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第4話:招かれざる使者ども

 翌朝、昨日の件について問い詰められるのを避ける為、両親が起き出す前に家を出た。寝不足な上に朝食抜きは痛いが仕方無い。

 マウンテンバイクで1時間近くかけて学校に向かう。見知らぬ人達と閉鎖された空間に押し込まれて動く乗り物が幼少の頃から苦手なので、列車と同じくバスも乗れない。自転車通学を選ぶのは必然だった。

 途中にある3社のコンビニ全てに寄り、朝食と昼食を買っていると、客だけでなく店員からもジロジロ見られた。どうやら、例の動画を見たらしい。

 教室に入ると一番乗りだったが、次々に入ってくるクラスメートは1人残らず鉄子に好奇心と怯えの視線を送り付けた。そして、いずれかのグループに加わってヒソヒソ話を始める。

 それらを(ことごと)く無視し、それぞれのコンビニで購入したツナサンドと玉子サンドを重ねて食べ、味の違いを楽しんだ。勿論、飲み物はジャスミンティーだ。

 そんな様子を見て、誰かが「よく平気で食べられるな」と聞こえる様に呟いた。当然、これも聞き流す。

 どのグループにも属していないのは、最後尾の窓際に座っている當郎寺(とうろうじ)涯人(はてと)だけだ。ただし、彼は授業以外はいつも(うつぶ)せになって眠っており、誰とも話そうとしないので通常運転と言える。

 小柄で蟷螂(カマキリ)の様に細い。今は見えないが童顔で、体型と相まって小学生高学年に間違われる事もしばしば。大振りの眼鏡を掛け、いつも眠たそうな眼をしている。動作が緩慢で体育の授業でも走るのが遅く、「トロトロ走っている」様に見えるところから“トロトロ寺”と陰で呼ばれている。けれども、不思議な事に直接・間接を問わず嫌がらせをされていない。いつも全く目立たず、どこか空気みたいなところがあった。

 「おっはよー!」

 いつもの様に教室に入ってきた章子が鉄子に向かって前の席に座った。

 「今朝は教室の雰囲気が違うね。どうしたの、当事者さん?」

 「おいおい、知ってる癖にぃ~」

 2人はケタケタ笑った。どちらも神経が図太い。

 「またまた創作意欲に火を点けてくれたねぇ~。で、あれは異科部か姫科研の誰かが造ったの? それとも、どっかの国の新兵器?」

 「部長が姫科研に問い合わせてくれたけど、無関係だって。勿論、うちで造った人もいないし……。どっかの国が巨大ロボットを造ったなんてニュースやってた?」

 「テレビでもネットでも見た事無いなぁ。じゃあ、やっぱりファーブル星人絡みかぁ~」

 「そうだろうね。ポォと連動しているみたいだったし、マークもお揃いだし」

 「じゃあ、確定じゃん。スパイやエージェントに拉致られない様に気を付けて」

 「この状況じゃシャレになんないよぉ~」

 その後、ホ-ムルームの時間になり、担任教師が連絡事項を告げ終わると、

 「手塚、ちょっと来い」

 鉄子は職員室に連れて行かれた。独房に連行される囚人の気分だ。

 そこには明らかに教師ではない2人の男性が待ち構えていた。1人は20代半ば、もう1人は40代前半と思われる。

 「初めまして。君が手塚鉄子さんだね」

 話し掛けてきたのは若い方で、2人は同時に警察手帳を見せた。

 「授業前に悪いね。昨日の夕方の件で訊きたい事があるんだ」

 「特に話す事はありません」

 鉄子は自分でも不思議なぐらい冷静に返した。

 「(とぼ)けても無駄だよ。君と自転車でぶつかりそうになった男性の家族から被害届が出ている。それに、一部始終が映っている動画がネットに出回っているんだ」

 「そうですか。でも、お話する事は何もありません。私もあのロボットの事は何も知らないので」

 「そう言わずに詳しく教えて欲しいんだ。ここで素直に話してくれたら、すぐに済むんだ。

  ――でないと、ちょっと署まで来て貰わないといけなくなる」

 「任意同行ですか? それとも強制連行?」

 「態度によっては後者かな。君には傷害と器物損壊の容疑があるしな」

 「行くなら、部長達に説明してからです」

 「あのイカれた連中か! だから、君も生意気なんだな」

 異端科学部は地元警察にまで知られているらしい。それも良くない意味で。

 「とにかく、部長達に話してからです。そうでなければ、誰にも話したくありません」

 「そういう態度なら後者だな。――今すぐ署に来て貰おうか」

 若い刑事が鉄子の手首を掴んだ。それによる痛みと不安と恐怖に襲われた時、制服のポケットからポォが飛び出した。

 「痛いッ!」

 ポォが鉄子を掴んでいる手にぶつかったのだ。思わず手を離してしまった刑事が叫ぶ。

 「何だこれはッ!?」

 「こいつ、動画に映っていたアレじゃないかッ!?」

 先輩刑事も叫んだ時、複眼がトパーズイエローに光るポォから「キュィィィン! キュィィィン!」と警告音が鳴り響いた。

 「まさか、また来てくれるの?」

 鉄子の声が弾んでいる。不安より期待の方が大きいのは明らかだった。

 「何がだ?」

 「やはり知っているな!」

 刑事達が鉄子に詰め寄った時、ポォの複眼がルビーレッドに変わって「ヴィィィン! ヴィィィィン!」と抗撃宣言の鳴き声を発した。すると、角から昨夜と同じく一条の赤い光線が射出され、刑事達の足元に命中してリノリウムの床を(えぐ)った。

 「こ、こいつは……」

 「まさか、殺人兵器かッ!?」

 刑事達の顔が青ざめる。

 一方、ポォは彼等から庇う様に鉄子の前でホバリングしている。

 「また守ってくれてありがとう」

 鉄子がお礼を言った直後、彼女とポォはガーネットオレンジに光る斜方立方八面体に包まれた。

 間髪入れず、グラウンドにアメシストパープルの閃光が走った。

 窓の向こうでは、巨大な斜方立方八面体が消えて玉虫色のロボットが降り立っていた。

 「やっぱり来てくれたんだッ!!」

 歓喜の声を上げた鉄子に、刑事達は改めて疑いの眼を向けた。

 若い刑事が彼女を捕まえようと手を伸ばした。けれども、指先が多面体に触れた途端、鮮やかな橙色の火花と電光が激しく飛び散った。彼の顔が激痛で歪み、呻き声が洩れ出る。

 「まさか、バリアかッ!?」

 成り行きを見守っていた教師の1人が叫んだ。SFみたいな状況にこれ以上言葉が出ない。

 窓の外では警告音を発し、複眼をトパーズイエローに光らせている緑のロボットが片膝を突いて左手を伸ばしてきた。刑事や教師達が怯み(おのの)く。

 鋼の巨大な左手は窓や壁を突き破り、事務机等を蹴散らして鉄子の前で止まった。

 すると、飛んできた破片や椅子等を弾き返した斜方立方八面体が消えた。鉄子はすぐさまその掌に乗った。

 玉虫色のロボットは「リィィィン、リィィィン」と心地良い鳴き声を発しながら、彼女が乗った手を動かした。その仕草は昨日のサラリーマンに対するものとは大きく違い、捕まえた蝶をそっと持ち上げる様な繊細さが見られた。

 (ポォと同じ匂いがする)

 掌に優しく包まれた時、ポォと同じく森の香りがした。それだけで不安も恐怖も消えていく。

 「その子を放せ!」

 「今すぐ下ろすんだ!」

 外に飛び出した刑事達が命じた。けれども、玉虫色のロボットは従わない。それどころか、2人を見下ろす複眼に強い意志が窺えた。相手は無機物だが、はっきりと抵抗の意志が見えたのだ。

 そのロボットの複眼はトパーズイエローに、そして鳴き声は「キュィィィン! キュィィィン!」と不快なものに変わり、昨夕と同じ様に右手を頭上に突き出した後、伸ばしたその手の人差し指と中指の先端を刑事達に突き付ける。

 自らの危険を察知した彼等は一斉に拳銃を引き抜き、銃口を玉虫色のロボットの顔に向けた。

 「やめてッ!!」

 掌の中で鉄子が叫んだ。

 「彼は何もしない! 私を助けてくれただけなの!」

 「そんな事、信じられるかッ!」

 若い刑事が怒鳴り返したその時、

 「そこまでッ!!」

 不意に詳子の凛々しい声が響いた。

 その直後、銀色と青色の巨体が2つ、刑事達の前に滑り込んできた。

 どちらも全高が2.5m程の人型ロボットで、左胸に異端科学部のシンボルマークが描かれている。両足首の左右にはタイヤが装備され、これが高速移動を可能にしていた。

 モーターヴァーレット――通称〈MV〉、和名〈電動従僕〉。姫科研と異端科学部では自作のロボットをそう呼んでいる。

 2体のモーターヴァーレットのうち、1体はメタリックシルバーの洋式鎧(プレートアーマー)を装着した騎士を模しており、もう1体はメタリックブルーで牡牛の様な頭部と筋肉質の体を持っていた。

