所詮は親の七光り
パレードの様な出迎えが終わったあと、ギルドを通して町長の屋敷に来るよう、手紙が届いた。ウルビスも呼ぶはずだったのだが、生憎と街を出ている。それでも魔王軍幹部とグレンデルを倒した功績は二人でも十分だと認められ、町長の屋敷へ向かう。
流石はローリアン地方で一、二位を争う大きさの街だからか、町長の屋敷は庭園があり、噴水や華を付けた木々や魚の泳ぐ池が、門の先に広がっている。
緊張しながらも、スーツ姿の人間に屋敷の中を案内されれば、そこら中にカーペットが敷かれ、竜を描いた絵画も飾られている。
「こちらで、エリアル大騎士団長様と、我が主グレスネフ・ハイランド様がお待ちです」
ここから先は二人で行けということなのだろう。案内してくれた人間は扉の前で二人が入るのを待っている。
こういう時は、勢いが大事だ。
扉を力強く開けると、エリアルと初老にさしかかっている黒髪のグレスネフが王様でも座るような椅子に腰かけていた。
そして首輪のついた二人の犬耳族の少女が、暗い顔で立ちつくしている。
エリアルは二人をじっくり眺めると、椅子に深く腰掛けた。
「ふむ、もう一人、狼耳族がいると聞いていたが、どうしたのだ?」
なんというか、自信たっぷりな偉そうな声が癪だが、野暮用で街を出ていると説明しておいた。
「なるほど、私の訪問を知りながら街を出るとは。豪気なのか、愚かなのか。まあいい、二人とはいえ、魔王軍幹部を倒した冒険者とやらに会えたのだからよしとするか」
とりあえず座るがよい。見下している声で座ると、また二人を眺めている。
「猫耳族の女……たしかステラ・シャーノだったか。その才能と武勇は聞いている。男の方は名前も知らないがな。しかし、どのようにして、魔王軍幹部ジャスティとグレンデルを倒したのだ?」
いちいち癇に障る奴だ。二、三発ぶっ放して脅してやろうか。
そう思い、ステラとの約束を思い返す。マグナムのことは秘密にしておくと。知られたら、取り上げられるか、首都の防備に回されるかもしれないからだ。
「俺は付添い人だ。ステラとウルビスが倒したっていう、その事実の証人だよ」
そこでグレスネフが言葉を慎めと静かな怒りを見せるが、知ったことではない。所詮は自由が売りの冒険者だ。咎められても依頼は来るし、こちらの発言で困るのはグレスネフだろう。
「ところで、その二人はなんなんだ? 首輪をしているが」
椅子の肘置きで頬杖をついて聞くと、グレスネフは顔が真っ青だ。
「無名の冒険者にしては、ずいぶんと不遜な口のきき方だが、答えてやろう。この二人は、私の奴隷だ」
「奴隷? そんな小さな子がですか?」
黙っていたステラが驚いて問えば、生まれ育った里では神童とも呼ばれていた双子らしい。
「姉のスールと、妹のシールだ。スロットの数はマジックキャットのステラには届かないが、スキルなしでも十分に戦えるほどに、身体能力に優れている。反逆者を相手に、私が斬るに値しない時、この二人のどちらかが斬る。それから、私の生きる盾であり、剣でもある」
亜麻色の髪を伸ばしたスールと、短く整えたシールは、二人とも短剣を二本腰に括り付けてあり、背中には弓と矢を背負っている。
しかし、部屋に入ってからというもの、ずっと死んだような顔をしている。
そこを言及しようとした時だった。廊下が騒がしくなり、部屋の扉が蹴破られたのは。
「ウルビス!」
部屋の外に使用人たちが倒れているが、ウルビスはそんなことを気にせずにズカズカと部屋に上がり込めば、今にもエリアルに掴みかかりそうだった。
「落ち着け、らしくないぞ」
「落ち着いていられるか!」
ウルビスは明確な怒りで声を放ち、エリアルを睨み付けた。
「山そのものを里とする犬耳族の里から千人以上の若い男女を攫っていったのは貴様だろう!」
