第8話∶祭りの後は次の前
朝、いつも通り起きて来た鉄子を、線二郎達は今迄以上に睨み付けてきた。けれども、何も言ってこない。
(今朝はいつも以上にメチャクチャ不機嫌。昨日、ポォにやられた事をまだ恨んでいるのかな? それとも、交渉を蹴っ飛ばしてやった事かな?)
それらに加えて拉致計画が失敗した事も不機嫌の原因であるが、彼女には知る由も無い。
(ネチネチ引きずって、しかめっ面を見せ付けてくるから、しばらく顔も見たくない)
見たくないのは、いつもの事だが。
(でも、まぁいいか。今夜はショタ子先輩の女子会に参加するし)
ゴールデンウイークに入る数日前、詳子からパジャマパーティーのお誘いを受けていた。
彼女が異端科学部の女子部員や親しい子達を、豪邸だと噂されている自宅に集め、一晩中面白可笑しく楽しく過ごす。毎月第1土曜日の夜に開催されるが、先月と先週は彼女の都合で中止になっていた。
それを残念がっている子達の期待に応えようと、第2土曜日の夜――つまり、今夜開かれる事になった。
(言っても絶対許可しないだろうし、家を出る直前に置き手紙でもしよう)
両親の方も、鉄子が起き出す前に「旅行に行ってくる」とだけ裏に書かれたチラシをリビングのテーブルに置いて行く事が多々ある。言う迄も無く食費は置かれていないし、ダイニングの冷蔵庫は空っぽ。従って、鉄子のやり方を非難出来る立場に無い。
~ ☆ ~
鉄子の登校中にマスコミらしき集団が離れた所から、こちらにデジタルカメラやテレビカメラを向けて撮影しているが、インタビューをしてくる者は少なかった。
尚、その恐れ知らずの者達は1人残らずポォが放つトパーズイエローの麻痺光線を喰らい、2度と現れなかった。
教室に入ると、章子と涯人以外誰もが遠巻きに眺めてヒソヒソ話をする。HRでは担任も何か言いたそうだったが、不自然な程こちらを見ない。
1時限目が終わった休憩時間。章子は昨日撮り損ねた、棒付きチョコレートを食べてアールグレイを飲むポォを動画に収めて満足した。
その後、昨夜ツゲッターに大量投稿された〈謎の巨大ロボットvs大帝院グループの巨大ロボット部隊〉の動画の1つを見ながら、
「あたしも現場で巨大ロボバトル見たかったなぁ。ショタ子先輩に連れて行って欲しかったんだけど、『危険だから』って断られたんだよね」
棒付きチョコレートを咥えたまま、そう言って加えて悔しがった。そして、
「にしても、たった一晩で有名人になっちゃったねぇ」
ユアチューブやツゲッターには、玉虫色のロボットの動画や画像が数え切れないぐらい上げられ、トレンドには遂に「手塚鉄子」の名前まで出てきた。
更に、ネットやツゲッター等では陰謀論者達が、
「あのロボットは〇〇国の新兵器」
「いや、××国の新兵器に間違いない」
「違う。△△国が宇宙人と契約して手に入れた」
等々、色々な陰謀論を繰り広げている。
また、数多の宗教団体やスピリチュアル団体、異星人の存在を信じている団体、魔術結社等からも、
「あのロボットは神の使い。あの少女は巫女に選ばれた」
「あのロボットは悪魔。あの少女の正体は悪魔と契約した魔女だ」
「あのロボットは宇宙人の使者。あの少女は人類の代表に選ばれた」
「あのロボットは少女は高次元宇宙の大いなる意思から遣わされた、地球人類を導く存在」
等々、それぞれの組織の代表が受け取ったと言い張る、様々なお告げやメッセージが飛び交っていた。
「ざっと見たところ、悪魔って言ってる団体が一番多い感じ。アバドンとかパズズって単語がよく出てくるね。まぁ、あのキメラな見かけじゃあ、しゃーないかぁ」
「色んな虫の特徴があってカッコイイのにぃ」
「その次に多いのが、宇宙人が送り込んだ地球破壊兵器説。あと、
『見た目とキックが歴代仮面ライダーの寄せ集め』
『石森プロと東映とバンダイナムコの許可取ってんの?』
『フィギュア出たら買うかも』
って意見もちらほら」
