第4話:招かれざる使者ども〈前編〉
翌朝、昨日の件について問い詰められるのを避ける為、両親が起き出す前に家を出た。寝不足な上に朝食抜きは痛いが仕方無い。
マウンテンバイクで1時間近くかけて学校に向かう。見知らぬ人達と閉鎖された空間に押し込まれて動く乗り物が幼少の頃から苦手なので、列車と同じくバスも乗れない。自転車通学を選ぶのは必然だった。
途中にある3社のコンビニ全てに寄り、朝食と昼食を買っていると、客だけでなく店員からもジロジロ見られた。どうやら、例の動画を見たらしい。
教室に入ると一番乗りだったが、次々に入ってくるクラスメートは1人残らず鉄子に好奇心と怯えの視線を送り付けた。そして、いずれかのグループに加わってヒソヒソ話を始める。
それらを尽く無視し、それぞれのコンビニで購入したツナサンドと玉子サンドを重ねて食べ、味の違いを楽しんだ。勿論、飲み物はジャスミンティーだ。
そんな様子を見て、誰かが「よく平気で食べられるな」と聞こえる様に呟いた。当然、これも聞き流す。
どのグループにも属していないのは、最後尾の窓際に座っている當郎寺涯人だけだ。ただし、彼は授業以外はいつも俯せになって眠っており、誰とも話そうとしないので通常運転と言える。
小柄で蟷螂の様に細い。今は見えないが童顔で、体型と相まって小学生高学年に間違われる事もしばしば。大振りの眼鏡を掛け、いつも眠たそうな眼をしている。動作が緩慢で体育の授業でも走るのが遅く、「トロトロ走っている」様に見えるところから“トロトロ寺”と陰で呼ばれている。けれども、不思議な事に直接・間接を問わず嫌がらせをされていない。いつも全く目立たず、どこか空気みたいなところがあった。
「おっはよー!」
いつもの様に教室に入ってきた章子が鉄子に向かって前の席に座った。
「今朝は教室の雰囲気が違うね。どうしたの、当事者さん?」
「おいおい、知ってる癖にぃ~」
2人はケタケタ笑った。どちらも神経が図太い。
「またまた創作意欲に火を点けてくれたねぇ~。で、あれは異科部か姫科研の誰かが造ったの? それとも、どっかの国の新兵器?」
「部長が姫科研に問い合わせてくれたけど、無関係だって。勿論、うちで造った人もいないし……。どっかの国が巨大ロボットを造ったなんてニュースやってた?」
「テレビでもネットでも見た事無いなぁ。じゃあ、やっぱりファーブル星人絡みかぁ~」
「そうだろうね。ポォと連動しているみたいだったし、マークもお揃いだし」
「じゃあ、確定じゃん。スパイやエージェントに拉致られない様に気を付けて」
「この状況じゃシャレになんないよぉ~」
その後、ホ-ムルームの時間になり、担任教師が連絡事項を告げ終わると、
「手塚、ちょっと来い」
鉄子は職員室に連れて行かれた。独房に連行される囚人の気分だ。
そこには明らかに教師ではない2人の男性が待ち構えていた。1人は20代半ば、もう1人は40代前半と思われる。
「初めまして。君が手塚鉄子さんだね」
話し掛けてきたのは若い方で、2人は同時に警察手帳を見せた。
「授業前に悪いね。昨日の夕方の件で訊きたい事があるんだ」
「特に話す事はありません」
鉄子は自分でも不思議なぐらい冷静に返した。
「惚けても無駄だよ。君と自転車でぶつかりそうになった男性の家族から被害届が出ている。それに、一部始終が映っている動画がネットに出回っているんだ」
「そうですか。でも、お話する事は何もありません。私もあのロボットの事は何も知らないので」
「そう言わずに詳しく教えて欲しいんだ。ここで素直に話してくれたら、すぐに済むんだ。
――でないと、ちょっと署まで来て貰わないといけなくなる」
「任意同行ですか? それとも強制連行?」
「態度によっては後者かな。君には傷害と器物損壊の容疑があるしな」
「行くなら、部長達に説明してからです」
「あのイカれた連中か! だから、君も生意気なんだな」
異端科学部は地元警察にまで知られているらしい。それも良くない意味で。
「とにかく、部長達に話してからです。そうでなければ、誰にも話したくありません」
「そういう態度なら後者だな。――今すぐ署に来て貰おうか」
若い刑事が鉄子の手首を掴んだ。それによる痛みと不安と恐怖に襲われた時、制服のポケットからポォが飛び出した。
「痛いッ!」
ポォが鉄子を掴んでいる手にぶつかったのだ。思わず手を離してしまった刑事が叫ぶ。
「何だこれはッ!?」
「こいつ、動画に映っていたアレじゃないかッ!?」