 白銀のMV〈フェッルム〉の背中に備わった座席には白衣を着た電馬が、青いMV〈コバルトゥム〉の背中の座席には同じく白衣を羽織った詳子が座っていた。

 フェッルムは電馬が、コバルトゥムは詳子が設計し、姫科研の全面的支援を得て造られた。忠次郎と同じくアトモスが搭載されており、UGで遠隔操縦する。

 2人は普段から通学・帰宅に使っており、授業中は他の生徒達の自転車や原付に混じって自転車置き場に置かれていた。

 2人は愛機から降りずに刑事達と対峙した。

 「あのロボットに敵意や害意はありません。ただ、彼女を守る意志――彼女を脅かす存在を排除する決意があるだけ」

 「お前……いや、あなたは!?」

 詳子の顔を見た先輩刑事がたじろぐ。若い方はそんな態度を訝しそうに、

 「先輩、こいつは何者ですか?」

 「口を慎め! 彼女は大――」

 そんな彼等に電馬が話し掛けた。

 「まぁ、落ち着いて下さい。あのロボットは手塚君に危害を加えない限り、僕達に手出ししませんよ」

 すると、先輩刑事が電馬に詰問した。

 「あのロボットは、お前達が造ったのか? それとも研究所か?」

 「いえいえ。今回はどちらも違いますよ。でも、ほんの少しだけ関係していまして」

 「どちらにしろ、お前達の仕業だな」

 「そんな言われ方は心外ですねぇ。あのロボットは手塚君が“友達”から贈られた物です。しかし、よく分からない点が多々あるので、これから調査する予定なのです」

 「まさか、あの研究所に?」

 「はい。姫科研には連絡済みです。間も無く到着するでしょうね」

 その時、先輩刑事のジャケットの内ポケットからコール音が鳴り響いた。

 「早く出られた方が良いと思いますよ」

 「余計な事を言うな!……もしもし」

 会話からすると、相手は上司らしい。やがて歯ぎしりしながら通話を切った。

 「……今回は、あの研究所に全て任せる」

 「そんな! 良いのですか!?」

 「上からの命令だそうだ。クソッタレ!」

 「そうですか。御苦労様です。後は僕達にお任せ下さい」

 電馬が丁寧な仕草で頭を下げると、刑事達は舌打ちして去った。

 詳子は呆気に取られている教師達に告げる。

 「今回の件は全て異端科学部にお任せ下さい。尚、修理費用は全額、私が支払いますので請求書を下さい。よろしいですね?」

 すると、教師達は渋々ながらも頷いて立ち去った。

 教師を黙らせる詳子の成績は常に最上位。既に発表済みの幾つかの論文は、学界で注目が集まっている。

 それもその筈、堤中高校に入学する前にスマラクトラントにて、小学生の頃から飛び級を繰り返し、優秀で高名な科学者やノーベル賞受賞者を多く輩出しているハグチューセック工科大学(通称:HIT)を15歳で卒業していた。

 しかも、理知的でクールな顔立ちに女性ですら見惚れるプロポーション。従って、異性・同性を問わずモテており、校内外を問わず完璧超人で有名だった。

 そんな彼女に対して、教師や生徒達が口を揃えて挙げる欠点はたったの2つ――そのうちの1つは、異端科学部に所属している事。

 ここまで成果を出している眉目秀麗・才色兼備・長身・美爆乳・美巨尻な令嬢とあれば、一介の教師では太刀打ち出来ない。実際、彼女に反論出来る教師は1人もいなかった。

 一方、ゆっくり地面に降ろされた鉄子は、玉虫色のロボットの背中にエメラルドグリーンの光で形作られた蜻蛉の翅が現れたのを見て慌てて制止した。

 「待って、行かないで!」

 複眼がサファイアブルーに戻った玉虫色のロボットの動作が止まる。

 「私は手塚鉄子。あなたは誰なの? 名前は? お願い、教えて」

 すると、例の鈴虫の様な鳴き声が発せられた。

 「ごめんさない。あなたの言葉が分からないの。でも、私の味方なのは分かる。今回も助けてくれてありがとう」

 丁寧に頭を下げて礼を言うが、返ってくるのはやはり鳴き声だけ。

 そこで鉄子は提案した。

 「イエスならこんな風に首を縦に振って。ノーならこうやって首を横に振って。私の言っている事が分かる?」

 すると、玉虫色のロボットはゆっくり頷いた。

 「うぉぅ! 意思の疎通は可能かぁ」

 電馬が口元に白扇を当て、眼を見開いて呟く。

 「テッコ君、そのロボットを引き留めてくれ。もうすぐ姫科研から調査班が来る」

 詳子に言われ、鉄子は言葉を続ける。

 「あなたの事をよく知りたいから協力して欲しい。決して傷付けたりしないから」

 すると、再び頷いた。そして、背中の翅が消えた。

 「手塚君の言う事を聞いた!? 彼女には従順みたいだねぇ」

 「今のところは、ですが」

 「意味深だねぇ」

 電馬と詳子は玉虫色のロボットを警戒しながら鉄子に駆け寄る。

 「ありがとう」

 鉄子が再び礼を口にすると、そのまま立ち尽くして微動だにしなくなった。ちなみに、ポォはいつの間にか鉄子の左肩に止まっていた。

 「これが昨日の――」

 「例の巨大ロボットかぁ」

 動画ではなく、実物を初めて見た詳子と電馬は、それ以上何も言えなくなった。

 「はい。2度も私を庇ってくれた〈彼〉です」

 「彼? このロボットは男性なのかな?」

 「ポォと同じ様に立派な角があって鳴いたのに、このロボットだと男になる?」

 詳子が確認し、電馬が訊くと鉄子は自信たっぷりに、

 「それでも、そんな気がします」

 「テッコ君がそこまで言うなら、私も男性と認識しよう」

 「よく見ると、ロボットアニメの主人公機みたいでカッコイイね。ファーブル星人ってセンスあるなぁ」

 興奮した面持ちの電馬は、顔はあの特撮ヒーローに似ている、この部分はあのアニメの巨大ロボに似ている等と指摘していく。けれども、挙げられたアニメや特撮に疎い鉄子は、その例えを聞いても全然ピンと来ない。

 そんな彼女に詳子が尋ねた。

 「ところで、彼を何と呼ぶべきかな? いつまでも、あのロボットとか彼とか呼ぶのは不便だし」

 「そうですね。でも、すぐに思い付きませんよ」

 「じゃあ、エドガーとかアランはどうかな?」

 電馬が提案するが、鉄子は納得しない。

 「う~ん。どちらもしっくりこないです」

 「カブトムシの方はポォなのに?」

 「そうですが……済みません」

 「いやいや、気にしないで! 手塚君のボディーガードなんだから、君が気に入った名前で良いんだよ」

 「そうだ。テッコ君を守るナイトなんだから、命名はプリンセスの君に任せる」

 「ナイトですか!?」

 鉄子の顔が一瞬で真っ赤に染まった。

 「ほぅ、照れているね」

 詳子の指摘に耳まで赤くなった。

 「だって、私を守ってくれたから。それも、2回も。

  初めてなんです、悪者からお姫様を守るみたいに助けられたのは。

  だから、そんな風に言われると恥ずかしくって……」

 「よもや、一目惚れかな?」

 「そ、そんなッ!!」

 詳子の指摘に慌てふためく鉄子。

 電馬が眉をひそめた事に誰も気付いていない。

     ~ ☆ ~

 数十分後、早くも大勢のマスコミと野次馬達によって堤中高校は包囲されていた。頭上には数機のヘリコプターまで飛んでいる。その群衆を警官達が押し止め、敷地に入るのを阻止していた。

 ただし、例外がいた。

 「上からのは撮ってきました」

 校舎の屋上から帰ってきた鉄子は、スマートフォンで玉虫色ののロボットの足元で撮影している詳子に報告した。彼女達以外の異端科学部のメンバーも授業そっちのけで激写している。

 「ツクツク、そっちも頼むよ。――ところで、何で君達もいるのかな?」

 撮影用ドローンを操作している、無数の楽譜だらけの白衣を着た蝉丸(せみまる)(はじめ)に指示していた電馬が尋ねたのは、自身のすぐ横でスマートフォンを使って撮影している章子だった。

 彼女が所属している漫画研究同好部のメンバーが、異端科学部の部員達に混じって撮影やスケッチブックに描いたりしていた。

 「いやぁ、こんな面白そうなネタが現れたのに、素知らぬ顔で授業なんて受けてられないでしょ」

 「気持ちは分からないでもないけど、部外者は駄目だよ」

 「どうしてもダメですか?」

 「残念だけど」

 「そんなぁ」

 章子だけでなく、部長以下も落胆を隠せない。そこで、

 「こうなったら……テッコ、お願い!」

 「他力本願かよ!……部長、どうかお願いします」

 鉄子が頭を下げると、電馬は困り切った顔で口元に白扇を当てて、

 「うぅ~ん……まぁ、手塚君の友達だし、今回だけだよ」

 「うわっ、チョロ過ぎ」

 「甘いですな、部長」

 予想以上に効果抜群だった事に章子は驚き、詳子は呆れていた。その周りでは漫研部のメンバーが歓声を上げている。

 「べ、べっ、別に良いじゃないかッ! 好奇心は科学者も漫画家も関係無い! だから――」

 「では、そういう事にしておきましょう」

 詳子は電馬の言い訳を遮って、

 「話は変わりますが、私から質問。どうして彼は人型なのでしょうか?」

 「どういう意味です?」

 「あたしも分かんない」

 理解が追い付いていない鉄子と章子に電馬が説明する。

 「アンリ達はアゲハチョウそっくりなのに、彼女達に造られたであろうあのロボットは人型。どうして自身と同じ姿形にしなかったのだろう?――って事だね」

 「言われてみれば!」

 鉄子が驚きの声を上げた。

 「そうですよね。ポォはカブトムシそっくりで、宇宙船はトンボそのものだったのに」

 「ファーブル星にはカブトムシやトンボによく似た生物だけでなく、我々地球人類に似た生物が棲息しているのか、それとも似た異星人と交流があるのか……色々考えられるけど、人型を採用した理由が気になる」

