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第9話:その名はアイ

 厳格な進学校で名高い堤中高校の昼休みも他の高校と同じく、廊下は生徒達の往来が激しくて騒がしい。

 その中を異形のもの達が堂々と歩いていた。

 2メートル近い筋骨隆々の巨体、人とは思えない色の皮膚、獰猛(どうもう)容貌(ようぼう)、太く長い牙、頭から突き出ている猛牛の様な角が2本――どう見ても赤鬼と青鬼だ。

 その後ろには、背丈が50センチメートルぐらいの小鬼が10体、ギャアギャア喚きながら歩いている。まるで絵巻物に描かれた百鬼夜行みたいだった。

 けれども、通り過ぎた生徒達は恐怖で顔が歪まないし、悲鳴も上げない。

 しかも、鬼達は声を上げて足音を立てているが誰にも聞こえていない。

 明らかに、その醜悪な姿が知覚・認識されていない。

 鬼達は、ある教室の後ろの出入口で立ち止まった。その中では生徒達が思い思いに過ごしており、鉄子と章子も昼食を終えて談笑しているのが見える。

 鉄子の姿を確認した鬼達は教室に入ろうとした。

 ところが、踏み入れようとした足が止まった。

 彼等の行く手をホバリングしたポォが遮っていた。既に複眼は赤い。

 赤鬼と青鬼が恫喝(どうかつ)の唸り声をあげ、小鬼達が前に出て吼えた。

 その直後、放たれたルビーレッドの光線が横に薙ぎ、5体の小鬼を両断した。上半身と下半身が離れ離れになると、瞬く間に無数の白い紙片と化して床に散らばった。

 それを目の当たりにした赤鬼と青鬼は怯んで少し後ろに下がる。けれども、残りの小鬼達は大きくジャンプし、狂犬の様に牙を剥き出して襲い掛かった。

 だが、次の瞬間には同じ末路を辿り、空中で無数の紙片が舞い散る。

 残された赤鬼と青鬼は眼を見開き、威嚇の唸り声が出なくなった。

     ~ ☆ ~

 鴉は朝に教室の外にある木に止まって以来、鉄子を凝視し続けていた。

 今、邪魔な兜虫は鬼達を攻撃しており、徹子の周りにはいない。窓は大きく開けられている。遮る物は何も無い。

 この状況を好機と捉えた鴉は、太く長い(くちばし)を大きく開いた。その直後、赤黒くて細く短い針が喉の奥から射出された。

 呪術が施されたそれは、刺さった対象を術者の意のままに操る。

 ところが、針は開けられた窓を通過する直前、物理法則を無視して猛スピードで逆進した。露出した喉の奥に針が突き刺さる。 

 その瞬間、鴉は断末魔の悲鳴を上げながら無数の黒い紙片となって地面に舞い落ちた。しかし、その叫び声が聞こえた人はいなかった。

     ~ ☆ ~

 赤鬼と青鬼は教室の外に待機していた鴉が予想外の反撃を受けたのを見て、戦意を失って怯えながら遁走(とんそう)した。

 「いつの間に飛んでいたの?」

 出入口付近でホバリングしているポォに気付いた鉄子は彼女に手招きした。それに応じて鉄子の机の上に着地したのを見た章子は、

 「腹ごなしに空の散歩をしてたのかな?」

 「ロボットにも腹ごなしってあるのかな?」

 「さぁ、どうだろう? 今度、ネコ型ロボットとサムライ型ロボットと年がら年中学生服のアンドロイドと緑のハンサムボーイに聞いておくよ――あれ?」

 章子はポォがホバリングしていた付近の床に紙片が散らばっているのを見付けた。

 「何か、散らかってるね」

 「ほんとだ。誰がやったんだろ?」

 2人は掃除道具入れから箒と塵取りを持ってくると、無数の紙片を掃き集めた。

 「ん? 何か書いてる」

 章子が幾つか摘まみ上げると、どれも墨で文字らしきものが書かれていた。けれども、細かく千切れているのでよく分からない。

 「もしかして、呪符だったりして」

 章子の言葉に鉄子が、

 「そんな物を学校に持ち込むオカルトマニアがいるの?」

 「いるかも。だって、この学校に魔法を使う部活があるから」

 「えっ、マジで!?」

 「うん、マジだって。学校も生徒会も認めていない〈堤中高校7大非公認部〉っていうのが昔からあって、テッコがいる異端科学部と、あたしがいる漫画研究同好会もそうだけど、他にも魔術呪法部とか忍法部とかがあるらしいよ」

