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49話【ドルイディ視点】愚物

 肌が粟立つ……それを強く感じた。


 私の体に自由が戻っていることに気づいたのか、トムファンは再び術を使って私を操作したが……それでも恐怖により粟立った肌はそのままだった。



「あぁ……解けていたかぁ……ごめんねぇ」


「『すみません、私は一体何を……』」


「『いや、何もありませんでしたよ。それでは、再開していきましょうね』」



 切り替えがとんでもなく早い。目の前にいるから嫌でも目に入るんだよ。


 狂気に満ち満ちた笑顔からの……優しげで快活そうな印象の笑顔……その変化……


 不気味で恐ろしく、体が自由を失っているのに、肌のあちこちから冷や汗が噴出する。



「『……いいですよ』」



 踊る前に私の左の方の肩甲骨辺りに添えられた彼の手……先程もそうだが、優しい触り方だ。嫌らしさを全く感じない。それが逆に私は嫌だな。


 そして、その動作だけで快感が体に奔りそうになる。傀儡化のせいだよ。確実に。


 それを抑制することが出来ないのが、悔しい。


 私はトムファンの左腕の辺りに手を添えている。これも同様に快感を誘ってきて、嫌だ。



「『それでは……再び始めていきます』」


「『はい、合わせますよ』」



 ダンスが始まった。


 一時的に止められていた音楽も……それによって再び頭の中で流れていった。


 同じものだと退屈すると考えたのか別の音楽……そして、盛り上げのためなのか観衆の声が聞こえる。


 これも幻なのかと思ったけど、普通に気配がある。リモデルかと思いたいが、マオルヴルフ?


 何か……彼らにも起きたか……?


 起きてないことを……祈りたいな。


 私はそれを祈りながら、踊りたくもないダンスを彼と共にゆっくりと丁寧に踊らされていく。



「『本当に上手だ……あなたにはダンスの才能が確実にあるでしょうね』」


「『まあ……嬉しいですわ』」



 耐えるしかない……


 私の頬が紅潮してきていることがわかった。


 これはきっと……もう少しで精神も堕ちる……その予兆なのだと感覚的に理解できる。


 リモデル……情けない恋人で済まない。私はもう……貴方と恋人では……いられないかも……


 目を閉じたい……背けたい……そんな思いになるが、体に自由がない以上、それは出来ない。


 だから、心の中で目をつぶり、目の前の現実から一時でもいいから逃避してしまおう……そう思った時。



「おっ……おぉぉお!?」



 目の前のトムファンが私の手を離して、床に向かって横から倒れる。


 意識はあるようだが、倒れたら後に軽くうずくまっていた。何が起きたというんだ……?