「みんな勝手な事言ってるなぁ」
「あと、もうすぐ臨時閣議が開かれて、昼から官房長官から発表があるって」
「とうとう政府まで。昨日、あのロボットの回収に失敗したから、だよね?」
「みたいよ。これについてもツゲッターで大盛り上がり絶賛炎上中」
「やっぱり、みんな勝手な事言ってるなぁ」
呆れた鉄子は話題を変えた。
「ところで、今朝、ショタ子先輩から来たドラララインで知ったんだけど、あのロボットが初めて現れた時、姫科研のサイバー部門が全ての特定班の妨害をして、私に辿り着かない様にしてくれてた、って」
「さらっとスゴイ事言ったわね」
章子は少し引いていた。けれども、すぐ気を取り直して、
「とにかく、異科部のOB・OGが後輩想いだね。それにしても、全ての特定班を妨害出来るなんて……だから、静かだったんだ」
「でも、『ここまで画像や動画がアップされて、ニュースやワイドショーでも流れたから、これ以上は対処出来ない』ってショタ子先輩から謝罪された。先輩も姫科研も悪くないのに」
「悪いのは特定班とマスコミなのにね――ぇぇぇえぇッッッ!? おいおいおいおいッ!!」
章子はこれまでに無いぐらい驚いていた。
「いきなりどうしたの?」
「これって、昨日、あのロボットを連れ去ろうとした博士の仲間じゃない?」
見せられた記事は、十数人の男達が全裸で拘束されたまま、県庁と駅の間にある公園に放置されていた事件だった。
「全員が大帝院グループの社員かぁ。間違いないね」
「検索してみると……やっぱりあった」
匿名で投稿された動画の中では、男達があられもない痴態を晒していた。2人は知らないが、女王様達にみっちりねっとり調教された回収班のメンバーである。
全員全裸でボールギャグは昨夜と同じだが、背中と臀部には無数のミミズ腫れが走り、溶けて固まった赤い蝋が張り付いている。しかも、荒縄で亀甲縛りの上、M字開脚になる様に両脚を固定された状態で、木材だけで造った梁と支柱に吊るされ、微風を受けてブランコみたいにゆらゆら揺れていた。
「ウホッ! こんなのがお尻に入るのはまだ分かるけど、あんなのがティンティンに入っちゃうなんて……なのに、ボッキボキじゃん! けしからんぐらい参考になるなぁ。次回作はガチでスッゴイ事になっちゃうよぉ~。ヒャッハー!!」
「ショコラ、喜び過ぎ。早くヨダレと鼻血拭いて」
更にトドメとばかりに、彼等の背後には本人の氏名・現住所・電話番号・職場・ツゲッターのアカウント・裏の顔等が詳しく列記されているフリップが立札の形で披露されていた。
顔にもフリップにも股間にもモザイクが無いので、やがて削除されるだろう。けれども、拡散の猛スピードに追い付けない。
実際、研究所だけでなくグループ傘下の全企業にもマスコミからの質問と市民からの苦情の電話が殺到している。また、メンバーの自宅にも大勢のマスコミが押し掛け、非難の電話が絶え間無く鳴り続けていた。
章子は拡大されたフリップに注目する。
「ところで、職業が2つ書いてあって、2つ目は〈鎌鼬組所属忍者〉ってなってるけど、これってマジかな?」
「うーん、そうかもしれない。だって、あのロボットをワイヤーで縛り上げた奴ら、アニメや映画の忍者みたいにメチャクチャ速くダッシュしたり、メチャクチャ高くジャンプしてたから」
「あたしもネットに上がった動画を何本か見たけど、CGかって思うぐらいスピーディーでアクロバティックな動きだったよね。トムもジャッキーもトニーもドン引きするレベル」
「大帝院グループって忍者もいるんだなぁ。大金持ちってスゴイなぁ」
「その忍者について考察がネットに上がってるんだけど、大帝院家って元々大名華族の大鼎家で、明治維新後は士族の商売で没落するとこが多い中、大成功して財閥になったって。で、その時に今の変な名字に変えたらしいよ」
「じゃあ、忍者達は維新の前から仕えていたって事?」
