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《魔人T》

 昼なお暗い地下の一室で、ティルトはウェルテルと相対していた。

 幹部に割り当てられた盗賊ギルドの執務室である。

 ウェルテルはこういった執務室を幾つか抱えており、自らの所在を掴ませないように度々別の場所を指定して部下と面会するのを旨としている。

 ティルトが知っているだけで、今回会う場所が四カ所目。

 ウェルテルという男が一体幾つの専用部屋を持っているのか、ティルトは最早考えるのをやめた。

 傍らには、いつもの相棒がいつものように宙を漂っている。

 三人分の茶が用意されていたが、毎度のことだが誰も手をつけていない。

 部屋には香が焚き染められている。あまりいい効果が有るようには思えないねっとりとしたキツい甘さの香だが、何らかの効果が有ったとしても、それはティルトには効かない。

 ラミスにはどうか分からないが、念のために相棒のためには早く部屋を出た方が良いだろう。

「アスパーンから目を離すなって、どういうこと?」

 ティルトと同じく香のことが気になっていたのか、だから先に訊いたのも、相棒の方だ。

「目が離せない方なのは、貴方達も良く知るところでしょ?」

 ウェルテルは苦笑いしながら、誰も手を付けていなかった自分の手元にあるカップに口を付ける。

「だから、監視しろと?」

「『監視』というか、『管理』だね。何も特別なことをしろと言っているつもりはないよ。今まで通り、彼らと一緒に行動してくれればそれで構わない」

 ティルトの言葉を、ウェルテルは軽くいなした。

 一方で、ラミスがあからさまに眉をひそめる。

「どういう目的で? アタシは嫌よ、友達をそういう目で見るのは」

「ああ、もう友達だと思っているのならそれで結構。僕も頼まれ事なんでね。寧ろそちらの方が助かるよ。ただ、定期報告はしてもらうことになるけれどね」

 ウェルテルの発言で、ラミスの動きがピクリと止まった。

 要するに、誰の差金なのかということがはっきりしたからだ。

「……女王陛下に頼まれたのね?」

「……クライアントの名前は言えません。僕も雇われの身なので」

 肯定も否定もしない。

 それが答えなのだとティルトには良く分かった。

「……で、幾ら出す?」

「…………っ!?」

 ラミスが怒り出す前に、ティルトは交渉に踏み切ることにした。

 ラミスには後でなんやかんやと言われるのだろうが、ティルトはウェルテルの性格を多少理解している。

 ここで断れば、ティルト達はこの任務から外されて、別の人間が改めてアスパーン達と、一緒に行動するティルト達をも付け回すことになるだけだ。

 それは、アスパーンとシルファーンの友人の一人として、同時に自分が自由に行動するためにも、避けて通りたい。

 ウェルテルはティルトの表情を見て、小さく頷くと、少し考えてから口を開いた。

「……そうだねぇ。ギルドの常駐任務を外れて、同じ月給を払うことにしようか。つまり、それが貴方達の新しい任務ということだよ」

「……分かった」

 一瞬だけ考えて、ティルトは頷いた。

 仕事の『割』を考えても、悪い話ではない。

「ちょっと、ティル!」

「よく考えろよ。金も出るんだ。俺達も一緒に付け回されるより、よっぽどマシだろ」

「……でも、それじゃ」

 『あまりにもアスパーン達を信用していなさ過ぎる』、と言おうとしたのをラミスが飲み込んだのが、ティルトにも良く分かった。

 代わりというように、ウェルテルが口を開く。

「彼らがキミの目的の役に立つかどうかも、見極める良いチャンスになると思うけれど?」

「……そうだな」

「ティル!」

 ラミスの叱責に近い声を、ティルトは片手で制する。

「……いや、いいんだ。実際、そういうつもりが全く無いわけじゃない。寧ろ、一縷の望みに過ぎなかった目的への確率に、ほんの少しだけ希望が見えたことに違いはないんだし」

