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クロスリーパー  作者: ルーツ
第二章 新たなる旅立ち

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3.覚醒と死者

登場人物

主人公   死者狩り

ジェシカ  グラフ


覚醒死者

ヴェイン

 二人は、死者共の住処とされている洞穴の奥へと足を進めていった。


 湿った空気が肌にまとわりつき、足音だけが不気味に反響する。

グラフは歩きながら、僅かに眉をひそめた。


「……待て。何かおかしい」


夜眼の利くリーパーであるグラフですら、

周囲に気配を感じ取れない。

死者特有の腐臭も、ざわつく殺意もない。


不自然なほど、静かだった。


 だが二人に危害が及ぶこともなく、一本道を進んでいくと、

やがて洞穴は大きく開けた空間へと変わった。


「──っ」


その中央に、一際大きな影が立っていた。


「あはははは! あははは!!

 ようこそ、我が城へ!」


甲高い笑い声が洞内に響き渡る。

その死者は、他とは明らかに違っていた。

 理性を宿した眼、歪んだ笑み、そして人を見下ろす余裕。


それを見た瞬間、グラフが舌打ちする。


「ちっ……覚醒死者か。

 ハズレを引いたな」


「覚醒死者……?」


ジェシカが低く問いかける。


「あははは! 失礼だな。

 俺はレディには紳士でいたいんでね」


 死者は大げさに胸に手を当て、芝居がかった動作で名乗った。


「私の名はヴェイン。

 死者を従え、この一帯を統べる者だ」


「ジェシカ、気をつけろ」

「こいつらは俺達が“覚醒死者”と呼ぶ存在だ」


ジェシカは無言でヴェインを睨む。

対してヴェインは、舌なめずりをしながら、

粘つく視線で彼女を値踏みするように眺めていた。


「ふふ……いいね」

「そんな目で睨まれると、めちゃくちゃにしてやりたくなる」


次の瞬間、ヴェインが指を鳴らす。


すると、それまで沈黙していた洞穴の闇から、

ぞろぞろと死者共が姿を現した。

その中には、先ほど攫われた男や女たちの姿もあった。


彼らは力なく膝をつかされ、

焦点の合わない目で虚空を見つめている。


ヴェインは楽しげに近づき、

男の顔に赤く染まった爪を伸ばした。


次の瞬間──

男の身体は崩れ落ち、死者共が奇声を上げて群がる。


さらに女は乱暴に引き倒され、

死者達に弄ばれるその様子を、

ヴェインは高笑いしながら眺めていた。


その視線は、確かにジェシカ達を捉えている。


ギリッ!