「うん。戦国時代かららしいよ。で、大帝院グループだ成功と発展を繰り返してきたのは、この忍者達とお抱えの陰陽師達が裏であくどい事をしまくっていたんじゃないか、って噂が元々あったの」
「陰陽師もいるんだ! でも、噂でしょ?」
「そう、根も葉も無い都市伝説だと思われてた。けど、今回の事件で『忍者はガチでいるんだ』ってなっちゃった」
「忍者がいるのは事実だった。じゃあ、陰陽師の存在や暗躍も……ってなるよね」
「それだけじゃなくて、極端な長男教なのもバレちゃって、ネットで炎上しまくってる」
「何それ? どんな宗教よ?」
「大帝院家に嫁いだ女性は期限以内に男の子を産まないと離婚される、って」
「何そのムカつく話!? いつの時代よ?」
「しかも、初めて産んだのが男の子じゃなかった場合も離婚されるし、愛人が先に男の子を産むと妻の座が入れ替わる、って」
「何そのムカつくシステム」
「その上、愛人は何人もいて、本妻を含めて誰が最初に産むかを競争させてるらしいよ」
「何そのムカつくレース」
「それでね、長男の名前には必ず〈覇〉を付けて、次男から下は〈臣〉を付けるらしい」
「分かりやすいね。つまり、長男以外は彼の家臣って事かな?」
「そうみたいね」
「……あれ? もし、長男がメチャクチャ出来の悪い、カチでどうしようもない無運無才無知無能無力だったらどうするんだろう?」
「多分、『急病』で……」
「……あぁ! または『思いがけない事故』で……」
「とにかく、お亡くなりになって貰う。で、優秀な次男が悲しみを乗り越えて跡目も覇が付く名前も継ぐ、っていうシナリオ」
「改名もするんだ。それじゃ、女の子が産まれた場合は?」
「えぇと、親孝行の〈孝〉を付ける、って書いてある。黙って親に従って親の利益になる事だけしろ、みたいな感じかなぁ」
「うん。こりゃあ色んな所から叩かれちゃうって」
「去年の年末に何か色々あって、前の総帥が電撃引退して、息子が慌てて引き継いだらしいけど、あっちからしたら『またかよ。ツイてねー! 呪われてんじゃね?』って思ってるだろうけど」
「あのロボットを狙ったから『ザマァ』っていうのが私の正直な気持ち。まぁ、ちょっとやり過ぎかな、って感じもするけど」
恐らく、自身が拉致されかかったと知ったら「こんなんじゃあ全然足りないッ!!」と憤慨していただろう。
鉄子の言い分に章子が頷く。
「確かに。こんな野外放置プレイもえげつないけど、ネットにバラまくのもえげつないね」
「これって一生消えないよね」
「うん。一生付いて回る。マジ怖いわ~。デジタルタトゥーの中でも最悪の方じゃん」
「でも、何でわざわざこんな手の込んだ事をしたのかな?」
「確かに。一晩中、集団野外プレイした後で放置プレイし過ぎたのかな?」
「プレイは別の場所だったとしても、これだけの人数を置き去りにしている最中に誰か来て見られたらお終いだし」
「よっぽど、こいつらに恥をかかせたかったのかな?」
鉄子と章子には聞こえなかったが、いつもの様に俯せになっている涯人が小声で呟く。
「そういう依頼だったんだ。お陰で寝不足だよ」
~ ☆ ~
「何が『調子はどう?』だぁ~。見たら分かるよね!」
同じ頃、朝の挨拶をした詳子は舞世から寝不足の顔を見せ付けられていた。
「これ、返す。あいつらが白状した内容は全部入ってるから」
舞世は詳子にUSBメモリーを手渡すと、すぐさま前髪を下してコバルトブルーの両眼を覆い隠した。そして、珍しく本を開かずに机の上で両腕を枕にして顔を伏せ、そのまま話を続ける。
「普段は金・土の夜と祝日の前夜しか出勤しないの。そうしないと、次の日もたない。こんな風にね」
「それは申し訳無い事をした」
「しかも大規模だったし。それに、届いたばかりの本をゆっくり読みたかったのに……とっても楽しみにしていたのに……」
詳子の顔は見ていないが、コミュ障とは思えないぐらい流暢に話している。ただし、その声は横に立っている彼女にしか聞こえない程小さい。