 「うわっ、名前からして怪しい」

 「名前だけじゃあなく、どの噂も怪しくて、忍法部の部員達は卒業後に正式な忍者になって世界中で暗躍しているとか、魔術呪法部は魔王を封印したとか」

 「まるで漫画かアニメかラノベだね」

 「それらに異端科学部が絡んでいるとか」

 「おっとぉ! いきなり他人事じゃなくなってきたぞ」

 「とにかく、メチャクチャ厳しい進学校とは思えない、いかがわしい部が幾つもあるのよ」

 「そんな部を創った人達は、ストレスとフラストレーションが溜まりまくってたのかな?」

 「かもね」

     ~ ☆ ~

 校舎から飛び出した赤鬼と青鬼は、校内を包囲する高い塀を跳び越えようと助走をつけていた。

 ところが、塀の手前にアメシストパープルに光る斜方立方八面体が出現して遮った。

 サイズはポォのそれより大きいが、玉虫色のロボットのそれより遥かに小さい。日本製のセダンがすっぽり入るぐらいか。

 その光のオブジェが消えると、入れ替わりに現れた“それ”は、すぐさまルビーレッドの光線を連射して赤鬼と青鬼の胸板を射抜いた。

 その直後、2体は断末魔の絶叫を放ちながら黒い霧と化して大気に掻き消えた。

 そして、“それ”も再び斜方立方八面体に包まれて消失した。

 鬼と異星文明の産物の激戦は、地球人類の眼に触れないまま幕を閉じた。

     ~ ☆ ~

 昼過ぎになって、覇征はようやく目を覚ました。

 キングサイズのベッドの真ん中で、タイヤに()き潰されたカエルみたいに全裸で寝そべっている。彼の両腕と両脚の傍には、20代で素晴らしいプロポーションの美女4人が同じく全裸で横たわっていた。

 「……腹減ったな」

 寝惚けた顔で呟きながら、まだ眠っている美女の豊かな胸に手を伸ばした。しかし、指が触れる寸前、

 「おはようございます。――いえ、こんにちは、覇征様」

 ノックもせずに入ってきたのは、昨日、プールサイドで彼の傍に控えていたスレンダーメイド――草野(くさの)透流(とおる)だった。

 「何だ、貧乳か。こんにちは、って何だよ?」

 「もう、お昼ですから」

 カーテンを開けながら素っ気無く答えると、美女達に声を掛けて起こしていく。

 目を覚ました4人は顔を赤らめ、胸と股間を手で隠して寝室から逃げる様に去った。

 覇征は、フゴッ、と鼻を鳴らし、

 「やっぱり、口でやってくれないとバッチリ目覚めねーな。呼び戻してくれ」

 「ダメです」

 「何でだよ? シャブるのが得意なんだからイイじゃねーか」

 「早く帰さないと彼女達の仕事に支障が出ますので」

 美女達は有名だった。それぞれ、

 6歳で銀幕デビューし、主演女優賞を3度も受賞した女優。

 歯に衣着せぬ発言で世の男性を責めて追い詰めるフェミニスト評論家。

 某有名アパレル会社を斬新な改革で再建した名物社長。

 18歳で結婚し、子沢山で家事を完璧にこなすママタレ。

 全員、どの世代の女性達からも高い支持を得ている。

 そんな彼女達がひた隠しにしているスキャンダルを覇征は嗅ぎ付け、それをネタに一夜を共にさせたのだ。彼の常套手段である。

 しかも、昼間に双子のアイドルを何度も堪能したのに、夕食後から4人と一晩中楽しんだ。不摂生かつ運動不足の割に絶倫である。

 「スケジュールなんか、オレの一言でいくらでも変えれるぞ」

 「それだと、彼女達のやらかしが周囲にバレるじゃないですか。バラさない約束で無理矢理抱いたのに」

 「ふんっ。ジャブや大麻に手ぇ出したり、男子小学生や中学生に手ぇ出したり、会社の金と新入社員に手ぇ出したり、親友や妹の旦那に手ぇ出して托卵しまくったりするヤツらの都合なんか知るかよ」

 毒づきながらベッドから降りる。全裸のままだが、見られても恥じる気配は微塵(みじん)も無い。透流も慣れた様子でそのままバスルームに案内する。

 「ところで、またコンドームを使わなかったのですか?」

 「めんどくせーし、ナマの方が気持ちイイから、あんなもんいらねーって」

 「何度も言ってますけど、相手が妊娠したらどうするんですか?」

 「そりゃあ、向こうは大喜びするに決まってるだろ」

 「は?」

 「大金持ちで権力持ちでイケてるオレのガキを(はら)めてラッキーに決まってるじゃねーか」

 「……もしかしなくても、御自身をイケメンだと思ってます?」

 「今更だな。何年オレと顔を突き合わせてるんだ?」

 「……と、とにかく、一晩中しまくって汗まみれなんですから、綺麗に洗い流されて下さいよ」

 「めんどくせ~。1日ぐらい洗わなくても死なねーよ。さっさとメシにしようぜ」

 「そう言って、真夏に1週間も入らなくて、異臭騒ぎになった事があるじゃないですか! それと、ヒゲも剃られて下さいね」

 「イヤだ! カミソリで剃られる感触が気持ち悪い」

 「そのままじゃ、大帝院グループの後継者に見えませんよ。あと、歯もきちんと磨かれて下さいね」

 「めんどくせ~。1日ぐらい磨かなくても死なねーよ」

 「そう言って何週間も放置して、歯石と虫歯だらけになって泣きを見たのは誰です?」

 (ことごと)く言い負かされた覇征は舌打ちするしかなかった。

 大浴場みたいなバスルームでは、ホワイトプリムとリボンタイだけ身に着けた2人の美女が待っていた。どちらも昨日、特別ボーナスに眼が眩んで際どい水着姿を披露していたメイド達の中にいた。