 ティルトの下心も、案の定見極められていたようだ。

 ラミスは反対しているが、ティルトは自分の目的をまだ捨てたわけではない。

 その為にアスパーン達が『使える』か、その目で見て確かめるためにこれまで世話を焼いてきたという面を、否定する気はない。

 否。

 否定したとして、見えてしまった希望に縋らずには居られないのだ。

「分かったわよ。アタシも引き受けるわ……。でも、アタシはお金は受け取らない」

 ラミスは諦めたように溜息をつくと、あからさまに怒った顔を隠そうともせず、ウェルテルを指差した。

「その依頼料代わりに女王陛下に言っときなさい! アンタの弟たちは、アンタに頼まれなくたって友達くらい自分で作れるんだってね!」

 怒りを隠そうともせず、テーブルに置かれたままのカップに蹴りを入れたラミスが、背後の扉に向かう。

 が、人間サイズの扉なので自力でドアを開けることが出来ず、ティルトに怒鳴った。

「ティル! ドア!」

「…………へいへい」

 ティルトは苦笑しながら、ラミスのためにドアを開ける。

 ラミスは怒ったまま、先に出て行った。

 数十秒でも、一人にしてやった方がいいだろう。

 何より、勢いに任せたとばっちりが怖い。

「……でも、ラミスじゃないけど趣味悪いぜ、ホントに。あの姉ちゃん、どんだけ過保護なんだよ?」

 ティルトとしても、正直に言えば気分は良くない。

 幾ら弟のことが心配とは言え、自分の立場を利用した上、同行していた人に『お友達になって下さい』と言わんがばかりのやり方は、愛情としては過剰だ。

 既に友人のつもりでいるこちらとしては特に、ラミスのように不快に感じたとしても、人間としては決しておかしくない。

 尤も、ティルトのような『真っ当でない者』が人間を語るのは、些か分に過ぎた話では有るが、同時にラミスの反応の方がより『真っ当』なのだろうと思った。

「……この提案をしたことに怒るくらい、立派な友達が出来ているということは、キチンと伝えておくよ」

 ラミスがアレほどまでに怒ることまでをも予想していたのかは分からないが、ウェルテルの表情はいつものように、いや、もしかするといつも以上に親しみを込めた微笑を湛えていた。



 ギルドを出てからも、ラミスはまだ怒っていた。

「なんであんな話受けたのよ!」

「…………あそこで俺達が引き受けなければ、他の誰かが俺達を含めて監視役に付くだけだろ? それならまだ、俺達が報告をコントロールした方が主導権を握れる」

 それでも一応、自分のフード内にある定位置に収まって耳元に怒りをぶつけてきた風妖精の相棒に、ティルトは答えた。

「主導権?」

「管理しようとするからには何か目的が有るはずだ。ウェルテルは『監視』ではなく『管理』だって言ってたよな? つまり、そこが鍵だ」

「あの二人には、『素性以上に管理しなければならない何か』が有る?」

「…………多分な」

 ティルトが小さく頷くと、ラミスは少し冷静になったようだった。

「アタシだって、あの二人が揃って世間知らずであることは、否定するつもりはないけど。それにしても『やり方』ってモノが有るじゃない」

「まぁ、待てよ。視点を変えてみようぜ。要するに、俺達はあの二人のブレーキ役を頼まれたと考えれば、話が繋がる心当たりが有るだろ?」

 冷静にはなったものの、まだ怒りが残っている様子のラミスにティルトは答える。

 そう、心当たりは有るのだ。

 自分には身につけられなかったが、アスパーンにはあの『気術』やら、メリス家の人間特有とも言える強烈な戦闘力がある。

 一方、シルファーンにも『神を飲む蛇』の魔導魔術師との戦いにおいて見せた、『壁を立てる』というアイデアや、実戦における判断能力の高さがある。

 そのシルファーンがブレーキ役に付いてなお、『生み出すもの』との一件で分かるように、シルファーン自身もブレーキ役としては充分に機能していないこと。

 今回の話はつまり、『一つでかろうじて閉じられているに過ぎない何かの鍵を、三つに増やす作業』なのかも知れない。

 ティルトはそう考えた。

 加えて、ウェルテルが敢えてこの話を素直にティルトとラミスに振ってきたのは、恐らくは、『君たちが断れば、別の人が付くことになるよ』ということを示唆するための、彼なりの温情なのだ。

 ティルトがすぐさま了承して金銭交渉に移ったのには、そういう理由だった。

 そしてウェルテルもそれを飲んだということは、そこは怒るべきではなく、感謝すべきところかも知れない。

「シルファーンも、世間に慣れてないところがあるしね……。精霊魔術師らしく多彩で、柔軟な思考が有って、優秀だけれど、それだけじゃ足りないってこと?」

「いや、シルファーンの役割とは別に、何か俺達にも役割が求められてるのかもな。もしくは、シルファーンこそが一番重要なブレーキで、俺達はそれを壊さないための補助ブレーキって所なのかも」

