第14話 気持ち
ユウの、床に臥せる日々が増えていく――
たまにだったのが、目に見えて回数が増えて来た。
”転生”前から無理をしやすい性格だったが、几帳面にコテージの家事を完璧にしようとして、気付くと倒れていることが増えている。
仕方がないので、せめて洗濯や食事はゴードンも覚える事になった。
ユウのように、念動力を自在に使って洗濯をする方式は、ゴードンには不可能だ。
手洗いをして、補助に念動力を使う。
料理もしてみると、案外楽しかった。
先日、町で手に入れてきた、調味料とレシピが役に立つ。
調理――
……調理実習……。
過去の、あの時を思い出す。
もう戻れないあの世界で、男の子のユウがリーダーに歯向かってでも掻き回して恐怖を撒き散らした出来事……。
あの時はハラハラしたが、今思い出せば笑ってしまえる。
そんなことも、あったなぁ……と。
そういえばゴードンはあの時、調理実習に参加していて、クッキーとプリンの作り方を教わったのだ。
材料さえあれば、今も作れそうな気がする。
プリンは、ユウの大好物だ。
今日のユウは具合が悪い……。
倒れる程ではなかったが、あまり動き回れない。
家事はゴードンに任せて、一箇所へ落ち着いて、パッチワークの謎インテリアを量産する。
資金になる事が判ったので、効率良く、どんどん作っていく。
同じものばかりではない。
大してデザイン性がないのは変わらなかったが、色合いや柄などを工夫して、ひとつひとつ違うものを作っていく。
行商は、リーダーに任せれば良い。
美女効果で、有り得ない資金になって帰って来る。
もっぱらリーダーは外回り担当。
食料確保に、動物を食べる分だけ虐殺し”肉”にして戻って来る。
野菜は、その辺に生えている草だ。適当過ぎる。
個々の役割が定着し、ユウへ掛かる負担も減った。
なのに、具合が悪い日々が増えていくのが不思議なほどだった。
「お医者さんとか……行った方が、良くない?」
「なんのこと?」
卵液を、かちゃかちゃと混ぜながら
ユウの手作りエプロンをつけたゴードンが、パッチワーク作りに精を出すユウへ、話し掛ける。
「だってほら……最近、具合が悪い事……多いし」
「ん――……」
卵液は、もう完全に混ざって滑らかになっているのに、いつまでも混ぜ続けている。
ユウも話しながら、手を止めない。
「無理じゃないかな……。原因が基本能力値の高さだから……」
「なにか打つ手ないかな……」
「魔法って言ったっけ……。あれは発動までに時間が掛かるけど、見た感じ、使う能力は似ている気がする。魔法に関する、基礎書物が欲しいな」
「読めるの? ここの世界の文字」
「テレパシーを使って勉強した」
文字が読めなければ、先日手に入れて来た料理のレシピ本も、理解が出来ない。
ゴードンやリーダーより、一か月も早くこの世界へ降り立ったとはいえ、適応力が半端なかった。
ゴードンが料理をするようになったので、料理本レシピの解読書が、ユウの手書きで別にあった。
ゴードンはそれを見て、調理をする。
ユウが解読出来るのだ。
同い年なのだから、ゴードンも頑張れば、この世界の文字を習得するくらいは出来そうだ。
プリン作りが一段落したゴードンは、エプロンをしたままユウの傍へやって来て、パッチワーク作りに精を出すユウを覗き込むようにして言った。
「俺にも、この世界の文字の解読……教えてくれる?」
ユウはテレパシーを使って解読に成功したが、ゴードンのテレパシーは弱い。
同じ事は、出来そうもなかった。
それなら既に文字が読めるユウに、教われば良い。
ユウは手仕事の手を止めて、ゴードンを見て、微笑む。
「いいよ」
とりあえず手元にある、この世界の文字
料理のレシピ本を教科書にして、ユウの手書きの解読書と合わせて、説明をしていく。
ユウは元々、要点を押さえて人に教えるのは上手な方だ。
”転生”前にも、何度もアドバイスを貰って上達した記憶が、ゴードンに蘇った。
丁寧に教える、ユウ。
過去を思い出して、懐かしく思うゴードン……。
「だからこっちが……聞いてる? ゴードン」
「あ……うん」
教えてと言ったにも関わらず、うわの空のゴードンに、ユウは不服そうな顔をする。
――そういえば、最近のユウは、表情豊かだ。
”転生”前は、あれだけ無表情だったのに……。
不満そうにするユウを見て、ゴードンは笑っている。
ユウは余計に、機嫌悪そうにした。
「なに?」
