第二十話 星を喰らう蛇
〈日本・東京都〉 午後二時
「ああぁぁぁぁぁ!! レポート終わらねぇぇぇぇ!!」
ーカタカタカタカタカタカタッー
現在、星奈は絶賛修羅場モードに突入しており、激しいタイピングの音が部屋中にこだましていた。こうなった時の星奈の集中力は凄まじく通常時の三倍にも達する..と言われている。(本人談)
ーピロリン♪ー
「ああぁぁぁ、誰から!? ケイケイ!!」
スマホの画面を確認して差出人を判別、添付されたファイルを開いたままライトに手渡すと即レポート作業に戻った。(この間約一秒)
「オレが読んでいいのか??」
「いーよー!!」
星奈がパソコンの画面を見つめ作業する、その背後でライトは意外にも器用にスマホを操りファイルを隅々まで読んでいた。そしてひとしきり読み終わった後、ライトは不意に声を上げた。
「..なぁ、ロシアってどこだ??」
「えぇぇぇ、ロシア!! ....北西!!」
ーカタカタカタカタッー
ライトには目もくれずたった四文字でスーパー簡潔に星奈は説明した。それだけ必死、もしこのレポートを提出できなければおそらく単位は落ちる、だから周りを気遣う余裕は今の星奈にはなかった。
「ここの“いし”ってどっちの“いし”!? ライトちょっとスマホ返して!? ..ライト!?」
ライトが渡す気配もないので仕方なく星奈は立ち上がり、床に置いてあるスマホを拾い上げた。
「なんだ“意思”か..よし!! ....ん??」
星奈は冷静になってもう一度振り返った。ほんのついさっきまでいたはずのライトがいない、そしてさっきまで閉まっていた窓が開き、カーテンが外に飛び出していた。
「..まさか....」
案の定ライトは出て行ったらしく、星奈は一人部屋の中に取り残されてしまった。そして自身も発端となったケイケイから送られてきたファイルの内容を確認してみると、そこに記されたとんでもない内容に目を疑い、思わずこう呟いた。
「..ライト、大丈夫かな..」
この星奈の不安、嫌な予感は悪いことに..的中する!!
・
・
・
〈ロシア・マトロージュ〉
日本からはるか三〇〇〇キロも離れたロシア極寒の森の上空をライトは高速飛行していた。ファイルに記された事が事実であるのならばすでに事態は相当深刻であった。
「まずいな..」
異変は遠目から見てもすぐ分かるほどに進行していた。本来なら一年中緑を保っているはずのタイガ林の半径五キロ程はベージュ色に染まっていた。だが樹木は枯れているのではない....石化されられたのだ!! 何者かによって!!
「間違いない....奴だ」
変わり果てた森に降りると、早くも剣を構えた。これと同じ光景を一度だけライトは見たことがあった。そしてこれを引き起こした元凶は最強魔獣にも引けを取らないほど手強い。そしてソイツはすでにライトのことを虎視眈々と狙っていた。
ーバリバリバリッー
ライトの右斜め後方から電撃光線が放たれた。それを横っ飛びで回避するライト、だが電撃はライトを追尾し、さらに前方からも電撃が迫ってライトを挟み撃ちにする。スライディングで二本の電撃をギリギリでかわし、反撃でライトは光の刃〈ブレードショット〉を敵が姿を隠す木の陰に向けて飛ばした。
「ホッホッホ、久しぶりじゃのう、ラ・イ・ト」
木の幹が倒れようやく敵が姿を現した、その姿を一言で言い表すなら全身蛇、髪は無数の白蛇、肩口からはそれぞれ一対の赤蛇が生え、下半身は大蛇、フォルムだけでなく、目、舌、皮膚も完全に蛇と同様、ただ手は生えており、爪は鉄板三十枚を貫けるほど硬く、伸びている。
