18話【リモデル視点】『幻惑の呪い』と『不思議の館』のとある機能
俺はさ。これが同じ男でもファルならまだ持ってもいいと思えるんだよ。うん。
だが、この謎の凶暴男は嫌だ。この男は俺のことを本気で殺そうとしてきた男なんだからな。
自分を殺そうとした男のことを持ちたくないと思うのは道理だろう。ペルチェだって持ちたくないし。
頭の中にペルチェと死闘を繰り広げた時のことが浮かんできた。あの時は手に汗握ったな……
糸によって身動きが取れなくなっているから大人しいが、いつこの糸が解けてこいつが俺やリュゼルスに危害を加えてくるかわからないし……
「持たせてしまい、申し訳ないですわね」
「そう思うなら持ってくれ……はぁ」
「あら、わたくし……重い物は持てませんのよ。この細腕を見てくださいまし」
なんとしなやかなこと……そりゃ、確かに持てないね。はい、持ちますよ。はいはい。
……ちゃっかりこの男が物扱いされてたの面白いな。笑ったら、この男はキレて暴れだしてしまうかもしれないから心の中で笑っておくよ。はは。
「しかし、この細腕には魔力が詰まっているので、何も出来ないわけではないのですよ」
「……ほう」
「怪我などをしないよう、今後はわたくしの言うことは素直に聞くようになさいな……」
「……それなら持てるでしょ、こいつのこと」
「何故です?」
「いや、普通に魔力で腕の筋力をじょうしょ……」
「む、無理ですわ!! 今のは冗談ですの!!」
なるほど。ただ、持ちたくないだけだと、そういうわけだな。よーく理解したよ。
よーく、程よーく理解したとも。
「顔を背けてどうしたんだよ?」
「いえいーえ……ちょーっと暑くなってきただけですの」
「おかしいな。この屋敷、俺はかなり涼しいと思っているんだが」
「おかしいですわね。おほほ」
パタパタと仰いでいる。恥ずかしがってるのわかりやすいな。なんかかわいく見えてきたかも。
ドルイディとはまた違う感じのな。
「上でこれ以上喋んな。うるせェ」
「あ、起きてんのな」
「だから、うる……」
うるさいのは君の方だろうが。
俺は魔力によって彼の口に蓋をしておくと、再びリュゼルスとの会話に戻る。
「貴方は魔力操作が得意ですのね」
「そう? まあ、さっき……じゃなくて、少し前に練習する機会があったからね」
「そうなんですのね。それはそれは……」
「今度、機会があれば、実用的かつ綺麗な魔法を見せよう。どの属性もいけるから何でもいいよ」
闇属性だと助かるけどね。一番の得意属性が闇だから。
それでも、さっきの草むらでの練習時にどの魔法も普通の魔法使いより上手く使えていたように思うから、特に問題はないんじゃないかと思うよ。
「……えっ、今度と言わず今日のうちにやってくださいまし。この館はそう簡単には壊れませんので、魔法をぶっぱなしても構いませんのよ」
「『ぶっぱなす』ってきょうび聞かない表現だな……」
その上、物騒……とても、王女の使う表現とは思えない。どこで身につけた表現だよ……
彼女は人形っぽいから、製作者が脳を弄って強制的にその表現を覚えさせた可能性も……
「そういや、あとどれくらいで着く?」
「もう、目前ですわよ」
そう言って三歩進んだところにある部屋の扉をリュゼルスは開けていった。本当に目前だった。
俺は抱えていた男のことを一旦地面に降ろす。
重いから疲れたんだよ。なんか色々と訴えてきているようだが、取り敢えず無視するとしよう。
部屋は先程とは違って無機質で何もない……いや、端にベッドが一つあるが、それだけの部屋だ。
リュゼルスはそのベッドに腰掛けると、話し出した。
「この部屋は……特に何の部屋でもありませんわ」
「そうか。まあ、なんでもいいが、なんでここで話をしたいと言い出したんだ」
「あっ、そういえばそんなことも言ってましたわね」
「ああ、答えてもらうぞ?」
「えっと……なんでしたっけ……?」
これは時間稼ぎだな。わかるぞ。
「家から出た理由と逃げた理由と幻をなんで俺たちに対して見せてきたのか……」
「知りませ……」
「あと、それと追加で踊っていた理由もな」
「……っ、踊っていたのは単に人形国城が故郷の城と似てたから、気分が上がっていただけですわ。自宅と似ている家があったら気分も上がるでしょう?」
そんな理由かよ……別に自分の家と似ている家があっても、気分が上がったりはしないよ……
家から出た理由もしょうもなく、ただ食べ物がなくなってきたから、買い出しに来ただけとのこと……
どちらもカコイ神に誓うぐらいだから本当だろうな。そんなことで誓わなくていいぞ……?
