16-1.私というもの
★
それからほどなくして、ノエルは見つかりました。
「ノエル! よかった⋯⋯!」
木竜君の読み通り、ノエルは駐在所に保護されていました。心配で疲れ果てている私とは対照的に、ノエルは元気でした。
「林道の奥にいたのを、近くのじいさんが連れて来てくれたらしい」
連絡を受けて、水瀬君と一緒に駆けつけた私に、木竜君が説明してくれます。
ノエルは泥と木の葉まみれで、それでも満足そうに尻尾を振っていました。
「あの、本当に、本当にありがとうございました!」
頭を下げながらノエルを抱きしめると、集まってきた皆が口々に「よかったな」と声をかけてくれました。
それに照れつつも答えていると、駐在所の前に一台の車が止まりました。
「理央!」
慌てたように助手席から降りてきたのは母でした。まさかの登場に「ど、どうして」と、言いかけると、母はキッと目を吊り上げました。
「どうしてじゃないわよ! 何回連絡を入れたと思ってるの?!」
そういえば、ノエルを探すのに夢中でスマホすら持って来ていませんでした。
やっと冷静になった頭で、私は焦ります。
(こんな凡ミスで、母の仕事の邪魔をしてしまった)
反射的に顔が見れませんでした。
(怒っていたら、どうしよう⋯⋯)
「ごめんなさい、仕事の」
邪魔をしてしまって、と言おうとした次の瞬間、何かにぶつかりました。
「心配、したのよ⋯⋯!」
母は私を抱きしめていました。
予想外の行動に動けずにいると、母の足元が目に入ります。いつも綺麗にしているクリーム色のパンプスは小石を引っ掛けたのか傷だらけでした。ワイシャツの袖口はくしゃくしゃに捲られているし、髪は風に煽られたのか乱れていました。
「良かった、本当に⋯⋯無事で⋯⋯」
その声は、いつの間にか胸の奥に溜まっていた何かを、じんわりと溶かしていきました。
母の背中越しに、水瀬君と目が合います。
「良かったな」
彼の口元が、そうひっそりと動きました。
私は彼に抱きついてお礼を言いたい気持ちでした。もちろんそんなことはしませんが、それくらいの気持ちだったのです。
ですが引き留める間もなく、彼はサッカー部員に肩を組まれ、輪の中へと引き込まれて行きました。
木竜君や斉藤君、マネージャーと笑い合う水瀬君の横顔は、とても楽しそうで、屈託がなくて、そして本当に綺麗で。
ーーー彼が本当にいたい場所は、そこなんだとわかりました。
「理央?」
遠くを見る私の顔を、母が不思議そうに覗き込みます。
「どうしたの、そんな泣きそうな顔して。どこか痛いの?」
「⋯⋯ううん」
悲しくなんてありませんでした。
だってノエルが無事に見つかって、こんなにも沢山の人に助けてもらえたのですから。
それはとてもありがたいことで、水瀬君の友達にも感謝してるし、しなければならないのです。
でも、水瀬君が一番楽しそうにするのは、その横にいるのは、その顔をさせるのは⋯⋯私であって欲しかった。
本当は、私は、誰かの側にいたかったし、いてもらいたかった。
何かあった時は誰かに庇ってもらいたいし、他を捨ててでも私だけの味方でいて欲しかった。
ーーーその誰かは、水瀬君が良かった。
水瀬君に、私だけの友達でいて欲しかった。
こぼれ落ちた本音は、身の程知らずで、到底叶いっこなくて、無謀さを思うと泣けてきます。
でも、これ以上ないくらい本当の気持ちだったのです。
それでも、せっかく認めた自分の一部を無駄にしたくなくて、私は母の腕をそっと抜け出しました。
それは、他の人からすれば些細なことで、当然のことかもしれません。でも、私にとっては勇気のいる一歩でした。
ーーー今日、協力してくれた皆に一人一人お礼を言おう。
もしかしたら、一緒に探してくれた誰かが、私の管理不足を怒るかもしれません。木竜君に、情けないと改めて叱られるかもしれません。
(それがもっともだとしても、正直少し怖いけど)
それでも、きっと私は一人ではないのです。
だって水瀬君は、私がしょんぼりと独りでいたら、皆の輪から抜けてきて、声をかけてくれるでしょう。
そうして私が元気になったら、また彼の世界に戻っていくのです。
でも、それで良いのです。
彼は私だけの味方ではないけれど、私の味方には変わらないのですから。




