9話【リモデル視点】絶体絶命
突きつけられる短剣からは死の香りが漂う。
それは死体の腐敗臭などではなく、きっと暗殺か何かで幾度も付着してきた返り血の臭い……
剣身が朱色でないことから血はきちんと拭き取っているんだろうが、それでも臭いは消えてない。
血を戦場に立つ者ほど嗅いだことのない俺でもわかるんだ。つい最近に俺以外にも短剣を使っていたんじゃないのか? もしそうなら、本当に恐ろしい。
「もう終わりかよォ……立てやァ……」
「言われなくても立つっての……」
立てはする。
だが、足の痛みと疲れがあるから、多分全力で走るとかそういうのは無理だと思う。
出血箇所の止血を魔力により行い、口の中に残る気持ちの悪い血を全て草むらに吐き出す。
まあ、吐き出せてもその血の味はまだ口内に染みついているのだけどね……
「……ッ……ほォッ……」
俺はその後、事前に生成している限りなく細くした糸によって彼の両手の短剣を奪った後、それを彼の顔面に向かって糸をつけたまま素早く投擲する。
「速ェな。やるじゃねェか……」
距離が近い上に高速。その上、糸は強度がない代わりに限りなく細いため視認性が低い。
……当てられるさ、俺なら。
短剣は一度避けられたが、糸を結びつけたままだったので、引き戻す際に彼の頬を切り裂くことに成功する。
本当は後頭部に当てたかったが、いいか。
「後頭部に当たってりゃ死ぬとこだったぜ。今のところで一番よかったぞォ……今の一撃はなァ……」
「じゃあ、さっきは感謝しなかったから、今度はその褒め言葉に感謝するよ」
「……ァん?」
俺の攻撃はまだ終わっちゃいない。
糸の強度がなさすぎるから使い回すのは無理なため、新しい糸……硬糸を生成している。
その硬糸にさっき地面に叩きつけられた時にたまたま見つけた魔石を巻きつける。
魔石は魔石でも魔力吸収石というその名の通り魔力を吸収する力を持つ魔石だがな。
使い込まれているが、あと三回分ぐらいは使える。男の魔力をきっと吸収してくれることだろう。
吸収が済んだら、糸で引き戻して砕いて捨てる。吸収石の中の魔力を取り出すのは容易ではないし……
……残しておくと、懐に入れている時に間違えて俺の魔力も吸収されるかもしれないしな。
「……」
魔力吸収石は当たった。
だが、苦しむ様子がない……?
いや、吸収されたからといって、必ずそうなるわけではないまんな。耐性があるだけ……
だよ、な……?
止まってはいられない。隙は生まない。
自分を結界で完全に覆い、俺は糸を引く。
「ふはッ……」
引こうとした糸が巻きついた魔石が男によって掴まれる。
力がとんでもない……
俺はこれでも全力で引っ張っているんだけどな。
魔力を込めて手の力を底上げするが、ダメ。俺の力では奴から石を離させることはできない。
「くっ……」
仕方なく糸を切断し、別の糸を生み出してそれによって拘束するという作戦に変更。
吸収はされていても、あの様子。痩せ我慢には到底見えないしな。強い糸で普通に拘束だ。
魔力攻撃をしてもいいんだが、さっきから風刃やら結界やらでそこそこ魔力使ってるから、糸での攻撃以上に強くなるとは思えないんだよな……
やれる。やれる。
「……っ失敗か」
届きはした。
だが、届いた瞬間に避けられたのだ。右手の糸だけね。
左手の糸と組み合わせてもう一度拘束を試みるが、直前でどちらも……切断される。
それも手刀で……
さすがにそんな芸当が出来るとは思えない。あの手にはきっと風属性の魔力でも纏わせてる。
「風属性の魔力がやっぱり一番得意なのか?」
「あ、その質問に答えろってかァ……?」
「別に答えなくてもいいさ……」
「……いや、気が変わった。答えてやるよォ。大したことじゃねェしな。得意だよ、風属性」
「そうか……」
だから、どうっていうわけでもないが……
さて、これからどうしよう。疲労が溜まってきて、糸も大した物は作れなくなってきた。
次に生成した糸で決められなきゃ終わりだ……
「怖いのかァ……?」
「怖いよ。だが、それで応戦をやめる気はないさ」
「そうこなくっちゃなァ!!」
震えを完全に抑えた俺は最後の糸を両手に生み出し、そのまま男に向かって走ろうとするが……
その走りは……始まって早々に止められる。
「……っ……へっ……ひっ」
「脇腹、見てみればァ……?」
脇腹……わき、ばら……えっ?
俺の脇腹……そこに目を落としたら、短剣が……えっ?
……いつ、飛ばした? 見えなかった。全く。
動体視力には元々自信があったが、それでもあそこから魔力で鍛える練習もした。
そこらの人間や人形には負けない自信がある。なのに……全く、見えなかった……
「……頑張ったよォ……頑張った。ただの人形師の不審人物にしては本当によくやったぜェ?」
「は? なんで人形師だって?」
「疑問そこかよォ!! ま、わからないわけないだろ。オレだって人形なんだしよォ……」
そりゃ、そうか……
足掻こうとするが、上手くなどいかない。いや、もう俺のペースじゃないんだ。
……行くはずがない……か。
再び馬乗りになってきたが、そこから男はもう何も喋らなかった。ただ歯を見せて狂気的な笑みで……
俺の心臓に別の短剣を突き立てた。
そして、その瞬間に俺の視界に揺らぎが生まれる。
「あっ……あっ……がっ」
何だこれ……疲労のせいか……?
五秒ほどでその揺らぎは消えるが、途端に吐き気と目眩がやってきた。気持ち悪い。
目の前の男はそれに困惑している様子だが……なんだ。今のもこいつがやったわけじゃないのか?
「……どうした? 遂におかしくなったかァ……?」
「はぁ? 今のは君が……」
とぼけている……そんな感じはしない。
何か予想外の現象が起こったというのか? いや、色々と体を酷使したしな。その反動かも……
今、気にすべきはどうにかこの絶体絶命な状況から逃れていく方法だよ。それだけ気にすべき……
「……っ……うっ」
……!?
唐突に男も俺と同じように呻き出す。なんだ、もしかして……同じ症状か……?
まだ、別に誰かがいて攻撃してるってことか……?
「……っ……ふぅ……なんだ、今のはァ……」
戻ってしまった。俺よりは早かった。たったの五秒で元の様子に戻っている。
どうする……どうする、俺……
「……っ」
頭を必死に回すが、いい案などは浮かばない。
そうしているうちに……男は俺の心臓部に突き立てた短剣の刃をどんどんと食い込ませていく。
その笑顔はまるで玩具を与えられた子供のような無邪気さと狂気が入り交じっていた。
トムファンとはまた違う……別種の狂気。
どんどん突き刺さる刃と共にその部分が熱を帯びていく。熱……いや、これは……
痛み、だろうな。
……ダメだ、これは頭がマトモに機能していないことの証拠だ。死ぬのか、俺?
「ほらほら、まだ何かないのかァ……? まだ足掻いたっていいんだぜェ? どうせ無駄だが」
「……」
俺はそのまま、何も言葉を絞り出すことが出来ず……
心臓を短剣で……貫かれてしまうのだった。
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