「本当に済まなかった。この償いは必ずする」
「期待してるから。――それにしても、どうして分かったの?」
「何の事かな?」
「惚けないで。連休前に言ったよね、『団体客をお願いするかもしれない』って」
「確かに」
「そして、団体客を白状させたら、例の後輩の拉致計画の実行部隊じゃない。驚かない方がどうかしてる。どうやって事前に知っていたの?」
「残念だが、それは極秘事項なので教えられない。ある人の週末のバイトを誰にも洩らさないのと同じだよ」
「くっ……分かった。聞かないでおく」
言い負かされた舞世は話題を変えた。
「ところで、事前にくれた強制勃起剤、使ってみたよ」
「どうなった?」
「普段のプレイに薬なんて使わないけど、客じゃなくて犯罪者だから試してみたんだ。Mでもないのに叩いても踏んでも垂らしても突っ込んでも勃ちっぱなしだから『激痛と屈辱を喰らっているのに感じているんだねぇ』って煽ってやった。すると、犯罪者なのに情けない顔になってね。その所為で仕事と威厳を忘れて笑い転げそうになって、耐えるのに必死だったよ。新人達にも好評だったし」
微かに思い出し笑いが聞こえた。
「あと、あいつらが持参してた液体窒素をちらつかせて『そのカッチカチになった粗末なバナナを、こいつでカッチカチにして釘を打ってあげようか?』って言ったら、青ざめて震え出したから、これまた我慢するのが大変だったよ」
「えげつないな」
「仕事だからね。そう言う天道達も、あんなえげつない薬を造ってるじゃない」
「あれは造ったのは私でも疋島部長でもなく、先代部長なのだが――」
「私からすればどっちでもいいし。まぁ、疋島先輩じゃなかったのは意外だけど」
「部長は機械いじりとプログラミングが得意で、化学と薬学は専門外だから」
「そうなんだ。あと、あの人、絶対ムッツリドスケベだね。だから、作った人だと思ってた」
「好色かどうかは何とも言えないし、そもそも興味すら無い」
「そっか。“彼”以外に興味が全然無いのは相変わらずなんだ」
図星を突かれた様な表情を浮かべた詳子は、
「ところで話は変わるが、久し振りに君の綺麗な青い眼が見えた。やはり前髪は短くした方が似合っていると思う。そうすれば、不本意な綽名で呼ばれなくなる筈だ」
「余計なお世話。私を口説くぐらいなら“彼”を口説いたら?」
「いや、既にしている。だが、いまいち手応えが感じられなくてね」
「じゃあ、“彼女”に口説かれる?」
「それは避けたいな。その事で相談がある。どうすれば――」
「私に恋愛相談はやめて。それこそ専門外だから」
「意外だな。そちらの方面も経験豊富だと思っていた」
「オーナーや先輩達にもそう言われた。エリザベス1世と同じヴァージンクイーンなのに」
「成程。彼女は『私はイングランドと結婚している』と言ったが、君はさしずめエス――」
「はいはい。もうすぐ休憩時間が終わるから、自分の教室に戻って」
手で追い払われた詳子は、踵を返しながら言った。
「次が来るかもしれない。その時は――」
「今回、新人達の講習が出来た事は感謝してる。みんな予想以上に上達したし、沢山の他の店にも感謝された。だから、本物の忍者を調教するぐらい珍しい依頼なら引き受けてあげても良いよ」
その答えに詳子は微笑を浮かべて軽く頷いた。
~ ☆ ~
やはり同じ頃、秀臣は大帝院総合研究所の自室にて電話を通じて、総帥にして実父から叱責を受けていた。
『グループ始まって以来の不祥事だぞ! この責任はどう取るつもりだ?』
「お言葉ですが、警察やマスコミに手を回せなかったのですか?」
「早朝から大勢の一般市民に見られ、ネットに拡散されたんだ。昨夜の失敗と同じだ。いくら圧力を掛けても、こうなってしまえば……」
不測の事態を想定して、回収班全員に社員証やスマートフォン等、身元が分かる物は一切持たせていなかった。
(それなのに、どうして分かったんだ?)
