36.国王との謁見
翌日。
ステラはレグルスに連れられ、ヴァルデア王城を訪れていた。謁見の間ではなく、王家の客間での会談だ。ステラがこの国に滞在していることは極秘事項として扱われているためらしい。
「久方ぶりだね。ステラ王女」
ヴァルデア国王はにこやかに笑った。隣のアーノルドと見比べると、面立ちがよく似ている。
ヴァルデア国王はステラの父と歳を同じくし、今年で四十五歳になる。二人は旧知の仲であり、彼らの努力によって二国の友好関係が深まったというのは、民の皆が知るところだ。
「お久しぶりでございます、ヴァルデア国王陛下。再びお会いできたこと、大変嬉しゅうございます」
ステラの隣にはレグルスが、向かいにはヴァルデア国王とアーノルドが座っている。
ひとしきり挨拶が終わったところで、国王は早速本題に入った。
「昨日アーノルドから聞いているかと思うが、我々はステラ王女が安全に貴国に帰れるよう、出来る限りの支援をしたいと思っている」
「ありがとうございます。我が国の件でご迷惑をおかけしており、大変申し訳ございません」
「迷惑などとは思っておらんよ。我々としても、このまま貴国の第一王子に国王になられては困るのでな」
歯に衣着せぬ正直な意見に、ステラは苦笑する。友好関係を続けたいという思いは、彼らも同じのようだ。
すると、それまでにこやかだった国王が、不意に真顔になった。わずかに空気が張り詰める。
「助ける見返りと言ってはなんだが、ぜひ互いの利になる支援をしたい。ステラ王女は、何か勝算があってこちらに逃げて来たのではないかな?」
探るような鋭い視線。
ステラはそれに怯まず、真っ直ぐに見つめ返す。
「もちろんです。私が母国に帰った暁には、ジェイルズ侯爵家を失脚させ、そして――」
一度言葉を切り、ステラは小さく息を吸った。膝の上に置いた手を握りしめ、覚悟を決める。
「私が、グレイヴの王となります。女王となり、ヴァルデアとの関係をより強固なものにすると、お約束いたしましょう」
アーノルドはわずかに息を飲み、国王は満足そうに口角を上げた。隣のレグルスは特段驚くこともなく、温かく見守るような視線をステラに向けている。
国王は口角を上げたまま言葉を返す。
「ほう。しかし、グレイヴでは女性は王になれぬはずだが?」
「ここに、現国王の書状がございます」
ステラは三つの書状を取り出し、ローテーブルの前に広げた。国王とアーノルドはソファから軽く身を乗り出すと、じっくりと書状を読み込んでいく。その内容に、二人とも驚きの吐息を漏らした。
「なるほど。確かにこの書状があれば、ステラ王女が国王になることも可能だ。しかし、ジェイルズ侯爵家はどうやって退ける? 今までこれを使わなかったということは、己の勢力が足りないと思っていたからであろう?」
もっともな指摘だが、ステラは下手に隠さず、素直に頷いた。
「はい。私がグレイヴ王城に返り咲くには、ジェイルズ侯爵家を失脚させるだけの十分な証拠が必要です。もちろん、私の無罪を証明するための証拠も。ですので、弟のノエルに手紙で指示を出したいのです。お力添えいただけますか?」
隣国にいる身で自国の中を探るのは容易ではない。ステラは早く協力者を確保しなければと思っていたところだった。
「その必要はありません」
終始黙っていたレグルスが口を開き、三人の視線が一斉に彼に向けられる。レグルスは悠然と、余裕たっぷりに答えた。
「近いうちに、レオナルドからよい知らせが届きます。それまでは、こちらからは動かずに待っていましょう」
「よい知らせ……?」
レオナルドの動向について、ステラは何も聞かされていなかった。彼にノエル宛の手紙を託したあと、どうなったか知らないのだ。
