31話【ドルイディ視点】純然とした美しさ
無我夢中に叩いた、扉を。
理性がなくなっていたわけじゃない。扉が開けられないからだ。教えてもらった開け方は試したが、無駄だったんだ。対策をされたんだよ。
扉の構造を変えられたのは確かだ。教えてもらったボタンがないからね。
嘘の可能性はない。私の製作者はそういった嘘をつかない。入口のボタンに関しては変わっていなかったから、ここのボタンだけを誰かが構造を変えたんだ。
……そうに決まっている。
「……ぐっ……リモデル……」
怒りと……申し訳なさが……五秒間隔で去来する。
「……ごめん……!」
呟いても意味のないことなどわかる。
だが、彼の気持ちを思うとそうやって謝罪せずにはいられないのだ。謝罪しないと、心を保てない。
「リモデル……ぅ……」
どれだけリモデルは絶望しただろうか。私の一瞬で消え失せた絶望など、きっと彼の絶望と比べたら塵に等しい。
私だって、信じる人が目の前で自分を置いて立ち去ったら同じように絶望するはずだから……
「……なんっ……で……」
それはリモデルに向けてのものではない。私に対するもの。なんで、こんなことになったのか。
私に何があったのか。
気を強く持っていれば、こんなことにならなかったのか? どうなんだ?
……どうなんだ? ……私。
「……ぅ」
叫び疲れて扉にもたれかかろうとした。
そんな時、扉の向こうで何かが聞こえた。私はそれに反応してビクッとなりながら、扉の端に移動する。
もし、開いたら攻撃されるかも……と思ってのことだ。
……どうせ、私がいることはあちら側にバレているんだろうけど、こうして端に行けば開けられた瞬間に攻撃されたとしても、当たってしまうことはないはず。
「……え?」
待っていると、足が地面に引っ張られる。
そして、気づいたら私は地面に引きずり込まれ、どこかに連れ去られようとしていた。
物凄く早いが、これはモグラだ。マオルヴルフだ。私を今度は誘拐する気か。
「主の命令か? モグラ」
「……」
「……まあ、答えないよな。そもそも、マオルヴルフだし私の言葉が通じているかも怪しい」
「……」
知能が低い魔物というのは操る者だけがその意思を正確に伝えることができる。
私ではきっと通じていないだろう。
まあ、それを言いことに私は悪口をこれ以上、言ったりはしない。そんなことをしても何にもならない。
……それに、単純に疲れた。
そのまま抵抗をやめてズルズルと穴の中を引きずり回されていると光が見えた。扉の向こうに行っただけだろう? なんでこんなに時間がかかった?
なんか私の感覚としては一分半ぐらいかかった気がするんだが、どういうことだ?
……多分、地面が硬かったんだろうな。
「……貴方が、このマオルヴルフの飼い主か」
私は自身の外套にかかった土を払いながら言う。ワンピースとかドレスじゃなくてよかったけど……
この外套は割と好きだからな。こうして汚れるなら部屋で大して好きじゃないもう少し地味で安っぽい物に着替えておけばよかったと後悔しているよ。
……私、後悔してばかりだな。
「はぁ……」
「人の前でため息か。感心しないなー」
「そちらこそ、かよわい人形を誘拐とは感心しないな。
「……」
「……それに誘拐するなら自分の力でやるべきじゃないか? マオルヴルフなんかに頼らずにね」
「初めて会った時と印象変わらないね、キミー」
あ、この男……
……どこかで見た顔だと思ったけど、今の発言で街にいたあの男だとわかったよ。
「……貴方、街で私のことを襲おうとした偽人形師だろう?」
「……覚えていてくれて光栄だよ。嬉しいねー」
「ああー……覚えているよ。その喋り方と声が初対面時と同じだ。頬が痩けていて、なんか前より醜く見えるから変わっている点を上げるとするならそこかな」
ピクリと眉が動く。
だが、彼は怒りの感情の発露によるその眉の動きとは対照的に下衆らしく醜い笑みを浮かべ……
「変わったのはキミの方もだと思うけどなー……ドルイディ・ペンデンス・オトノマース第二王女様?」
と、こちらを見下すように口にした。
「……やっぱり知ってるのか」
名前を知っているだけなら、まだしも私が第二王女だということまで把握しているとはね。
まあ、おかしくはない。私の顔は前々から別に隠されてなかったし、街に出る時も私はあまり顔を隠そうとはしなかったからね。あの時に襲ってきた蝙蝠風の外套の奴の一人が正体を教えたとか……そんな感じだろう。
「……それで、何が私の方もだと?」
「ただ言われたことをそのまま返しただけだと思ってる? 違うよー……はっはっ」
「……何が違う?」
「……散々、怒って叫んで……泣きそうになって……そのせいなのかわからないけど、顔から初めて見た時に感じたお姫様らしき純然とした美しさが消えているんだ」
戯言だ。そんなことで私の見た目に何かしらの影響があるとは思えない。いくら人間に寄っていたとしても、そういうことはないと……思うから。
……多、分。
「……もう一回言おうか? 今のキミからは美しさが消えている。いや、まあまあ元々がいいからまだ美しくはあるんだけどね。初対面の印象とは変わってるってコト」
自分で自分を美しいだなどとそこまで思ってない。
……思ったことがないわけじゃないが、面と向かって……それも気に入られない人間からこちらに対して放たれた言葉だったからなのか……
やけにイライラさせられる。
「……自覚していないかい?」
「……何を言っているんだ」
「キミが慟哭していたところとか、思い切りこちらわかってんだわー。予想ぐらいはしてたでしょ? そのことがこちらにバレているんじゃないかという、予想をさー」
舌打ちをしたくなるが、その行為をすることはこいつを付け上がらせることに繋がる。
その判断ができることで自身が段々と冷静さを取り戻せてきていることを実感し、私は胸を撫で下ろす。
「……そんなに見つめてー……もしかして、今更ながらオレの魅力に気づいちゃったとか?」
「そんなわ……」
「気づいちゃってないとか? ま、気づいてないよね」
遮ってきたな、この男。
私が貴方の魅力に気づくことなどないよ。そもそも、魅力があるかどうかすら怪しいよ。
強いてあげるなら顔だけど、それもさっき口に出したように前に見た時より悪くなっているように見える。
……それでも、リモデルほどじゃないにしても、整った顔ではあるがね。
……リモデルほどじゃないにしても。腹が立つなぁ。
「……ま、楽しもうよ。まだ時間はたくさんあるんだから……さぁ?」
「ゆっくりする気も貴方の話を聞く気も私には全くないよ。これから何をするつもりかは知らないが、貴方たちの策略にまんまと乗せられてたまるか」
私は一刻も早くリモデルを見つけ出し、彼に全力で誠意を込めて謝りたい。
そのためにも、どうにかこの部屋から出られる場所を探さねば……
私は目の前の偽人形師の退屈な話を聞き逃しながら、周囲に視線を向けるのだった。
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