秀臣達は知らないが、彼等は執拗な調教に屈してしまった。苦痛と屈辱を快楽に自動変換するマゾヒストにこそならなかったが、絶え間無く心身を苛むバラエティーに富んだ責めに耐え切れず、一刻も早く逃れようと問われるがままに洗いざらい正直に答え、差し出されたプレートに自ら記入したのだ。
『とにかく、次の手だ。何としてでも大小のロボットと女子高生を確保しろ』
「分かりました。次こそは必ず」
受話器をそっと置くや否や、秀臣は抑えていた苛立ちを露わにしてデスクに拳を叩き付けた。
「クソオヤジがッ!! こっちの苦労も知らずに!」
「朝から大荒れですね」
「当然だろッ!」
キャサリンが持ってきた、最高級キリマンジャロが入ったティーカップを受け取ると、自棄酒みたいに一気に飲み干す。
彼女は秀臣の性格だけでなく機嫌が悪い時の癖も熟知しているので、飲みやすい様に少し温めにしてシロップを入れていた。
「正体不明の妨害者がいる。その上、あのバカが動き始めたとの情報も入ってきた。絵に描いた様な前門の虎、後門の狼だ。……いや、片方はブタヒキガエルか」
「先程、報告がありました。あのロボットの青い光を浴びた者は全員が物凄く怯えて、まともに会話が出来ないそうです」
「怯えている? 薬物反応は?」
「ありません。外傷も全く。ただし、医療部のMRI検査によると、松果体や海馬等に損傷や萎縮が見られるとの事。それが長時間怯え続けている原因かと」
「つまり、あのロボットやカブトムシロボットは、青い光線を浴びせるだけで恐怖を与えるのか?」
「恐らく。赤い光線は切断や破壊。黄色い光線は全身麻痺。水色の光線は冷凍。橙色の光線はバリア。緑の光線は飛行。紫の光線は瞬間移動。そして、青い光線は凄まじい恐怖心を起こさせる、といったところでしょうか」
「厄介だな。一瞬で長時間戦意を喪失させる。しかも、光線が枝分かれやカーブして追尾するなんて……そんな兵器が実在するなんて、この眼で見たのにまだ信じられない」
「やはり、異星文明の兵器は地球のそれらを遥かに凌駕していますね」
キャサリンは褒める様な口振りだ。
「それと額の文様ですが、皮膚が変色したものらしいです。その仕組みは同じく不明ですが」
「そう言えば、手塚鉄子に絡んで青い光を浴びた男はどうなった?」
「姫科研によって入院先から研究所内に移されていました。なので、彼については何も分かりません。彼の自転車も警察から研究所に移されたので、どの様に切断されたのか調査出来ません」
「こちらより早く状況を把握していた訳か」
「動画が出回った頃から動き出していたみたいです」
「相変わらず目敏い奴等だ」
「ところで、逮捕された回収班のメンバーはどうしましょうか?」
「うちの顧問弁護団を送ってやれ。上手く対処させろ」
キャサリンに指示してから2杯目のキリマンジャロを一気飲みする。口を付ける前、デスクの一番大きな引き出しの奥から取り出した、最高級スコッチウイスキーを少量入れている。
普段なら、キリマンジャロとスコッチが混ざり合った味と香りが彼をリラックスさせるのだが、今回は違った。
「何が戦国時代から連綿と続く影の一族だ。全部白状しやがって!」
空いたカップにウイスキーをそのまま注ごうとしたが、白くたおやかな手で止められた。