 30分後、彼女達に全身を洗い流され、念入りに歯を磨かれ、挙げ句に2人の口で目覚めさせて貰った。

 覇征は、スッキリした表情でブランド物のバスローブを着て、ダイニングルームで食事を待っていた。ただし、無精髭(ぶしょうひげ)はそのまま残っていた。

 それを見た透流はあからさまに顔をしかめたが、何も言わず昼食を並べた。

 「チキンソテーかよ。もっとガッツリしたのが良かったな。Tボーンステーキとかカルビ丼とか。サラダいらね」

 すると、透流はうんざりした口調で、

 「もう1時過ぎですよ。夜更かしとスケベは控えて下さい。あと、野菜もしっかり食べて下さい」

 覇征に注意するが、別のメイドが持ってきた特大ジョッキに注がれたコーラを一気に飲み干し、何処吹く風とばかりに2杯目を空けた。そして、鶏肉に(かぶ)り付くと、

 「小言はもういい!――で、今日のザコはどっちの顔でしたんだ? 今回はオスの方に賭ける」

 「残念。メスの方でした」

 タブレットで監視カメラの映像を再生して見せると、

 「チッ。今日もお前の勝ちか。持ってけ、ドロボーナス」

 「どうも~。いつもの様に振り込んでおきま~す」

 この邸宅の経理を担当している透流は、再びタブレットを操作して覇征の口座から自身の口座に大金を移した。

 「あと、秀臣の方はどうなった?」

 透流は三度(みたび)タブレットを操作した。

 「あのロボットの回収に失敗した後、手塚鉄子を就寝中に拉致しようと鎌鼬組を使ったのですが、無様に返り討ちにされました」

 タブレットに映し出された光景を見せられた覇征は、思わずコーラを吹き出した。

 「うわっ、汚ッ!」

 掛かりそうになった透流は慌てて避けた。コーラを持ってきた者とは違うメイドが慌てて濡れた床をモップ掛けする。

 「ちょっ、これ、ぶひっげろげろげろっ!」

 メタボ腹を抱えて大笑いしている覇征は、口の周りの無精髭が泡だらけになっている。

 「全員、SMクラブに行ったのか? オレでも女にここまでしねーよ」

 (あんたは(たま)に手錠や目隠しとかを使うぐらいだし、そもそも前戯をロクにしてねーよ)

 透流は覇征に呼ばれた事は一度も無いが、彼の相手をしたメイド達から愚痴と嘲笑混じりに内容を聞かされている。しかし、透流はそんな心中をおくびにも出さず、

 「グループとして次の手を打つ筈です。いかがしますか?」

 控えていたメイドにナプキンで口の周りとタブレットを拭いて貰った覇征は、

 「風汰党には、オヤジと秀臣を引き続き見張っておけ、と伝えろ。あと、ネタになる事はしっかり掴め、とも言っておけ」

 覇征は子供の頃から、相手の弱みや隠し事を探り当てる嗅覚が凄まじい。

 中学生になる前には父と祖父の、弟達が高校生の頃は彼らの悪事を行った証拠を握った。更に、成長するにつれて家族の悪事は増えていったが、それらも細大洩らさず握った。勿論、自身が死んだ瞬間、それらが自動的に各マスコミとネットにバラ撒かれる仕組みを複数確立している。

 そして、どんな汚い仕事も引き受ける凶悪忍者集団“風汰党”の太客になってからは、芸能人・政治家・官僚・実業家等にまで手を伸ばした。成績は常に最下位だったが、高校や大学もこの手段で入学・卒業出来た。

 それ故、誰からも“恐喝大帝”“21世紀のミルヴァートン”等と忌み嫌われ、蔑まれ、憎まれ、恨まれ、そして死神の様に恐れられている。逆らえば社会的な死を確実にもたらす死神だ。

 当然、彼を亡き者にしようとあちこちから殺し屋が送られてくる。けれども、風汰党によって逆に全員が亡き者にされた。この実績により、元々有名だった風汰党は更に名を轟かせる様になった。

 こうして大帝院家からも始末される事無く、大学卒業後は定職に就かず、金と女と牛飲馬食に不自由しない自堕落な生活を16年間も送っている。

 「で、あのロボットはどうなった?」

 「相手は高校の部活なので、いくら叩いてもホコリは出ません」

 「ンなワケ無いだろ。高校生でもやらかすヤツは多い。秀臣達はそうだった」

 「ちょっと撫でるだけで産業廃棄物がバンバン出てくる大帝院の人達と較べても……」

 「お前、ケンカ売ってる?」

 「いえいえ、そんな事は……」

 透流は大袈裟に手を振って否定した。そして、

 「そもそも、彼等は大勢の人が見てる中で堂々とやってます。例の研究所がバックにいるので学校や警察すら手が出せない。だから、コソコソ隠す必要が無いんですよ」

 「ウチよりタチわりぃじゃねーか。じゃあ、アレが完成したら真っ正面からブチのめすか!」

 「お望み通りの展開になってきましたね。はぁ~」

 透流は呆れていたが、覇征は子供みたいにはしゃいでいた。

 彼は品性の欠片も無い食べ方で朝食兼昼食を平らげ、その場でバスローブを脱ぎ捨てて派手な柄のトランクスを履くと、

 「腹ごなしにゲームするぞ」

 不摂生の証であるメタボ腹を揺らしながらゲームルームに向かう。

 その後を、透流と2人のメイドが追い駆ける。1人はストローと蓋が付いたベンティサイズのタンブラーを、もう1人は数袋の特大サイズのポテトチップスを両手に持っていた。尚、タンブラーの中身はマンゴーシェイクだ。

 透流が素早くドアを開けると、覇征は礼も言わずに入る。

 広い部屋の前方と左右の壁一面を占める大きな棚には、無数のゲームソフトが隙間無く並んでいた。その中央には、巨大ロボットのコックピットの様に3つの大型ディスプレイが前面を取り囲んでいる、革張りのゲーミングチェアが置かれていた。覇征が座るや否や、ギジギジと断末魔の様に大きく(きし)んだ。