「分かりにくいわね。それならそうとはっきり言えば良いのに」

 ラミスは一応納得したように腕を組んだが、表情は明らかに不満そうだ。

 こういう時、ティルトはラミスほど感情で行動出来ない自分の性格が少し嫌になる。

 『あこがれ』。

 そう言うにはティルトはもう育ちすぎたし、ラミスは年齢不詳でこそ有るが、その性格は風妖精の気質そのものだった。

 自分が人の裏ばかりを読み取ってしまうことが、嫌になる瞬間。

 その一方で大人気ないあこがれを否定しきれない瞬間。

 ティルトは、変わろうとしているのに、結局変わりきれない自分を感じるのだ。

「……それは文化の問題だな。盗賊ギルドの」

 発言に含みを持たせてそれにどう対処するかは、本人任せ。

 或いはそれすら利用する騙し合い。

 それは、盗賊ギルドの人間たちの本性であり、業でもあった。

「とはいえ、これでギルドに所属しながらにして無償で、給料まで貰って仮初とは言え自由を得た訳だ。ギルドへの納付金のことは考えなくてもよくなるわけだし、自由に冒険出来るぜ? 悪い話じゃないだろ」

「おぉ、なるほどね。頭に来ててそんなことまで考えなかったよ」

 ラミスの表情が一変して明るくなる。

 『言われるまで全く考えもしなかった』という顔だ。

 この率直さこそがラミスのいいところでも有る。

「あぁ。でも、こっちとしてもするべきことはさせてもらうけどな」

「するべきこと?」

「先ずはセーフハウスをもう一つ用意する。今の家は借りたままでね。アスパーン達がこれから何するかにも寄るけど、無収入で生きてくつもりも無いはずだから、この分だと多分、リチャード達と組んで何でも屋をすることになる筈だ。そこに混ぜて貰って、そっちの分け前で新しい家は維持する」

 要は、『隠れ家』を作る。

 盗賊ギルドがアスパーン達を管理している自分達に疑いを持ち、何かの干渉をしてこようとした場合に備えて、逃げ場を用意しておくのだ。

 ティルトはいざという時に備えて幾つかの隠し口座を持っているから、先ずはそちらからヘソクリを出す形で家を用意して、後は万一に備える必要があった。

「え、なんでそんなことを?」

「都合の悪いことを報告しないためだよ。あのバカの性格じゃ、ほぼ間違いなく、一度や二度は何か起こるけど、余程のことでない限り俺達は基本、『何も無かった』と報告する。その裁量を得られたのが、今回の最大のメリットだ」

 逆に言えば、ウェルテルが与えてくれた『温情』を生かす最大の一手でも有る。

 恐らく、クライアント自身が望んでいるようにするつもりは、ウェルテルにも無いのだ。

 そこをきちんと理解した上で、ティルトは自分に出来ることをしなければならない。

「ギルドが疑問に思ったり、不審がられてこっちが尾行されるような事件になった場合には、そっちに身を隠すってわけね?」

「そういうこと。今のうちにそういう準備が出来るっていう点と、報告書に細工が出来る点では、俺達はまだ優位なんだ」

 ティルトの言葉に安心したように、ラミスが溜息を付いた。

「そんなことまで考えてたのね。てっきりティルは友情を売ったのかと思ったわ」

「結果だけ見るとそれも否定は出来ないけどな。さっきも言ったけど、俺達まで付け回されるより全然マシだろ? 折衷案というか、落し所がそこしか無かったんだよ」

 それを最後に、暫く無言で歩き続ける。

 昼下がりのガイエン通りは日差しも暖かで、街行く人々も何処か穏やかに見えた。

「ねぇ、ティル」

 やや有ってラミスが口を開く。

「……ん?」

「さっきの話なんだけど。……まだ、諦めてないの、アレ?」

「……諦めちゃ、ダメだろ」

「……でも」

「諦めちゃダメなんだ。俺は生き残ったんだから。絶対に忘れないし、忘れちゃいけない。だからいつか、奴らが見つかって機会が訪れたときには、アイツらに手を貸してもらうつもりでいる。そうすれば、奴らを潰せる可能性も、少しでも上がってくる。……そういう打算で動いちゃ、ダメか?」