先輩刑事も叫んだ時、複眼がトパーズイエローに光るポォから「キュィィィン! キュィィィン!」と警告音が鳴り響いた。
「まさか、また来てくれるの?」
鉄子の声が弾んでいる。不安より期待の方が大きいのは明らかだった。
「何がだ?」
「やはり知っているな!」
刑事達が鉄子に詰め寄った時、ポォの複眼がルビーレッドに変わって「ヴィィィン! ヴィィィィン!」と抗撃宣言の鳴き声を発した。すると、角から昨夜と同じく一条の赤い光線が射出され、刑事達の足元に命中してリノリウムの床を抉った。
「こ、こいつは……」
「まさか、殺人兵器かッ!?」
刑事達の顔が青ざめる。
一方、ポォは彼等から庇う様に鉄子の前でホバリングしている。
「また守ってくれてありがとう」
鉄子がお礼を言った直後、彼女とポォはガーネットオレンジに光る斜方立方八面体に包まれた。
間髪入れず、グラウンドにアメシストパープルの閃光が走った。
窓の向こうでは、巨大な斜方立方八面体が消えて玉虫色のロボットが降り立っていた。
「やっぱり来てくれたんだッ!!」
歓喜の声を上げた鉄子に、刑事達は改めて疑いの眼を向けた。
若い刑事が彼女を捕まえようと手を伸ばした。けれども、指先が多面体に触れた途端、鮮やかな橙色の火花と電光が激しく飛び散った。彼の顔が激痛で歪み、呻き声が洩れ出る。
「まさか、バリアかッ!?」
成り行きを見守っていた教師の1人が叫んだ。SFみたいな状況にこれ以上言葉が出ない。
窓の外では警告音を発し、複眼をトパーズイエローに光らせている緑のロボットが片膝を突いて左手を伸ばしてきた。刑事や教師達が怯み慄く。
鋼の巨大な左手は窓や壁を突き破り、事務机等を蹴散らして鉄子の前で止まった。
すると、飛んできた破片や椅子等を弾き返した斜方立方八面体が消えた。鉄子はすぐさまその掌に乗った。
玉虫色のロボットは「リィィィン、リィィィン」と心地良い鳴き声を発しながら、彼女が乗った手を動かした。その仕草は昨日のサラリーマンに対するものとは大きく違い、捕まえた蝶をそっと持ち上げる様な繊細さが見られた。
(ポォと同じ匂いがする)
掌に優しく包まれた時、ポォと同じく森の香りがした。それだけで不安も恐怖も消えていく。
「その子を放せ!」
「今すぐ下ろすんだ!」
外に飛び出した刑事達が命じた。けれども、玉虫色のロボットは従わない。それどころか、2人を見下ろす複眼に強い意志が窺えた。相手は無機物だが、はっきりと抵抗の意志が見えたのだ。
そのロボットの複眼はトパーズイエローに、そして鳴き声は「キュィィィン! キュィィィン!」と不快なものに変わり、昨夕と同じ様に右手を頭上に突き出した後、伸ばしたその手の人差し指と中指の先端を刑事達に突き付ける。
自らの危険を察知した彼等は一斉に拳銃を引き抜き、銃口を玉虫色のロボットの顔に向けた。
「やめてッ!!」
掌の中で鉄子が叫んだ。
「彼は何もしない! 私を助けてくれただけなの!」
「そんな事、信じられるかッ!」
若い刑事が怒鳴り返したその時、
「そこまでッ!!」
不意に詳子の凛々しい声が響いた。
その直後、銀色と青色の巨体が2つ、刑事達の前に滑り込んできた。
どちらも全高が2.5m程の人型ロボットで、左胸に異端科学部のシンボルマークが描かれている。両足首の左右にはタイヤが装備され、これが高速移動を可能にしていた。
モーターヴァーレット――通称〈MV〉、和名〈電動従僕〉。姫科研と異端科学部では自作のロボットをそう呼んでいる。
2体のモーターヴァーレットのうち、1体はメタリックシルバーの洋式鎧を装着した騎士を模しており、もう1体はメタリックブルーで牡牛の様な頭部と筋肉質の体を持っていた。
白銀のMV〈フェッルム〉の背中に備わった座席には白衣を着た電馬が、青いMV〈コバルトゥム〉の背中の座席には同じく白衣を羽織った詳子が座っていた。
フェッルムは電馬が、コバルトゥムは詳子が設計し、姫科研の全面的支援を得て造られた。忠次郎と同じくアトモスが搭載されており、UGで遠隔操縦する。
2人は普段から通学・帰宅に使っており、授業中は他の生徒達の自転車や原付に混じって自転車置き場に置かれていた。
2人は愛機から降りずに刑事達と対峙した。
「あのロボットに敵意や害意はありません。ただ、彼女を守る意志――彼女を脅かす存在を排除する決意があるだけ」
「お前……いや、あなたは!?」
詳子の顔を見た先輩刑事がたじろぐ。若い方はそんな態度を訝しそうに、
「先輩、こいつは何者ですか?」
「口を慎め! 彼女は大――」
そんな彼等に電馬が話し掛けた。