 (軋む音が大きくなってきたって事は、そろそろシートを買い替えなきゃ。クソデブど下手クソに350万円のゲーミングチェアなんて、ブタにヴィトン、ヒキガエルにエルメス、バカ息子にシャネルじゃない! あぁ~、もったいない)

 透流は心の中で毒づきながらも淡々とタブレットを操作し、メーカーに新たなシートを注文した。

 メイド達が準備すると、覇征はヘッドフォンを着けて貰い、コントローラーを受け取った。

 「最初は『スティールメイデン・エウメニデス』でもやるか」

 挌闘ゲームの中でも最も人気が高く、最もプレイヤー人口が多い作品だ。元々コンシュマーゲームだったが、シリーズ第3弾の今作からオンラインゲームになっており、キャラクターも増加して20人を超えている。

 ゲーム内容は、様々な武術に秀でた美少女並びに美女達が、裏社会で開催されている武闘大会〈スティールメイデン・コロシアム〉に参加して激闘を繰り広げ、巨額の優勝賞金と最強の称号であるスティールメイデンの獲得を目指す。キャラクターごとに戦う理由や目的を持っている設定だ。当然、全てのキャラクターに人気声優を起用している。

 「今のランキング1位は……フゴッ。変わらず覇王大帝か。やっぱオレってつぇーな」

 (チートしてる癖に)

 左右からメイド達に褒め称えられてニヤニヤが止まらない覇征は、透流が冷ややかな眼で見下ろしているのに気付かない。

 覇征の腕前は、長いゲーム歴に較べてかなり下手糞だ。本来なら、下位争いに加わっている。けれども、プログラミングを悪用してチート行為に手を染めている者を脅し、自身が使うキャラクターのステイタスの上限が、プレイ開始と同時に倍になる様に改造させている。

 しかも、通常は発覚すれば即座にアカウントが凍結されるのだが、例によって運営の上層部の弱みを握って黙らせている。通報は彼等が尽く握り潰してきた。それどころか、逆に通報者のアカウントを即座に凍結させている。

 しばらくNPC相手にプレイしていると、何も知らない挑戦者が割り込んできた。

 「『挑戦を受けますか?』だと? 当ったり前だ。ボッコボコのギッタギタのメッタメタにしてやんよ」

 その宣言通り、秒殺した。

 それをきっかけに挑戦者が次々現れる。ところが、余裕で全員を返り討ちにした。

 「ぶひっげろげろげろっ! 下級国民のニートやひきこもりの分際で、上級国民の頂点に立つオレに勝てると思ってるのかぁぁぁ?」

 覇征は、この時間帯にプレイしているのは無職の人ばかりだと思い込んでいる。

 「もう3時間以上もプレイしています。やりすぎでは?」

 透流に制止されても、覇征は止めなかった。

 「何言ってんだ、これからじゃねーか。学校から帰ってきたガキどもが始める頃だぞ」

 改めてランキング一覧をみると、自身のトップは変わらないが、

 「雷翁(らいおう)とライペガ……まだオレのすぐ下にいやがる。気に喰わねーな」

 「らいぺが? 誰の事です?」

 「ライトニングペガサスだ。名前が長いんだよ。ネーミングセンスねーな。こんなヤツ、ライペガでじゅーぶん」

 (あんたの覇王大帝も大概だよ)

 透流は心の中で毒づいた。

 雷翁とライトニングペガサスは、このゲームが始まった当初からランキングの上位にずっと居座っている。何度か対戦を見たが、有名eスポーツ選手と遜色(そんしょく)無いレベルだった。

 「eスポーツのプレイヤーが正体を隠してんじゃねーのか?」

 「そうかもしれませんね」

 「あれから風汰党は?」

 「まだどっちの正体も突き止められていません」

 「チッ。使えねーな」

 「向こうのガードが強過ぎるんですよ」

 国家機密でさえ全く気付かれずに盗み出せる風汰党でさえ尻尾が掴めないとなると、相手の底が知れない。透流は警戒を促すが、覇征は何処吹く風とばかりに聞き流している。

 「なんか、急にヒマになったな」

 「挑戦、来なくなりましたね」

 「ブチ負かし過ぎたかもな。強者は孤独なもんだ」

 「チートがバレて誰も寄り付かなくなっただけでは?」

 「ビビりやがって、ヘタレどもが」

 「じゃあ、これで終了ですね」

 透流は電源を落とそうとしたが、

 「まだだ。まだ終わらんよ」

 覇征は某有名人気キャラクターの名台詞を口にしたが、声質が耳障りなので粗悪なパロディーにしか聞こえない。そのままコントローラーを操作し、検索を始める。

 「今度は何ですか?」

 「対戦しているところに乱入してやる」

 「もっと嫌われますよ」

 「フゴッ。今更、下級国民どもに嫌われたところで痛くもかゆくもねーっての」

 (ふふっ。上級国民(なかま)からも嫌われてるのに)

 透流は心中密かに嘲笑した。

     ~ ☆ ~

 「何ですか、これは?」

 第二実験室に入るや否や、鉄子は誰となく問い掛けた。

 主に大きな機械を組み立てたり、それを用いる実験の場所として使われているが、今回は巨大な電気スタンドみたいな機械が置かれていた。しかも、2台。それぞれのアームの先には電球と笠ではなく、背凭(せもた)れが付いている。アームの根本の前には、手すりが無い大型電動ルームランナーがあった。その前には巨大なディスプレイが置かれ、それら2台は背中合わせになっていた。

