10-4.未知との遭遇
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「じゃ、気をつけて帰んなー」
送ってくれるというおじいさんの申し出を丁重に断り、水瀬君とともに家路に向かいます。
先ほどの緊張と、その反動の疲れが今になって出てきたのか、私も水瀬君も口を開きませんでした。
私達とは対照的に元気いっぱいなノエルのリードは、水瀬君にお願いしています。
ノエルは持ち主が変わったと気づいた途端、いつもより引っ張っても怒られないと判断したのか、ぐいぐいと先へ進んでいきました。
一歩先を歩く水瀬君のつむじを目印に歩いていると、彼の後頭部が急に小刻みに揺れ出します。
「ふふふ⋯⋯ははは!! にしても、あの時俺ら、めちゃくちゃビビってたよな」
水瀬君は、堪えきれないといった様子で吹き出しました。
「そうですね。本気で驚くと、身体が固まるものなんだと、身をもって知りました」
我ながら情け無い姿を晒したものです。しかし、それも一人ではなく彼と一緒だったことを思えば、まあ許せます。
ひとしきり笑ったあと、水瀬君は歩みを緩めて、私の隣に並びました。
「⋯⋯ありがとな、東」
「はい? 何がですか?」
「さっき。草むらがゴソゴソいって、俺ら二人がすげービックリした時。一人で置いていけないって言ってくれただろ」
「ああ、あれは別に⋯⋯」
あれは、そんな立派なものではありませんでした。
もし何かあったのが自分一人だけなら、自分次第で隠し通す事も出来ます。
しかし、彼に何かあれば大事になり、今日のことも学校に知れ渡って、親に迷惑をかける。そう、思ったから動いたに過ぎません。
⋯⋯そういう汚い思惑があったのです。
ですが、彼があまりにも、照れながら真っ直ぐにお礼を言うものだから、本当の事を言いたくなってしまいました。
「俺、あっさり見捨てられるか、盾にされても仕方ねーって思ってたから、ちょっと嬉しかった」
「さすがに、そんな非人道的なことしませんて」
「それはそうなんだけどさ。東、俺のこと最初あんま好きじゃなかったろ。迷惑そうっていうか」
「⋯⋯気づいてたんですか」
「気づくって」
「気づいてたのに、なんで私に⋯⋯冷静な精神を学ぶ訓練、でしたっけ。それを私に頼んだんですか?」
「もちろんイヤガラセとかじゃないよ。本当はさ、声をかけるのも教室で良かったんだけど⋯⋯俺がいると、ちょっと便利かなって思ってさ」
「便利?」
「東はピンと来ないかもしれないけど、サッカー部の連中ってさ、一応俺も含めて、そこそこ目立つから。割と睨みが効くっていうか……いると何かと盾になるだろ」
それはつまり、私がランチルームでヒソヒソと噂され、肩身の狭い思いをしていたことに、彼は気づいていたということで。
そして水瀬君がそばにいたことでそれが収まっていたのも、偶然ではなく彼の意図だったということです。
私は、自分の弱みを彼に知られているなんて、思ってもみませんでした。なんと滑稽なことでしょうか。
(弱みを知られているのに、なんでもありません、なんて顔をしていたなんて)
弱みを見せれば、いざという時にそこを突かれる。それは生き物として当然の習性です。
かといって同情や憐れみを向けられるのも、下に見られているようで、それもひどく嫌でした。⋯⋯そのはず、でした。
「やっぱさー昼飯は楽しく食いてーじゃん」
屈託なく笑う彼を見ていると、頭の中だけでアレコレ考えを巡らし、勝手に周りを警戒していた自分が馬鹿らしく思えます。
「そうですね⋯⋯」
爽やかな夜風がそよそよと凪いでいました。 ―――今なら、あの凧も落ちることなく、もう少し長く飛べる気がします。