ジェシカは奥歯を噛みしめ、

怒りを抑え込むように、低く言葉を吐いた。


「……グラフ」


拳が、無意識に震える。


「もう、いいよね」


グラフは一瞬だけヴェインを見据え、

そして、獰猛な笑みを浮かべた。


「ふっ……ああ」

「もう十分だ」


二人の間に、静かな殺気が満ちていく。


次の瞬間──

洞穴の空気が、はっきりと変わった。


ジェシカは、ヴェインに向けて一気に踏み込んだ。


地を蹴った瞬間、視界が歪むほどの速度。

 だがヴェインは、ニヤリと笑いながら傍らの裸の女の髪を掴み、その身体を前へ突き出した。


「──っ」


盾にする気だ。


だが、ジェシカの動きは止まらない。

 ブラッディローズから瞬時に形成された短剣が、閃光のように走る。


掴んでいた手首が、音もなく斬り落とされた。


「ちっ……!?」


 同時にジェシカは女の身体を引き寄せ、抱きかかえるようにしてヴェインから距離を取る。


「ほぉ……やるじゃないか」


ヴェインは失った腕を一瞥し、楽しげに笑った。


──最初から、狙いはこれ。


ジェシカの目的は、ただ一つ。

目の前の命を救うこと。


 女を安全な位置へ投げ渡すと、ジェシカは静かに立ち上がった。


「よし……これで」


ヴェインが口角を歪める。


「遠慮なく、お前を殺れる」


「可愛い少女だと思って、少しは優しくしてやろうと思ったが……」

「調子に乗りやがって」


その頃、グラフは即座に状況を理解していた。

 ジェシカの邪魔にならぬよう、視線だけで確認し、進路を変える。


ブラッディローズが膨張し、

彼の手の中で、背丈を超える巨大な斧へと姿を変えた。


「さぁて……雑魚の相手は俺だ」


柄を両手で握り、地を踏みしめる。

 ブンッ!と空気を裂く音を立て、斧を振り回し、その勢いのまま跳躍。


「おらぁっ!!」


地面へ叩きつけられた一撃で、

数体の死者が瞬時に砕け、血と肉片が弾け飛ぶ。


衝撃波が広がり、周囲の死者達の足元が大きく揺らぐ。


「はははっ!」


グラフはその隙を逃さない。

 一匹一匹を確実に、楽しげに、笑いながら刈り取っていく。


その時だった。


ヴェインを中心に空気が、震えた。


洞穴全体が唸るような圧。

グラフは直感的に動きを止め、そちらへ顔を向ける。


そこにいたのは──

もはや、先ほどのヴェインではなかった……。


額には二本の角。

眼は血のように赤く、全身は黒く染まり、筋肉が異様に隆起している。


──悪魔。


その言葉が、何よりもしっくりくる姿。


「グフフ……許さん」


低く、地の底から響くような声。


「貴様らは……」

「俺の手で、直接、葬らねば気が済まんぞ!!」


「……チッ」


グラフは歯噛みし、即座に判断する。


「ジェシカ!」

「さすがにこいつはマズい! 逃げるぞ!」


踵を返し、来た道へ向かおうとした──その瞬間。


黒い腕が、グラフに向け音もなく伸びた。


「………な……」


次の瞬間、グラフの胸を、漆黒の腕が貫いていた。


「……な……ぐ、ふっ……」


大量の血を吐き、胸にはぽっかりと穴が空く。

膝が崩れ、そのまま地面へ倒れ伏した。


致命傷。

一刻を争う状態。


だが──


「逃がすと思うか?」


 ヴェインの鋭い視線が、ジェシカを捉えニヤついている……


次の瞬間、その姿が消える。

速すぎて、目が追えない。


「──っ!」


気付いた時には、すでに目の前。

爪が、下から上へと掻き裂くように振り上げられる。


ジェシカは紙一重で顎を引き、首を逸らして回避。

 そのまま反動を使い、ヴェインを蹴り飛ばして距離を取った。


着地と同時に、深く息を吸う。

胸の奥で、何かがざわめく。


ジェシカはヴェインを睨み、強く力を込めた。




「スカーレットローズ!

     全力・身体解放!!」


叫びと同時に──

空間が、弾けた。


ピンッ!!

