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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
八章:公王集結
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2:行幸

「どうして起こしてくれなかったんですかぁぁぁ!?」

「ギリギリまで寝かせておこうって皆で決めたからだな。久々にぐっすり眠れただろ?」


 あの騒ぎの後、夕飯を食べに出て、お風呂にも行って、安宿(ハン)に戻って寝台に腰かけると、私は即座に寝付いてしまいました。

 認めるのは癪ですけど、こうやって走る勇者様に合わせて飛んでいても疲労を感じないので、随分と私の体調は回復しているようです。

 とは言っても、大僧正様達との約束の時間ギリギリまで寝ていたせいで、今大慌てで街外れへ向かう破目になっているんですけどね。

 勇者様に私の対処を任せ、ユリア様たちは一足先に向かっているそうで、少しばかり恨めしい気持ちが湧き出してきます。

 なんて思っている間に、聴界(・・)の端に反応がありました。

 休んだおかげでしょうか、反響定位(エコロケーション)も絶好調で、これなら本調子と言っても良さそうです。

 〈公都エクウス〉の外れにある小ぢんまりとした神殿の前に、大僧正様達が既に揃っていました。


「遅いっ!」

「すみませんでしたっ!」


 到着した私達を出迎えてくれたのは額に青筋を浮かべた黒騎士でした。

 〈黒蹄騎士団(マブリオプリイポテス)〉の団長であるウネントリッヒ・モルエラン御自(おんみずか)らのお出迎えとは恐れ入りますけど、いきなりのこの剣幕には参りますね。

 とはいえ、今回は遅れてしまった私達の方が全面的に悪いので素直に謝罪します。


「まぁまぁ、まだ集合時間前じゃないか」


 屈強な神官四人が肩に担ぐ輿の上で大僧正様が取りなしてくれるのですけど、この方まで待たせてしまっていたというのは申し訳なさが半端ありませんね。

 主に、輿を担いでる人が気の毒で‥‥。


「そっちかよ」

「うふふ。ポムさんってば」


 勇者様のツッコミに大僧正様と一緒に待っていたユリア様が堪え切れないといった風に扇で顔を覆います。

 今日のユリア様はいつもの黒い樽鎧(タルアーマー)ドレスでも、謁見のために買った群青色の礼服(ドレス)でもなく、初めて見る仕立ての礼服です。

 黒い短衣(チュニック)と幅広の下衣(シャルワール)の上から、榛色(ヘイズル)天鵞絨(ベルベット)に銀糸で蔓草模様が刺繍された前開きの長い羽織(カフタン)を重ねています。

 なんでもウネントリッヒさんから謝罪として贈られた〈ノース・キティ〉の伝統的な女性用礼服だそうで、これの他にも何着もあるそうです。


「ふん。国賓として聖王都に向かってもらうのだ。貧相な格好をされては余計な揉め事の元になるだろうが!」


 実際に余計な揉め事を起こした人が言うと説得力も格段ですね。


「お前が言うなよ」


 キープさんも同意見だったようで、綺麗なツッコミが入りました。

 〈白毛騎士団〉(レフカマリャイポテス)の皆さんは今回の聖王都行きには不参加なので、キープさんも見送りの列に並んでいるのですけど‥‥。

 どうしてシャムシエルとガナデちゃんはそっちにいるんでしょう?


「あぁ、ワシらは今回、別行動をとる事にしたのじゃ」

「昨日、姫さんも交えて話したんだよ。こっちはこっちで上手くやっておくからさ」


 つまり、聖王都に向かうのは私と勇者様とユリア様ということに‥‥大丈夫でしょうか?


「彼女たちには、ルートの確定を手伝ってもらう事になっている。俺たちも俺たちで、君たちが戻ってくるまでの時間を無駄にする気はないさ」


 キープさんが添えてくれた言葉を聞いてようやく理解が進みました。

 地下に存在する〈ペンドリ共和国〉の首都〈アポロ・スミンテウス〉へと速やかに騎士団を送るため、進路の確認、道中の障害の確認を行う斥候として、二人は〈公都エクウス〉に残って白毛騎士団を手伝う事にしたのですね。


「さて、名残は尽きないだろうけど、そろそろ出発の時間だよ。三人ともこっちへおいで」


 大僧正様がそう言って私と勇者様とユリア様を招いたのは、私が集合場所の小神殿だと勘違いしていた建物でした。

 いいえ、小神殿である事には違いありません。

 礼拝所を中心にして、大僧正様を始めとした十数人が生活できるだろう三階建ての聖職舎や小型の塔まで備えたその小神殿は、無数の車輪を備えた台座の上に備え付けられた移動神殿だったのです。