「逃げたのは幻を使っていたことがバレたから。そもそも幻を使っていたのは実験のためですわ」
「実験……?」
「わたくしの幻は幻術ではなく、魔道具によるものですの」
そう言って見せてきたのは何やら香水のような物……
しかし、口に吹きかけるものなので、身体にかけるような……俺が知る香水では無さそうだ。
それを口に吹きかけた後に息を吐くと、その息が届く範囲にいた者は全て幻惑の呪いを受けるという。
どうやら、呪いだったようだな。
ちなみにリュゼルスが何も考えずに吐いた息によって見た幻はかけられた側にとって都合の良い幻になる……場合が非常に多いそうだ。
リュゼルスもまだよくわかってないそうだが……
「実験は成功。この実験は国に返ってお父様やお兄様を驚かせるための物なので……」
「ほう……」
「ここは少ししたら別荘になりますわね」
別荘ねぇ……別荘はいいよな。
「……もう一つ質問しておくよ。結局、なんでこの部屋に来たんだよ? ここに来るまでにも部屋はあったよな?」
「この部屋が一番何もない部屋だから、変化がわかりやすいと思いまして……」
「……? 悪い。ちょっと何を言っ……」
「今からわたくしのすることを見ていれば、言ったことがきっとわかります。見ているのですよ?」
……なんか、遮られたな。
取り敢えず、話す隙が与えられそうにないので黙って見ていると、リュゼルスが指を鳴らす。
こちらに害意がないから攻撃のつもりではなさそうだが……? 何なんだ……?
身構えていると、唐突に部屋が暗転。
五秒経って再び明るくなると……眼前の無機質だった部屋は華やかな柄の家具などが置かれた少女感の強いかわいげな部屋へと変わっていた。
目の前のリュゼルスの格好も紫と黒のドレスから部屋に合った若葉色のワンピースになっている。
「これは……幻術か? それとも、その『幻惑の呪い』とやらの一種だろうか……?」
さっきのように視界に揺らぎが生まれてもいないし、その後に吐き気や目眩といった症状が出るということもなかったが、また別の幻術の可能性もあるな。
俺の問いに対し、リュゼルスは首を振って……
「これは幻術でも呪いでもありませんのよ」
「ふふん」と鼻を鳴らしながら、そう言った。
これは……あれだな。聞いてほしそうだな。
「へえー……じゃあ、詳しく教えてくれ」
「はい! 説明いたします。この館は『不思議の館』と呼ばれる生きる館で、普段は休眠状態なのですが、わたくしが指を鳴らすことで覚醒し、部屋の模様替えとそこにいる者の身体に影響を与えられますの」
「ふーん、それはとんでもないな……」
これに関しては割と素直な感想だ。
とんでもない。それが嘘じゃないならな。
俺は疑っている素振りを見せたつもりはないのだが、「疑っていますわね」とリュゼルスは決めつけた後、もう一度指を鳴らすことで模様替えを行った。
今度はどこかの部族の面などが立て掛けられた木製の小屋といった印象の部屋へと変質……
「その服を変えられるのも便利でいいな」
「あ、でも、館から出てしまったらすぐに元の服に戻ってしまいますわよ……? この館の効果で一時的にそう見えるようになっているだけですので……」
「わあ……それは嫌だな」
もしかしたら、裸だった場合は……
いや、なんて想像をしてるんだ、俺は。疲れているのか気持ち悪い想像をしたな……
ちなみに今のリュゼルスの服はどこかの部族のものと思しき格好だ。露出がやけに多いな。
戦闘部族だとかリュゼルスはニコニコ顔で言ってきたが、本当にそんな軽装なのか……?
その服や部屋はあまり気に入ってなかったのか、すぐにまた指を鳴らしてきた。
今度はどうなるかと思ったが、最初の部屋とその部屋に入った時の服に戻っていたよ。
「連続でやる場合はいちいち暗転しないんだな」
「いちいち暗転して明るくなって……だと、目がチカチカしてよくないでしょう? 改造したのです」
「へぇ……改造技術があるのか?」
「え、聞こえなかったのですわ」
「いやいや、大したこと言ってないから大丈夫だ。気にしないでいいとも。それより、質問いいか?」
質問がまたまた飛んでくるとは予想外だったのか、少しキョトンとしていた様子だが……
すぐに喜色が顔に浮かび、首を振って応じた。
「いいですわ!!」
少し前に聞きたくなってきていたこと……
「俺とそこの凶暴男は……ここから出られるか?」
「無理ですわ!!」
笑顔で言うなよ……
いや、無表情で言われても怒った表情で言われても、別によくないがな。まあ。
「……はぁ」
「残念でしたわね。正確には出さないと言った方がいいかもしれません。ここに入った者は人形だろうと、人間だろうと簡単に出さないと決めてまして……」
俺はため息をつきながら、凶暴男を見て……
『君も出られないってよ』と心の中で言った。軽い同情心が芽生えているのを感じる。
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