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紅月のクロスリーパー   作者: ルーツ
第五章 悪戯の終末

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25. 哭声の果てに

登場人物

<ディヴァインリーパー>

ジェシカ 

グラフ

アンディ 

アリス

アルス

クロード


教会の司祭(アンフォリーの妹)

アン・レゾン


四代厄災

悲狂のアン・フォリー

神速のレーヴ

絶対死者アブソリュート


グラフの想い人

ルミナス・エフェメール

ディヴァインリーパー拠点。

鍛冶工房内。


炉の熱が、部屋の奥で赤く脈打っていた。

近くには〈真打〉建御雷神・(たてのみかづち・かい)を置かれ、準備は整っている。


そこへ、一人の足音がドアの向こうから聞こえてきた。


やがて工房の前で足音は止まり、代わりにギィ……と扉が開く音が響く。


「あら、既に準備は終えているのね」


アリスの言葉に、工房にいたクロード、アルス、ジェシカが視線を向ける。


ジェシカの手には、アルカナンで手に入れた免罪符(めんざいふ)が握られていた。


「遅いよアリス! ほら、始めよう」

「ええ、そうねジェシカ。“それ”を私に」


アリスの視線が、ジェシカの手元へ向けられる。


「うん。お願い、アリス」


ジェシカは免罪符を差し出した。


アリスは無言で受け取り、小さく頷く。


「今から解呪(かいじゅ)するわ。どんな物質になるか分からないけれど、クロード、アルス。二人はそのまま刀作りを開始してちょうだい」


その言葉に、ジェシカが僅かに眉を寄せた。


「……それって」

「うふふ。解呪には莫大(ばくだい)な魔力が必要なの。だから下手をすれば、私は命を落とすわ」


穏やかな声音(こわね)だった。


だが、その内容は重い。


「そ、そんな! 聞いてないよ!!」

「ええ、言ってないもの。それだけ危険な橋を渡るけれど……これは私なりの覚悟なの。分かってもらえると嬉しいわ」


微笑みながら、アリスは周囲へ目を配る。


そして──〈真打〉建御雷神改へ視線を落とした。


赤と緑、二つのオーラを(まと)う青みのかかった刃。


そこへアリスは指を滑らせ、免罪符をひらりと貼り付けた。


──その刹那(せつな)


周囲の空気が、一瞬にして狂気に(むしば)まれた。


「な、なに!? こ、この嫌な感じは……!」

「お、おい……! こ、これは……」


ジェシカとアルスは頭を押さえながらも、刀へ視線を向ける。


そこにあったのは、アリュールとヴェイン──二人の断末魔(だんまつま)にも似た叫び声が免罪符へ吸い込まれ、なお抵抗する影だった。


そして二人と免罪符を繋ぐ“渡し船”として、アリスの魔力が媒介(ばいかい)となっていた。


アリスの苦悶(くもん)の表情。


右腕から左腕へ、膨れ上がった血管を通して血と魔力が暴れ狂っている。


到底(とうてい)耐え切れるものではないと分かるほどだった。


それでも。


アリスは、免罪符から手を離さない。


足元が揺れる。


(ひざ)(きし)む。


指先が裂け、(した)った血が刀へ落ちた。


ジュッ──と音を立て、血は蒸発する。


狂気が工房中を満たしていく。


ジェシカは思わず叫んだ。


「もういい!! アリス、もう十分だよ!!」


だが。


アリスは苦悶に顔を歪めながら、それでも笑っていた。


「だ、駄目よ……まだ……終わってないもの……」


断末魔が激しさを増す。


まるで免罪符へ吸われる事を拒むように、アリュールとヴェインの影が暴れ狂った。


その度に、アリスの身体が大きく震える。


口元から血が(こぼ)れた。


それでも。


それでもアリスは笑う。


「うふふ……そう……もっと抵抗してちょうだい……。

じゃないと、“殺した意味”がないでしょう……?」


狂気じみた笑みだった。


ジェシカの背筋が凍る。


これが。


これこそが、アリスの抱え続けてきた執念(しゅうねん)