 「トレーニングジムでも始める気ですか?」

 「似てるけど違うよ」

 否定した電馬の背後では、複数の部員が全身に密着したスーツを着た上で、バイザーとヘッドフォンが付いたヘルメットを被り、肘当てと膝当てを装着している。しかも、体のあちこちに白い球体が付いていた。普段と同じ姿の電馬を含めて、全員がゲーマーという共通点があった。

 「もしかして、モーションキャプチャーですか?」

 「惜しい! 正解はモビルトレースシステムだよ」

 「何ですか、それ?」

 ガンダムシリーズを全く観ていない鉄子にとって、初めて耳にした専門用語だった。

 「つまり、自分の動く通りに巨大ロボットが動くシステムなんだよ」

 「そんなのがあるんですか!?」

 「アニメや特撮ではね。けど、そのものは完全再現出来ないから、今の科学技術で限りなく近いものを造ったんだ」

 「それで、ロボットは何処に?」

 「今回はロボットじゃなくて挌闘ゲームのキャラを動かす。コントローラーじゃなくて自分自身が動いて」

 「それだと、ゲームソフトを改造しないといけませんね」

 「その必要は無いんだ。今回はオンラインゲームだし、こちらで色々するから」

 恐らく、眼前の装置に特殊なプログラムを内蔵したコンピューターが搭載されているのだろう。

 「でも、気を飛ばす技とかあるんですよね? それはどうするんですか?」

 「ヘルメットはヘッドマウントディスプレイになっていて、ゴーグルに必殺技と超必殺技のアイコンが出ているから、それを見る。すると、ヘルメットに内蔵されたコンピューターが視線を感知して、必殺技や超必殺技を出す動作をすれば放てる仕組みになっているんだよ」

 尚、通常の操作であれば、必殺技はコマンド入力でいつでも発動可能。ただし、超必殺技は専用ゲージがライフゲージの下にあり、自分のキャラクターの攻撃が対戦相手に命中するとそれが溜まる仕組みになっている。

 「つまり、前にあるディスプレイにはゲームの画面。ゴーグルにはアイコンが映っているのですね。両方見ないといけないのは疲れそう」

 「最初はね。でも、すぐ慣れると思うよ。――まず、既存の操作方法とJAマシンでやってみよう」

 2台の巨大電気スタンド――JAマシンから少し離れた所に、テレビとゲーム機がセットされている。

 先日購入したゲーミングチェアには、やはりゲーマーの男子部員がコントローラーを持っており、既に準備万端だった。

 一方、スーツを着た部員の1人は背凭れに自身の背中を合わせ、両肩と腰にベルトを装着する。

 尚、実験の様子を撮影する為、複数のカメラを設置している。

 「じゃあ『スティールメイデン・エウメニデス』を始めるよ」

 「レディー・ファイト!」の掛け声がすると、闘志を掻き立てる軽快なBGMと共にゲームが始まった。激しく戦うキャラクター達を見た鉄子は電馬に、

 「2人とも女の子キャラなんですね」

 「このゲームは美少女と美女しかいないんだよ」

 JAマシンの部員が歩くと、その速度に合わせてルームランナーが動き、ディスプレイの中のキャラクターも前に向かって進む。

 拳や脚を前に突き出すと、キャラクターもパンチやキックを放つ。

 けれども、ゲーミングチェアに座った部員が2連勝した。いずれも圧倒的な差を見せ付けた。JAマシンの方はプレイヤーを何回か交代したが、勝敗は変わらない。

 「やはり、慣れている操作方法の方が強いかぁ」

 電馬がそう洩らすと他の部員達が、

 「そもそも、ぼくらは挌闘経験が無いですから、ゲームキャラ並みに動き続けるのは難しいです」

 「それに、咄嗟の判断で迅速かつ的確にガードしたり、技を出したりするのもね」

 「筋金入りの理系インドア派ばかりだからな」

 「このゲームに詳しくて、挌闘技の経験がある人がすれば結果が違ったかも」

 JAマシンでプレイした部員達は、息が切れて床に座り込んでいる。それを見た電馬は、

 「運動部の誰かを被験者にするしかないか」

 「協力してくれますかね? 悪名高い我々に」

 「泣く子も黙る異科部だからなぁ」

 「じゃあ、生徒会長か副会長に頼む?」

 「あの2人はビビらないだろうけど、逆にこっちがビビる」

 早くも壁に突き当たってしまった。

 「うちのフィジカルエリートと言えば、リッキャーだけど……」

 電馬の言葉に、全員の視線が1人の2年生男子部員に集中する。

 身長192センチメートル、体重85キログラムの巨漢で、自身の鍛え抜いた肉体の写真を羽織った白衣にプリントしている兜岳(かぶとだけ)力矢(りきや)は、

 「ボディービルダーに反射神経と敏捷性と瞬発力を求めないでくれ。オレは肉体美を追及して筋肉を鍛えているんだから、挌闘技やスポーツは専門外だよ。更にゲームはもっと専門外だ」