話が見えない。とにかく落ち着かせようとしていたら、エリアルが声を押し殺してクックと笑った。
「ああ、そうだとも。あの山で育った犬耳族たちは、皆優秀な冒険者となる。この二人の様な神童も生まれる。だが、騎士とならず、冒険者となり、私という権力に逆らい続けた。だから、とある力で封印させてもらったよ。あの里に居た犬耳族たちの生死は、私が握っている」
「貴様は……!」
「お前は狼耳族だろう。他種族の味方をしていいのか?」
「犬耳族は親戚の様なものだ! 里でも、犬耳族に関してなら、ある程度の干渉が許されていた。だから言わせてもらう。里の犬耳族を解放しろ!」
突然のことにわけのわからないのはステラも同様だが、そこまで言うのなら、と、エリアルは立ち上がった。
「剣で勝負をつけるとしよう。私に勝てば、解放する。しかし負ければ、首都の防衛の任についてもらうぞ?」
望むところだ。ウルビスは耳をピンと張って、分厚い日本刀を引き抜いた。しかし、
「そんなもので斬り合えばどちらかが死ぬだろう。丁度この街にはギルドに修練用の広場がある。木刀で、相手を黙らせた方の勝ちでいいかな?」
「なんでもいい。権力にすがるしかない世間知らずに、世の中というものを教えてやる」
準備を急がせろ。エリアルの言葉に従うグレスネフは、ギルドへ早急に連絡を送った。
「なにがあったんだ」
ギルドの広場、その端で、ステラと共にウルビスの怒りの原因を聞いた。すると、ウルビスの拳に力が籠った。
「白水晶と黒水晶という、高レベルの錬金術師が作りだした水晶がある。エリアルは騎士として従わない里に居る犬耳族たちを、その中に封じ込めた」
「封じ込めたって、どうやって」
「なにやらきな臭い話だが、里に残されていた老人が言うに、白水晶には男が、黒水晶には女が吸い込まれたという。それであの首輪のついた二人は、里の仲間を盾にされて、エリアルに従っている」
「ですが、それほどの錬成物など、普通の錬金術師が作れるのですか?」
「……その水晶の臭いを嗅いだ老人曰く、魔物の匂いがしたらしい」
「つまり、魔物――いえ、魔王軍の錬金術師の仕業だと?」
断定はできない。ウルビスはそう言いながらも、木刀を手に広場へと向かった。エリアルは弱いと聞いていたが、自信たっぷりだった。なにか策があるのだろうか。
とにかく、向こうからもエリアルが木刀を手にやってきた。
ウルビスなら、そう簡単に負けはしないだろうが……勝負が見えない。
「では、いこうか」
一礼したエリアルは、剣を横薙ぎに振るったが、素人目で見ても遅かった。当然ウルビスは飛び退いた。そこから、エリアルは大振りで剣を振るうが、軽くかわされている。
勝負になっていない。そう礼二が思う頃には、ウルビスは低い姿勢で踏み込んで、木刀を斬り上げた。しかし。
「残念。プロテクトビットだ」
エリアルの周りを白い小さな盾がいくつも浮遊している。その一つが、ウルビスの一撃を受け止めた。
「なっ、これは!」
「母上が与えてくれた守護のスキルなのだよ。私の意思と関係なく私を守るのだ」
「貴様! 卑怯だろう!」
当然、ウルビスは声を荒げる。だが、エリアルはなんのことやらとおどけていた。
「それと、守るだけではなく、敵と認識した相手に攻撃も行うのだ」
プロテクトビットとやらが、ウルビスへ全方位から突撃する。一つ一つ弾いていたが、対応しきれないプロテクトビットはウルビスに傷を作り、その隙に、エリアルは斬りかかる。
「あんな奴が大騎士団長なのか! あんな卑怯な奴が!」
ステラに問うも、血統の問題だから仕方ないと言うが、悔しそうに戦いを見ていた。
「ほら、動いても動かなくても攻撃は続くぞ」
エリアルの挑発に、ウルビスは乗るかと思いきや、何歩も飛び退いて距離を取った。
「貴様が真正面から剣のみで戦うのならば、俺もそれに相応の戦い方で応じただろう。だが、貴様は卑怯にも剣以外のものを戦いに持ち込んだ」