「平日の朝の職場ですよ。誰かに見られたら大事になります」
「今更よく言う。普段からこんな事もしているのに」
秀臣はキャサリンを素早く抱き寄せて美唇を奪う。やがて、ゆっくり離れると2つの唇の間で唾液が糸を引いていた。
「職場に不適切な行為はいけませんよ、部長」
「違うな。これは気分転換の脳トレだ。次の計画を考え付く為のな」
秀臣はキャサリンを自身の脚の上に座らせると、彼女の胸元のボタンを片手で外し、そのまま差し入れた。
キャサリンは制止も抵抗もせず、満更でもない笑みを浮かべている。
「今朝も元気ですね。昨夜も帰ってから憂さ晴ら――いや、脳トレをしたのに」
男の荒々しい愛撫に委ねながら尋ねる。
「では、これからいかがしましょうか?」
秀臣は手の中で形を変えるそれの感触と温かさ、そして首筋に鼻を押し付けて女体の匂いを味わいながら、
「今はどんなに責められようと、じっくり練るんだ。今度こそ確実に奪取する計画を。
――思い知らせてやる。この国の“大帝”に逆らい続けられた者は1人もいない事を」
五感で快楽を貪り、心は怒りに燃えつつも、頭は冷静に思考を巡らせていた。
~ ☆ ~
大きな欠伸が洩れ出た。それも2つ。
全員が忙しなく事務を処理しているオフィスで、向かい合わせになった女性社員が同時にしてしまったのだ。しかも、2人の愛らしい美貌は瓜二つなので鏡を見ている感じだ。
それを見た、係長の席に座っている長身で引き締まった風貌の中年男性が、
「昨夜は御苦労様」
と、歩み寄って労った。
「あ、済みません」
欠伸を見られた双子の姉妹は、顔を赤くしながら異口同音に謝罪した。
係長は言葉を続ける。
「君達のお陰で牽制出来た。当分はグループ全体で計画の実行が困難になる筈だ」
「そう言えば、サイバー班の方はどうでした?」
「あっちも残業だったと聞いていますが?」
2人から訊かれた係長は、
「一晩で複数の情報漏洩や考察をアップしたから、彼等も欠伸をしていたよ」
それを聞いた2人は、
「メンバーの人数以上の人達が書き込んだと思わせる為、細工が色々大変だったんでしょ?」
「しかも、発信元がこの会社だとバレない様にする為、細工が色々大変だったんでしょ?」
「そうだね。でも、サイバー班にとっては通常任務だよ。彼等同様、君達も任務手当が付くから安心して」
それを聞いて喜ぶ2人だが、すぐに疑問が浮かんだ。
「そう言えば、あの人に手当は付くのですか?」
「正社員ではなく、バイトですが」
係長は彼女達の不安を払拭する様に、
「勿論、彼にも付くよ。そもそも、彼がいなかったら今回の任務は成功しなかったからね。将来有望だよ」
それを聞いた双子は我が事の様に喜んだ。そして、同じ事を思った。
(今夜はたっぷり御褒美をあげちゃうから。楽しみにしててね、涯人)
~ ☆ ~
俯せになっていた涯人は唐突に身震いし、珍しく休憩時間中に顔を上げた。
(急に寒気がしたな。……まさか、またあいつらのオモチャにされるのか?)
☆次回予告
オンラインゲームで無双する覇征。
唾棄すべき手段で得た王座は汚されている。
激突するテッコと覇王大帝。
そして、敗走した先に真の勇者が立ちはだかる。
第9話「その名は藍采和」
現代の仙人は電子的幻想郷で遊ぶ。