 詳子が呟いたその時、数台の4tトラックが校内に入ってきた。どさくさに紛れて一緒に入ろうとした野次馬とマスコミが何人かいたが、1人残らず警官達に取り押さえられた。

 トラックが停車すると、姫科研のシンボルマークが刺繍されたキャップを被り、背中に姫科研のロゴがプリントされた作業着を着た大人達が降りてきて、様々な機材を迅速に運び始めた。

 その中にいた1人で、メタルフレームの眼鏡を掛けて顎鬚(あごひげ)を生やし、痩せ気味の長身に有名ブランドのスーツを着こなした男性が電馬の傍に来た。理知的な顔付きと雰囲気が彼に似てる。

 「お待たせ、電馬」

 「じーちゃん! やっぱり来たんだ」

 「そりゃあ、ロボットと言えば私だろう」

 調査班の責任者である疋島雷馬(らいま)博士は、新しい玩具を買って貰った子供みたいに満面の笑みを浮かべている。見渡せば、他の研究員達も真剣な面持ちだが、両眼は喜びに溢れ、時折こぼれそうになる笑みを隠しきれない。

 姫科研こと『姫花園(ひめはなぞの)最強万能科学研究所』――冗談みたいだが、これが正式名称なのだ――は、世界的に高名な天才科学者・姫花園愛理(あいり)博士が設立した研究施設で、非常に優秀だが奇想奇言奇行が多過ぎる科学者や技術者、そして異端科学部のOB・OG達が多く在籍している。こういった事件にはすぐに首を突っ込む事でも広く知られていた。

 森華の4WDに搭載されているテティスやアトモス、そして部員達が手首に巻いているUGを開発したのはこの研究所である。

 尚、フェッルムとコバルトゥムも、ここで作業支援用ロボットとして開発されたモーターヴァーレットの基本フレーム等を元に電馬や詳子が設計し、他の部員達の協力によって完成させたのだ。

 今、高さが約2.5mと10m近いモーターヴァーレットが数機ずつ、防音シートや足場、そして大きめの機材を運んでいた。

 「姫科研にも大きいロボットがあるじゃないですか」

 鉄子が指を差して言うと、詳子は首を横に振った。

 「だが、あれが限界なのだよ。18メートルのロボットなんて試作機すら完成していない。

 しかも、人間に近い滑らかな動きを見せているが、あのロボットに較べると足元にも及ばない。彼の場合は人間の動きそのものだからね」

 「懐かしの我が母校。あの頃に戻った気分だよ」

 「また部室を壊さないでね」

 祖父の武勇伝を聞いている電馬が冗談半分で制止した時、

 「お久し振りです、疋島博士」

 「久し振りだね、天道君。孫がいつも世話になっているね。ありがとう」

 「こちらこそ、部長にはいつも助けられています」

 「では、電馬は部長をしっかり務めているかな?」

 「それはもう」

 「じーちゃん、恥ずかしいからやめてくれ!」

 顔を真っ赤にしている電馬が詳子と雷馬の間に割って入った。

 「ほら、さっさと調査を始めて!」

 「はははっ。分かったよ、現部長殿」

 先輩達が元部長である雷馬と話し合っている間、鉄子は玉虫色のロボットの後ろに回った。

 そしてメタリックグリーンに輝く脚にそっと触れた。それだけでなく、頬を寄せて両腕を回す。すると、恋人を抱きしめたみたいに笑みがこぼれた。

 「……って、何してるのッ!?」

 いつの間にか背後に立っていた章子が声を張り上げた。その表情は見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりだ。

 「ぅひゃゐッ!? いやっ、その、だからさぁ……」

 脚から慌てて離れた鉄子は両手をブンブン振りながら言い訳を出そうとするも出てこない。

 「えぇと、何て言うか……うん、どんな感じかなぁ、って」

 「どんな感じ、ってロボットの脚が?」

 「うん、そう。普通の金属みたいに硬くて冷たいのかなぁって」

 「そりゃそうだよ。見るからに硬くて冷たそうじゃん」

 「でも、私には違う感じに見えたから確かめたくて。でも、勘違いだった」

 「……まぁ、いいけど」

 章子は深く問い詰めなかった。いや、問い詰められなかった。

 言い逃れて胸を撫で下ろした鉄子は、陽光を浴びて玉虫色に輝くロボットを見上げて呟いた。

 「これから色々分かると良いな。でも……」

 (何であんな事したんだろ?)

     ~ ☆ ~

 その日のニュースやワイドショーでは、早くも未知の巨大ロボットが話題になっていた。ネットでも野次馬達が撮影した画像や動画が無数に上がっている。

 昨日、独裁政治で悪名高い某国の大統領が軍事パレードの最中に急性心不全で死亡したが、その大事件が霞むぐらい取り上げられていた。

 けれども、研究所の調査班が到着してからは、工事現場みたいに素早く足場を組んで防音シートを張り巡らせたので、玉虫色のロボットは完全に覆い隠されてしまった。マスコミ・野次馬・視聴者・ネット民から落胆の声が上がったのは言う迄も無い。

 そんな様子が映し出されたタブレットを眺めていた男が呟いた。

 「これ見たか? マジの巨大ロボットだぞ!」

 男が平日の午前からいるのは広大な屋内プールで、十数人の美女達が思い思いに遊んでいる。全員が眼のやり場に困る過激な水着で豊満かつ均整が取れた肢体を包んでいた。

 男が「一番スケベな水着を着たヤツに特別ボーナスをやるぞ!」と金額を提示したら、ほとんどのメイド達がプレイメイトみたいになったのだ。ちなみに、その金額はサラリーマンの平均月収より多い。

 30代後半と思われる、身長が170cmに満たない彼は150kg近い贅肉と剛毛まみれのだらしない巨体をデッキチェアに横たわらせ、傍に立つ美女に持たせたタブレットを眺めながら、反対側に立つ美女が差し出したパテが5枚数重ねのハンバーガーに噛り付いた。しかも、太短くて毛深い四肢をそれぞれ4人の美女にマッサージさせている。

 口の周りにはソースがベッタリ付着し、喋りながら咀嚼するので、縮れ毛だらけの(たる)み切った胸や腹にバンズやパテの欠片がボロボロ落ちる。その度、ハンバーガー担当の美女が指で摘まんで自らの口に運んだ。微かに眉をひそめるが、男は全く気付かない。

 そして、男が「ポテト」と言えば彼女は摘まんだフライドポテトを彼の口に運び、「シェイク」と言えばベンティサイズのバナナシェイクのストローを差し向けた。

 「なぁなぁ、コイツって何処のどいつが造ったんだろうな?」

 「知りません」

 すぐ傍に控えていた若いメイドが素っ気無く応える。彼女だけはいつも通りのメイドドレスを着ていた。ただし、襟元は大きく(えぐ)れてデコルテが丸見えで、ミニスカートはミニスカートはパンティーが見えそうな程に裾が短い。

 尚、モデル並みにスレンダーな彼女が傍に立つ事で、長年に不摂生によって膨れ上がった男の巨体はそのだらしなさがより強調されていた。

 しかも、彼女は顔立ちも黒髪も美しいが、男の顔は豚の鼻を付けた牛蛙(ウシガエル)みたいで、頭頂部まで禿げ上がっ両サイドと後頭部に残っている髪は伸ばし放題でボサボサ。これほど美醜がはっきり分かれた二人組も珍しい。

 「どうせ、オヤジ達が動き出してるだろうな」

 「そうですね。軍事兵器になりそうですから、グループ総帥だけでなく世界各国が動いているでしょう。ここ数年はロボット兵器の開発競争が激しいですし」

 「てなワケで、コイツを調べよーぜ」

 「調べてどうするんですか? まさか、出し抜いてガメる?」

 「モチロン、戦って倒すんだよ」

 「はぁッ!? そんな事してどうするつもりなんですか?」

 「そりゃだって、完成したんだから試したいじゃん」

 「まさか、アレをですか?」

 「他に何があるんだよ」

 メイドの表情が曇る。それとは逆に男のテンションは上がっていく。

 「こんなチャンス、そうそう無いからな」

 嬉しそうにブゴッっと鼻を鳴らした男に、メイドは何も言わなかった。視線が冷たい。

 「取り合えず風汰党(ふうたとう)に言っとけ。あのロボットとオヤジ達の動向を探っておけ、ってな。

  あと、エンジニアどもには、最終調整を念入りに、ってな」

 「はぁ~、畏まりました」

 主人の発言と欲望に呆れた本心を隠そうともしないメイドは頭を下げ、室内プールから出て行った。

 けれども、その無礼に気付かないぐらい、男は画面の中の玉虫色のロボットに見入っていた。

 「遂に始まるぞ。覇王大帝の最強伝説が……ぶひっげげげっ!」

 「失礼します、覇征(はるゆき)様。お客様がお見えになりました」

 豊満にして均整が取れた(なま)めかしい体に、恥部が辛うじて隠れるスリングショットを着た美女が来客を告げた。

 彼女の後ろから現れたのは、ブレザー風の鮮やかで可愛い衣装を着こなした、顔も体型も瓜二つの2人の美少女――栗ノ木(くりのき)()()()()()()だった。

 2人は複数の美女並びに美少女の双子だけで構成されたアイドルグループ〈PiTT(ピット)〉でセンターを務めている。デビュー3年目にして両国国技館でコンサートを開き、その年から12年連続で紅白歌合戦に出場した、と言えば人気の高さが窺えるだろう。