「お前がまだ生きているとは思わなかった、それに地球に来るなんて..」
「ホッホ、こんな美味しそうな星、妾が見逃すはずなかろう」
「オレもお前を見逃すわけにはいかない....死んでもらうぞガーゴン!!」
剣先を蛇女に向けライトは叫んだ。だが処刑宣告されたにもかかわらず女はまだ余裕を見せ、艶かしい仕草でライトを真っ直ぐに見つめる。
「ハッ、妾に殺されかけたくせによう言うわ」
「..あの時のオレと今の俺は違う」
「じゃろうな、随分と......美味そうになった..」
涎を垂らしながらライトを隅から隅まで観察し恍惚の表情を浮かべる。その顔にライトの頰を一筋の汗が伝った。
「サァ、妾の糧と為れ!!」
ーヂヂヂヂ.... ズォォォン!!ー
ガーゴンの口からは群青色の光線が放たれた。ライトはこれをいつも以上に慎重に、そして全力で回避。
ーパキキキキキッー
放たれた光線はライトの後方にあった木に直撃、するとそれを浴びた木は一瞬のうちに石へと変貌した。この石化光線がガーゴン最大の武器、当たれば生物、非生物問わず問答無用で石となる。そして石となった物体からエネルギーを吸い取ることがガーゴンの食事である。つまりこの石化した森はガーゴンによって整えられた食卓なのである。
ーバチバチバチッ ガギッ ガギィー
ただ強力ゆえに石化光線は連発できない、そのためガーゴンのメインウェポンは肩口の赤蛇により放たれる電撃光線、そして爪である。この二つで遠近の敵に対応する。
ーヒュッ ガッ ガギンッ ドゴッー
ガーゴンは突きを交わし、左手の爪でライトの首をはねにかかる。それをライトは剣を振り下ろして叩き落とし、背後から来るもう一方の爪は後転で回避、裏拳のように放たれた爪を眼前でガード、鍔迫り合いの最中脇腹に蹴りをお見舞いした。
ードボォォッッー
「ゲハッッ..」
ガーゴンは太い尻尾を鞭のようにしならせお返しとばかりにライトの脇腹を打ち抜いた。ライトはまるでテニスボールのように吹っ飛び、石化した木々を砕き倒した。そしてガーゴンは石化光線の構えをとった!!
ーヒュオッッ バヂンッー
「チッ、流石に簡単にはいかんか」
ライトの放った光の刃が石化光線のタメを妨害、ガーゴンは電撃に切り替えて迫るライトを迎え撃つ。
ーバリバリバリバリッー
青い稲妻がライトを攻める、電撃の雨が降り注ぐ中をライトは縫うように走り抜け剣の射程にガーゴンを捉える。
ーガギガキ ガンガンッ.. ゴッスパッー
剣と爪はぶつかり合い突き刺さるような金属音を響かせる。再度ガーゴンは尻尾で攻撃するも今度はライトは脚で威力を受け流し、回転しながら剣を振った。その剣はガーゴンの頬を掠め、切り口からは血がこぼれると両者は一旦距離を置いた。
「..なるほど、やはり前とは随分違うようじゃ」
「当たり前だ!! もう昔のオレとは違う!!」
「ならば仕方がない、奥の手を使おう」
そう言うとガーゴンの髪の白蛇たちが身をくねらせ威嚇する。そして彼らはライトを狙って一斉に牙を剥きながら無数のミサイルのように襲いかかった。
「光剣連斬!!」
ースパパパパパッッー
ライトは襲いかかる無数の白蛇、その全ての首を音速に迫る光剣の連撃で容赦なく斬り落とす。はねられた首からは大量の血が噴き出し、あたりは赤い霧で満たされた。が、ライトは剣を振ってその霧を払いのけた。
「悪いが..もうその手は通じない」
「さて、本当にそうかな??」
「何..」
「ホッホ.... さぁ..来るがよい」
指を折り曲げライトを挑発するガーゴン、それに乗った訳ではないがライトは猛スピードで突っ込む。