 「そりゃそうだ」

 「言われてみれば、武井壮と横川尚隆の体つきは全然違うよな」

 「いやいや、武井壮は十種競技の人であって挌闘技の人じゃないぞ」

 「でも、百獣の王を目指してなかったっけ?」

 「どの動物にも勝てるという身体能力を言っているのであって、挌闘技は全く使っていない」

 「話が逸れたぞ。これだと、JAマシンを使ったプレイヤー同士の戦いはグダグダになりそうだな」

 全員が頭を抱えていると電馬が思い付いた。

 「……そうだ! 手塚君にプレイして貰おうよ」

 「私ですかッ!?」

 自身の驚いた顔を指差す鉄子に電馬は、

 「一日中、足場の悪い森の中で素早く飛ぶ虫を追い駆け回し続けている君なら向いているかもしれない」

 電馬の発案に他の部員達も、

 「確かに。ぼく達より向いているかも」

 「反射神経はどうか分からないが、体力とある程度の俊敏さはあるだろう」

 「試してみる価値はあるな」

 乗り気な先輩達に鉄子は慌てて、

 「私なんかより、ゲームにも詳しいショタ子先輩の方が……って、先輩は何処に?」

 「今日は休みだよ」

 「今夜の女子会の準備してんじゃないか?」

 「そもそも、あの人は爆乳だから合うスーツが無い」

 「噂じゃIカップらしいぞ」

 目尻が下がる男子部員。けれども、鉄子の呆れた表情を見て押し黙った。

 「じゃあ、もう1人は誰にします?」

 鉄子の質問に電馬は、

 「他にいないから、今日は君がJAマシンで操作して相手はコントローラーで……そうだ! 僕が相手に――」

 電馬が言い終える寸前、ディスプレイに派手な演出で『挑戦者が現れました』と表示された。

 「今は実験の邪魔になるから、お引き取り願おう――って、こいつはッ!?」

 挑戦者の名前が出た途端、電馬の表情が険しくなった。

 「覇王大帝? 何だか偉そうな名前ですね。知ってる人ですか?」

 鉄子に尋ねられた電馬は、

 「オンラインゲーム界隈で有名なゲーマーだよ。かなり悪い意味でね」

 「メチャクチャ卑怯な戦い方をするとか?」

 「そんな甘いもんじゃない。チート行為をやっているんだ」

 「それって確か、プログラムをいじって自身のキャラを強くする、でしたっけ?」

 「そうだよ。でも、運営は何もしない」

 「1回もペナルティー無しって事ですか!?」

 「そうだよ。まだ証拠を掴めていないのか、権力や財力に屈して黙らされているのか分からないけど」

 「野放しのやりたい放題のイヤなヤツ!」

 「そう、インチキイカサマお手の物。だから、こいつは僕が相手しよう」

 ゲーミングチェアに座っていた部員と入れ替わった電馬はコントローラーを操作した。すると――

     ~ ☆ ~

 「ん? 受けるプレイヤーが変わった――って、ウヲォォォォォオッ!!」

 乱入した覇征――覇王大帝の挑戦を受けたのは、

 「ここにいたのかぁッ! ライペガァァァッ!!」

 歓喜の絶叫の後、メイドからタンブラーを奪い、蓋とストローを取って捨てると残りのシェイクを一気に飲み干した。そして、空になったそれも捨てて、

 「てめーをブッ倒して覇王大帝の名前を轟かせてやるッ!」

 (ムダに床を汚しやがって! そういうてめーもいつかブッ倒してやるッ!)

 透流は床に落ちたタンブラー等を拾い、飛び散ったシェイクを拭き取りながら、大はしゃぎしている覇征を睨み付けた。

     ~ ☆ ~

 電馬は後輩に自信のロッカーから例の軍帽を持ってきて貰い、被って気合を入れた。

 戦闘前の画面では、選ばれたキャラクター同士がバストアップで対峙し、それぞれの名前が表示されている。

 交代した電馬が選んだキャラクターはメイドだった。

 彼女は小柄で痩身、日焼けした肌はミルクチョコレート色で、顔の上半分を白い仮面で覆い隠している。露わになった眼は蛍火色だ。

 「ん? このキャラって……」

 鉄子が思わず指差して呟くと、

 「お気づきになりましたか」

 羽根を束ねて作られた軍扇を持ち、中華風で光沢ある青みがかった白衣に袖を通した男子部員が、高名な軍師みたいな口調で話す。

 鉄子は驚きを抑え切れず、

 「これって、そうですよね! 私ですよねッ!?」

 入部当初、鉄子を初めて見た部員達は、

 「マジで似てる!」

 「そのものじゃないか!」

 「画面から飛び出した!?」

 等と驚きを隠せなかった。特に電馬は愕然(がくぜん)として言葉を失った。

 けれども、鉄子は新入部員らしく緊張していたのもあって、そんな彼等の様子に全く気付いていなかった。

 「このキャラは“アイ・ゼアン”と言って、師匠の形見である刃渡り30センチのダガーナイフを2本使う、奇襲に特化したメイドで、重い病気に(かか)った愛しい旦那様の高額な治療費を得る為に、裏社会で開催されている武闘大会〈スティールメイデン・コロシアム〉に参加するんだ。いつも仮面を着けているのは、フローズヴィトニル流暗黒惨殺メイド術の修行中に師匠を殺した謎の武術家から受けた眉間の傷を隠す為なんだ。しかも、師匠の仇であるそいつが大会にエントリーしているという噂を耳にして――」

 流れる様に早口で説明した電馬は、右眼に眼帯を着けたボンデージ風バニーガールの連続猛攻を巧みに躱しまくっていた。それでいて、一瞬の隙を見逃さず確実にダメージを与えていく。プレイヤーとしてのレベルの差は明らかだった。