 「待ってたぜぇ~」

 彼女達が視界に入った途端、覇征の両眼は色欲でギラついた。

 「2人揃って来てくれたんだな。とっても嬉しいぜ。約束通り、ステージ衣装も着てるな」

 対照的に姉妹は顔色が真っ青で、痛々しい程に強張っている。

 「はい。約束通り着て来ました」

 「だから、アレを……」

 声も震えていて、今にも消えそうだ。

 けれども、覇征は彼女達のそんな気も知らずに、

 「分かってるって。楽しい事が終わったら目の前で全部処分してやるって」

 他のアイドルグループと同様、PiTTも恋愛禁止で、メンバー全員が清純派で通っている。

 けれども、栗ノ木姉妹は週末になると明け方までクラブに入り浸り、男達に混じって飲酒と喫煙を楽しみ、時には一緒にホテルに行っている。清純派アイドルである以前に、高校2年生であるにも関わらずだ。

 世間に公開されると間違いなく破滅するネタだが、2人は巧妙に隠し続けてきた。マスコミですら嗅ぎ付けられない程に。

 だが、マスコミすらも上回る嗅覚と調査手段を持つ覇征に、このネタを握られてしまった。そして、提示されたのだ。あらゆる物的証拠を世間に出さない代償として――

 「オレは2人と思いっ切り楽しみまくる。その代わり、2人のスキャンダルはオレが全部揉み消す。――これって、Win-Winだよなぁ!!」

 姉妹は震えながら頷く。とてもそうは思えないが、反論する事で気が変わって暴露されるのを恐れている。

 「人気爆上げ中トップアイドルの美少女姉妹と3P出来るなんて最ィッ高ォッじゃん!! 姉妹どんぶりタマんねェェェッ!!」

 テンションが上がりまくっている覇征は気付かないが、プールで遊んでいる美女達は姉妹に憐みの視線を向けていた。

 「服は脱がなくてもイイぞ」

 覇征はそう言って伸ばした両手で姉妹を左右に抱き寄せる。

 「えッ!?」

 「まさか!?」

 驚き狼狽える姉妹に、覇征は下卑た笑みを浮かべて言った。

 「そうだよ。ここで着エロするんだ。国民的アイドルグループのセンターとヤれるんだから、みんなに見せ付けて自慢しなきゃなァッ!」

 彼女達は地獄の門が開いたのを察し、何もかも諦めたのと同時に両眼を閉じた。

     ~ ☆ ~

 鉄子達は雷馬から「君達の気持ちは分かるが、研究所員じゃないから教室に戻って。科学者志望も漫画家志望も学生のうちは学業が本分だよ」と正論を言われたので、後ろ髪を引かれる思いで各々の教室に戻った。

 ところが、鉄子・電馬・詳子それぞれの担任が待ち構えていた。

 そして、すぐさま校長室に連行される。

 「先輩達もですか!?」

 「またすぐ会うとはねぇ」

 「これでは首謀者扱いですな。ふふふっ」

 5分も経たぬうちに再会を果たした3人を、自身の椅子に座る神経質そうな校長と、そのすぐ傍に立つ太り気味の教頭がしかめ面で迎えた。3人の担任も同じ表情で教頭の反対側に並んだ。

 ちなみに、校長の頭上に掲げられた額縁の中には、堤中高校の校訓五条「実力主義」「努力克己」「弱肉強食」「文武両道」「常勝無敗」が荒々しい筆遣いで書かれている。

 「また、お前達か」

  校長は詳子と電馬の顔を見て溜息を吐く。

 「どうも、毎度お騒がせの異端科学部です。この度は誠に申し訳ありません」

  電馬がしおらしく頭を下げるが逆効果だった。

 「ふざけるなッ! しかも早速、1年生を巻き込みおって」

 「いや、それは誤解です。今回は僕達も巻き込まれた側ですよ」

 「済みません。私が巻き込んでしまって」

 鉄子が頭を下げると電馬は慌てて、

 「いや、ごめん。そういう意味で言ったんじゃなくて」

 「つべこべ言うなッ! さっさと例の動画とあのロボットについて説明して貰おうか」

 校長の尋問が始まると、鉄子がアンリとの出会いから話し始め、時々詳子が補足説明を付け加えた。

 電馬も補足しようとするものの、いつも詳子がタイミングの良い所で入り、しかも説明が簡潔にして的確なのでそれ以上何も言えない。やがて出る幕が無くて居心地悪そうにしている。

 鉄子の説明が終わると校長は、

 「つまり、あれはお前達やあの研究所が造ったのではなく、虫みたいな宇宙人から貰った、と」

 3人は一斉に頷いた。

 「とても信じがたいが……」

 スマートフォンでアンリの動画まで見せられた校長は、ペンチで全ての表情筋をひん曲げられたみたいなしかめ面で、

 「とにかく、自治体とか警察とか政府とかに任せろ。あんないかがわしい研究所に預けるな」

 詳子がすぐさま反論する。

 「お言葉ですが、逆でしょう」

 「何が逆だ?」

 「自治体も警察も政府も適切かつ迅速に対処出来ますか? 私達国民に不誠実だし、異性文明の産物に関する知識も無い」

 「だったら、あの研究所にはあると言うのか?」

 「はい。当然ですとも」

 「寝言は寝てから言うもんだ。つまり、君の意見は一考に値しない」

 「ならば、こちらは独自の判断で動きます。――では、帰りましょうか」

 詳子は校長に背を向け、「この人、ヤバイ事言っちゃったよ」と言わんばかりに顔を引きつらせた鉄子と電馬を促す。

 「待て! 勝手な事は許さんぞ」

 校長が制止すると意外にも、

 「そうですね。よくよく考えてみれば、勝手な事はいけませんね」

 校長を始め、他の教師達はいきなり素直になった詳子に警戒心を抱いた。

 詳子は改めて校長と対峙した。

 「私もですが、学校側も勝手な事をしてはいけません」

 「どういう意味だ?」

 「あのロボットをどうするかを私達が勝手に決めてはいけない、という意味です。

  つまり、決定権は手塚鉄子君にのみあります」

 「何だとッ!?」

 「何でッ!?」

 校長と鉄子が同時に驚きの声を放った。

 「あのロボットは手塚君が贈与されたので、所有権は彼女にあります。従って、我々異科部も姫科研も学校も彼女の意思を無視出来ない。

 そして、彼女は姫科研に調査を任せました。これ以上、何を議論しろと?」

 「だが、ここは学校だ。生徒は教師の指示に従う義務がある」

 「勿論です。ただし、その指示に正当性があるならば」

 「何が言いたい?」

 「堤中高校の校則には、巨大ロボットの持ち込みを禁じる条項はありません」

 校長達は絶句した。十数秒も経って、ようやく校長が言い返した。

 「いや待て。そもそも生徒が校内にあんなロボットを持ち込む事を想定していない」

 「それは学校側のミスでしょう。あなた達が巨大ロボットを造ってもおかしくないと考えている異端科学部(われわれ)が在籍しているのに」

 「うっ……」

 「それに、私と部長が通学に使用しているロボットの件もお忘れで?」

 「うっ……しかし、大きさが全然違う。あんなに大きな物は――」

 「では、そちらで話し合って禁止事項を追加すれば良いのです。――出来るものなら、ですが」

 「うぅ……むぅ……」

 詳子の挑発的な言い分に、校長は何も言い返せない。

 彼は知っていた。歴代校長の中には、異端科学部に不利益をもたらした事で社会的に再起不能にされた者が少なくない事を。特に、この女生徒は――

 「では、正式に禁止されるまでは持ち込みOKという事で。他に異論や反論があればどうぞ」

 校長達は言葉が出なかった。

 (こういう格好良いやりとりがしたかったのに。全部持っていかれた)

 電馬は秘かに悔しがった。詳子を尊敬の眼差しで見つめている鉄子を目の当たりにすれば尚更(なおさら)だ。

 「……分かった。3人とも教室に戻っていい」

 校長は搾り出す様に言い、敗北を認めた。

     ~ ☆ ~

昼休みには、鉄子が恒例のツナと玉子のサンドイッチを、章子がママン特製のカツ丼と油淋鶏丼をポォの前に置き、食べるか試したが見向きもされなかった。そして、再び章子の棒付きチョコレートとアールグレイを選んだ。

 章子はポォがキャップに注がれた紅茶を飲む様子を眺めながら呟く。

 「あ~る君がご飯しか食べられないのと同じで、ポォもチョコとアールグレイしか受け付けないのかも」

 「じゃあ、今度からチョコもアールグレイも買うよ。……そういえば、他のチョコも食べるのかな?」

 「それは気になるぅ~。ホワイト・ビター・イチゴ・抹茶……片っ端から試した~い!」

 「あと、紅茶もアールグレイ以外も飲むのかな?」

 「それも気になるぅ~。アッサム・ニルギリ・ダージリン・セイロン……片っ端から試した~い!」

 「うわぁ~。好奇心に火が点いちゃったよ」

 章子の漫画のネタと資料を集める情熱と言うか執念に鉄子は改めて驚く。

 一方、章子も鉄子の虫に対する情熱に驚かされる事がある。しかし、虫以外の事に興味を抱いている姿を見るのは初めてだった。

 そんな2人が昼食を食べようとした時、2人の男子生徒が教室に入ってきて彼女達のすぐ横に立った。

 「1年D組の手塚鉄子だな?」

 初対面にして尋問口調だ。バッジを見ると同じ同学年だった。

 「そうだけど、あんた達、誰?」

 不機嫌を隠さずに訊き返すと、

 「我々は風紀委員である。生徒会長の命により、貴様を連行する」

 「従わぬ時は反逆の意思があるとみなし、生徒会長の名に於いて(しか)るべき処分を下す」

 それを聞かされた章子は、 

 「テッコ、人気者だねぇ」

 「またかぁ~」

 「生徒会にケンカ売った? 大胆不敵だねぇ」

 「売ってないよぉ~。売る訳無いじゃな~い」

 「でも、テッコに用があるって言ったらあのロボットの事じゃあない?」

 「そうなの?」

 鉄子が生徒会長の使者達に訊くが、

 「それは会長に会ってから訊け」

 「既に、貴様の先輩達も連行されている」

 「さっさと立ち上がれ」

 「我々は貴様等ほど暇ではない」

 と、にべもない。

 「校長室で解決したと思ったのにぃ~」

 「早く行った方が良いよ。会長と副会長、やたら強くて怖いって言うし」

 「まだ一口も食べてないのにぃ~」

 泣く泣く立ち上がった鉄子の左肩にポォが飛び乗る。

 「ねぇ、ポォ。か弱い私を守ってね」

 冗談めかして、そして半ば本気に懇願すると、「リィィィン」と心地良い音色で応えた。

 「生きて帰って来いよぉ~」

 2人の男子に挟まれて連行される親友を見送った章子は、白米と油淋鶏を一緒に頬張りながら、

 (相手は〈暴れ牛〉と〈暴れ馬〉の最恐コンビだけど、ショタ子先輩が一緒だから大丈夫ッ!

