第12話 触らぬ先に
ユウの手は、ゴードンよりも冷たく重い――
走るゴードンに付いて行かず、無理矢理引っ張られているだけのようだった。
目の前で叩き割られたショックが、そうさせているのだと思った。
ユウは、意外と繊細だ……。
いや、元からそうだったのだろう。
何も言わない事で、誰にも気付かれず、隠し通して来ただけに思えた。
その片鱗は、いつでも見る事は出来たのに。
少し走ったところで、気付く。
――そうだ、ユウは走るのも辛いと、言っていた……!
不意に止まり振り向くと、勢い余った少女のユウが、ゴードンの胸に飛び込んで来た。
抱き留めると息を荒く苦しそうに、ぜいぜいと肩で息をして、片手で胸を抑え込む。
ゴードンの肩に、額を付けて目を瞑った。
そんなに、走っていないのに……。
ゴードンは息も乱れていない。
あれだけ体力の差があった”転生”前の、男の子のユウとは明らかに違う事を実感した。
「ごめん……忘れてた……」
素直に謝ったが、言い訳にもならない。
あれだけユウは”俺が守る”と言っておきながら、大切な事を忘れて、こうして負担を掛けてしまっている。
ユウは息を整える――
片手で押さえた胸を、密かに高出力治癒能力で回復している事に、気が付いた。
ユウの治癒能力は、死に掛けた人も蘇らせる強力なものだ。
そんなものを、掛けなければならない程なのか……!
治癒能力の効果で、ユウはすぐに平静を取り戻した。
息が整い、苦しそうな表情もなくなった。
ぼんやりとした瞳で、ゴードンを見上げる。
そして――
にっこりと、微笑んだ。
何事も、なかったかのように。
ゴードンがユウを労わる気持ちが嬉しいように、ただ……なにも言わずに、少女のユウは微笑んだ。
横目に自分の長い髪を見て、手櫛をかけて、ゆるやかに編み込んでいく。
どこで覚えたのだろう……髪を結う仕草は”女の子”そのままだ。
「ゴードン、結ぶ物なにか持ってない?」
急に言われても、女の子の髪を留めるものなど持っている訳がない。
ポケットを探ると、商品を括って来た、可愛気も何もない荷物用の紐が出て来た。
ユウはそれを受け取り、巻き付けていく。
とりあえず風で、髪が広がらなければ良いかのように、かなりいい加減に結い纏めた。
ゆるやかな結い髪……
それもまた愛らしく、いつもとは違う魅力がある。
どんなユウでも、可愛く見えてしまう。
……いや、本当に可愛くて、仕方がないんだが……。
「よしっ!」
なにが「よし」なんだか良く判らないが、元気そうにユウはガッツポーズを取った。
そして明るく元気に、ゴードンの手を引く。
「デートの続きだ!」
ゴードンの手を引いて、先程の露店街へ戻って来た。
藤紫色の髪はゆるやかに結っただけで、フードも被っていない。
道行く人が、悲鳴を上げて去っていく。
先程と同じく、ウィンドウショッピングに興じるユウ。
藤紫色の長い結い髪を見て、寄る店、寄る店の、店主が引き攣った恐怖の表情を見せて、硬直する。
ユウはにっこりと微笑んで、少し離れた位置から――
ただ、商品を眺める。
手に取る事無く、手を後ろ手に指を組んで、絶対に触らない。
少し、気になったものが、あったようだ。
今、髪を結い留めている可愛気のない、ただの実用的な紐ではなく――
お洒落な布地で出来た、髪結い留め。
ユウらしい、実用的且つ、自分でも作れそうなもの。
なんとか見ただけでも作り方を知りたそうに、右から見たり、左から見たり、下から見たり。
とにかく触れずに、少し離れた位置から、行ったり来たりしている。
胡散臭い動きをする”魔女”に脅威を感じて、店主は蒼褪める。
それを見て、ユウは肩を竦めて、苦笑した。
「作り方が、知りたいだけなの。何もしないから、怖がらないで。……捨てないで……」
それでも何かの儀式に見えて仕方がないらしく、店主は逃げる準備をする。
ユウは苦笑して、その場を離れた。
周囲が、悲鳴を上げる中――
少女のユウは意に介さないかのように、身を翻し手を後ろに組んだまま、ゴードンへ笑顔を向ける。
「ゴードンは、なにか欲しいもの……ないの?」
ゴードンは自分のポケットへ手を突っ込んで、中の布地を裏返すようにして引き出した。
さっきまで、荷物の紐が入っていただけのポケット。
今はその荷物の紐は、ユウの髪に括られている。
ポケットに何か意味があるのかと、ユウは覗き込む。
そうじゃない。
ポケット自体に、なにかある訳じゃない。
もっと、立派なポケットの中に――
この……今、目の前にいる
愛しくて堪らないユウを、しまっておきたいだけ……。
ポケットから視線を移して、少し身を屈んで上目使いに、ユウはゴードンを見る。
もう……、いちいち可愛過ぎる……。
ひとつひとつの動作が、ゴードンのハートを射止め過ぎていて、どうしようもない。
いつの間に……こんなに惚れ込んだのだろう……。
ユウは微笑んでから、背を向けて歩き出す。
手を、指を、後ろに組んだまま。
「僕ね……。ここに来る前も”小さな悪魔”って呼ばれていたんだ」
ゴードンの前を、歩くユウ……。
大人用の灰色フードの上着が、身体に合わず大き過ぎて、後ろ手へ組んだ手が、指の先しか見えない。
藤紫色の長い結い髪は、もう、ほつれて来ている。
「ここでは僕は、誰も殺していない。なにも破壊していない。……だけど僕の罪が、消えた訳じゃない」
恐れられる事に慣れてしまったユウは、悲鳴を上げて逃げて行く人を見ても、そこまで気にしていないように見えた。
――いや、気にしていない訳はない。
そう、見せているだけだ。
さっきから、商品を触ろうともしない。
小さな世界の店主のように、また、ユウが触っただけで、売り物にならないと捨てられることを恐れている。
資材の貴重な世界に、居たのだ。
この美しい品物の数々を、ひとつでも失ってはいけないと――
……そう、思っている……。