やがて。


狂気が徐々に薄れていく。


叫び声も、次第に遠ざかっていった。


アリスの指先から力が抜ける。


そして次の瞬間。


アリスはその場で意識を失い、倒れかけた。


「アリス!!」


ジェシカだった。


即座(そくざ)に駆け寄り、アリスを抱き留める。


「アリス! アリス!! アリス!!」


──鼓動(こどう)


小さい。


だが、確かに生きている。


「うそ……よ、よかった……」


死んではいない。


だが、このまま放置できる状態ではない事を、ここにいる誰もが理解していた。


しかし──。


「まだだ!! 集中を切らすな!!」


クロードだった。


クロードは唇を噛み締める。


今ここで止まれば。


アリスが命を()けた覚悟ごと、全てを無駄にする。


だから──止まれない。


既にクロードは、アリスの命を賭けた解呪によって溶け落ちた〈真打〉建御雷神を型へ流し込み、準備していた炉へ放っていた。


溶け落ちたダークマターの残滓(ざんし)が、黒い血のように鍛床(たんしょう)へ広がっていく。


覚醒死者(かくせいししゃ)ヴェインの(むくろ)から削ぎ落とされた“死”。


四代厄災(よんだいやくさい)──魅惑(みわく)のアリュールより摘出(てきしゅつ)された“災い”。


その二つを呑み込みながらも、出雲の砂鉄から作られた玉鋼(たまはがね)は最後まで砕けなかった。


むしろ。


拒絶するように鳴いていた。


金属の軋みではない。


それは確かに、“哭声(こくせい)”だった。


亡者(もうじゃ)の喉を無理矢理こじ開けたような、湿った響き。


鍛冶場の空気が震える。


炉火(ろび)が一瞬だけ青白く染まり、床へ落ちた影が粘つくように伸びた。


「……まだ()くか」


低く(つぶや)いたクロードの額を汗が伝う。


刀匠(とうしょう)として刀を打ってきたクロードですら、その音を“音”だとは思えなかった。


あれは声だ。


死に損ねた何かが、まだ刀身の内側で(うごめ)いている。


未完成の刃が、台座の上で微かに脈打った。


どくり。


どくり、と。


まるで心臓だ。


黒くなり始めた刀身には月光のような鈍い銀が走り、その奥底を血にも似た紅が揺らいでいる。


禍々(まがまが)しい。


本来なら、この時点で破棄(はき)すべき代物(しろもの)だった。


災厄(さいやく)の核を使った武具など、人の手に余る。


たとえ打てたとしても、それは“妖刀(ようとう)”にしかならない。


持ち主を蝕み、周囲を狂わせ、最後には国すら呑み込む。


だが。


クロードの手は止まらない。


(たた)く。


炉へ入れる。


そして、また叩く。


「アルスさん!!