  ――って、思いたいなぁ)

     ~ ☆ ~

 「あっ、どうもです」

 「またまた会うとはねぇ」

 「確実に首謀者扱いですな。ふふふっ」

 生徒会室前で揃った3人は、自分達を連行してきた男子生徒達に促されて渋々中に入った。

 そこは校長室の次に内装が整っている。奥には校長のそれに匹敵するデスクが配置されている。

 その生徒会長専用の椅子には、金髪碧眼で色白巨乳のハーフ美少女が仏頂面で両腕を組んで待ち構えていた。

 虹彩はリゾート地の穏やかな海と同じターコイズブルーだが、眼光は女子高生とは思えないぐらい鋭くて獲物を狙う猛禽類みたいだった。眩いブロンドを頭の後ろで束ねているが、ポニーテールと言うより茶筅髷(ちゃせんまげ)に見える。

 そんな彼女の背後には墨痕鮮やかに「勧善懲悪」と書かれた掛け軸が下がっており、その前に置かれた黒塗りの刀掛けには打刀と脇差が横たわっている。

 そして、左右の壁に沿って役員達と風紀委員達が軍隊の様に直立していた。

 「遅いッ!」

 入室した鉄子達を、生徒会長の右隣に立っている副会長の馬川(うまかわ)(いわお)が叱責した。

 「愚昧な弱者の分際で会長を待たせるな」

 いきなりの喧嘩腰なので鉄子は委縮してしまった。

 けれども、詳子は涼しい顔が言い返す。

 「申し訳ありません。何処に出しても恥ずかしい愚昧な弱者ですので」

 「……毎回トップの貴様が言うな。嫌味にしか聞こえん」

 生徒会長の天牛山(てんぎゅうざん)グレースは、口調は静かだが、こちらに対する敵意と戦意を隠そうともしない。

 「毎回トップは君もだろう」

 詳子が言うと、グレースは睨み付けて言い返した。

 「だが、貴様は元・大学生、トップの重みが違う」

 グレースの左隣に立っている書記が「会長、もう少し穏やかに……」と恐る恐る進言するも、

 「この私に配慮しろ、と?」

 そう言って一瞥すると、「ごめんなさい」と体を縮めた。

 「そこの愚者ども」

 巌が冷たく言い放つと、

 「もしかして、私の事ですか?」

 「それって、僕も入ります?」

 自らを指差す鉄子と電馬に、

 「当然だろう。上の上ランクにすら入れぬ愚昧な弱者はその自覚すら無いのか?」

 (副会長だけあって、堤中イズムが凄いなぁ)

 鉄子が気圧されていながらも呆れ果てていた。

 (こうなると、生徒会長はもっと厳しいんだろなぁ)

 グレースは日本人の父とスマラクトラント人の母を持ち、同学年の詳子と同じく入学試験以来、常にトップである。当然、マドンナ・クインテットの1人だ。

 そんな彼女が有名になったのは一昨年の冬、入試の日に起こした事件だった。

     ~ ☆ ~

 グレースが校門をくぐる寸前、受験生の服装や髪型等をチェックしていた教師と風紀委員達に捕まったのだ。その理由は髪と眼の色だった。

 勿論、グレースは自身がハーフ故にどちらも生まれつきだと説明した。しかし、

 「伝統ある我が校は、どんな理由があろうとも髪も眼も黒以外は許さない。今すぐ髪を黒く染めて、黒いカラコンを嵌めてこい。さもないと入試は受けさせん!」

 教師が持っていた竹刀の切っ先をグレースの鼻先に突き付けてそう言い放った直後、その刀身は鍔元から斬り飛ばされていた。

 そして、グレースの手にはいつの間にか抜き身の打刀が握られており、竹刀が乾いた音を立ててアスファルトに落ちた時、ゆっくり納刀していた。

 「生来の髪と眼を否定するなら、相応の覚悟はあるのだろうな?」

 飽く迄、静かな口調と無表情で訊くグレースの気迫と威圧感、そして一目で真剣だと分かる刃の輝きに教師と風紀委員達は全身硬直した。

 「しかも、竹刀とは言え剣だ。剣をこちらに突き付けたという事は宣戦布告であり、斬られる覚悟があると解釈して構わないな?」

 そう言いながら腰を少し落とし、居合斬りの構えを見せた。すると、数人の風紀委員は気を失い、残りの風紀委員と教師は腰が抜けてへたり込む。彼女が発する気迫に圧倒されたのだ。

 刺又(さすまた)を持った警備員や教師達が駆け付けたが、瞬時に全ての先端を斬り飛ばされ、ただの棒に変えられてしまう。

 「無双流――天牛山グレース。挑んでくるならば、誰であろうと容赦も躊躇も無く斬り捨てる」

 誰もが死を感じた時、通報を受けた複数の警官が到着した。これで危険人物は排除される、と誰もが胸を撫で下ろした。

 ところが、グレースの顔を見た途端、警官全員の顔色が変わり、「失礼しました」と深く頭を下げた。

 しかも、驚く教師達に「何も問題ありません。この方は違法行為を全くしていない」と言い切ったのだ。

 教師達はグレースを逮捕・連行して貰おうと抗議したが、警察は問題無いの一点張り。

 そのうち、校長が大慌てで駆け寄ってきた。

 「その方はいいんだッ! 何も問題無い。黙って通してくれ!」

 青ざめた校長は驚く教師達を尻目に、グレースに深々と頭を下げて謝罪した。

 (俺は知らんぞ。責任はあんたが取るんだろうな)

 そう思った教師達は、急いでグレースから離れた。責任の所在が自身に無いと判明したし、こんな事で命を喪いたくないのは全員同じだった。

 全員から敵意が消え、警官達が去ったのを確認したグレースは切っていた鯉口を納め、悠々と校門をくぐった。尚、そこを通過した直後、打刀は消えていた。

 その後、入学試験は無事に全科目終了した。ただし、この騒動で心を乱されて実力を発揮出来なかった者達は涙を飲んだ。

 そして、入学式の日。全クラスのホームルームにて担任教師の口から校則に「生まれつき黒髪・黒眼でない場合は誰からも責められない」の条文が追加されるとの発表があった。

 更に翌月の連休明け、生徒会長が突如辞任を発表。しかも、後継者としてグレースを指名した。これは堤中高校史上、前例の無い事件である。

 勿論、理由を問われたが生徒会長だった男子生徒は「自身の力不足、不適格だったのを思い知った」と項垂(うなだ)れて答えるだけ。数日後には自主退学した。

 一方、多くの生徒が選挙を求めたが、グレースの一瞥で口を(つぐ)んだ。校門事件が知れ渡ってるのもあるが、女子高生とは思えない眼光と全身に漂う威圧感に委縮したのだ。

 こうして初の新入生生徒会長が無投票で誕生した。

 その後、彼女は矢継ぎ早に校則を変えていく。本人は「改革」のつもりだが、元々厳しかった内容がますます苛烈になった。プリンス並びにマドンナ・クインテットに入っている生徒や他の成績上位者達にとっては痛くも痒くも無いが、上の中以下の生徒達にとってディストピアの法律みたいな校則に変容していたのだ。

 9割近くの生徒が反対したが、グレースは校訓五条を挙げて「愚者・弱者・敗者には異論・反論を口にする権利も資格も無い」と言い切って相手にしなかった。実際、彼女に睨まれると恐怖に襲われて何も言えなくなる。