「ティルは、もっと光の下で楽しく笑って生きていても構わないと思うのよ、アタシは」

「前回、俺はまた殺した!」

 思わず語気が荒くなった。

 ティルトの言葉に、ラミスが緊張したように身を固める。

「お前が奴らを追っかけて、精霊と意識を同化させてたとき、俺は四人殺した。しかも笑ってたらしい。……許せるかよ! 認められるかよ! 俺は嫌だ! そんなの許せねぇし認められねぇ!」

 気付けば、ティルトは足を止め、拳を握っていた。

 幸いなことなのか、周囲に人はいなかった。

 人がいたら、さぞかし騒ぎになったことだろう。

「殺したことを覚えてない……。いや、覚えてはいるが、なんでそうしたのかを覚えてない。笑ってたってさ。どうせまた、殺したくなって殺したんだ。俺は、俺をそんな風にした奴らを許せない! 殺したくて殺すんだとしても、それは俺の意志であるべきだ。俺の罪であるべきだ。でも、今もそれに全く罪悪感すら覚えてない。自分が何をしたのか理解してないんだ。そんなの、人間じゃない!」

 ティルトはこの話題をするとき、自分の頭が酷く痛むのを認識していた。

 それが自分の『殺しに罪悪感を覚えられない』ということに対する咎であるかのように、今は思う。

 『神を飲む蛇』との戦いで地下遊水地へ向かう途上、巡回する見張り役に遭遇しティルトは四人を一瞬で殺したらしい。

 笑って殺したらしい。

 だが、ティルトの朧気な記憶には、『ここを切れば殺れる』、『ここを突けば殺れる』という部分だけが残っている。

 それが、気持ち悪くて仕方がない。

 そして、それが快感に思えた自分の記憶を反芻する度に酷く頭が痛むのだ。

「それを聞いた時、総てアイツらに話してしまえれば楽になれるかも知れないとも思ったさ。だって、アイツら、俺がそんなザマだったにも拘らず、事情を聞くわけでもなく、何も変わらずそのまま『箱』の回収を続けたんだぜ? もしかしたら、俺のことなんて、小さなことだと思ってんのかも知んねぇ。でも……それでも話すのが怖いんだ。甘い期待を抱いちまっている分、話して嫌われるのが怖い。話して恐れられるのも怖い。話してアイツらとの関係が変わって、距離が出来てしまうのも怖いんだ」

 いつの間にか、右手で顔を覆っていった。

 ラミスの手が、ティルトの頬を撫でているのに気付いて、ようやく自分が道端に立ち止まっていることに気付いた。

「……それでも、奴らを倒すためにはアイツらの力が必要だ。そういう計算をしている自分も、嫌なことには変わりねぇんだけどさ……。でも、殺すことに麻痺している自分が、もっと嫌なんだ。……そんなのを今も作り続けてる奴らが居るのが、許せねぇんだ」

 握り締めていた左手にじっとりと汗をかいていることに気付いて、ティルトはその手を開こうとした。

 あまりにも固く握り締めていた所為か、思うように動かない。

 右手を使って、ゆっくりと、拳を開いていく。

「そんなものは、俺で最後にする。もし、見つけた先に『俺』が居たなら、それも救い出す。それが『魔人の棲みアルターズネスト』の生き残り、『T』の仕事であるべきだ」

 激しい痛み。

 その正体は恐らく、痛みを伴うほどの怒り。

 精霊使いたるラミスには、ティルトがたまに飲み込まれそうになる、心に激痛が走るほどの怒りを感じ取っているだろう。

 自然の万物に精霊が宿るように、人の心にもまた、精霊が宿る。

 ラミスと出会った当初のティルトは、完全に心を閉ざしていたそうだ。

 徐々に自分の存在を自覚して心を開いてからは、稀にでは有るがその怒りがティルトを圧倒的な破壊へと追い込もうとすることすら有る。

 だからラミスは、アスパーン達以外にも、ティルトからも目を離さない。

 だからラミスは、アスパーン達から目を離すなという命令が腹立たしいのだろう。

 彼らは世間知らずでは有るが、人間として真っ当だから。

 監視などされるいわれも無いほど、いい奴らだから。

 ティルトのように、復讐しなければならない相手など、居ないのだから。


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