「まぁ、落ち着いて下さい。あのロボットは手塚君に危害を加えない限り、僕達に手出ししませんよ」
近付くと分かったが、彼が被っているのは白い軍帽だった。ただし、鍔の上には旧帝国海軍の帽章の代わりに、頭部にユニコーンの角よろしく稲妻があるペガサスのレリーフが付けられていた。
これは電馬の高祖父――つまり、彼の祖父の祖父――の震馬が実際に被っていた軍帽を、部長になった記念に祖父から譲り受けた物だ。
震馬は優秀な海軍将校だったが、機械いじりが大好き過ぎて変な発明ばかり繰り返すので上層部でも
度々問題になったらしい。しかも、「戦艦を撃沈させる巨大ロボットの建造」を提案した為、終戦まで冷や飯を食わされていたとか。
電馬はここぞという時にこれを被り、気を引き締める習慣があった。
「やはり、お前達が造ったのか? それとも研究所か?」
先輩刑事が電馬に詰問すると、
「いえいえ。今回はどちらも違いますよ。でも、ほんの少しだけ関係していまして」
「どちらにしろ、お前達の仕業だな」
「そんな言われ方は心外ですねぇ。あのロボットは手塚君が“友達”から贈られた物です。しかし、よく分からない点が多々あるので、これから調査する予定なのです」
「まさか、あの研究所に?」
「はい。姫科研には連絡済みです。間も無く到着するでしょうね」
その時、先輩刑事のジャケットの内ポケットからコール音が鳴り響いた。
「早く出られた方が良いと思いますよ」
「余計な事を言うな!……もしもし」
会話からすると、相手は上司らしい。やがて歯ぎしりしながら通話を切った。
「……今回は、あの研究所に全て任せる」
「そんな! 良いのですか!?」
「上からの命令だそうだ。クソッタレ!」
「そうですか。御苦労様です。後は僕達にお任せ下さい」
電馬が丁寧な仕草で頭を下げると、刑事達は舌打ちして去った。
詳子は呆気に取られている教師達に告げる。
「今回の件は全て異端科学部にお任せ下さい。尚、修理費用は全額、私が支払いますので請求書を下さい。よろしいですね?」
すると、教師達は渋々ながらも頷いて立ち去った。
教師を黙らせる詳子の成績は常に最上位。既に発表済みの幾つかの論文は、学界で注目が集まっている。
それもその筈、堤中高校に入学する前にスマラクトラントにて、小学生の頃から飛び級を繰り返し、優秀で高名な科学者やノーベル賞受賞者を多く輩出しているハグチューセック工科大学(通称:HIT)を15歳で卒業していた。
しかも、理知的でクールな顔立ちに女性ですら見惚れるプロポーション。従って、異性・同性を問わずモテており、校内外を問わず完璧超人で有名だった。
そんな彼女に対して、教師や生徒達が口を揃えて挙げる欠点はたったの2つ――そのうちの1つは、異端科学部に所属している事。
ここまで成果を出している眉目秀麗・才色兼備・長身・美爆乳・美巨尻な令嬢とあれば、一介の教師では太刀打ち出来ない。実際、彼女に反論出来る教師は1人もいなかった。
一方、ゆっくり地面に降ろされた鉄子は、玉虫色のロボットの背中にエメラルドグリーンの光で形作られた蜻蛉の翅が現れたのを見て慌てて制止した。
「待って、行かないで!」
複眼がサファイアブルーに戻った玉虫色のロボットの動作が止まる。
「私は手塚鉄子。あなたは誰なの? 名前は? お願い、教えて」
すると、例の鈴虫の様な鳴き声が発せられた。
「ごめんさない。あなたの言葉が分からないの。でも、私の味方なのは分かる。今回も助けてくれてありがとう」
丁寧に頭を下げて礼を言うが、返ってくるのはやはり鳴き声だけ。
そこで鉄子は提案した。
「イエスならこんな風に首を縦に振って。ノーならこうやって首を横に振って。私の言っている事が分かる?」
すると、玉虫色のロボットはゆっくり頷いた。
「うぉぅ! 意思の疎通は可能かぁ」
電馬が口元に白扇を当て、眼を見開いて呟く。
「テッコ君、そのロボットを引き留めてくれ。もうすぐ姫科研から調査班が来る」
詳子に言われ、鉄子は言葉を続ける。
「あなたの事をよく知りたいから協力して欲しい。決して傷付けたりしないから」
すると、再び頷いた。そして、背中の翅が消えた。
「手塚君の言う事を聞いた!? 彼女には従順みたいだねぇ」
「今のところは、ですが」
「意味深だねぇ」
電馬と詳子は玉虫色のロボットを警戒しながら鉄子に駆け寄る。
「ありがとう」
鉄子が再び礼を口にすると、そのまま立ち尽くして微動だにしなくなった。ちなみに、ポォはいつの間にか鉄子の左肩に止まっていた。