 時にはこれみよがしに鯉口を切り、「不平不満があるなら、私を倒してみろ」と言い放つ。当然、挑む者は1人もいない。

 そんな生徒の保護者達も憤ったが、PTA総会に現れたグレースに気圧され、反対の声は消えた。しかも、彼女が求めるレベルの指導能力を持たない教師達は次々に退職した。

 それから1年、“堤中高校の真の優等生”“堤中イズムの体現者”と恐れられた生徒会長は、今も絶対権力として君臨している。

 尚、マドンナ・クインテットには生徒会長になった直後に入った。1年生でなれた事も前代未聞だが、実は詳子も同時期に入っている。

     ~ ☆ ~

 「あのロボットについて当人から聞きたい。天道、詳しく説明しろ」

 巌の有無を言わせない迫力に対し、詳子は面倒くさそうに、

 「先程、校長室で説明したので、詳しい事はそこにいた先生達から――」

 「会長が聞きたいと言っているんだ。尚、これは質問ではなく尋問だ。貴様等には拒否権も黙秘権も無いと知れ」

 すると、詳子はアメリカのコメディードラマの登場人物みたいに両肩を(すく)め、

 「やれやれ仕方無い。テッコ君、面倒臭いけどよろしく」

 「えっ!? あ、はい」

 いきなり任された鉄子は、狼狽しながらも話し始めようとした。ところが、グレースから不意に、

 「貴様、恋をしているな!」

 心当たりが全く無い指摘をされ、鉄子は眼を見開いて硬直した。それを聞いた電馬が狼狽え、詳子は納得した様に軽く頷いた。

 「私が、ですか?」

 「そうだ。眼を見て声を聞けば分かる。中の中如きが恋愛感情を抱くなぞ身の程を知れ」

 「いや、私は別に――」

 「誤魔化すな」

 「誤魔化してはいない」

 詳子が割って入った。

 「今は自覚が無いだけ。だから、そう責め立てないで貰いたい。それよりも本題だ」

 「……いいだろう」

 「ところで、君はテッコ君の成績を知っているのか?」

 「知らぬ。だが、顔を見れば分かる」

 「本当かな?」

 「私は誰であろうと、一目でレベルが分かる。――また本題から外れたな。話せ」

 「は、はい! では――」

 こうして校長室と同じく鉄子が最初から説明し、詳子が時々的確に補足し、電馬は出る幕が無いので居心地悪そうにしていた。

 説明を聞き終えたグレースは苦虫を嚙み潰した様な表情で、

 「経緯は理解した」

 「では、我々に落ち度は何一つ無い事が判明した。つまり、これにて解散――」

 「させるかッ!」

 詳子の言葉を巌が遮った。その途端、鉄子と電馬がビクリと全身を震わせた。ところが、詳子はその反応を予想していたのか、澄まし顔で淡々と続ける。

 「何故かな? 堤中高校の校則には巨大ロボットの持ち込みを禁じる条文は無いのに」

 「確かに禁止されていない。それは認めよう」

 「しかも、私と部長のモーターヴァーレットは『通学用自転車と同等』として持ち込みは許されているのに」

 「会長は容認していない。貴様等が勝手にそう解釈し、無許可で乗り入れているだけだ。話も常識も通じないマッドサイエンティストどもが!」

 「それは異端科学部(われわれ)にとって誉め言葉だよ」

 罵倒すら通じない事に舌打ちした巌は、

 「とにかく、貴様等の好き勝手にされるのが気に入らない。あのロボットを校内から追い出せ。二度と持ち込むな」

 「いやいや、とても生徒会役員の言葉とは思えない」

 電馬が首を横に振った。

 「生徒と学校の事を考えてではなく、単に君や会長が僕達を気に入らないから追い出せなんて」

 「それの何が問題か?」

 グレースは平然と言い返す。睨まれた電馬は震え上がった。

 「私は全生徒の頂点に立つ者。私のレベルに達しない者どもに配慮する必要なぞ無い」

 「ふふふっ。まるで覇王だな。だが、覇道の行く先は凋落(ちょうらく)だと歴史は物語っているが、よもや知らぬ君ではあるまい」

 この場で詳子だけが余裕の笑みを浮かべている。揶揄されたグレースはますます語気を強めた。

 「黙れ! 非力で愚昧な分際で身の程を弁えず、怪しげな研究を繰り返し、いかがわしい発明を使って校内の秩序と風紀を乱し、上の中以下の生徒達に悪影響を及ぼす。――そんな貴様等の思うがままにさせておく必要も無い」

 そして、巌が言葉を継いだ。

 「貴様等の通学用ロボットと違い、あのロボットは見るからに軍事兵器に転用出来そうだ。いわば戦車が校内に侵入してきたも同然。いくら校則で禁止されていないと言っても、戦車で乗り込んでくるバカはいない。記載していなくても分かる事だ」

 こちらもグレース同様、言葉の端々に鉄子達に対する敵意を含んでいる。

 巌も2年生で、グレースの右腕だと自他共に認めている。彼女が目指す理想の堤中高校を実現化すべく、眼を付けた生徒達を容赦無く処分していく。それ故に、2人セットで“猛牛悍馬(もうぎゅうかんば)”“堤中の牛頭馬頭(ごずめず)“”地獄から来たミノタウロス&ケンタウロス“等と呼ばれ、恐れられている。

 また、成績優秀で文武両道にして美形なので、当然プリンス・クインテットに入っている。グレースが堤中高校にとって理想の女子生徒なら、巌は理想の男子生徒だった。

 「やはり、頭が固くて回転が遅い校長みたいに容易(たやす)くいかないか」

 詳子は苦笑を洩らした。

 「済まない。自分でも気付かぬうちに君達を少し侮っていた。その点については謝罪しよう」

 そう言うと頭を下げた。しかし、

 「だが、あのロボットを校外に追い出す気は無い」

 「まだ言うかッ!」

 「兵器に転用出来そうな異星文明の産物――そんな物騒で面白い物を姫科研が調査中なんだ。中断させるなんて勿体無い」

 「それが本心かッ!」

 巌は背後に隠し持っていた1本の棒を構えて先端を鉄子達に向ける。それは何の変哲も無い、長さが120cm程の木製の棒だった。

 巌が杖術の達人なのは知れ渡っている。その腕前は反抗的な生徒達を黙らせ、能力不足の教師達を叱責するのに充分だった。

 当然、鉄子と電馬は恐怖で固まった。けれども、詳子は平然としている。

 「おやおや、暴力はこの場に於いて最も悪手だよ」

 「ここは僕にとってホームだが? アウェイに立たされている君が虚勢を張るべきではないな」

 「それは認識不足だ。直ちに武器を手放す事を強くお勧めする」

 そう忠告した直後、不快な警告音が鳴り響き、刺激臭が鼻を突く。

 鉄子の左肩に乗っていたポォが飛び立ち、両眼をトパーズイエローに光らせて巌の前でホバリングしていた。

 「君は人間相手には無敵だろう。半グレやヤクザをも撃退した数々の武勇伝は耳にしている。

  しかし、異星文明の産物を相手に勝てるとでも?」

 「こんなオモチャごときッ!」

 詳子の忠告を無視した巌は愛用の棒を薙いだ。小さな標的だが、狙いは外れていない。

 ところが、炸裂する寸前にポォが放ったルビーレッドの光線が命中し、棒の先端が爆ぜた。そして、両手を襲った衝撃に負け、思わず手放してしまっただけでなく、無様に尻餅を突いてしまった。

 「……こんなの卑怯だッ!」

 「どちらが?」

 詳子が煽る様な口調で訊いた。

 「君は武器を持たない、戦意すら抱いてない私達に武器を振るった。それこそ卑怯なのでは?」

 言葉に詰まった巌に代わり、グレースが言い放つ。

 「己の弱さと愚かさを自覚せず、生徒会(われわれ)に逆らう輩に対する懲罰を卑怯とは言わない。

  むしろ、卑怯と呼ぶべきは、生身の人間に地球の科学技術を凌駕する宇宙人の機械を使って反撃する事だ!」

 「やれやれ、自覚が無いのはどちらかな?」

 詳子は再び大袈裟に両肩を竦めた。

 「もうやめて下さいッ!!」

 鉄子は勇気を振り絞ってグレースに訴えた。

 「これ以上は危険です。ポォは私に危害を加える者だと認めた瞬間から攻撃します」

 「君達もあの動画を見たのだろう? 自転車を切り裂く光線や麻痺光線を放つのを」

 詳子が補足すると鉄子が続ける。

 「そして、あのロボットを呼び寄せます。彼は誰にも容赦しません」

 「これも見たのだろう? 男性を路面に叩きつけようとしたのを。テッコ君が止めていなければどうなっていたか」

 「だから、貴様等を見逃せ、と?」

 グレースはそう言いながら立ち上がった。

 「そして、不当かつ絶大な暴力に屈しろ、と?」

 すると、詳子が毅然と言い返す。

 「それは君達が普段から大勢の生徒達に行っている事だろう?」

 「やはり、貴様等は自身の愚かさにより下された懲罰をそう捉えるのだな」

 「やれやれ、見解の相違だな」

 「ならば、その過ちを正してやろう」

 その直後、グレースは裂帛(れっぱく)の気合を(ほとばし)らせ、金属同士が激しくぶつかった様な轟音が鼓膜を打った。

 グレースはいつの間に背後の打刀を抜き放っていた。

 けれども、必殺の白刃はポォを包み込むガーネットオレンジに光る斜方立方八面体に阻まれていた。

 「……馬鹿なッ!? 電光や結界すら斬り断つこの剣でも斬れぬだとッ!?」

 グレースは受け入れがたい現実に、苦虫10匹を一度に嚙み潰した様な表情を見せた。

 「流石の御神刀でも、このバリアは斬れないか。凄まじいな、異星文明の科学技術は」

  驚きを隠せないグレースと詳子。

 「ごしんとう?」

 「って、どういう事かな?」

 そう呟いた鉄子と電馬に詳子が説明する。

 「彼女の愛刀は、江戸時代にある神社に奉納され、代々伝えられきた御神刀なんですよ」

 グレースが呻く様に答えた。

 「そう。これは“天月明(あめのつきあかり)比売命(ひめのみこと)”と云い、数多の妖怪変化を斬って倒した伝説や伝承が残っている神聖な名刀だ。それなのに……」

 「色々な経緯があって、それを受け継いだとか。入試前に竹刀や刺又を斬り捨てたのも、この刀だよ」 

 「でも、ポォのバリアは斬れなかった。――本当に神聖な刀なんですか?」

 「黙れッ!!」

 鉄子が口にした疑問にグレースは苛立った。そして、詳子に詰問する。

 「どうして、刀の由来を知っている。生徒会の上位メンバー以外に話した事は無いのに」

 「以前、君もよく知る誰かさんが教えてくれてね」

 「……あいつかッ!!」

 グレースには心当たりがあるらしい。

 「そう。君のお姉さんだよ、白クロエ君」

 「その呼び方をするなッ! 私が姉だ!」

 冷徹沈着な態度が一変して気色ばんだ。けれども、すぐに我に返って落ち着きを取り戻し、

 「それにしても、相変わらず上の口も下の口も(ゆる)い奴だ」

 鉄子はその意味が分からずキョトンとしているが、電馬はニヤニヤを抑えるのに必死だった。

 「ところで、以前から思っていたのだが、その刀を是非とも調べたい。1週間でいいから貸してくれないだろうか?」

 「駄目だッ!!」

 詳子が頼むと、グレースは即座に断った。

 「(おそ)れを知らぬ罰当たりめ」

 「科学者としての探求心がそうさせるのだよ」

 「何が科学者だ。マッドサイエンティストめ!」

 「ならば、恐れ知らずは尚更だな。マッドサイエンティストは自らの探究心と研究の成功の為なら倫理も信仰も捨てているのが世の常だろう?