 「そして、今戦っている相手は“ラスト・サヴィール”と言って、裏社会では有名な殺し屋だけど、武闘家でありながら妖術を使って相手の武器を一瞬で(さび)だらけにして使用不能にするんだ。しかも、口から毒霧や毒針を吹き出したり、全身に武器を隠し持っていたり、雷を落としたりと卑怯卑劣卑猥な手段で相手をジワジワ追い詰める事に快感を覚える女王様なビアンで――ェェェェヱェッ!?」

 唐突に説明が悲鳴に変わった。

 「今のは何ッ!?」

 間合いは広く、ラストの攻撃は当たっていないのに、アイは後方に吹っ飛んだ。しかも、ライフゲージが3分の1も削られている。

 「ダメージが入った!? どうして!?」

 「それこそ妖術じゃないんですか?」

 「普通はどの妖術もエフェクトが出るんだ。エフェクトが無いなんて有り得ないッ!」

 電馬が珍しく激高している。そして、怒りを込めて断言した。

 「これは裏ワザなんかじゃない! やっぱり、こいつはチーターだッ!!」

     ~ ☆ ~

 「いいねぇ~。〈インビジブルスモッグ〉、今日も最高じゃん!」

 覇征はチート技を成功させて満足している。メイドにポテトチップスを口に入れて貰いながら、

 「必殺技の、バリッ、〈ポイズンブレス〉と、バリッ、違って、モチャッ、見えないからなぁ、ニチョッ、躱せねぇって、ゴックン」

 「食べながら喋らないで下さい、って何度も言いましたよね!」

 透流は粘着質な咀嚼音に顔をしかめた。しかし、覇征はいつもの如く聞き流す。そして、

 「さぁて、ランキングを落としてやるぜ。お馬さんよぉ!」

     ~ ☆ ~

 2度目の不可視の攻撃を喰らった電馬は、

 「だったら、背後を取って!」

 アイは素早くジャンプしてラストの背後に降り立った。すかさず、ガラ空きの背中をダガーナイフで斬り付ける。

 「斬ったぁぁぁぁぁッ!!」

 しかも、アイは謎の攻撃を受けない。

 立ち上がったラストの背後を再び取り、後頭部にハイキックを炸裂させた。すると、グラマラスな肢体が前方に吹っ飛んで倒れ伏せる。

 「やっぱり、チート技は前だけかッ!」

     ~ ☆ ~

 「斬られたぁぁぁぁぁッ!?」

 覇征は絶叫して口の中のポテトチップスだったものを吹き出した。

 「ちょっ、きったなッ!――きっさまぁぁぁぁぁッッッ!!」

 唾液まみれの破片が大量に散らばったのを目の当たりにした透流は、覇征の禿げ上がった頭頂部をブン殴りそうになった。

 (だ~れ~が~掃除すると思ってんだ、ブヒゲロ野郎)

 透流の憤怒の形相と怒声に気付かず、覇征はポテトチップス担当のメイドに3つのディスプレイを急いで拭かせた。

 「さっさとしろッ!――クソがッ、ぜってー許さねぇッ! 馬刺しにしてやるッ!」

 いきり立つ覇征を、透流と拭かされたメイドが睨み付ける。

 (それはこっちのセリフだってーのッ! いつか生きたままトンカツにしてやるッ!)

     ~ ☆ ~

 「チート攻撃は見えないブレスだと思ったけど、正解だったみたいだ」

 「だから、後ろに立つとやられないんですね。すぐに見切ってスゴイです」

 鉄子から称賛された電馬は、

 「……う、うん、まぁ、ねぇ、えへへ」

 本人はクールに「まぁね」と言ったつもりだが、声は上擦っているし、頬は赤いし、表情も緩んでいる。

 「あっ、危ないッ!」

 「おっと、させるかぁッ!」

 集中力が切れていた隙を突かれ、ラストの紅唇から吹き出た毒霧が飛んできた。しかし、間一髪のところで躱す。

 「このまま背後を取り続けて斬りまくるッ!」

 (テッコにイイところを見せるチャンスだ!)

 電馬は闘志を下心を込めてコントローラーを操作した。

 今迄数え切れない程プレイしてきたが、これだけ勝利に対して貪欲になったのは初めてだった。

     ~ ☆ ~

 「やっぱり、背後を取り続けるのは難しい。チートでかなり固くなってるから攻撃が通りにくいし」

 勝利宣言として衣装も全身もボロボロになったアイを鞭打っているラストを、電馬は睨み付けながら呟いた。善戦空しく2連敗を喰らわされたのだ。電馬はチーターの嘲笑が聞こえた様な気がして、思わず歯を食いしばった。

 「今度は私がやります!」

 勇ましい声が聞こえてきた方に電馬が振り向くと、眼鏡を外し、女子の先輩達に手伝って貰ってスーツに着替えた鉄子が立っていた。

 「ゲームは詳しくないけど、とにかく殴る蹴る斬るKILLすればいいんですよね!」

 その言葉に先輩達は盛り上がり、

 「おぉ~! 今年の新人は頼もしいな」

 「負けるな、テッコ」

 「フルボッコでコテンパンだ!」

 「テッコ、ボンバイエ! テッコ、ボンバイエ!」

 等と歓声を送った。

 鉄子はアームの背凭れを装着して貰うと、ヘッドマウントディスプレイ付きヘルメットを被った。ちなみに、ゴーグルには自動視力補正機能備わっているので、裸眼でも眼鏡を掛けている状態と同じぐらい見えている。

 「登録するけど、名前はどうする?」

 「勿論、“テッコ”で!」

 「使うキャラクターは?」

 「アイで行きます!」

 電馬は自前のタブレットを操作して鉄子のプレイヤー登録を済ませ、コントローラーからJAマシンに移行させた。

 鉄子は激しい鼓動と緊張を抑える様に、胸に両手を置いた。

 (私とそっくりなのも何かの縁。力を貸して、アイ!)