「これが昨日の――」
「例の巨大ロボットかぁ」
動画ではなく、実物を初めて見た詳子と電馬は、それ以上何も言えなくなった。
「はい。2度も私を庇ってくれた〈彼〉です」
「彼? このロボットは男性なのかな?」
「ポォと同じ様に立派な角があって鳴いたのに、このロボットだと男になる?」
詳子が確認し、電馬が訊くと鉄子は自信たっぷりに、
「それでも、そんな気がします」
「テッコ君がそこまで言うなら、私も男性と認識しよう」
「よく見ると、ロボットアニメの主人公機みたいでカッコイイね。ファーブル星人ってセンスあるなぁ」
興奮した面持ちの電馬は、顔はあの特撮ヒーローに似ている、この部分はあのアニメの巨大ロボに似ている等と指摘していく。けれども、挙げられたアニメや特撮に疎い鉄子は、その例えを聞いても全然ピンと来ない。
そんな彼女に詳子が尋ねた。
「ところで、彼を何と呼ぶべきかな? いつまでも、あのロボットとか彼とか呼ぶのは不便だし」
「そうですね。でも、すぐに思い付きませんよ」
「じゃあ、エドガーとかアランはどうかな?」
電馬が提案するが、鉄子は納得しない。
「う~ん。どちらもしっくりこないです」
「カブトムシの方はポォなのに?」
「そうですが……済みません」
「いやいや、気にしないで! 手塚君のボディーガードなんだから、君が気に入った名前で良いんだよ」
「そうだ。テッコ君を守るナイトなんだから、命名はプリンセスの君に任せる」
「ナイトですか!?」
鉄子の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「ほぅ、照れているね」
詳子の指摘に耳まで赤くなった。
「だって、私を守ってくれたから。それも、2回も。
初めてなんです、悪者からお姫様を守るみたいに助けられたのは。
だから、そんな風に言われると恥ずかしくって……」
「よもや、一目惚れかな?」
「そ、そんなッ!!」
詳子の指摘に慌てふためく鉄子。
電馬が眉をひそめた事に誰も気付いていない。
~ ☆ ~
数十分後、早くも大勢のマスコミと野次馬達によって堤中高校は包囲されていた。頭上には数機のヘリコプターまで飛んでいる。その群衆を警官達が押し止め、敷地に入るのを阻止していた。
ただし、例外がいた。
「上からのは撮ってきました」
校舎の屋上から帰ってきた鉄子は、スマートフォンで玉虫色ののロボットの足元で撮影している詳子に報告した。彼女達以外の異端科学部のメンバーも授業そっちのけで激写している。
「ツクツク、そっちも頼むよ。――ところで、何で君達もいるのかな?」
撮影用ドローンを操作している、ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェンに似た髪型としかめ面で無数の楽譜だらけの白衣を着た蝉丸創に指示していた電馬が尋ねたのは、自身のすぐ横でスマートフォンを使って撮影している章子だった。
彼女が所属している漫画研究同好部のメンバーが、異端科学部の部員達に混じって撮影やスケッチブックに描いたりしていた。
「いやぁ、こんな面白そうなネタが現れたのに、素知らぬ顔で授業なんて受けてられないでしょ」
「気持ちは分からないでもないけど、部外者は駄目だよ」
「どうしてもダメですか?」
「残念だけど」
「そんなぁ」
章子だけでなく、部長以下も落胆を隠せない。そこで、
「こうなったら……テッコ、お願い!」
「他力本願かよ!……部長、どうかお願いします」
鉄子が頭を下げると、電馬は困り切った顔で口元に白扇を当てて、
「うぅ~ん……まぁ、手塚君の友達だし、今回だけだよ」
「うわっ、チョロ過ぎ」
「甘いですな、部長」
予想以上に効果抜群だった事に章子は驚き、詳子は呆れていた。その周りでは漫研部のメンバーが歓声を上げている。
「べ、べっ、別に良いじゃないかッ! 好奇心は科学者も漫画家も関係無い! だから――」
「では、そういう事にしておきましょう」
詳子は電馬の言い訳を遮って、
「話は変わりますが、私から質問。どうして彼は人型なのでしょうか?」
「どういう意味です?」
「あたしも分かんない」
理解が追い付いていない鉄子と章子に電馬が説明する。
「アンリ達はアゲハチョウそっくりなのに、彼女達に造られたであろうあのロボットは人型。どうして自身と同じ姿形にしなかったのだろう?――って事だね」
「言われてみれば!」
鉄子が驚きの声を上げた。
「そうですよね。ポォはカブトムシそっくりで、宇宙船はトンボそのものだったのに」