 まるで空間そのものが引き裂かれたかのような鋭音が洞穴に響き渡る。


次の瞬間、

空気は悲鳴を上げ、地面は震え、

真紅の薔薇の花びらが嵐のように舞い上がった。


ジェシカの瞳が、燃えるような真紅へと変わる。

 背中から展開された真紅の羽が、闇を裂き、洞穴を染め上げた。


──そして。


金色に輝く両手剣。

常識を嘲笑うかのように、ジェシカはそれを片手で構える。


「……ば、馬鹿な……」


ヴェインの喉が、引きつった音を立てる。


だが、

その言葉が終わる前にジェシカは、消えた。


違う。

消えたように“見えた”だけだ。


轟音。

衝撃波。

薔薇の花弁を引き裂きながら、ジェシカはヴェインの懐へ、瞬間的に踏み込んでいた。


「う、ぐ―っ!!」


金色の剣閃が、唸りを上げる。

一太刀、二太刀、三太刀。

重なり合った斬撃が、空間ごとヴェインを切り裂いた。


ジェシカは止まらない。

叫びもなく、迷いもなく、

ただ“斬る”という意志だけを剣に込め、駆け抜ける。


そして、通り抜けた。


「…………」


ヴェインは、動かない。


いや。

動けない。


膝が、崩れる。

次いで、腕が、胴が──

内側から破壊され、骨が砕け、肉体が耐えきれず崩壊していく。


「ク……クソ……」

「……なん、だ……この……力……」


声は、かすれ、途切れ、

その言葉ごと、血の中に沈んでいった。


ドシャァ……ッ。


覚醒死者ヴェインは

ただの血溜まりへと変わり果てる。


洞穴に、静寂が落ちる。


薔薇の花びらが、ひらひらと舞い落ち、

ジェシカは剣を下ろし、荒く息を吐いた。


「……終わった」


その背中に宿るのは、

怒りでも、快楽でもない。


──護ると決めた者の覚悟。


その姿を、倒れ伏すグラフが朧げな視界で見つめていた。


「……はは……」

「とんでもねぇ……相棒……見つけちまった……な……」


ジェシカはゆっくりと周囲を見渡した。


 洞穴の中に残っていた死者共へと視線を向けると、迷いなく剣を振るう。

 一閃ごとに肉が裂け、骨が砕け、死者達は叫び声を上げながら血の海へと沈んでいった。


だが、最後の一体だけは違った。


 ジェシカはその死者の四肢だけを正確に斬り落とし、動けない状態にする。

 そして縛られていたロープを断ち切り、女の前へ無言で短剣を投げた。

同時に、地に転がる死者を指差す。


 女は短剣と死者を交互に見つめ、震える手で刃を握りしめた。


 ジェシカはそれ以上何も言わず、踵を返してグラフの元へ向かう。


 胸を貫かれた傷は深く、グラフは血を吐き続けていた。

 ジェシカは結晶化した血を差し出すが、吐血が酷く、うまく飲み込めない。


一瞬だけ迷い、ジェシカは結晶を口に含んだ。

 そしてグラフの口に口づけるようにして、血を流し込む。


 人間の血は、リーパーにとって何よりも即効性のある薬だった。

だがその分、依存性の高い事に間違いはなかった。


 傷口は塞がり、荒かった呼吸が徐々に落ち着いていく。


「……悪いな、助かったぜ」


「うん。無事でよかった」


 二人は短く言葉を交わし、依頼を果たせたことに安堵した──その時だった。


「死ね……死ね……死ねぇぇぇ!!」


 振り返ると、女が死者に跨り、短剣を何度も何度も突き立てていた。

 すでに原型を留めないほどに崩れた肉塊へ、狂気じみた声を上げながら刃を振るっている。


 立ち上がったグラフが近づき、女の手から短剣を静かに取り上げた。


「……もういいだろ」


 その言葉を聞いた瞬間、女は糸が切れたように崩れ落ち、声を殺して泣き出した。


「ジェシカ。まだ他にも囚われてる人間がいるはずだ」


「……分かった」


二人は別れて洞穴の奥へと進む。

やがて、鍵のかかった扉を見つけた。


「グラフ、この先に何かある」


「分かった、すぐ行く」


────。


合流した二人は、力任せに鍵を壊し扉を開けた。

中の光景を見た瞬間、言葉を失う。


「……殺して……お願い……」


「俺たちも……頼む……」


手足を拘束され、身籠った女が数人。

男達は四肢を失い、奴隷のように転がされていた。


 女達の腹は異様に張り、今にも産まれそうな状態だった。


 死者の子は、生まれると同時に母体を引き裂き、養分として喰らう。

 それを知っているからこそ、彼女達は涙を流しながら懇願していた。


「お願い……殺して……このままじゃ……」


ジェシカは震える手で剣を構える。

 ブラッディローズから生まれた片手剣を、女へと向けた。


女はそれを見て、かすかに微笑んだ。


「あ……ありがとう……これで……」


その瞬間、腹部が大きく蠢いた。


「いや……いやぁ……お願い……早く……!」


「ジェシカ……!」


女の腹に、はっきりと死者の顔が浮かび上がる。


ジェシカは歯を噛みしめ、剣を突き出した。

 女の腹部を貫き、そのまま死者の頭を背中まで貫通させる。


血を吐きながら、女は力なく崩れ落ちた。

だがその表情は、恐怖ではなく、安堵だった。


ジェシカの頬を、静かに涙が伝った。


───────────────────────


 ジェシカは、囚われていた人々に背を向け、グラフへ短く告げた。


「……先に洞穴を出て」

「人間たちを連れて、安全な場所まで」


「お前は?」


「すぐ追いつく」


 グラフは一瞬だけジェシカを見つめ、何も言わずに頷いた。

 生存者たちを支えながら、洞穴の出口へと向かっていく。


ジェシカは一人、洞穴の奥へ戻った。


ヴェインが崩れ落ちた場所。

 そこに残っていたのは、赤黒く濁った血の海だけだった。


ジェシカは静かに掌をかざす。


融合アルカナ。


 血はゆっくりと収束し、異質な圧を帯びながら一つの結晶へと変わっていく。

 それは生前の人間の血とは明らかに違う、重く、歪んだ輝きを放っていた。


続けて、周囲に広がる血溜まりへと意識を向ける。

 死者共が流した血の中から、元人間の血だけを選り分け、分離する。


 赤く澄んだ血が集まり、もう一つの結晶へと姿を変えた。


 ジェシカはそれらを手に、出口へと歩き出す。


────。


「ジェシカ、何をしてたんだ?」


洞穴の外で待っていたグラフが声をかける。


「あー……ちょっとね」

「名のある死者だったから、血を結晶化して持ってきた」


「……結晶化?」


グラフの表情がわずかに変わる。


「理由は?」


「特に深い意味はないよ」

「何かに使えないかなって思っただけ」


「……待て」


グラフは手を差し出した。


「その結晶、見せてみろ」


「え……? う、うん……」


 ジェシカはヴェインの血を結晶化したものを差し出す。

それを見た瞬間、グラフは低く笑った。


「ふっ……これは使い道があるぞ、ジェシカ」


「本当?」


「ああ」

「だが、その話は町に着いてからだ」


グラフは視線を人々へ向ける。


「今はこいつらを無事に町へ連れて帰る」

「それが依頼だ」


「……はは、確かにそうだね」


ジェシカは少しだけ肩の力を抜いた。


「ふっ……お前と一緒だと、これからも退屈しなさそうだ」


グラフの言葉に、ジェシカは小さく笑った。


こうして二人は町へ向かう。

本来の目的──ホーリーヘレティックの情報、

そしてグラフが語ろうとする“提案”を聞くために。















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