真っ暗な空間を懐中電灯で照らした。だが映るのはただの展示品、異変は見当たらない。
ーガタッー
「!! 誰だよ〜!? いんのかよ〜!!」
慌てて警備員は振り返るが誰もいない。もしホラー映画なら幽霊はもう一回振り向いた時に現れるだろう。そう思う警備員の足は地面に凍りつき、首も石のようになっていた。しかしこのままでは何もできない。意を決して後ろを向こう..そう思った瞬間!!
ーガシャァァンー
「あひょぉ!!!!」
展示品の化石が倒れ、耳を覆いたくなるようなけたたましい音が響いた。あまりの恐怖に警備員の腰は抜け、地面にへたり込んでいた。だが彼の本当の災難はこれからだった。
ーバヒュンッー
「!! え!? なんだこれ..なんだ!!」
ネットと思われる物を突然被せられ、警備員は完全にパニック状態になった。ネットを外そうと努力するも、さっきの轟音で驚いた際に懐中電灯を落としてしまったために暗闇での作業を強いられ、なかなかうまくいかない。
そして..騒いだことが非常に良くなかった。警備員の声に隠れていた獣の声がだんだんと大きく..だんだんと彼に近づいていった。
「う..うわぁぁぁああ....」
ーバリッグチュグチャ....ー
警備員の声は聞こえなくなり、代わりにあたりに極めて不快な咀嚼音が響く。床を照らす懐中電灯の光に絨毯よりも赤い鮮血が浮かび上がり、小さな川のように流れる。
「ゥゥゥ..アオォォォォン!!」
獣は月に吠えると警備員の死骸を残し、血の足跡を残しながら暗闇に呑まれていった。
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翌日、昨夜の惨劇はたちまちニュースとなり、博物館で起きた警備員変死事件は大衆の目を大いに惹きつけた。そしてこの件には宇宙の戦士であるライトも大きな関心を向け、早速独自の捜索が始められたのであった。
「はぁ〜..ダメだこりゃ」
わかりやすくライトは肩を落とす。とりあえずは件の博物館付近で異変調査を行なっているのだが特に異変は見当たらず捜索は早くも暗礁に乗りあげていた。
「気配とかないの??」
捜索を手伝う星奈がライトに尋ねる。そうライトは魔獣の気配ならばある程度察知が可能だ。
「あるよ」
「じゃあそこ行けばいいじゃん」
「..ここなんだよ、一番怪しいの」
辺りを見渡しながらライトは言った。だがその気配とは裏腹におかしなところは特に見当たらず、辺りはそれなりに賑わっていた。とても人を喰らう獣がいる雰囲気には思えない。
「あのさ....あのシャドウとかいう人が引っ込めたんじゃないの??」
星奈が言った。確かにこれまで地球に現れた魔獣のほとんどはシャドウが召喚したモノだ。召喚ができるのなら回収もできるはずだ。そしてそれは実際可能である。ただライトはそうは思わないらしく、腕を組んで険しい顔をするばかりであった。調査は困難を極めた、公園、廃工場、滅多に人の通らないトンネル内部、獣の居そうな場所を手当たり次第に潰していくが姿どころか痕跡の発見にすら至らない。
「ダメだ!! 尻尾すらつかめねぇ」
ライトもとうとう匙を投げた。家屋の屋上から町を見渡すもどこもかしこもいつも通り変わりがなく、本当に何一つ手がかりがない。せめて博物館の敷地内に入れれば何か分かるかもしれないが表向きには一般人のライトに規制線内に立ち入る権限はない。
「どうすんの??」
星奈がライトの顔を覗き込んで尋ねる。とは言えいくらなんでも流石にこのまま魔獣を放置するわけにもいかないだろう。
「仕方がない..夜まで待とう」
昨日、魔獣が現れたのは深夜だった。ならば今日も同じ時間帯に現れる可能性は十分ある。とりあえずライトは夜になるまでその場で待機、星奈は一旦帰宅し何か異変の情報があればライトに伝える、というフォーメーションを取ることになった。
「さて..うまくいくかな..」
あとはもうただひたすらその時が来るのを待つだけである。魔獣が現れるその時を..