「ファーブル星にはカブトムシやトンボによく似た生物だけでなく、我々地球人類に似た生物が棲息しているのか、それとも似た異星人と交流があるのか……色々考えられるけど、人型を採用した理由が気になる」
詳子が呟いたその時、数台の4tトラックが校内に入ってきた。どさくさに紛れて一緒に入ろうとした野次馬とマスコミが何人かいたが、1人残らず警官達に取り押さえられた。
トラックが停車すると、姫科研のシンボルマークが刺繍されたキャップを被り、背中に姫科研のロゴがプリントされた作業着を着た大人達が降りてきて、様々な機材を迅速に運び始めた。
その中にいた1人で、メタルフレームの眼鏡を掛けて顎鬚を生やし、痩せ気味の長身に有名ブランドのスーツを着こなした男性が電馬の傍に来た。理知的な顔付きと雰囲気が彼に似てる。
「お待たせ、電馬」
「じーちゃん! やっぱり来たんだ」
「そりゃあ、ロボットと言えば私だろう」
調査班の責任者である疋島雷馬博士は、新しい玩具を買って貰った子供みたいに満面の笑みを浮かべている。見渡せば、他の研究員達も真剣な面持ちだが、両眼は喜びに溢れ、時折こぼれそうになる笑みを隠しきれない。
“姫科研”こと『姫花園最強万能科学研究所』――冗談みたいだが、これが正式名称なのだ――は、世界的に高名な天才科学者・姫花園愛理博士が設立した研究施設で、非常に優秀だが奇想奇言奇行が多過ぎる科学者や技術者、そして異端科学部のOB・OG達が多く在籍している。こういった事件にはすぐに首を突っ込む事でも広く知られていた。
森華の4WDに搭載されているテティスやアトモス、そして部員達が手首に巻いているUGを開発したのはこの研究所である。
尚、フェッルムとコバルトゥムも、ここで作業支援用ロボットとして開発されたモーターヴァーレットの基本フレーム等を元に電馬や詳子が設計し、他の部員達の協力によって完成させたのだ。
今、トラックのコンテナから高さが約2.5メートルのモーターヴァーレットが数機出て来た。そして、防音シートや足場、様々な大きめの機材を運び込んでいく。
更に、大型トレーラーの荷台から、高さが10メートル近いモーターヴァーレットが立ち上がり、器用に足場を組み立て始めた。
「姫科研にも大きいロボットがあるじゃないですか!」
鉄子が指を差して言うと、詳子は首を横に振った。
「だが、あれが限界なのだよ。18メートルのロボットなんて試作機すら完成していない。
しかも、人間に近い滑らかな動きを見せているが、あのロボットに較べると足元にも及ばない。彼の場合は人間の動きそのものだからね」
「懐かしの我が母校。あの頃に戻った気分だよ」
「また部室を壊さないでね」
祖父の武勇伝を聞いている電馬が冗談半分で制止した時、
「お久し振りです、疋島博士」
「久し振りだね、天道君。孫がいつも世話になっているね。ありがとう」
「こちらこそ、部長にはいつも助けられています」
「では、電馬は部長をしっかり務めているかな?」
「それはもう」
「じーちゃん、恥ずかしいからやめてくれ!」
顔を真っ赤にしている電馬が詳子と雷馬の間に割って入った。
「ほら、さっさと調査を始めて!」
「はははっ。分かったよ、現部長殿」
先輩達が元部長である雷馬と話し合っている間、鉄子は玉虫色のロボットの後ろに回った。
そしてメタリックグリーンに輝く脚にそっと触れた。それだけでなく、頬を寄せて両腕を回す。すると、恋人を抱きしめたみたいに笑みがこぼれた。
「……って、何してるのッ!?」
いつの間にか背後に立っていた章子が声を張り上げた。その表情は見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりだ。
「ぅひゃゐッ!? いやっ、その、だからさぁ……」
脚から慌てて離れた鉄子は両手をブンブン振りながら言い訳を出そうとするも出てこない。
「えぇと、何て言うか……うん、どんな感じかなぁ、って」
「どんな感じ、ってロボットの脚が?」
「うん、そう。普通の金属みたいに硬くて冷たいのかなぁって」
「そりゃそうだよ。見るからに硬くて冷たそうじゃん」
「でも、私には違う感じに見えたから確かめたくて。でも、勘違いだった」
「……まぁ、いいけど」
章子は深く問い詰めなかった。いや、問い詰められなかった。
言い逃れて胸を撫で下ろした鉄子は、陽光を浴びて玉虫色に輝くロボットを見上げて呟いた。
「これから色々分かると良いな。でも……」
(何であんな事したんだろ?)