  ――さて、渾身の一撃がバリアを斬れない以上、君はポォを斬れない。あの巨大ロボットなら尚の事だろう」

 詳子が指摘すると、グレースは歯噛みした。

 「即抜瞬斬、再抜不要――斬るべき時に即座に抜いて、斬るべきものを瞬時に斬る。そして、一撃必殺であるが故に、二の太刀は要らない。――これが無双流の流儀なのだろう?

 この失態を君の師匠が知れば……それに、これ以上の対立はそちらの不利だと思うが?」

 「……分かった。今回はこちらが退こう」

 グレースは鞘に納めた愛刀を刀掛けに戻した。巌を始めとする役員達は驚きを隠せない。

 尚、一見素直だが、苦虫100匹を一気に嚙み潰した様な表情になっている。

 「だから、さっさと出て行けッ!

  だが、くれぐれも無罪放免だと思い上がるな。いずれ必ず懲罰を喰らわせてやるッ!!」

 鉄子と電馬は全身から()めど無く殺気を放つグレースから逃げる様に、詳子は涼しい顔で悠々と生徒会室を後にした。

     ~ ☆ ~

 朝から衝撃的な事件があり、2度も呼び出しを喰らったが、授業は全て滞り無く終了した。

 放課後、鉄子が再び調査本部になっているテントに来た時、

 「そうだ。色々あり過ぎて忘れてたよ」

 先に来ていた電馬は、白衣のポケットから取り出した物を鉄子に差し出した。

 「これ、あげるよ」

 受け取った鉄子はそれらを見て顔が(ほころ)んだ。

 1つは、細い鎖付きルーペ。

 もう1つは、ブローチだった。

 「このルーペ、前に持っていたのと同じじゃないですか!」

 「これがあった方が君らしいからね」

 「わざわざ買ってきてくれたのですか!?」

 「昨日、その店で買いたい物があったから一緒に買ったんだ」

 「それに、このブローチは? 変わった形ですね」

 「一応、ポォが掴まりやすい様に作ったんだ」

 「まさか、部長の手作りですか!?」

 「えへへ、まぁね」

 「いつも器用ですね。ありがとうございます。大切に使わせて戴きます」

 照れ笑いを浮かべて自身の首筋を扇子で叩いている電馬に、鉄子は嬉しそうに微笑みながら丁寧に頭を下げた。

 早速ルーペを胸元に下げ、白衣の左胸に取り付けたブローチもポォを近付ける。すると、思惑通りに掴まった。事情を知らない人からは兜虫のブローチに見える。

 「よ、よく似合ってるよ」

 「ありがとうございます。とっても嬉しいです」

 小躍りする鉄子を、電馬は眼を細めて眺める。やがて真剣な顔つきになると、

 「それでだけど、実は、その、僕は――」

 「部長もなかなか隅に置けませんな」

 いつの間にか彼の背後に、訳知り顔の詳子が立っていた。

 「うぉぅッ!? ショタ子君いたのかッ!?」

 「当然です。こんな面白い事を放置しておけますか」

 彼女だけでなく、他の部員達も集まってニヤニヤしていた。

 「あっれれ~。顔色が悪いですよ」

 「何かあったんですかぁ?」

 「べ、別に何でもないよ。ショタ子君に驚かされたからだよ、きっと」

 必死に弁解する電馬に、詳子は意味深な視線を送り、

 「では、そういう事にしておきましょう。――そうだ。私もテッコ君に用があってね」

 「何ですか? もしかして、先輩も――」

 「残念だが、私は手ぶらだ」

 詳子はそう言いながらレースのフィンガーレスグラブに包まれた両手をヒラヒラさせた。

 「確固たる証拠が無いので、まだ推測の域を出ないが、恐らくポォはテッコ君の危機を感知し、あのロボットを呼び寄せる為の端末装置(ターミナル)と見て間違いないだろう」

 「ええと、つまり、防犯ブサーですか?」 

 「その解釈で構わないよ。そして、あのロボットはテッコ君を脅かす存在を排除する為に動いている。いわば、安全保持(セキュリティー)装置(システム)だな」

 「確かに、いつも私を守ってくれている感じです。あの大きさなので、やり過ぎになってしまいそうですけど」

 「さて、ポォに認定された持ち主を守るのがあのロボットの役割だとすれば、どうしてアンリはこのシステムを使わなかったのだろう?」

 「……言われてみればそうですね。最初からポォに助けて貰っていれば、私に見付かる前にあのロボットが仲間のいる所に連れて行ってくれた筈」

 そこで電馬が話に加わった。

 「彼女のポォは故障していたかもしれないよ。それなら、彼女の周りにポォがいなかった事も、あのロボットが現れなかった事も説明が付くだろ?」

 「ふむ。その線は濃厚ですね」

 「アンリ達と言葉が通じたら色々知れたのに」

 「謎に満ちているね、君の友人は」

 詳子が呟くと、海老茶色の矢絣(やがすり)の白衣を着た女子部員が別の疑問を口にした。

 「謎と言えば、あのロボットが昨日とさっきやったアレって何でしょうか?」

 「両腕を上げる仕草の事かな?」

 「そうです。わたしは誰かに何を捧げている様に見えたんですけど」

 すると、他の部員達も次々に、

 「ぼくは何かを受け取っている様に見えたな」

 「準備運動――いや、ロボットだから暖気運転じゃないの?」

 「きっと、赤射と梅花の型だよ」

 「部長、今の子達は宇宙刑事も昭和ライダー分かりません。オダギリジョーがクウガだった事も知らない世代ですよ」

 詳子が丁寧に指摘すると、電馬は「そうかぁ」と残念そうな表情を浮かべた。勿論、鉄子は分からないのでキョトンとしている。

 今度はペイズリー柄の白衣を着た部員が、

 「両腕もそうだけど、あの指ビシッも気になるな。どういう意味があるんだろ?」

 「おっさんや刑事達に突き付けていた理由は、まぁ分かる」

 「あれは『今からお前を倒す!』だろうね」

 「立てた親指で首を掻き切る仕草の後、指先を下に向ける様なものか」

 「容赦無いなー。巨大ロボットが人をフルボッコる気満々なんて」

 「じゃあ、テッコに向かってしていたのは何だろう?」

 「挨拶じゃない。『初めまして、こんにちは』みたいな」

 「ハンドサインというか手話に近いのかな?」

 そこで電馬が口を開いた。

 「密教僧や修験者が魔を祓う際に使う剣印(けんいん)があの形なんだよ。確か『呪術廻戦』や『孔雀王』とかで見た気がする」

 すると、提灯鮟鱇(チョウチンアンコウ)を可愛くデフォルメした帽子を被り、寿司屋の湯呑茶碗(ゆのみぢゃわん)みたいに魚編の漢字がビッシリ書き込まれた白衣を着た女子部員が、

 「剣に見立てた指を敵に向けて突き出すのは意味が分かりますぎょ。でも、その印を結んだまま指の腹をテッコに向けるのは、どういう意味があるんですぎょ?」

 「う~ん。それは見た事無いから分からない」

 電馬が答えに窮すると詳子が、

 「テッコ君に向けたハンドサインは、宗教絵画で見られる受胎告知に似ていますよ」

 「じゅたいこくち?」

 「大天使ガブリエルが聖母と呼ばれる前のマリアに対して『おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる』と祝辞を述べながら、神の子イエスを身籠(みごも)った事への祝福を込めて剣印に似たハンドサインをしているのです。ただし、あのロボットのそれとは逆の右手でしていますが」

 その説明を聞いた電馬の顔から血の気が引いた。

 「て、て、手塚クンッ!! ま、ま、まさか妊娠を――」

 「いやいやッ、してませんってッ!!」

 鉄子が慌てて否定するが、電馬の顔色はなかなか戻らない。

 その様子を目の当たりにした、竹箒をもって黄八丈の白衣を着た女子部員がわざとらしく首を傾げる。

 「ねぇねぇねぇのねぇ~。何で部長が焦ってるんですかねぇ~?」

 「はてさて、私にも全く分からない」

 両肩を大袈裟に(すく)め、(とぼ)けてみせた詳子は話を戻して自身の推測を述べた。

 「つまり、テッコ君へのハンドサインは『君を守る』だと思われる。指先を突き付けるのが敵に対する攻撃の意思表示なら、指の腹を見せるのはその逆――護衛の意思表示では?」