「景色が、戻ったか」



 視界の一面に広がっていた花畑が、一瞬にして消滅して、元の地下空間の一室が私の視界に映っていた。術が明らかに解けた……それを理解する。



「……ドレスもか。残念」



 ドレスも当たり前だが、消えてしまって……


 ……いや、元の外套に戻っていたよ。



「お……」



 どうやら、体の方も無事に解放されたようなので、彼から思い切り離れようとした。


 そんな時に……足を掴まれる。


 その掴み方はマリネッタのようで……全然違う見た目なのにまたまた彼の姿を思い出した。


 そんなことで思わず、笑ってしまい、絶望感が微妙に……ほんの少しだけ、消える。



「……どうやら、術をあまりに調子に乗って使いすぎたみたいでねぇ。体力がもう足りないんだぁ……」


「……そんなこと、知らない」



 回復して再び同じ術にかけられる前に逃げよう。


 明らかに危険な人物だ。捕らえようとするのも、私の身にとって危ない。


 今の精神のままでリモデルと再会したいのだ。そのまま……行こうと思う。


 ……マオルヴルフたちも、いるのなら一緒に。



「……もういい。もういいよぉ。でも、ほんの少しだけ聞いていってくれないかなぁ」


「……」



 私はもう彼女に背を向けていた。


 逃げようと思っていたのだが、マオルヴルフたちが何やら倒れていたので彼らを先に結界で覆う。


 たくさんいる以上、全員抱えていくことはできない。一匹でも、難しいぐらいだし。


 気絶している様子。多分術をこの子たちもかけられていて、それが突然に解けたから気絶してしまったんだ。


 強力だっただろうし、突然解けた時にこうなることはまあ不思議ではないと思うよ。


 私だって、気絶まではいかないにしろ、若干の気分の悪さが全身に残っているからね。



「……この術、なんだと思う……?」



 背を向けて無視しているのは明白だろう。なんで質問を投げかけてくるかな……


 マオルヴルフは全員、命に別状がなさそうなので、私は立ってすぐに部屋の奥の扉に向かった。



「……答えがないけど、話しておきたいからさぁ。そのまま言わせてもらうねぇ……」


「……」


「あの術は……『傀儡術』の一種ではない」



 ……やはりか。その可能性は考えていたよ。


 気になるよ。気になるけど、もう二度と会わない以上、知らなくてもいい。


 これ以上危険を冒したくないんだよ。



「マリネッタを殺したのはきみだよね……? さっきのあの術はマリネッタが死んだことにより、使用が可能になった幻術だ。想像していただろう……?」



 知らなくてもいい。だから、逃げる……そう決めたはずなのに、私の歩みは遅くなっていた。


 牛のような歩みの遅さ……こういうのを確か……そのまんま牛歩と呼んだよね……



「……マリネッタのことはわかるよねぇ?」



 ……あいつを助けようとせず、どこかに行っていたのはそういうことだったか。


 兄弟だからってことか……? 微かに聞いたことがある。兄弟は片方が死ねば、もう片方がその能力を引き継ぐと。双子の場合は少し違うらしいが。



「わかると思っておく。それで、まだまだ話は……」



 ……それはいい。


 私はそっと手で耳を閉じながら、歩みを速めた。


 もういいんだ。私は、早くリモデルのもとに行かないといけない。足踏みはしない。


 そうして、扉を通ろうとした瞬間だった。



「……うわっ!?」



 目の前に結界……!


 なんという早業だ。もう回復したというのか? それとも、実はまだまだ余力が……?


 体力が足りないとか言っていたが、嘘かもしれないからな。一度に能力を使いすぎただけで、余力はまだまだ全然残っている……というのもありえる。


 私は仕方なく、本気で結界を殴ろうとするが……



「『きみのような素敵な女性が暴力なんて使うものじゃないよ』」



 いつの間にか背後に立っていたトムファンによって、両腕を後ろに追いやられたため、不可能……


 もう、近くにいるってどんな速さだ……!


 そんなところに再び恐怖を覚えながらも、私は必死に体を動かして逃れようとするが……



「『暴れないでよ』」



 私の体を持ち上げ、結界から離した後に……


 壁にその体を叩きつけてきた。


 叩きつけたという表現を使用したものの、実際はそれほど強くやられたわけではない。



「……いたいけなお姫様を壁に叩きつけるとは……紳士とは言えないな、トムファン」


「何とでも言っていいよぉ。別に……気にしない」



 トムファンは先程自分がされていたことと似たようなことを私にしようとしたのだろう。


 魔力を使って、私のことを壁に接着して磔にすると……狂気のこもった笑顔を再び浮かべながら、私の両肩の上辺りに……自身の両手を叩きつけてくる。



 「……それも、唆るからねーぇ」



 気味の悪さが思い切り……顔に出る。


 まだ演技をしているつもりかは知らないが、もう今の貴女により……快感を覚えることはない。


 今の貴女から感じられるのはただの恐怖……さっきよりはマシだが、それでも冷や汗は出る。


 頬を伝って、その冷や汗が地面に着いたことで……トムファンは首を傾げた。


 余裕がないから、演技が出来ていないことに気づけていない……そんなところだろう。


 何かしら、言葉を投げてやろう……



「……ぁ……っ……!?」



 そんな瞬間に、トムファンは私の額に……自身の唇をつけてきた。それは……それは……


 許せる、ことではない。許せるわけが……ない。


 私はワナワナと両手を震わせながら怒りに任せて……腕がちぎれても構わないという覚悟で暴れた。



「はぁ……はぁ……」



 許さない。誰がそんなことしていいと言ったんだ……?


 そんな怒る私を見て、一瞬トムファンは戸惑いの表情を見せるものの……すぐに戻り……


 自身の唇を指でなぞるのだった。



「……如何だったかなぁ……?」



 ……はぁ……マリネッタも……こいつも……どいつもこいつも他者を本当に軽んじている。


 許せるわけ……ないよね。


 目の前の……愚物。それを見て、私は心の中でこいつを絶対に殺すと……そう誓う。

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