~ ☆ ~
その日のニュースやワイドショーでは、早くも未知の巨大ロボットが話題になっていた。ネットでも野次馬達が撮影した画像や動画が無数に上がっている。早速「巨大ロボット」がツゲッターのトレンドになった程だ。
昨日、独裁政治で悪名高い某国の大統領が軍事パレードの最中に急性心不全で死亡したが、その大事件が霞むぐらい取り上げられていた。
けれども、研究所の調査班が到着してからは、工事現場みたいに素早く足場を組んで防音シートを張り巡らせたので、玉虫色のロボットは完全に覆い隠されてしまった。マスコミ・野次馬・視聴者・ネット民から落胆の声が上がったのは言う迄も無い。
そんな様子が映し出されたタブレットを眺めていた男が呟いた。
「これ見たか? マジの巨大ロボットだぞ!」
男が平日の午前からいるのは広大な屋内プールで、十数人の美女達が思い思いに遊んでいる。全員が眼のやり場に困る過激な水着で豊満かつ均整が取れた肢体を包んでいた。
男が「一番スケベな水着を着たヤツに特別ボーナスをやるぞ!」と金額を提示したら、ほとんどのメイド達が撮影時のプレイメイトみたいな状態になったのだ。ちなみに、その金額はサラリーマンの平均月収より多い。
30代後半と思われる、身長が170cmに満たない彼は150kg近い贅肉と剛毛まみれのだらしない巨体をデッキチェアに横たわらせ、傍に立つ美女に持たせたタブレットを眺めながら、反対側に立つ美女が差し出したパテが5枚数重ねのハンバーガーに噛り付いた。しかも、太短くて毛深い四肢をそれぞれ4人の美女にマッサージさせている。
口の周りにはソースがベッタリ付着し、喋りながら咀嚼するので、縮れ毛だらけの弛み切った胸や腹にバンズやパテの欠片がボロボロ落ちる。その度、ハンバーガー担当の美女が指で摘まんで自らの口に運んだ。微かに眉をひそめるが、男は全く気付かない。
そして、男が「ポテト」と言えば彼女は摘まんだフライドポテトを彼の口に運び、「シェイク」と言えばベンティサイズのバナナシェイクのストローを差し向けた。
「なぁなぁ、コイツって何処のどいつが造ったんだろうな?」
「知りません」
すぐ傍に控えていた若いメイドが素っ気無く応える。彼女だけはいつも通りのメイドドレスを着ていた。ただし、襟元は大きく抉れてデコルテが丸見えで、ミニスカートはミニスカートはパンティーが見えそうな程に裾が短い。
尚、モデル並みにスレンダーな彼女が傍に立つ事で、長年に不摂生によって膨れ上がった男の巨体はそのだらしなさがより強調されていた。
しかも、彼女は顔立ちも黒髪も美しいが、男の顔は豚の鼻を付けた牛蛙みたいで、頭頂部まで禿げ上がっ両サイドと後頭部に残っている髪は伸ばし放題でボサボサ。これほど美醜がはっきり分かれた二人組も珍しい。
「どうせ、オヤジ達が動き出してるだろうな」
「そうですね。軍事兵器になりそうですから、グループ総帥だけでなく世界各国が動いているでしょう。ここ数年はロボット兵器の開発競争が激しいですし」
「てなワケで、コイツを調べよーぜ」
「調べてどうするんですか? まさか、出し抜いてガメる?」
「モチロン、戦って倒すんだよ」
「はぁッ!? そんな事してどうするつもりなんですか?」
「そりゃだって、完成したんだから試したいじゃん」
「まさか、アレをですか?」
「他に何があるんだよ」
メイドの表情が曇る。それとは逆に男のテンションは上がっていく。
「こんなチャンス、そうそう無いからな」
嬉しそうにブゴッっと鼻を鳴らした男に、メイドは何も言わなかった。視線が冷たい。
「取り合えず風汰党に言っとけ。あのロボットとオヤジ達の動向を探っておけ、ってな。
あと、エンジニアどもには、最終調整を念入りに、ってな」
「はぁ~、畏まりました」
主人の発言と欲望に呆れた本心を隠そうともしないメイドは頭を下げ、室内プールから出て行った。
けれども、その無礼に気付かないぐらい、男は画面の中の玉虫色のロボットに見入っていた。
「遂に始まるぞ。覇王大帝の最強伝説が……ぶひっげげげっ!」
「失礼します、覇征様。お客様がお見えになりました」
豊満にして均整が取れた艶めかしい体に、恥部が辛うじて隠れるスリングショットを着た美女が来客を告げた。
彼女の後ろから現れたのは、ブレザー風の鮮やかで可愛い衣装を着こなした、顔も体型も瓜二つの2人の美少女――栗ノ木いりすとりりすだった。
2人は複数の美女並びに美少女の双子だけで構成されたアイドルグループ〈PiTT〉でセンターを務めている。デビュー3年目にして両国国技館でコンサートを開き、その年から12年連続で紅白歌合戦に出場した、と言えば人気の高さが窺えるだろう。
「待ってたぜぇ~」
彼女達が視界に入った途端、覇征の両眼は色欲でギラついた。
「2人揃って来てくれたんだな。とっても嬉しいぜ。約束通り、ステージ衣装も着てるな」
対照的に姉妹は顔色が真っ青で、痛々しい程に強張っている。
「はい。約束通り着て来ました」