「ぶるるるるあぁぁぁ‥‥ッ! 」

「ぶるるるるあぁぁぁ‥‥ッ! 」

「ぶるるるるあぁぁぁ‥‥ッ! 」


 唐突に、雷鳴のような大音声が響き渡りました。

 小神殿の土台を牽引するために繋がれていた巨獣たちの嘶きが大地を大気を震わせているんです。



〈雷獣〉(ブロントテリウム) 分類(カテゴリ):巨獣

 奇蹄目(きていもく)に属する大型の草食獣。

 体長四三〇センチ、肩までの高さ二五〇センチ、体重五トン。

 鼻の上に大きく太いY字型の角を持つ。この角は前頭骨が変化したもので皮膚に覆われており、雄同士の儀礼的闘争に用いられる。

 食性は草食。多湿の森林で数頭から二十数頭の群れで暮らし、木の枝葉や果実などの比較的柔らかな植物を主食としている。



 単独で〈角鹿車〉(キャリッジ)を牽引する〈巨大角鹿〉(ジャイガントラー)と違って、群れで暮らす〈雷獣〉は四頭立てやそれ以上の牽引に使われることがあります。


「まさか二十頭以上もの数で移動させるだなんて‥‥」

「これだけの規模の建物をそのまま動かせるものなのですね‥‥」

「騎馬民族ならではの発想だよな‥‥」


 私達がそれぞれ驚いているうちに小神殿は、周囲を取り囲む護衛の黒蹄騎士団ともども、移動を始めたのでした。


***


 そうして始まった新たな旅だったのですけど‥‥。


「あの、大僧正様。私達、何をしたら?」

「ん-。とりあえずは到着に備えて身体休めておいてー」


 雷鳴のような足音を立てて進むブロントテリウム二十数頭が牽引する小神殿を中心に騎兵の多い黒騎士団が周囲を守る、こんな集団に好んで襲い掛かるような猛獣も悪人もそう滅多に存在しはしませんし、存在したとして騎士団の哨戒を潜り抜けられはしません。

 そのため、私と勇者様はユリア様の護衛という立場に置かれ、この道中、なんの危険もない、そんな状況にありました。


「あ、あの、私やっぱり哨戒してきますっ!」

「あぁ、そんな事しなくていいよ。黒蹄騎士団長(ウネントリッヒ)にやらせておけば」


 やっぱり落ち着かなくて飛び立とうとした所を大僧正様に止められます。

 現在、私達は移動小神殿のテラスで午後のお茶を楽しんでいました。

 正確には、大僧正様とユリア様のお茶会に私と勇者様が御相伴に与っている形です。

 ユリア様は自分の隣の席をぽんぽんと軽く叩いて、座るように促します。


「ポムさん、こちらですよ」

「まぁ一応、俺たちの役割はユリアの護衛だしな」


 どっしりと椅子に腰かけた勇者様は身動き一つしておらず、そわそわしてるのは私一人だったみたいです。


「黒蹄騎士団の連中、神官たちに回復を頼むときも身分を笠に着て横柄な態度をとるからさ、腕のいい〈治癒術師(ヒーラー)〉の存在を知らせたくないんだよねぇ」


 少しは回復職のありがたさを知れば良いんだ、と不貞腐れる大僧正様の気持ちはよくわかるのですけど、迂闊に同意し辛い話題ですよ、それ。


「大僧正様、もうじき〈バロウズ公国〉に入ります」

「わかった。関で待つことになるだろうから休憩を指示しておけ」


 近習の方がそっと耳打ちするのに合わせて大僧正様も指示を伝えます。


「お、もう次の公国なのか。どんな所だろうな?」


 ワクワクしてる勇者様には悪いのですけど、私達はもう、そこを通ったことがあるんですよ?

 テイワ武装商会と一緒に〈公都エクウス〉まで旅をしてきた道、〈ネルガート聖王国〉の王都と十一の公都を結ぶ『8』の字型をした〈往環街道〉こそが、十二個目の公国である〈バロウズ公国〉の国土なんです。

 なんでも国土奪還戦争に勝利した際の論功行賞が行われた時、謎に満ちた隣国〈謎国トイナゾ〉で起きた事件のためバロウズ公が欠席し、その間に聖王国内の各公国の領土配分が決まってしまいました。

 しかしバロウズ公は謎国で巨大なゴーレム城を貰って帰還し、聖王国に対して公国の領土として希望したのが〈往還街道〉でした。

 その結果、巨大なゴーレム城と共に無数の〈角鹿車〉(キャリッジ)が街道を移動する、移動公都を擁する公国ができあがりました。

 まぁ、そんな街道だからこそ、この小神殿の移動にも耐えられるのでしょうけど。


「ねぇ見て下さい、サワラさん。一面の草原が途切れて、街道が見えてきたのです」


 ユリア様がはしゃいでいて可愛らしいですね、って大僧正様どうしたんですか、苦虫を嚙み潰したような、その表情?


「いやぁ、また通行税がえらい事になるなぁ、と思ってね」


 聖王国の多くの公国では租税は成人一人当たりにかかる人頭税、所有する土地面積に応じた土地税、収穫物の数割を収める収穫税などが一般的ですけど、一次産業に従事する住民の少ない〈バロウズ公国〉では、税収の多くが通行税と関税で賄われています。

 ちなみに、冒険者組合(ギルド)に所属していると免除されるので私は払った事がありませんけど、テイワさんが支払っていたのを見た感じ、そこまで高額でも無かった気がしますよ?


「ほら、僕が神殿ごと移動する場合、それは通行ではなく『行幸』になるからね。この移動小神殿が通過する際は車線を全部塞いじゃうから前後の交通誘導や規制が必要になるし、通過時間の調整、駐騎場の事前確保という感じに莫大な手間と人員がかかるんだよ。僕の立場でそれを安上がりに済ませる訳にもいかないしね」


 大僧正様はそう説明してくれると、一際大きなため息を吐くのでした。


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