50話【ドルイディ視点】偽りの主の望むままに糸を繰る者
もう少しで一章終了です。
私の拳……それは空を切り続けた。
所詮は……素人の拳ってことなんだろうね。まあ、そんなことで諦めるわけがないのだが。
「また踊ってくれて嬉しいよ」
遠回しな煽りだな……
私の間抜けな動きのことを踊りだと言っているんだろ? わざわざ反応してはやらないよ。
何度目かの空振り……笑みを見せて油断する……その顔面に向けて私は……
「……っおお、やるねぇ」
闇属性の上級魔法『強闇刃』……闇属性なのはやはり、ここが暗闇だから効力の上昇を狙って。
当たったその刃によって、トムファンの右頬には一筋の切り傷が横に刻まれていた。
スベスベな美しい肌に傷がついたのだ。これで激昂すると思ったが、彼女は動じていない。
それどころか、若干喜びを感じていないか……?
「……中々に……いい、痛み……いいよぉ」
恍惚としている……変態か?
いや、疑問を持つまでもないな。確実に変態だ。
マリネッタ……あいつも変態だと私は思ったが……こいつはまた別の種類の変態だと思ってる。
嫌悪感の強さで言えば、どっちもどっちだね。
「……貴女は何であんなことをした……?」
「あぁ……それぐらいなら、簡単に話してあげるよぉ。今はすこぶる機嫌がいいからねぇ」
「早くしろ」
「うんうん。おれが何でダンスを踊ったのか……ってことで合ってるよねぇ……?」
……? ダンスをしたことも気になったが、私の額に口付けした方の理由を知りたかったんだが。
「……おれはきみの色々な表情が見たい。感情が溢れる様を見たい。滅多に感情を表に出さないものである自律人形がおれの行動でそれを表に出していくのがいい」
……っ、そうかい。興味ない。
「そうじゃなくて、私の額に口を付けてきた方の理由だ。何故にあのようなことを行った?」
「なーんだぁ……それならダンスと同じ理由だよぉ。きみの感情がそうすれば揺れ動くと思った。それだけ」
感情の起伏……自分で言うが、確かに私は他の自立人形と比べて感情が豊かだからね。起伏は激しいだろう。予想してたよ。そうじゃないかと思ってた。
はぁ……まあ、理由はなんであれ、私はもうこいつのことを許さないからさ……
これから、こいつにやることに変化はない。
どんな方法だって使って、殺すのは無理だとしても、二度とこのようなことが出来ない状態まで追い込む。やったことを後悔させてやりたいんだ。
「……っ」
素っ頓狂な顔。驚いてくれたようで何より。
私は彼女に攻撃を避けられた瞬間に、自分の体を風属性の魔力で進ませて彼女に突進したんだ。
彼女は狙い通り、地面に倒れたので、私はその身体に馬乗りになった。
してやったり、という顔で私が笑うと……彼女は素っ頓狂な顔を笑顔に変えた。
そこには狂気はさほどこもっていない。
だがしかし、このような追い詰められた状況でそのような顔が出来るというところに、私は先程までの笑顔を見た時のように……ただ恐れを抱いた。
言っておくが、これでも十分の九の残存魔力を手に集めることで力を増大化させている。
それはペルチェの力にもきっと匹敵すると思う。
そんな手で押さえつけているんだぞ……? 私と同じくらいの細腕で脱出できると?
「……?」
何も、しない。ただ……笑う。
しかし、その笑いは段々と狂気を帯びていき、私の恐怖を加速させていくのだった。
まさか、それで私が手を離して逃げ出すことを狙っているのか……? そうはさせない。
鳥肌が立っていながらも、私は彼女から目を逸らさず、その瞳に怒りを宿していく。
「……ふふふふっふぅ〜……ふっ……はっはっは……!!」
笑い方も狂気を帯びている上に奇妙なものへと変わった。震えている声にどす黒さの混じる魔王の如き大笑い。この女は人格がいくつもあるのか?