「ああ! 分かっている!」


アルスが声を張る。


炉から取り出された鉄塊(てっかい)は熱を帯び、赤く()けていた。


そこへアルスの錬成術(れんせいじゅつ)が重なる。


ヴェインのダークマター。


アリュールのダークマター。


出雲の玉鋼。


そして、熱を帯びてもなお溶けず輝く宝石──トラペゾ。


四つの素材が、一つへ束ねられていく。


「行くぜ! 合成錬成!!」


その瞬間。


熱を帯びた鉄塊が、(まばゆ)い光を放った。


昼であるにも関わらず、(またた)く光が鍛冶場を照らしている。


「こ、これは……」


光に息を呑む二人。


「アルスさん、ありがとうございます。ここからは俺が──」

「ああ、任せた。俺はアリスを連れて部屋を出る」

「はい。お願いします」


アルスはジェシカの元へ歩み寄ると、無言で頷き、アリスを抱きかかえた。


「ジェシカ。お前は、この先をしっかり見届ける必要がある。アリスとクロードの覚悟を受け止めろ」

「うん……分かってる。大丈夫」


「そうか。アリスは俺が連れて行く。安心しろ」

「ありがとう、アルス」


アルスはジェシカの肩へ軽く手を置き、そのまま鍛冶工房を後にした。


残されたのは、クロードとジェシカ。


そして、未完成の妖刀。


クロードは光を放つ鉄塊を再び炉へ入れ、叩き続ける。


型を作り。


粘りを出し。


魂を打ち込むように。


ひたすら刀を叩いていた。


ジェシカは、無意識に一歩後ずさっていた。


刀から溢れ出る“何か”に、本能が(おび)えている。


自分の為に打たれているはずなのに。


それでも、その刃は──人の手で触れてはいけない何かに見えた。


(まばた)きする間もない刹那(せつな)


鍛冶場の空気が凍りつく。


『■■■■■■――――』


絶叫。


今までの哭声(こくせい)とは比べ物にならない。


女の声だった。


男の声だった。


最後の足掻(あが)きとでも言うような断末魔(だんまつま)が、刀身の内側から噴き出した。


黒い霧が吹き荒れる。


灯りが砕け、床板が(きし)み、天井の(すす)が雪のように降り落ちる。


刀が拒絶していた。


──いや。


違う。


“死”そのものが拒絶している。


(ゆる)されることを。


(はら)われることを。


終わることを。


刀身の紅が脈打つたび、魅惑のアリュールの残滓(ざんし)(あや)しく揺らめいた。


見る者の理性を削るような美。


触れれば魂ごと()ちるような甘い闇。


その奥で、ヴェインの(むくろ)が哭いている。


死にきれず。


(ほろ)びきれず。


それでもなお、世界へ(つめ)を立てようとしている。


クロードは歯を食いしばった。


「黙れ」


クロードは、解呪を終えて黒く染まりかけた免罪符を(つか)み取る。


そして熱を帯びた刀身へ叩き込んだ。


白かった免罪符が燃え上がる。


黒く焦げ、灰となって崩れていく。


だが同時に。


刀身へ絡みついていた瘴気(しょうき)が、ゆっくりと()がれ始めた。


黒い霧が昇る。


夜空へ(かえ)るように。


哭声が遠ざかっていく。


それでも──完全には消えない。


消えなかった。


最後の一片だけが、刃の奥底へ沈殿(ちんでん)する。


怨念(おんねん)でもない。


呪詛(じゅそ)でもない。


ただ──“死の記憶”だけが。


そして。


カン――――……。


静かな音が響いた。


完成だった。


鍛冶場に沈黙が落ちる。


先ほどまでの狂気が嘘のように、空気は静まり返っていた。


台座の上。


そこには一本の刀があった。


七色の輝きを放つ、美しい刃。


赤。


蒼。


金。


幾つもの光が、刀身の中で揺らめいている。


だが。


その全てを()らうように、七色の輝きはゆっくりと沈んでいった。


そして。


刀身は、夜そのものを鍛えたような黒へ染まる。


刃紋(はもん)の奥を、月光に似た銀が淡く流れていた。


その刀を見た瞬間。


クロードは理解する。


これは聖なる刀ではない。


まして、救いの刃でもない。


災厄(さいやく)は消えていない。


()き声も終わっていない。


ただ。


それら全てを抱えたまま、この刀は“(ゆる)された”のだ。


月夜が窓から差し込む。

昼だった空が気がつけば夜空に変わっていた。


その銀光に照らされた瞬間、刀身の奥底で紅が揺れた。


ジェシカは、その刀から目を()らせなかった。


美しい。


なのに、怖い。


震える指先を、無意識に胸元へ押し当てる。


まるで──月を喰らった獣みたいだった。


クロードは静かに息を吐く。


そして、その名を口にした。


「──『骸哭冥刀(がいこくめいとう)月喰(つくい)』」



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