 「言われてみれば、実際に2度も守ってる」

 「敵には剣の切っ先を向け、守る対象には剣を立てて誓っている、と捉えて良いかな?」

 「つまり『俺がテッコ姫を守ります!』っていうナイト宣言か!」

 それを耳にした瞬間、電馬は思わず歯ぎしりしそうになったのをギリギリ耐えた。

 ユアチューブのみで配信している大人気5人組アイドルユニットの集合写真を背中にプリントした白衣を着た部員が新たな疑問を口にした。

 「じゃあ、テッコに絡んだサラリーマンのおでこに付けられたマークは何です?」

 「青い光線が命中したら浮かび上がったんだよな」

 「罪の証とか?」

 「その罪って、テッコにウザ絡みした事か?」

 「罪人(つみびと)の額に紋様――まるで、江戸時代の入墨刑(にゅうぼくけい)か、カインの刻印だな」

 詳子がそう呟いた時、鉄子の制服のポケットからコール音が鳴り響いた。

 「誰だろう?……うっ」

 スマートフォンの画面を見た途端、章子といる時や部活では見せた事が無い渋面になった。

 「父からです」

 そう言うと、詳子達に背を向けて電話に出た。

 「何?」

 素っ気無く尋ねると、ますます表情が歪んだ。

 「分かった。すぐ帰るから 。……何度も言わないで!」

 電話を切っても険しい表情のままだ。

 「はぁ……『今すぐ帰ってこい。お前に客が来ている』って言われました」

 「客って誰だろう?」

 電馬が呟くと、鉄子は首を横に振った。

 「分かりません。早く帰って来い、の一点張りで、全然説明してくれなかったので」

 「ポォも調べたかったが仕方無い。今日は帰って良いよ」

 詳子が促すと、鉄子は頭を下げた。

 「済みません。お先に失礼します」

 こうしてお預けを喰らった鉄子は、ペダルを踏む足に怒りを込めて帰途を急いだ。

     ~ ☆ ~

 自宅の近所で交通規制がされていた。

 「ガス管の破損が見付かったので、急遽工事しています」

 赤く光る誘導棒を振っている警備員が、自転車に乗った鉄子の前に立ち塞がってそう言った。

 鉄子は仕方無いので彼の指示に従って停車している。

 帰宅を急ぐ彼女は気付かない。自宅近辺からこちらに向かってくる人や車はあっても、自身と同じ方向――自宅近辺に向かう人や車は全く無い事に。

 鉄子が走り去った後、警備員は小型インカムに(ささや)いた。

 「こちらブラボー。目標が通過。予定通り自宅に向かっています」

     ~ ☆ ~

 自宅周辺はマスコミや野次馬が取り囲んでいると思っていたが、誰もいなくて不自然なぐらい静かだった。

 玄関の扉を開けると、見慣れない革靴が2足あった。男物と女物だ。どちらもブランド物だが、鉄子はその方面に全く詳しくないので気付かない。

 ダイニングではテーブルに線二郎と路枝、そして見知らぬ男女が向かい合わせに座っていた。客は2人とも30代後半と思われる。

 男性の方は、モデルみたいに美形で長身だった。鉄子は分からなかったが、着ているスーツと巻いている腕時計、掛けている眼鏡は高級ブランドだ。そして、傲慢な性格が隠しきれておらず、目付きと顔付きだけでなく全身から漂う雰囲気に表れていた。

 女性の方は、金髪碧眼の白人で、やはりモデル並みの美女。アイスピックの様に目付きが冷たくて鋭い。巨乳と蜂腰を包み込むスーツも彼と同じ一流ブランド。そして、匂い立つ様な色香を漂わせていた。

 それに惑わされた線二郎は鼻の下を伸ばし、路枝に肘で小突かれていた。しかし、路枝も彼女を見る眼が怪しく、表情が緩んでいる。

 「やっと帰ってきたか」

 冷たい口調で声を掛けてきた線二郎に「これでも急いできた」と同じく冷淡に返した鉄子は急に顔をしかめた。

 4人の前に置かれたティーカップと吸い殻が溜まっている灰皿を睨み付けている。

 混ざりあった悪臭に耐え切れなくなった鉄子は、制服の内ポケットからシルフの吐息を取り出すや否や、森の香りを大量に撒き散らした。

 「またやりやがった!」

 線二郎が苦悶の表情で咳き込みながら怒声を浴びせ、路枝は慌ててキッチンの窓を開けて換気扇を回す。

 男性客も表情を歪ませ、すぐに取り出したハンカチで自身の鼻と口を押えた。しかし、女性客の方は平然としている。

 「これぐらい我慢しろッ!」

 キッチンに隣接しているリビングの大きな窓を全開にした線二郎が怒鳴ると、鉄子は睨み付けて言い返す。

 「こっちの嫌いな匂いを、それも2種類も嗅がせているのに我慢しろって言うなら、そっちも嫌いな匂いを我慢すれば! しかも、たった1種類なんだから!」

 鉄子は更に怒声をぶつけられる前に、線二郎が座っていた椅子に座って客達に尋ねた。

 「さて、どちら様ですか?」

 すると、目の前の男性客がハンカチをポケットに戻して、

 「初めまして。私は屋坂(やさか)秀臣(ひでおみ)と申します。そして、こちらは秘書のキャサリン・モーガン」

 線二郎は貰っていた名刺を鉄子に見せた。そこに記されている肩書は〈工学博士〉と〈大帝院(たいていん)総合研究所ロボット開発部部長〉と〈地球外生物対策委員会委員〉だった。

 (大帝院グループ傘下の研究所――って、確か自衛隊のロボット開発をしているとか部長が話してたな。それで、地球外生物対策委員会って何? まるでアニメか特撮じゃない。ふざけてるの?)

 大帝院グループは明治中期から日本の政財界に多大な影響を及ぼしている。線二郎もグループ傘下の企業に勤めているので鉄子と無関係とは言えない。

 鉄子はバックパックから取り出したペットボトルのジャスミンティーで喉を潤し、消えかかっているシルフの吐息の残り香を吸い込んで緊張を(ほぐ)す。そして、

 「で、どんな要件ですか?」

 見当は付いているが、敢えて尋ねた。すると、秀臣から予想通りの答えが返ってきた。

 「君が手に入れた例のロボットを、わたくし共の研究所で預からせて戴きたいのです」

 (やっぱり! 横取りに来たか!)

 そう思いつつ平静を装って訊いてみる。

 「どうしてです? 姫科研による調査が始まってますけど」

 「最強だの万能だのと名乗る研究所は信用出来ますかね? こちらは政府の調査機関ですよ」

 キャサリンがアタッシェケースから取り出した、玉虫色のロボットの調査は地球外生物対策委員会が大帝院総合研究所にて行う、と云う内容の正式な書類を見せられても鉄子は怯まなかった。

 「地球外生物対策委員会っ、て初めて聞きました。こんな組織、本当にあるんですか?」

 「公になっていないだけです。社会の混乱を防ぐ為、秘密裏に行動しなければならないので」

 「そうですか。例え政府の組織であっても、姫科研の方が信用出来ますよ。うちの部のOBやOGが大勢いますし、数々の実績もありますから」

 「既に各国のスパイが七府市内に入り込んでいるとの情報が多数来ています。だから、早急に安全な場所に移さないと奪われる恐れがあります。あの研究所では不安がありますし、研究成果を悪用しないとも限らないでしょう」

 「それは政府とグループと委員会にも言えますよね。むしろ、そっちの方が胡散臭い」

 「鉄子ッ! 失礼な事を言うなッ!」

 線二郎が血相を変えて叱咤した。

 (あぁ、そうか。逆らえないんだ)

 線二郎はしがない中間管理職。相手は研究所の重鎮にして政府の使者。ならば「従う」以外に選択肢は無い。

 「こちらの研究所は、あんなイカれた研究所とは訳が違う。実績も社会的信用もある。しかも、政府の後ろ盾もある。あんな所に任せるより、この人の言う通りにした方が良いんだ」

 「イカれた? 凡才凡庸の一般人が天才達の研究内容や成果を理解出来るとでも?」

 「何だ、その口の利き方はッ?」

 「この子は親に向かって……」

 今度は路枝も加わって鉄子を責めた。そこに秀臣も加わる。

 「御両親に対して、そんな言い方は良くありませんね」

 「最近の工学博士は他所の家庭に立ち入るの? それとも、うちの家庭も対策するぐらい暇なの?」

 「やれやれ、目上に対する礼儀を弁えないと損するのは君ですよ」

 秀臣のまたもや予想通りの反応に鉄子は失笑しそうになった。

 「生意気な子で申し訳ありません」

 「後できつく言っておきますので」

 両親は深々と頭を下げた。そして、線二郎は鉄子に向かって、

 「とにかく、あのロボットはグループの研究所に持って行って貰う」

 「勝手に決めるなんて酷いッ!」

 「うるさいッ! お前は黙って言う事を聞けば良いんだ」

 「絶対イヤッ!!」

 「いい加減にしろッ!」

 断固として拒絶する鉄子に線二郎が詰め寄ったその時、ブローチからポォが飛び立ち、彼女を庇う様に2人の間に割って入った。複眼はトパーズイエローに輝き、山葵臭を発しながら警告音を鳴り響かせる。

 「な、何だこれは!? イカれ部活の変な発明か? それともイカれ研究所の? とにかく止めろッ!」

 「ポォが警告しているの。あのロボットの事は諦めてッ! 私達の事は放っておいてッ!!」

 徹子の叫び声に呼応したのか、ポォの複眼がルビーレッドに、そして警告音もより不快なものに変わった。

 その直後、外にアメシストパープルに輝く斜方立方八面体が出現。消えるのと入れ替わりに、夜空に向かって右腕を力強く突き上げて勇ましく立つ玉虫色のロボットが現れた。

☆次回予告


遂に大帝院グループが牙を()く。

卑劣な罠により玉虫色のロボットは拘束され、

予想外の新兵器が襲い来る。

だが、見えざる力が罠も陰謀も打ち破る!

第5話「巨人達の初戦」


異星文明の申し子を侮るなかれ。

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