ヴァルデア国王も内容が気になったようで、片眉を跳ね上げて尋ねた。
「ほう? さすが、兄弟そろって優秀だ。で、どのような知らせが来るというのかな?」
「まさに今朝方、レオナルドより報告書が届きました。曰く、キャロライナ王子妃の毒殺未遂は、彼女の自作自演だという裏が取れたとのこと。目下、ジェイルズ侯爵家断罪の準備を進めているようですが、完了するまでさほど時間はかからないかと」
「なるほど。素晴らしい働きだ」
国王は満足そうに頷いているが、ステラの胸には期待と共に不安が広がっていた。
証拠が集まっているのは非常にいいことだが、知らせが来るまで何もするなというのは、心理的に難しい。
「でも、何もせずにじっとしているわけには……。私の不在が長引けば国政が滞るわ」
レグルスを見上げてステラが言うと、彼は優しく微笑んだ。
「君の派閥の臣下たちが、頑張って仕事を繋いでいるそうだよ。だから心配しないで」
「そうなのね……」
レグルスが心配するなと言うなら、きっと大丈夫なのだろう。ステラはそう思ったが、やはり不安は消えなかった。いや、不安というより、罪悪感だろうか。臣下たちが頑張ってくれているのに、自分だけ何もしていない後ろめたさ。それが胸を覆っていた。
レグルスは国王に向き直り、話を続けた。
「そういうわけで、何日か待っていただけますか。今、下手に仕掛けて、レオナルドの邪魔になるようなことはしたくないので」
「よかろう。知らせが届き次第、今後の対応に移るとしよう。今日はもう下がり、休みなさい」
「ありがとうございます。では、我々はこれで失礼いたします」
レグルスが立ちあがり、ステラもそれに続こうとした。しかしすぐにヴァルデア国王に呼び止められる。
「待ちなさい。ステラ王女は今日からこの王城で過ごすといい。君は国賓だからな。最大限もてなそう。アークライト公爵家が劣るとは思わないが、こちらも警備は万全だ」
ステラは立つタイミングを見失い、そして返す言葉も見つからなかった。
せっかくアークライト公爵家での生活に慣れ始めたところだったので、そこから再び移動したくはなかった。もっと本音を言うと、この国にいる間はレグルスと一緒にいたかった。もっと一緒に、語らいたかった。
しかし、国王の提案を断るのは失礼に当たる。そんな理由で無下にはできない。
ステラが黙っていると、レグルスはその場で一礼した。
「承知しました。では、彼女のことをよろしくお願いいたします」
レグルスもここで国王の提案を蹴るのはよくないと判断したようだ。真っ当な判断なのに、ステラの胸がチクリと痛んだ。
レグルスはひとり立ち去ろうとしたが、すぐにステラの方を振り返った。
「ステラ?」
レグルスに声をかけられてようやく、ステラは自分が彼の服の裾を引っ張っていることに気がついた。無意識の行動に驚き、思わず手を離す。
「ごめんなさい。何でもないわ」
一瞬、レグルスと見つめ合う時間が流れたが、彼はすぐに嬉しそうに目を細めた。その笑顔が愛しい人に向けるような、愛に溢れたものだったので、ステラは照れてしまい思わず俯いた。
同時にレグルスが口を開く。
「申し訳ございません、国王陛下。やはりステラ王女は私の屋敷で匿います。数日過ごして慣れもあるでしょうし、あまり頻繁に環境が変わるのは彼女の負担にもなるでしょうから」
「うむ……それもそうか。よいかな、ステラ王女?」
「は、はい。大丈夫です」
ヴァルデア国王に尋ねられ、ステラは顔を上げて答えた。レグルスとまだ共にいられることに、喜びと安堵を感じる。ステラは今度こそ立ち上がり、一礼をしてからレグルスと共に退室した。
そんなステラとレグルスを、ヴァルデア国王とアーノルドはどこか微笑ましそうに見つめていた。