多重人格を疑うほどの表情や喋り方、声質の変化……
マリネッタが兄貴と呼んでいたが、目の前にいるのは明らかに女性。これで、姿も変えられるならとんでもないな。そうでなくても、とんでもないが。
「……愉悦を感じるんだぁ……私のために……きみのような素敵な人形の女性が踊ってくれて……」
「……」
「きみは本当に素晴らしい。他の自律人形ではあまり見られない感情の起伏も非常に魅力的な点ではあるが、それを抜きにしても見目麗しい容姿、姿勢……どこを取っても、いい……何もかも、いい……」
口が裂けそう……そう思わせるほどの大口の笑み。
そんな口に思い切り魔法をぶちかましてやりたい。私はそう思っているよ。
「きみのような……きみのような自律人形が欲しかった。それでも、自由に出歩き、所在が掴みにくい本物を手に入れるのは難しいと思ってねぇ……だから、おれはきみの複製人形を狙ったんだよぉ……」
「……そう言う割に私の複製人形など、この地下空間で一度も見ていないんだが……? 戯言を口にして、時間を稼いでも私はこの手を緩めないよ」
この戯言が時間稼ぎのためだけに放たれているとは思っていない。こいつは多分私が魔力で自分の手の力を強めていることを知っている。
だから、魔力切れを狙っていると思うんだ。
でもね……まだまだこれでも維持はできるんだ。
……十秒くらいはね。その十秒できみを地面に押しつけて……殺害は無理でも気絶させてやる。
「……見ていない……? まあ、そりゃあ今はリモデルが抱えて逃げているだろうからねぇ……」
「……もし、それが本当でもどうでもいい」
私は全力を出して、こいつを床に沈めようとしている。その試みは上手く行き、床に窪みは生まれた。
この窪みを深くしていきたい。気絶させられなくても、窪みの中に土属性の魔力で生んだ土やら石を詰め込めば、生き埋めにも出来るわけだし……
必死で彼女の身体を地面に押しつける私……
彼女はそれを見てから三秒ほど経過後、笑顔はそのままにフッ……と目を閉じた。
「……あぁ……助けてくれぇ……」
「……っ……えっ!? えっ!?」
瞬間、持ち上がる彼女の体。
その動作はあまりに糸繰り人形的。足も何も動かさず、何かに持ち上げられるその様……
何が……起こった……? いや、何をしたんだ……? この女は……一体、何を。
私は彼女の体が持ち上がったことにより、後ろによろめいたその時に横に視線を向け……
あることに気づいた。
「騎士マオルヴルフ……!?」
騎士マオルヴルフが他の気絶したらしきマオルヴルフたちを置き去りに結界を破り……
……糸を使って何かを操作しているんだ。
その糸が伸びる先は……まさかのトムファン。
「……あ、見えたぁ? 『傀儡術』が効きやすい個体が一匹ここに残っていたみたいでね。その子に再び持続性の高い『傀儡術』をかけているんだぁ」
「他は?」
「全員、何故か術の効果が持続しないんだぁ。だから、気絶してもらった。その術が効く一匹は人形師に飼われていたのか『人形操技』が使える……」
『人形操技』……あれを使えるだと?
失礼だが、モグラ……それもマオルヴルフが? 元来知能が低いために細かいことが出来ないモグラだぞ。
……魔法ですら魔力操作が難しくマオルヴルフじゃ使えないと言われているのに、それより遥かに難しい『人形操技』を難なく使うなんて……
正直、只者じゃない……ね。
「だから、彼に私の疲れた体を糸で操作してもらうことにしたんだ。名案だと思わないかなぁ……このおかげで私は何も考えずに俊敏に動ける」
こんなことがあっていいのか……
私はこいつから次々と語られる言葉に対して……頭を抱えながら、必死にどうにかする方法を考える。
ただただ、必死に……!!
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