「だから、アレを……」
声も震えていて、今にも消えそうだ。
けれども、覇征は彼女達のそんな気も知らずに、
「分かってるって。楽しい事が終わったら目の前で全部処分してやるって」
他のアイドルグループと同様、PiTTも恋愛禁止で、メンバー全員が清純派で通っている。
けれども、栗ノ木姉妹は週末になると明け方までクラブに入り浸り、男達に混じって飲酒と喫煙を楽しみ、時には一緒にホテルに行っている。清純派アイドルである以前に、高校2年生であるにも関わらずだ。
世間に公開されると間違いなく破滅するネタだが、2人は巧妙に隠し続けてきた。マスコミですら嗅ぎ付けられない程に。
だが、マスコミすらも上回る嗅覚と調査手段を持つ覇征に、このネタを握られてしまった。そして、提示されたのだ。あらゆる物的証拠を世間に出さない代償として――
「オレは2人と思いっ切り楽しみまくる。その代わり、2人のスキャンダルはオレが全部揉み消す。――これって、Win-Winだよなぁ!!」
姉妹は震えながら頷く。とてもそうは思えないが、反論する事で気が変わって暴露されるのを恐れている。
「人気爆上げ中トップアイドルの美少女姉妹と3P出来るなんて最ィッ高ォッじゃん!! 姉妹どんぶりタマんねェェェッ!!」
テンションが上がりまくっている覇征は気付かないが、プールで遊んでいる美女達は姉妹に憐みの視線を向けていた。
「服は脱がなくてもイイぞ」
覇征はそう言って伸ばした両手で姉妹を左右に抱き寄せる。
「えッ!?」
「まさか!?」
驚き狼狽える姉妹に、覇征は下卑た笑みを浮かべて言った。
「そうだよ。ここで着エロするんだ。国民的アイドルグループのセンターとヤれるんだから、みんなに見せ付けて自慢しなきゃなァッ!」
彼女達は地獄の門が開いたのを察し、何もかも諦めたのと同時に両眼を閉じた。
~ ☆ ~
鉄子達は雷馬から、
「君達の気持ちは分かるが、研究所員じゃないから教室に戻って。科学者志望も漫画家志望も学生のうちは学業が本分だよ」
と、正論を言われたので、後ろ髪を引かれる思いで各々の教室に戻った。
ところが、鉄子・電馬・詳子それぞれの担任が待ち構えていた。
そして、すぐさま校長室に連行される。
「先輩達もですか!?」
「またすぐ会うとはねぇ」
「これでは首謀者扱いですな。ふふふっ」
5分も経たぬうちに再会を果たした3人を、自身の椅子に座る神経質そうな校長と、そのすぐ傍に立つ太り気味の教頭がしかめ面で迎えた。3人の担任も同じ表情で教頭の反対側に並んだ。
ちなみに、校長の頭上に掲げられた額縁の中には、堤中高校の校訓五条「実力主義」「努力克己」「弱肉強食」「文武両道」「常勝無敗」が荒々しい筆遣いで書かれている。
「また、お前達か」
校長は詳子と電馬の顔を見て溜息を吐く。
「どうも、毎度お騒がせの異端科学部です。この度は誠に申し訳ありません」
電馬がしおらしく頭を下げるが逆効果だった。
「ふざけるなッ! しかも早速、1年生を巻き込みおって」
「いや、それは誤解です。今回は僕達も巻き込まれた側ですよ」
「済みません。私が巻き込んでしまって」
鉄子が頭を下げると電馬は慌てて、
「いや、ごめん。そういう意味で言ったんじゃなくて」
「つべこべ言うなッ! さっさと例の動画とあのロボットについて説明して貰おうか」
校長の尋問が始まると、鉄子がアンリとの出会いから話し始め、時々詳子が補足説明を付け加えた。
電馬も補足しようとするものの、いつも詳子がタイミングの良い所で入り、しかも説明が簡潔にして的確なのでそれ以上何も言えない。やがて出る幕が無くて居心地悪そうにしている。
鉄子の説明が終わると校長は、
「つまり、あれはお前達やあの研究所が造ったのではなく、虫みたいな宇宙人から貰った、と」
3人は一斉に頷いた。
「とても信じがたいが……」
スマートフォンでアンリの動画まで見せられた校長は、ペンチで全ての表情筋をひん曲げられたみたいなしかめ面で、
「とにかく、自治体とか警察とか政府とかに任せろ。あんないかがわしい研究所に預けるな」
詳子がすぐさま反論する。
「お言葉ですが、逆でしょう」
「何が逆だ?」
「自治体も警察も政府も適切かつ迅速に対処出来ますか? 私達国民に不誠実だし、異性文明の産物に関する知識も無い」
「だったら、あの研究所にはあると言うのか?」
「はい。当然ですとも」
「寝言は寝てから言うもんだ。つまり、君の意見は一考に値しない」
「ならば、こちらは独自の判断で動きます。――では、帰りましょうか」
詳子は校長に背を向け、「この人、ヤバイ事言っちゃったよ」と言わんばかりに顔を引きつらせた鉄子と電馬を促す。
「待て! 勝手な事は許さんぞ」
校長が制止すると意外にも、
「そうですね。よくよく考えてみれば、勝手な事はいけませんね」
校長を始め、他の教師達はいきなり素直になった詳子に警戒心を抱いた。
詳子は改めて校長と対峙した。
「私もですが、学校側も勝手な事をしてはいけません」