     ~ ☆ ~

 「フゴッ! 駄馬野郎が落ちやがった。ぶひっげろげろげろッ!」

 覇征はランキングの一覧表を見て大笑いしていたが、

 「フゴッ! 早速、新しい挑戦者か――テッコぉ? 見ない名前だな……って、同じアイで来るのか? フゴッ、おもしれぇ。初心者にはナメプでじゅーぶん」

 下卑た笑みを浮かべ、

 「何処の下級国民か知らねーが、この覇王大帝様がもっかいメッタメタのギッタギタのボッロボロにしてやらぁッ!」

     ~ ☆ ~

 「チーターが挑戦を受けた!」

 電馬が声を上げると、ディスプレイでは再びアイとラストが対峙していた。鉄子も緊張と怒りの面持ちで身構えている。

 「レディー・ファイト!」の掛け声で対戦が始まった。

 JAマシンの被験者を務めた部員達に較べ、鉄子の動きは段違いだった。

 そもそも、鉄子は幼少の頃からTVゲームに全く触れてこなかった。その上、今回が初プレイ。

 けれども、覇征は反射神経が死んでいるのかと思う程で、動きなれていない鉄子でも何とか対処出来た。しかも、チート技を使わなければ鉄子と大差無い腕前だ。

 ディスプレイの中では熾烈(しれつ)な攻防戦が繰り広げられているが、ラストの攻撃はアイに(ほとん)ど当たらない。

 当初はアイの攻撃もラストに当たらなかった。しかし、次第に命中する回数が増えていった。

 予想を超えた善戦に、部員達から驚嘆の声と歓声が上がる。

 「いいぞ! 上手いぞ! その調子だ! でも、油断しちゃダメだ。慎重に確実に削っていくんだ」

 電馬からアドバイスを受け、

 「分かりました!――って、あれ? これ勝てちゃうかも」

 鉄子は超必殺技ゲージが満タンになっている事に気付いた。

     ~ ☆ ~

 「だぁぁぁぁぁッ! クソがッ!」

 一瞬の隙を突かれて、嵐の如き多重斬撃を繰り出す超必殺技〈シャドウストーム〉を喰らったラストが、()()りながら後方へ吹き飛ばされた。倒れて動かなくなった彼女の上に浮かんだ「YOU LOSE!」の文字が覇征を苛立たせる。

 「何だよッ、初心者じゃねーのかよ!?」

 「初心者なのに覇征様より上手ですよね」

 透流がここぞとばかりに煽る。笑みを隠し切れていない。

 「次もナメプしますか? は・お・う・た・い・せ・い・サ・マ」

 「……いや、コイツは初心者じゃねぇッ!」

 「はい?」

 「どっかのゲーマーが名前を変えてきやがったに違いない」

 「おやおや、そうきましたか」

 「今度は本気を見せてやらぁッ!」

 「明日からじゃなくて?」

 普段なら減給と体罰が確実な発言の連発だが、頭に血が上っている覇征は全く気付いていない。

     ~ ☆ ~

 「肘打ちィッ! 裏拳ッ、正拳ッ、とりゃぁぁぁッ!!」

 アイの連続攻撃に合わせて電馬達は掛け声を上げる。

 そして、とどめの超必殺技が見事に炸裂した。ラストが倒れ込み、「YOU WIN!」の文字が現れると歓声が上がった。

 「勝ちましたよ!」

 「まずは一本先取! でも、相手はこっちを舐めて手を抜いていた。多分、次は本気で来るだろうし、チート技も出すと思う」

 「分かりました!」

 だが、奮闘空しく、セカンドバトルはラストが勝った。当然、チート技を何度も使って。しかも、

 「何だ、今の稲妻の土砂降りはッ!?」

 狼狽えた電馬が叫ぶ。

 「他にもチート技を隠し持っていたなんてッ!」

 ラストの通常の必殺技〈ミョルニルクラッシュ〉は、対戦相手の頭上から一条の稲妻が落ちてくる。これはラストの動作から前兆を察知すれば回避可能だ。しかし、

 「上から落ちてくるのは躱せました。でも、画面いっぱいに十何本も降り注ぐのは無理です」

 鉄子も弱音を吐いてしまった。

 「これ、どうやって攻略すればいいんですか?」

 インビジブルスモッグを避け切れずに喰らったアイが体勢を崩した直後、僅かに残っていたライフを超必殺技によるオーバーキルでゼロにされてしまった。

 「このチート技は、ライフが半分も削られる。しかも、稲妻の間隔が狭くて避ける場所が無い。――済まない。僕にもどうすれば良いのか……」

 訊かれた電馬も途方に暮れていた。それは、他の部員達も同じだった。

☆次回予告


敗走した先は魔法と蒸気の世界。

コロシアムで闘うは、機械仕掛けの巨人(タロス)

偽りの勇者の前に、真の勇者が立ちはだかる。

現代の仙人は電子的幻想郷で遊ぶのか?

第10話「我が名は藍采和(らんさいか)


鉄子、羽化登仙(うかとうせん)す。

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