ースッ.. ドゴッー
剣で斬る..と見せかけてライトは宙で一回転してかかと落としを仕掛けた。ガーゴンも読めなかったらしく頭部を思いっきり叩かれ怯んだ。その隙を見逃すはずもなくライトは剣を振った。
ーカランカラン..カランー
「は??」
思わずライトは素っ頓狂な声を出した。どういうわけか剣はすっぽ抜けて自身の手を離れていった。とにかく拾いに行こうとした時、ライトはある異変に気付いた。
「?? ....!?!?」
全く足が動かない。それどころか身動き、いや声すら出すことができない。完全に体の自由を奪われていた。そしてただ立つだけのバランスを保つことさえできず、ライトは顔から倒れ、地面に這いつくばった。
「どうやらちゃんと効いたようじゃな」
その声に顔を向けることすらできず、ライトは小動物のように体を震わせていた。なんとか立ち上がろうとするも力が入らず起き上がることすら出来ない。
「無駄な努力じゃライト.. 何をしようともう其方は動けん、手遅れじゃ」
血が滴る白蛇の髪をうねらせ吐き捨てる。この血こそがライトを動けなくした要因だった。実はこの血には強烈な神経毒が含まれており少量でも吸い込んだ生物の体機能を麻痺させ、体の自由を奪い去る。それを返り血として大量に浴びたため、ライトの体は石のように硬直したのだった。
「ホホ、終いじゃな」
肩口から伸びる大蛇でライトの首を締め上げるとその体を宙に浮かせた。もうライトには反撃する力も、術もなかった。そしてガーゴンは動けないライトにむけて石化光線を構えた。
「サァ、ライト.. 妾の糧と為れ」
ーヂヂヂヂヂヂッッー
・・・
・・
・
ーバシュッッー
「!! グヮッ..何者じゃ!?」
突如謎の妨害を受けたガーゴンは周囲を見回す。だが続けざまに放たれた煙幕弾によって周囲は白煙に包まれ視界はゼロになった。そして白煙が晴れた時、ライトはその妨害者の腕に抱きかかえられていた。
「やれやれ.. 世話の焼ける」
「....な....ん..で....」
その微笑が浮かぶ顔を見た時、ライトには驚愕の電流が走った。そしてソイツは懐から注射針を取り出すとライトに突き刺した。すると徐々にライトの体には自由が帰ってきた。
「解毒剤だ.. 少しはボクに感謝しろ、ライト!!」
「ハァ..ハァ.....ありがとよ..........シャドウ!!!!」
お互い文句を言いながらもなんやかんや手を取り合ってライト..そしてシャドウは立ち上がった。
「なんでオレを助けた!?」
「..ガーゴンはエネルギーを摂り入れれば摂り入れるほど、つまり食えば食うほど強くなる.... お前が食われると後々面倒だ....だから助けた以上!! ....動けるな??」
「もちろん!!」
ーズオォォンー
ライトとシャドウは放たれた石化光線を大きく跳躍してかわした。そして二人はガーゴンに並び立った!!
「おぅのぉれぇ!! よくも食事の邪魔をぉぉぉぉ!!」
怒りに燃えるガーゴンは両目を血走らせ、髪を逆だてる。凄まじい迫力だ。これを打ち倒すためシャドウはある提案をした。
「ライト..ここはひとつ手を組もうじゃないか」
「そうだな.. そうしよう」
理由こそ違えど共に“ガーゴンを倒す”という目的は同じだ。その提案にライトも乗り、一時的にであるが二人は手を結んだ。
「メインはオレか??」
「そうだ、援護はボクに任せとけ」
ライトとシャドウはそれぞれ剣と弓を構えた。そして二人の戦士は共に蛇の化物と向かい合う。石の森の中、様々な運命を乗せた死闘がついに幕を下ろす!!
*ガーゴン編、前編です