「どういう意味だ?」
「あのロボットをどうするかを私達が勝手に決めてはいけない、という意味です。
つまり、決定権は手塚鉄子君にのみあります」
「何だとッ!?」
「何でッ!?」
校長と鉄子が同時に驚きの声を放った。
「あのロボットは手塚君が贈与されたので、所有権は彼女にあります。従って、我々異科部も姫科研も学校も彼女の意思を無視出来ない。
そして、彼女は姫科研に調査を任せました。これ以上、何を議論しろと?」
「だが、ここは学校だ。生徒は教師の指示に従う義務がある」
「勿論です。ただし、その指示に正当性があるならば」
「何が言いたい?」
「堤中高校の校則には、巨大ロボットの持ち込みを禁じる条項はありません」
校長達は絶句した。十数秒も経って、ようやく校長が言い返した。
「いや待て。そもそも生徒が校内にあんなロボットを持ち込む事を想定していない」
「それは学校側のミスでしょう。あなた達が巨大ロボットを造ってもおかしくないと考えている異端科学部が在籍しているのに」
「うっ……」
「それに、私と部長が通学に使用しているロボットの件もお忘れで?」
「うっ……しかし、大きさが全然違う。あんなに大きな物は――」
「では、そちらで話し合って禁止事項を追加すれば良いのです。――出来るものなら、ですが」
「うぅ……むぅ……」
詳子の挑発的な言い分に、校長は何も言い返せない。
彼は知っていた。歴代校長の中には、異端科学部に不利益をもたらした事で社会的に再起不能にされた者が少なくない事を。特に、この女生徒は――
「では、正式に禁止されるまでは持ち込みOKという事で。他に異論や反論があればどうぞ」
校長達は言葉が出なかった。
(こういう格好良いやりとりがしたかったのに。全部持っていかれた)
電馬は秘かに悔しがった。詳子を尊敬の眼差しで見つめている鉄子を目の当たりにすれば尚更だ。
「……分かった。3人とも教室に戻っていい」
校長は搾り出す様に言い、敗北を認めた。
~ ☆ ~
昼休みには、鉄子が恒例のツナと玉子のサンドイッチを、章子がママン特製のカツ丼と油淋鶏丼をポォの前に置き、食べるか試したが見向きもされなかった。そして、再び章子の棒付きチョコレートとアールグレイを選んだ。
章子はポォがキャップに注がれた紅茶を飲む様子を眺めながら呟く。
「あ~る君がご飯しか食べられないのと同じで、ポォもチョコとアールグレイしか受け付けないのかも」
「じゃあ、今度からチョコもアールグレイも買うよ。……そういえば、他のチョコも食べるのかな?」
「それは気になるぅ~。ホワイト・ビター・イチゴ・抹茶……片っ端から試した~い!」
「あと、紅茶もアールグレイ以外も飲むのかな?」
「それも気になるぅ~。アッサム・ニルギリ・ダージリン・セイロン……片っ端から試した~い!」
「うわぁ~。好奇心に火が点いちゃったよ」
章子の漫画のネタと資料を集める情熱と言うか執念に鉄子は改めて驚く。
一方、章子も鉄子の虫に対する情熱に驚かされる事がある。しかし、虫以外の事に興味を抱いている姿を見るのは初めてだった。
そんな2人が昼食を食べようとした時、2人の男子生徒が教室に入ってきて彼女達のすぐ横に立った。
「1年D組の手塚鉄子だな?」
初対面にして尋問口調だ。バッジを見ると同学年だった。
「そうだけど、あんた達、誰?」
不機嫌を隠さずに訊き返すと、
「我々は風紀委員である。生徒会長の命により、貴様を連行する」
「従わぬ時は反逆の意思があるとみなし、生徒会長の名に於いて然るべき処分を下す」
それを聞かされた章子は、
「テッコ、人気者だねぇ」
「またかぁ~」
「生徒会にケンカ売った? 大胆不敵だねぇ」
「売ってないよぉ~。売る訳無いじゃな~い」
「でも、テッコに用があるって言ったらあのロボットの事じゃあない?」
「そうなの?」
鉄子が生徒会長の使者達に訊くが、
「それは会長に会ってから訊け」
「既に、貴様の先輩達も連行されている」
「さっさと立ち上がれ」
「我々は貴様等ほど暇ではない」
と、にべもない。
「校長室で解決したと思ったのにぃ~」
「早く行った方が良いよ。会長と副会長、やたら強くてメチャクチャ怖いって言うし」
「まだ一口も食べてないのにぃ~」
泣く泣く立ち上がった鉄子の左肩にポォが飛び乗る。
「ねぇ、ポォ。か弱い私を守ってね」
冗談めかして、そして半ば本気に懇願すると、「リィィィン」と心地良い音色で応えた。
「生きて帰って来いよぉ~」
2人の男子に挟まれて連行される親友を見送った章子は、白米と油淋鶏を一緒に頬張りながら、
(相手は〈暴れ牛〉と〈暴れ馬〉の最恐コンビだけど、ショタ子先輩が一緒だから大丈夫ッ!
――って、思いたいなぁ)
☆次回予告
使者の来訪は終わらない。
誰もが鉄子に敵意を向ける中、
電馬は想いを込めて贈る。
一方、この国の“大帝”が動き始めていた。
第5話「招かれざる使者ども〈後編〉」
神の刃は鋼の甲虫を斬れるか?




