29.アークライト公爵家
――アークライト公爵家は、ヴァルデア王家の血を引く、由緒正しき一族だ。
元は三百年ほど前に、王弟が分家したことに端を発する。ヴァルデア王家に最も近い血筋のアークライト一族は、長い間、王家に対しても強い発言力を持ち、国政に大きな影響を与える存在だったという。それは、アークライト家の血筋に加え、代々の当主が極めて優秀だったことの裏返しでもある。
しかし、百年と何十年か前のこと。
当時のヴァルデア国王は賢王には程遠く、あまりにも横暴な政治を行っていた。そのため国民は疲弊し、国は崩壊寸前にまで追い込まれた。その時、当時のアークライト公爵家当主が、国王に対して謀反を働いた。全ては民を思うが故の行いだった。
アークライト公爵家率いる騎士団は国有数の勢力を誇っていたが、国王軍にあとわずか届かず、結果として敗れてしまう。国王は当然ながらアークライト公爵家に名を連ねる者を全て処刑しようとしたが、「アークライト家の血筋を絶やしてはならない」と臣下からの猛反対を受け、国王は渋々刑を軽くした。当時の公爵家当主のみ処刑し、それ以外はある条件付きで不問としたのだ。
その条件とは、アークライト公爵家を表向きには廃絶したことにし、この世に存在しない家系として扱うことだった。そして、王家を裏側から支える存在として、密偵などの汚れ仕事を一任させたのだ。アークライト家にとってこれほどまでにない屈辱であったが、その条件を飲まなければ一族皆死罪ということもあり、従わざるを得なかった。
その後、月日は経ち、今から二十年前。現当主レグルス・アークライトがこの世に生を受けた。
レグルスは幼い頃から密偵として鍛え上げられ、武術、変装術、諜報技術、その他必要な能力を全て叩き込まれた。のちに妹のレティシアとレオナルドが生まれ、彼女らも同様の教育を受けて育った。彼らはここ何代かのアークライト家の中で、最も優秀な兄妹だった。
レグルスは十歳の頃から密偵の仕事をこなしていた。子供だからこそできる仕事も多くあるからだ。その仕事の中で、グレイヴ王国の偵察を行うこともあった。
そして、レグルスが十二歳の時、彼はグレイヴ王家の情報を探るために、王城へと侵入した。その時初めて、ステラの姿を垣間見たのだ。彼女は当時十歳だった。
美しい白銀の髪に、深海のような青い瞳。幼いながらもその顔はどこか大人びていて、知性に溢れた少女だった。レグルスはステラの凛とした姿に、胸を打たれた。
それから二年後、レグルスは何度もグレイヴ王城に潜入するようになった。王太子候補のエドウィンが色欲に溺れているという噂があったためだ。エドウィンが国王になれば、いずれ和平が破られ友好関係に亀裂が走る。そう懸念した、ヴァルデア王家からの依頼だった。
レグルスは潜入中に、何度もステラの姿を見た。年々美しく成長する彼女は、王女という立場に誇りを持ち、したたかに己の役目を全うしていた。そんな彼女にレグルスが抱く感情は、やがて憧れへと変わっていった。
そして今から三年前、レグルスの両親が任務中に亡くなり、彼が当主の座を継いだのである――。
「俺にとってお嬢さんが憧れの人だって理由、わかった?」
話の最後、レグルスは茶化すようにそう言った。あまり明るい話ではなかったので、暗い雰囲気にならないようにという彼なりの配慮だろうか。
「そんなに前から、私のことを知っていたのね」
ステラは旅の中で抱いたあらゆる疑問が一気に解消し、靄が晴れた気分だった。
レグルスがやたらとグレイヴ王国の内情に詳しかったこと。ステラを昔から知っているような発言をしていたこと。自分の瞳のことを、「罪人の証」と言っていたこと。
「以前、『俺のところは大家族だ』って言っていたのは、公爵家に仕える人たちのことだったのね」
「そう。罪人の家に仕えてくれる奇特な奴らさ。ありがたい限りだよ」
レグルスは自嘲気味に笑う。ステラは彼が自分のことを「罪人の子」だと卑下していることが、なんとも許せなかった。
「レグルス、一つだけ言わせて」
ステラはあえてレグルスの隣に移動した。そして、彼の顔を両手で挟み、無理やりこちらを向かせる。
「いい? あなたは罪人ではないわ。もちろんあなたのご家族もね。そして、過去のご当主は確かに謀反を働いたかもしれない。でもそれは、民を守ろうとしてのことでしょう? それならば、誇りに思うべきだわ。民を虐げる愚王よりも、あなたのご先祖様の方がよほど褒められるべきよ」
レグルスは目を丸くしていた。ステラの顔がすぐ近くにあることにも、彼女の言葉にも、レグルスは大層驚いていた。
ステラは真剣な口調で続ける。
「だからね、レグルス。あなたはあなたを嫌わなくていいの。その瞳の色を嫌う必要もないの。お願いだから自分を卑下しないで。わかった?」
「うん……わかった」
「わかったのならいいわ」
ステラはフッと微笑むと、彼の顔から手を離した。自分の席に戻ろうとしたが、すぐに手首を掴まれてしまう。
「屋敷に着くまで、隣にいてよ」
「どうして?」
ステラが怪訝そうに尋ねると、レグルスはくしゃりと笑った。
「お嬢さんのことが可愛くて仕方ないから」
「またそういうことを言う……!」
「だめ?」
上目遣いにねだられ、ステラはぐぬぬと心の中で唸った。どうやら自分は彼のおねだりに随分と弱くなってしまったと、ステラは自覚する。
「はあ……わかった、到着までの間ね」
「やった。ありがと、お嬢さん」
レグルスは嬉しそうに目を細め、笑顔を深めた。それに釣られ、ステラも微笑む。
(ヴァルデアに着いたらもうお別れだと思っていたけれど……まだ一緒にいられるのね)
そんなことを思うと、胸が温かくなった。いつか別れは来るのに随分愚かなことだと、ステラは心の中で自嘲する。
彼に惹かれている。これがいわゆる恋というものなのだろう。しかし、どうにもならない恋だ。ステラは自分の感情に蓋をし、心の奥底に閉じ込めた。
「こちらこそ、ここまで連れてきてくれて本当にありがとう、レグルス」
それからステラとレグルスは、屋敷に着くまでの間、これまでの旅路を振り返りながら、思い出話に花を咲かせるのだった。