だから? エリアルは余裕面だが、ウルビスは深呼吸をすると、次第に灰色の髪の毛が逆立ち、露出している部分にも毛が生えてきている。
それを見て、エリアルは明らかに狼狽していた。
「この前は傷を負っていたから発動が遅れたが、万全の状態ならば、数秒で獣化が可能だ」
ウルビスは、ジャスティを殺した時の獣化の姿となった。全身が灰色の体毛に覆われ、牙と爪が尖り、銀色の瞳は見ひらかれている。
「生まれがいいだけのお坊ちゃんでは、相手にもならないかもな」
一瞬、姿が見えなくなるほどの速さで距離を詰めると、剣を叩きつけた。プロテクトビットが守っているが、エリアルは冷や汗を流している。
「先に剣以外のものを使ったのはお前だ。俺も使わせてもらうぞ」
そう言うと、鋭利な爪を振りかぶった。これもプロテクトビットが止めたが、ジリジリとエリアルの方へ後退している。
ウルビスの勝ちだ。このままなら降参するだろう。そう安堵した時、エリアルはまたしても卑怯な手を使った。
「スール! シール! この敵対者を剣で殺せ!」
木刀での戦いの舞台に、エリアルは短剣を二本持つスールとシールを招き入れた。二人は反抗できないのか、言葉もなく斬り込んでいたウルビスへ斬りかかる。
「クッ!」
咄嗟に飛び上がって回避したが、相手は三人に増え、スールとシールは本物の剣を持っている。
「一対一ではないのか!」
「し、知らないね! そんなこと! だいたい、この二人は私の剣であり、私の盾だ!」
「大騎士団長ともあろう者が、どれだけ汚い真似をすれば気がすむのだ!」
「勝てばいいんだよ! それに、一対一とは明言していないからね!」
だから、降参するか死ね。ウルビスはプロテクトビットと息の合ったスールとシールの斬撃を回避するので精いっぱいだった。
それと、獣化は五分が限界だとも聞いている。早く決着を付けなければ、ウルビスは負ける。あの子供の様な騎士団長に、国の防備とかで、ウルビスを奪われてしまう。
なら、やることは一つだ。
「距離は五十メートルってとこだな」
ホルスターから取り出したマグナムから空の薬莢を抜いて弾を込めると、プロテクトビット目掛けてトリガーを引いた。
銃撃の音は届いただろうが、マグナムだとは分からない。そんな突然のことに、エリアルとシールとスールは驚くと、プロテクトビットの一つが粉々に破壊された。
「一対一じゃねぇんだろ! だからこっちからも援護するからな!」
なにでどんな攻撃がされているのかわからないであろう相手三人に、磨きに磨いた狙撃でプロテクトビットを撃ちぬいていく。357マグナム弾に砕けない物などなく、弾も潤沢にある。それならば、あんな浮いている盾如き、敵ではない。
「全部ぶっ壊したぞ! 決めちまえ!」
展開していたプロテクトビットが全て粉々になると、ウルビスは不敵に笑って飛び上がった。
「ま、守れ! 私を守れ!」
木刀とはいえ、あのウルビスの一撃を頭に食らえば死んでもおかしくない。それくらいは理解できたのか、シールとスールの陰に隠れたが、空中のウルビスは木刀をまっすぐ投げた。それはスールとシールの間を潜り抜け、エリアルの胸に直撃した。
「グッ、ゲッ……」
情けない声を出しながら膝を付いたエリアルを、ウルビスは見下していた。
「俺たちの勝ちだ。ゲス野郎」
獣化を解いたウルビスに、エリアルは悲鳴を上げて逃げようとする。しかし、その首根っこを掴むと、おそらく睨むだけで殺せるような眼光でエリアルに告げた。封印した犬耳族を解放しろと。
「なんとかなったな」
こちらからの狙撃も、ステラの魔法だと思われるだろう。ホルスターにしまうと、ウルビスたちの方へとステラと向かう。労いの言葉くらいはかけてやらなくてはならないのだ。