「うん、お前……最近、表情豊かだなぁ……と思って」
「……そう……!?」
「前は、そんな不満そうな顔したことがなかったよ。俺は見たことがない」
ユウは止まってゴードンを見る。
……みつめ続ける。
この無言で人をみつめる癖は、ずっとある、ユウの癖だ。
ふと、思い出したように、ユウは片手で口を押えて呟いた。
「……聞いてる? ゴードン…………」
「……なに? 聞いてるよ」
「うそ……聞いてない」
「聞いてるよ。……って、さっきは聞いてなかった、ごめん」
くすっ、と片手で軽く握った手を口に当てて、とても女の子らしくユウは笑った。
「女の子って、みんなこんな台詞言うんだね……。自分で言ってて、気が付かなかった。
レイカもね、毎日のように僕に言ってたんだ。”聞いてる? ユウ”って……」
懐かしい思い出――
本当に、ほんの少し前の……。
一年も経っていない、遥か遠い、過去の記憶……。
もう、そのレイカとは、会う事もないだろう。
彼女はこの世界で、新しい人生を歩んでいる。
男の子となった、ハルカと手を携えて……。
「僕も……”女の子”なんだね……」
「ユウは女の子だよ。この世界で、最初に会った時から……ずっと」
顔と、顔の位置が近い……。
みつめ続けるユウの、大きな瞳に吸い込まれそうだ。
静かに流れる時間の中で
ほんの一瞬……刻が止まったように感じた。
唇と、唇が……触れ合った。
――ほんの、わずかに――
そのわずかな接触に、全神経が注がれる気がした。
「…………」
「……あ、……」
なにも言わず固まったように動きを止めて、ユウはゴードンをみつめた。
……しまった、不意打ちを喰らわしてしまった……。
ユウが可愛すぎて、つい……。
フォローも何も出来ずに、ゴードンも固まった。
そして、意を決したように……
ゴードンは、ユウの両肩を掴む――!
「なにしてんだ、ガキ共が。色気付くんじゃねぇよ」
急にリーダーがユウの背後へ現れて、ゴードンは心臓が止まるかと思うほど驚く。
大声を出して後ろへ仰け反り、尻もちをついた。
ユウは、ゆっくりと後ろへ振り返る。
「……おかえり」
美女のリーダーの手には、例によって調理するだけとなった肉と、その辺で毟って来た草。
慌ててゴードンは、それを受け取りキッチンへと持って行く。
リーダーはその場へ足を開いて踞み込み、ユウの後ろから耳元で囁くように呟いた。
「……お前、アイツと結婚でもするのか」
ユウは後ろへ振り向いて、美女のリーダーと目を合わせて答える。
「……うん……」
「好きなのか」
「え? ……うん……」
「どのくらい」
「え……? どのくらいって?」
「そうだな……例えばヤツが、他の女を好きになったとする。お前を捨てて、その女と一緒になったら、どうする?」
「なんで、そんな生々しい設定を……。僕ら、まだ八歳だよ」
「良いから答えろ」
突然出された大人の修羅場のような設定に、困惑しながらユウはその情景を思い浮かべる。
あれだけユウ、ユウと、くっついて離れないゴードンが、他の女。
なかなか考え辛かったが、もしも、という事もある。
もしも……もしも……
――もしも、ユウを捨てて――
「ゴードンが、その人を選んだのなら……仕方がないよ」
「お前、本当にアイツを好きなのか」
「え? うん……」
「違うな、お前はアイツを受け入れているだけに過ぎねぇ」
言うだけ言って、リーダーは立ち上がり、テーブルの椅子へドカッと座った。
美女が台無しな程、足を大股に広げ、テーブルに置いてあった果物を貪り喰う。
ユウは言われた事を理解出来ずに、ぼんやりと考える。
――今まで戦いばかりで、色恋沙汰など、考えたこともなかった。
しかも、今は”女の子”としてだ。
人と、そんな話をした事もないし、知識もない。
昼食を食べ終わると、ユウの作ったパッチワークの謎インテリアを纏めて、リーダーが行商へ行く準備をする。
行商だけが目的ではない。
リーダーの真の狙いは、美女効果で男共から貢がれる、豪華な食料だ。
「僕も行くよ、欲しい本がある」
「え……お前、今日具合悪いじゃん。やめとけよ。倒れたらどうするんだ」
「資料を買うだけだから」
ユウは、いそいそと出掛ける準備をする。
いつもの胡散臭さMAXな、大人用の灰色フードを用意して。
仕方がないので、自動的にゴードンも同行する事になった。
最悪ゴードンさえ一緒にいれば、ユウが意識を失ってもリーダーと合流する事で、問題なく帰って来れる。




