3話【ドルイディ視点】王城中庭のアガプンス
私とディエルドが会おうとしている姉弟は姉の方がプララ、弟の方がラッシュだったはずだ。
長らく会っていないが故に、申し訳ないが存在自体を忘却していたよ。
でも、許してほしい。彼女らと会ったのはお父様が部屋を彼女らに与えた時ぐらいだから。
つまり、一度しか会ってないのだ。覚えていないのは別におかしくないんじゃないかと思う。
「ドルちゃーん、部屋に着くまでの間さ。オレと何かしらの遊びをしていかないか、な……?」
「格好つけてる暇があったら、少し……」
私は馴れ馴れしく肌の接触を図ってくるディエルドから距離を取ろうとしたのだが……
彼はなんと……私の前に立ち塞がってきた。
ムッとして睨み返すと……「さすがに冷たすぎるでしょ。威厳がないのはわかるけど、兄弟なんだから優しさを欠片でも見せてよ」などと宣う。
そうしたいと思えるような人形だと自分を評価しているのか? そんなわけがないだろう。
それより、プララとラッシュのことだが……
「久しぶりに会えた妹にこれだけ冷たくされたらさ……お兄ちゃんとしては悲しいわけよ……わかる?」
「わからない。あと、兄と言っているが、貴方と私の年齢は一つ違いだ。大して違わない」
「いや、一つでも兄は兄だろ。優しくしてよ」
「もう少し威厳があれば、そうしたかもね」
「威厳なんてこれから出てくるよ。期待して待っ……」
無視だ無視。
プララとラッシュは姉弟で人形を作っているらしい。別名、人形製作姉弟。
これはディエルドが名付けたわけでも私が名付けたわけでもなく、彼女らが自分でそう名乗ったのだ。
前までいた国でもそう名乗っていたらしいね。
だから、人形製作姉弟という呼称に関しては特に物申す気はないのだが……そこのディエルドが考えた人形部屋という呼称には少し物申したいよね。
人形がたくさんいる部屋なんて死ぬほどあるのだから、付けるにしても『製作』とかそういった文字を入れるなどして差別化をしていくべきだと思う。
ま、こういう時ぐらいしか頼らない姉弟っぽいから、そうそう呼ぶこともないし……いいけど。
「ねえ、ちょっとー……聞いてよー……」
「……」
「ねえー……」
何かよくわからないことをたくさん話そうとしてきたから、無視し続けて五分が経過。
しつこいよ。よく五分も喋れるね。
「もう、そろそろいい加減に……ってうわぁ……」
あまりにしつこいから、考えを一旦止めて下げていた顔を上げたのだが、その時に視界に映った景色を見て出た私の反応が今のものだ。
場所はまさかの中庭……プララたち姉弟がいる部屋とは全然違う方向だった。
全然違うことはディエルドもわかってるはず。なんでこんなところに連れてきたんだ?
ふざけているのだろうか。まあ、下を見て彼に無言で着いて行った私にも責任はあるだろうけど。
「ねぇ……なんで中庭に?」
「……いや、これは本当に悪いと思ってるんだわ。オレ、ドルちゃんと会うの本当に久しぶりだから……ドルちゃんの部屋をちゃんと覚えていなくてさ……」
「覚えていないならちゃんとそのことを言ってよ」
「言ったんだけどなぁ。聞いてなかったんだよねぇ……」
あ、そうか。私が無視してプララたちのことを考えている間にそう言っていたのか。
なる、ほど……なるほど。それなら、確かに私に『も』非はあるよ。認めないとね。
……私『も』悪い。
そう思うと、申し訳ない気持ちが生まれてきたので、私はディエルドに軽く謝っておいた。
「ごめん、ディエルド」
頭もきちんと下げているさ。
そんな私に「いいっていいって」とディエルドは言うと、私の手を引いてどこかに行こうとする。
本当にどこかわからない。少なくとも、人形製作姉弟の部屋がある方向ではないことは確か。
「ねえ、ねえ!! また離れていってるって!」
「いやいや、折角だから中庭を歩いてみようって。こうやって、兄弟で中庭を歩くのも久々っしょ?」
どうしたらそうなる。どんな思考の末、行き着いた結論だ。筋道立てて説明してほしい。
呆れによるため息が吐かれた。私の口から。
そのため息が空気中に虚しく撒かれた瞬間に私の足は地面から離れた。最悪だ。
どうやら、ディエルドが私のことを持ち上げたらしい。逃げないようにということだろうな。
本当に何なのかと心中で頭を抱えていたところ、ディエルドが私の体を降ろしてくれた。
何かを見つけたのかと思っていたが……
「えっ」
「綺麗だよね、最近、新入りのメイドちゃんがお手入れ頑張ってるみたいでさ」
広大な中庭をある程度進んだところにある花が密集している場所……そこでディエルドは言う。
ここは……前見た時はもっと花から元気を感じなかった。確かにちゃんと手入れされてるようだ。
前のメイドの手入れが雑だったというのもあって、尚更綺麗に見えてくるよね。
新入りと言っていたからマルアとかかな……と思っていたら、まさかの的中。
ディエルドがマルアの名前を出した時に私は彼女に対して、脳内で賛辞を送ったよ。
よくやるじゃないか。
「ふーん……」
今度、彼女の手伝いをしようかな。そう思いながら、目についた一輪の花びらに触れる。
風に揺れる花はどれも美しいが、私の目に止まったその一輪の花は特に心が揺さぶられる。
好きな色でも好きな香りでもあるんだ。
「あっ……わかった」
これ、リモデルがくれた香水と同じ香りだからだ。あの香水はこの花の香りだったのか。
知らなかったことを恥ずかしいと思った後、香水と同じ香りを味わえたことに感謝する。
また、帰ったら香水つけよ。
今日は急ぎの用事だったということで香水を付けずに外に出てしまったからね。
「それ……いい香りだろう?」
「うん……」
「確か……アガプンスだったか」
淡い青紫色の花……本来はもう少し小さいらしいが、ここの花は魔力が篭っているせいか通常の花より少し大きめ……なので、見応えがある。
漂う香りもきっと、通常のアガプンスの二倍なのだろう。そんな気がしているよ。
私はアガプンスの香りを十分に堪能した後に……冷静になった脳でゆっくりと言った。
「さすがに……そろそろ……行くよ?」
「あ、ああ……そだねー……」
私の視線にディエルドの顔が青ざめる。恐怖によるものだろうな。
……その色はアガプンスと違って……見るに堪えないタイプの薄汚い青だった。
……アガプンスをもう一度見よう。
そう思った私はディエルドの青ざめた顔から視線を外し、アガプンスを見ながら城内に戻った。
……途中、顔の色が元に戻ったディエルドが花に関して何か言ってきていたが、それは無視した。
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