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冬空に満月が輝く夜十一時、件の博物館から直線距離にして十キロの場所に位置する繁華街は仕事を終えた会社員達で賑わっていた。ほとんどの人々はもう獣のことなど覚えていない、仮に覚えていたとしてもそれが自分に関わることなど思ってもいない。テレビの中の出来事など、例え現実世界の出来事でも彼らにとってはフィクションなのだ。
「よっひゃぁあ!! もう一軒いくゾォォ!!」
頰を真っ赤に染めた男性が叫んだ。緩んだネクタイにおぼつかない足下、相当出来上がっているようだ。
「おいおい飲みすぎだぞ、やめとけよ」
その男性に肩を貸すもう一人の男性が諌める。酔っ払いの世話ほど面倒なものはないのだから当然だ。
「なぁに、大丈夫らよ......はれ??」
「なんだどうした??」
「..地面が揺れてる」
「お前だいぶ酔ってんなぁ..」
「いや..ホラ..」
ーゴゴゴゴッー
誰にでもわかるぐらい激しく地面が揺れ始めた。地震だろうかと周囲の人は身構えた。だが揺れの正体は地震ではなかった。
ーピキピキッ.. ズガァァンッッー
「アオォォォッン!!」
アスファルトの地面を突き破り、獣が勢いよく飛び出した!! 空気を震えさせる咆哮をあげると目を爛々と光らせあたりを観察する。そして二人組の男性と目があった。
「「うわぁぁああ!!!!」」
涎を垂らし自分たちを見つめる獣に恐れをなした二人は背中を向けて全力で逃げ出す。
ーガゥゥンー
だが銃声が響くと男性の一人は地面に這いつくばっていた。脚には見事に穴が空き、血が流れ出る。そして獣の指の銃口からは重々しい硝煙が立ち昇っていた。
「ガルルッ」
そして仕留めた獲物を喰らおうと、獣は身をかがめた。
「デェェリャア!!」
ードムッッー
「キャウンッ!!」
獣が男性に食いつく済んでのところで、駆けつけたライトが獣の首筋に見事な蹴りをお見舞いする。獣は見た目に似合わない子犬のような声をあげて仰け反った。
「おい大丈夫か!?」
ライトはうずくまる男性に声をかける。脚の痛みが酷いらしく男性は立ち上がることができない。おまけに周りに手を貸せる人もいないため、ここから逃がすことさえできない。
「..一気に決める」
ライトは剣を持つと男性を獣から守るように立ちはだかる。そして剣にエネルギーを込め、それを光の刃として放った。
ーバンッッー
光の刃が獣に直撃し、火花と共に白煙が立ち昇った。
「やったか....!?」
煙が晴れるとそこに獣の姿はなかった。だがまだ終わっていない..近くにいる!! ライトは目を皿にしてキョロキョロ辺りを見回す。
「どこだ!? どこにいる....しまっ」
「アオォォン!!」
潜んでいた屋根の上から獣はライトに飛びかかった。攻撃をかわせず、地面に押し倒されたライトは獣による容赦ない殴打の嵐を浴びる。
「ぐぅっ......このっ!!」
ードガッッー
調子に乗った獣の腹に蹴りを叩き込んで拘束を脱し、落とした剣を拾い上げる。いざ反撃、というところで獣は指先についた合計十本の銃を乱射する。
ーガガガガガガッッー
「うっ....ぐぅぅ....」
本来ライトなら銃弾をかわすことも容易いことだ。しかし今銃弾をかわせば後ろにいる男性に直撃してしまうため、ライトは銃弾の雨にひたすら耐える。
「が....あ....」
だがついに凶弾の前にライトが倒れる。そして獣はその肉を喰らうべく徐々に距離を詰め、牙を剥いた。
ースパッッー
「キャゥゥン!!」
だがそれはライトが撒いた罠、やられたふりをして相手が近づいてきたところに一撃を叩き込むという寸法だった。そして目論見通りライトの剣が獣の右目を捉え、獣は狂ったように顔をかきむしる。
「ハァ..ハァ.. すぐにカタつけてやる」
すでにボロボロのライトに余裕はない、握りしめた剣にエネルギーを収束させると猛スピードで獣に向かって突撃する。
「スラストフォトロン!!」
エネルギーを込めた突きを獣に向け繰り出した、しかし!!
ーヒュッッ ドゴォォォー
獣は軽々突きをかわし、まさかのドロップキックで反撃する。意外な一撃を脇腹にモロに受けメキメキと音が鳴り、ライトは開脚しながら吹っ飛んだ。そして追撃を狙う獣が走り寄る。
「ぐ....ブレードショット!!」
ライトは光の刃を走り寄る獣の足元を狙い撃った。炸裂した刃に怯み獣の足は止まった。さらに起き上がったライトによる鼻が折れる程強烈な飛び蹴りを食らい、お返しとばかりに獣は吹っ飛んだ。
「ハァ....ハァ....うっ..」
黒い血が流れ出る胸をライトが苦悶の表情で抑える。そしてその瞬間..
ーダッッ ダダダダダダダッッー
獣は戦闘を放棄して逃走を図る。人気のない道路を停車している車をヒョイヒョイ避け、疾風の如く激走する。
「ま..待てっ!!」
逃がすものかとライトがその後を追う。そして地面を思い切り踏みしめ、その勢いを生かしてジャンプすると獣の背に飛びついた。ライトは両腕を首に回し締め上げる。
ーグワッッ ドシンッッー
獣はライトを振り落とすべく、背中から倒れ押しつぶしにかかる。その攻撃の衝撃でライトは血の塊を吐いた。それでもまだライトは立ち上がり続ける、逃がすつもりなど毛頭ない。だが獣の方もそう易々と捕まるはずがなかった。
「グゥゥゥ..」
ーバシュッー
獣は胸から緑色の光線を発射、それがネット状になってライトなら覆いかぶさった。ネットは絡まりライトの動きを封じる。もがけばもがくほどより複雑に絡まり抜け出すのは難しくなる。その隙に獣は真っ直ぐライトから離れ、その姿は徐々に小さくなっていき終いには消えてなくなった..
その後ライトは深夜の町を捜索するも獣の足取りを掴むことは出来ず..獣はその存在を再び闇の中に隠したのだった....




